高千穂鉄道の再生の切り札「トロッコ神楽号」

katamachi2006-09-05


迷走していた高千穂鉄道の処理が決まったようですね。槙峰〜延岡間は廃止、残る槙峰〜高千穂間を保存鉄道的存在として残していくということになりそうですね。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060905-00000304-yom-soci

実は、ちょうど一年前、運休する一週間前に友人と高千穂鉄道に乗ってきました。「彗星」が2005年9月いっぱいで消えるというので、蒲江町や北川町など海岸部での郵便局巡りも兼ねて乗りに行ったのです。

高千穂鉄道の廃止話は、台風以前からいろいろ噂されていました。

廃止話を覆すためのトロッコ導入計画

転換費用の積立基金の取り崩しも始まっており、旧北方町(現、延岡市)の関係者の間では鉄道の存在に疑問を投げかける声が少なからず出ていたようです(実は、国鉄時代にも第三セクター化に難色を示していた)。運転再開を目指す運動があまり広がらなかったのも、そうした沿線での温度差が背景にあったのでしょう。

ともあれ、廃止の危機にあった高千穂鉄道を何とかしようと導入されたのが、「トロッコ神楽号」というわけです。

2002年2月、「鉄道未成線を歩く」という本の取材で高千穂町役場を訪れたのですが、その際、当方がなにか旅行会社の人間であると勘違いされたらしく、逆にこちらが質問攻めにあいました。

「今度、トロッコ列車を走らせるのですけど、どうすればいいのですか」

このままでは廃止の危機から抜け出すことができないし、最後のチャンスにかけてみたい、とのことです。こちらもただの鉄道マニアですし、たいしたことは言えません。「競合相手が多いから生半可では集客できない」「高千穂に団体バスを走らせている旅行会社との連携がカギ」「高千穂の歴史と関連した物語的要素を列車に埋め込めれば」とかなんとか解説したような気もします。いや、本音を言うと、もうあちこちでトロッコ列車なんてのは運行されているわけで、九州でも島原鉄道南阿蘇鉄道JR九州(久大本線)...と先行組がいる。いまさら、ちょいと遅いのではとも感じていました。

このときはレンタカーでの取材だったので高千穂鉄道には全く乗っていません。せめて今度は鉄道で来ようと思いつつ、高千穂駅で入場券を一枚求めて帰りました。


再生の切り札になって欲しい「トロッコ神楽号」

ところが、昨年夏、実際に高千穂鉄道に乗ってみると……凄い状況になっていました。

今回の水害でやられた川水流とか上崎、早日渡などの無人駅をいくつか訪問した後、日向八戸から「神楽号」に乗ろうとしたのです。すると、別行動で高千穂駅に行っていた友人から緊急の電話。「高千穂駅前に何百人ものの団体さんが溢れていて乗れるかどうか分からない」とのことでした。

実際、「神楽号」は5両編成に増結されて事なきを得たのですが、読売旅行社、日本旅行西鉄観光......いやはやそこまで人が集まっていたとは。トロッコ列車目当てに来た団体客を一般車に押し込めておくのはどうだろうとも思いましたが、まあそれはそれ。日本一の高千穂橋梁だけでなく、川沿いを抜けていく魅力的な風景も抱えている。集客が成功したのも当然なのかもしれません。自分の不明をわびたくなってきました。ただ、まさかその一週間後に台風で運休してしまうとは……想像だにしていませんでした。

槙峰から先だけ観光鉄道として残す方針にはいろいろ批判があると思います。民間会社が運営するようですが、高千穂町日之影町はどのように関与していくのか。高校生の通学の足をどうやって確保するのか、地域の交通機関としての役割を捨ててもいいのか、観光鉄道の経営に勝ち目があるのか、はたして採算はとれるのか、赤字や事故が起きたときの責任はどうなるのか,,,との声も出ているようです。そこまで来ると、ヨソ者が言及するのは難しくなる。

でも、実際、自分たちの懐を痛めてでも鉄道を再生させようと言う地元有志の方たちの気持ちはみていて嬉しいです。自分みたいな無責任な立場での発言とは違う覚悟があるのだから。そして、再開の日にはぜひまた乗ってみたいですね。