「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」(別冊太陽編集部)を生暖かく読みました。

 エッセイというのは、作者の体験を趣くままに書き連ねることが主題となってくる。となると、作品の評価は「ネタの多彩さ」と「情報量の豊かさ」、そして「文章技術の妙」といった側面に左右されることになる。かといって、文芸批評や映画評論のように現象学記号論を持ってくるのにも無理がある。
 結局、紀行作品は、作者の文体や取り上げる題材に興味があるかどうか……という印象のレベルで語るしかできないのだ。他の文芸作品と比べてイマイチ評価が低いのはそういった理由もあるのだろう。
 宮脇作品の面白さを他人に伝えることは難しい。

と書いたのは10日ほど前です(宮脇俊三を語りたい。その1)。

鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三 (別冊太陽)

鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三 (別冊太陽)

 
 週末に大阪へ戻ったときに「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」を買って一通り読みました。
 A4160ページで、144ページがフルカラー。サイズの大きい写真を積極的に使い、ビジュアル的にはかなり見やすいムック本でした。手堅い造りはさすがに平凡社
 それと、「時刻表2万キロ」の全線完乗地図とか、仕事場の写真とか、自筆年譜とか、海外を旅行していたときの宮脇のスナップ写真とか、最長片道切符乗車時の写真とか何とか……宮脇マニア垂涎の資料が満載の本でした。彼が乗ったローカル線の現役時代の写真なども積極的に集めています。写真をパラパラ眺めているだけでも楽しい本です。文章を読むのが面倒な方でも喜ばれそう。
 まあ、いろんな意味で無難で、想定の範囲内の本でした。

 寄稿された文章で優れていたのは、小池滋中村彰彦、そして真島満秀ですね。
 小池は、作品の要点と設立の理由をかいつまんで説明した上に、宮脇が独自に達成した視点や語り口を指摘しています。簡潔にまとめられた文章は読んでいて気持ちいい。そして宮脇の作品がマニア向けの作品として終わらず、広く世間にも受け入れられていった理由はなぜか。その由縁を小池ならではの視点で解き明かそうとしています。
 中村の「『日本通史の旅』三部作」も良くできた解説でした。
 「日本通史の旅」とは『古代史紀行』から続いた3作の連載時のタイトルで、1986年に連載を始め、1999年に事実上筆を折るまで書き続けた、いわば晩年の代表作とも言えるシリーズでした。ただ、その中身は史跡巡りがほとんどであり、話の中に鉄道が登場してくるのは極めて少なかった。それゆえにあまり部数が出た本ではないし、マニアの間で評価されることも少ないというのが実情です。
 自身も歴史小説家である中村は「教養をひけらかさない紳士」と宮脇を評し、その観察眼の豊かさを解き明かそうと試みます。現実の紀行を「横軸」、歴史を追う行為を「縦軸」と例え、宮脇が「横軸と縦軸」の関係性、そして過去の時間と現在との時間との調和を目指していたとの指摘は本作を読み進める上でのカギとなる視点となるでしょう。そして、宮脇の老いについても最後に言及しています。
 真島のコメントはわずか1ページでしたが印象的でした。青森での初対面時の想い出を書いていており、その点では「旅」本誌(増刊でも再録)に寄せたの追悼文と類似しているのですが、カメラマンならではの観察眼が小気味よく、宮脇の人となりと意外な側面を露わにしてくれます。

 さて、上に書いた私のコメント。そんなの書評や人物紹介じゃ当たり前の技法じゃないの……と思われるかもしれませんが、他の評者が悲惨なものでつい書いてしまったのです。
 明日は本音のコメントです。たかがムック本に本気になるのも格好悪いのですが、それはまた別の話。

2006-12-26「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」(別冊太陽編集部)を斜めに読みました。