【1】『仰天列車 鉄道珍車・奇車列伝』

仰天列車 鉄道珍車・奇車列伝

仰天列車 鉄道珍車・奇車列伝

 まずは、『仰天列車 鉄道珍車・奇車列伝』。発行元の秀和システムってどこか聞いたような会社だなあ……と思ってみると、パソコンの解説本を多数出版している会社だ。健康本とか丸山真男の本などもあるようだが、鉄道本についてはこれが初めてになる。著者名も初めて聞いた名前である。
 となると、上で示した謎本や入門書の類なのかな......と思ってしまう。いや、確かに鉄道車両史にまつわる謎本的な存在ではあるのだが、扱っているテーマが明後日の方向に向いている。
 とりあえず表紙に驚かされる。車両系の本だと表紙は写真……というのが相場だが、キャノン砲のようなものを載せた無蓋車が描かれている。国鉄の苗穂工場で開発されたという"ジェット除雪車"。勇気のあるデザインだ。イラストは清原慎太郎。20歳代の若手には「○急電鉄」「電車でD」の方が通りいいであろう。目次を繰ると、DD54にキハ81、キハ391。怪しい形式がいっぱいだ。志高く開発されたにもかかわらず、現場では扱いづらくて嫌がられてきた迷車、珍車が続く。


 そうした鉄道車両というのは、正史では扱われることはほとんどない。歴史的にはどうでもイイ類のものばかりである。望まれずに産み落とされた子供たちになんの意味があるのか。
 ただ、鉄道車両の台枠までしゃぶり尽くしてきたベテランのマニアにとっては、そうしたトリビアな情報こそ魅力的な存在であった。鉄道模型好きなんかも注目してきたジャンルである。
 本書で書かれている題材についても、鉄道趣味誌や先行書籍でたびたび取り上げられ、写真や図面、開発時の裏話なども紹介されている。そうした先行文献を元に本書は書かれたのであろう。それを30項目以上網羅しているのだから、自分たちのようなスレたマニアが興味を示さないはずがない。
 同じ切り口だと二番煎じとなりかねないが、藤崎の視点は一ひねりされている。"ジェット除雪車"についても、「線路を支障なく利用できるようにするための除雪車が、線路を破壊してしまった」と指摘し、その半端な取り組みについてツッコミながら物語を展開していく。原因を高所から一刀両断するのではなく、開発者たちの苦闘を生暖かく見守っている。望まれずに生まれた欠陥品の問題を羅列しても仕方ないわけであり、ならばその無駄さ加減を楽しむというのもスレたマニアとしては一つの見識である。その姿勢を最後まで貫徹させているのが潔い。
 一つ残念なのが、本文中に写真が挿入されていないこと*1。読者がその奇天烈な現物を想像するための手がかりが少なすぎるのだ。
 "仰天列車"で扱われる珍車や奇車というのは営業運転していた時期が短く、実物の写真や資料はほとんど残っていない。30歳代と思われる著者が現物や一次史料を見る機会もほとんどなかったであろう。ベテランマニアを訪ね歩いて写真や資料提供を求めるのが難しい作業であるというのは理解できる。藤崎の筆致が達者なのでかなり読ませてはくれるし、清原のイラスト、マンガも魅力的だ。古手のマニアにも対応できる内容になっている。
 ただ、現物を見ていないからか、二次資料に頼り切ったことによる問題(事実誤認など)はいくつか見受けられる。キハ391や人車軌道、一円電車などは今でも現物が残っているわけだし、素材を確認することで見えてくる視線や語り口もあったはず。
 確かにメカ物の本で写真や図面を載せずに文章だけで表現するという狙いは挑戦的である。そのこと自体は否定しないが、ただ、エピソードに膨らみを持たせるためにも、ぜひ現場へ足を運んでほしかった。
 なお、類書としては、交通新聞社が刊行した「鉄道ダイヤ情報別冊 プロトタイプの世界」(2005.12、梅原淳、楠井利彦、浅野明彦ら執筆)というムック本がある。車番に「9」を付けているような試作車や実験車を写真や図面付きで多数紹介している。部数が多くなかったのか最近ではあまり見かけないが、『仰天列車』を楽しめて、さらに一歩奥の世界を垣間見たい方にはオススメの本である。

*1:p.236にドイツ軍列車砲の画像があるだけ。著者もイラスト担当もやっぱり軍事マニアの血をひいているのかな