【3】「図説・鉄道車両はこうして生まれる」

図説・鉄道車両はこうして生まれる

図説・鉄道車両はこうして生まれる

  • 作者: 星晃,宮田道一,鹿島雅美,川辺謙一,林基一,原口隆行
  • 出版社/メーカー: 学研プラス
  • 発売日: 2007/01
  • メディア: ムック
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 先日、4割引近くの大特価セールをやっていた大阪・日本橋の某量販店の鉄道模型売り場で面白い本を見つけた。「図説・鉄道車両はこうして生まれる」。
 ベタなタイトルだし、一見すると、どこにでもありふれた内容の本のように見える。で、もちろん再販制度が容認される対象外であるので、トミックスや関水金属マイクロエースグリーンマックス製品のように割引販売はしていなかった。
 でも、中をパラパラと捲ると、今まで見たことのないようなアングルからの写真が盛りだくさん。鉄道車両を扱った本なんてのは山ほどあるけど、その製造現場を紹介した記事を見かけることはほとんどない。後述するようになかなか外部には公開できない情報がたくさんあるからだ。ということを考えると、年季の入った鉄道好きならその希少価値、そして楽しむツボを理解できると思う。Nゲージを山ほど漁ってレジに並んでいた連中もみんなこの本を手にしていた。鉄道模型好きの琴線にも触れたのであろう。レイアウトを作成したり、組み立てキットを買い求めたりする層、いやそもそも電車が好きな人間なら必携の本だと思う。
 さて、この本は学習研究社が出しているムック本「歴史群像シリーズ」の一冊。学研のHPを見ると、戦国時代や江戸時代、城郭、戦記物などを扱っているレーベルのようだが、新幹線や蒸気機関車など鉄道ネタも過去にいくつか出している。その第12弾が本書になる。
 鉄道マニアが「学研」という名で思い出すのが、1980年に発売された鉄道模型車両キハ55であろう。永大の版権を買い取りNゲージ市場に参入してきたのだが、第1弾がよりにもよって廃車間際の旧型気動車。その冒険心はごく一部のマニアを刺激したものの、ブームが去るとすぐさま撤退してしまう。その逃げ足の早さは当時から話題になっていた。それから20年後の2000年には写真雑誌「CAPA」の別冊扱いとして「鉄道ナビ」という鉄道雑誌を刊行していたこともある。学習雑誌が売れなくなったからオタク市場に参入したかったのだろうが、後発なのに読者のターゲットを絞りきれずよく分からない雑誌だった。ほとんど話題にもならず、4号まで出た後、休刊している(らしい)。
 まあ、鉄道マニアにとってはあまり「ご縁」のなかった会社である。いい印象が持たれているはずもない。
 そんな先入観があったのだが、このたび発刊された「図説・鉄道車両はこうして生まれる」には驚かされた。自分はさして鉄道車両に興味がない、どちらかというと鉄道マニアの間では非主流派に属するタイプではあるのだが、本書に掲載されている写真を眺めているだけでも十分楽しめた。

鉄道車両の製造過程は門外不出の場面が多いのです。

 本書の主題は、鉄道車両がどのように設計され、組み立てられていくのか。その過程を紹介していくことにある。巻頭の特集は東大阪市にある鉄道車両メーカー近畿車輛の見学記。続いて、同社で製造された広島電鉄5100形グリーンムーバーマックスの製造現場、そして同社のデザイナーである南井健治のインタビューが続く。
 これが面白い。工場内に転がっている部品。組み立てられたばかりで枠組みだけの構体。台枠の上で溶接している作業員。なんども手書きで描き直された近鉄特急「アーバンライナー」のスケッチ。
 おそらく、本書で紹介されている写真は、この近畿車輛という工場で働いている人には当たり前の風景なのであろう。だが、そうした世界に触れることができない鉄道マニアにとって、その一枚、一枚はあまりにも魅力的である。
 近年、鉄道会社が鉄道車両基地を開放する機会が年々増えてきている。マニアにとっては嬉しいことだ。地域への社会貢献という意味合いもあろうし、沿線住民に親しみを持ってもらいたいという側面もあると思う。実際、参加者はマニアな方よりも家族連れの方が圧倒的に多く、電車が並ぶ基地内の随所で微笑ましい風景が展開されている。
 ただ、そうした部外者が鉄道車両工場の現場を見るのは非常に難しい。国内大手と言うと、日立製作所東急車輌製造、日本車輌川崎重工、そして近畿車輛あたりが出てくるのだが、そうした施設を見学できる機会はほとんどないし、あったとしても作業のしていない休日、そして当たり障りのない箇所だけだ。
 もちろん、鉄道車両工場がヨソ者を招くのを嫌がるのには理由がある。実際に電車を造っている現場にヨソ者を入れると様々なトラブルが起きかねないからだ。見学者が事故に遭遇する危険性は町中の中小工場、あるいはベルトコンベアー化された製造業の大工場よりも高いのだろうということは、本書の写真を見ていても想像がつく。
 また、鉄道車両を造る様々な情報を秘匿しておきたいという意図もあろう。鉄道車両を巡る技術は当該会社だけが所有しているわけではない。注文主である鉄道会社が開発した箇所もあるし、同業者から提供を受けた技術を借用している部分もある。台車や電気系統などは他社の製品をそのまま流用している。開発中の設計やデザインは門外不出だろうし、プレス発表前には完成車のデザインすら外に出したくない。そうした"諸々の事情"があるというのはマニアなら誰でも想像がつく。

"電車"ができる過程を垣間見ることのできる悦び

 それゆえに、鉄道趣味誌や鉄道本でも、鉄道車両が製造されている現場が紹介されている記事を見かけることはほとんどない。ブラックボックスの部分が多すぎて外部に公開できないのだ。あっても、30年以上前の国鉄時代の車両ばかりだ。もちろん古い車両工場の写真はそれで貴重な訳で、本書でも星晃が「こだま」151系、宮田道一が東急5000形青ガエル、それに近鉄ビスタカーやお召し機EF58-61、0系新幹線などの組み立てシーンが掲載されている。マニアの懐古趣味心を刺激してくれる*1
 でも、やっぱり21世紀に刊行されている本なら、21世紀に現在進行形で造られている車両を見てみたい……そんな希望を本書がかなえてくれた。しかも、LRTというか日本型LRVの代表車である広電のグリーンムーバー。作業員が構体に潜り込んで溶接しているシーンなんかも提供されている。そんな写真を一枚一枚捲っているのがなんだか楽しい。
 自分たちは趣味誌などで仕入れた知識でそれぞれの鉄道車両を知っているつもりになっていた。でも、それは数字とデーターの羅列ばかり。実際の現場はいまだに職人さんたちの手作業が基本であり、そうした職人技の積み重ねで電車が組み立てられていく。自分たちと遠い存在のように思っていた風景を身近に感じられる。それだけでも本書の価値はあると思う*2。というか、物作りの現場って、やっぱりオトコにとって魅力的な要素がたくさん転がっているんだ。そんな当たり前のことを思い起こさせてくれた*3
 一冊の本として全体を見ればあまりにも情報が詰め込まれすぎてアンバランスになっていたりもするのだが、写真を眺めているだけでも想像力をかき立てられる。自分みたいなメカ音痴の旅行系マニアでも十二分に楽しめた。10歳代、20歳代の若手こそ手にとって欲しい本だと思う。

 そこで一つ疑問。なんで近車や広電はグリーンムーバーの情報を公開する気になったのか。世間に注目を浴びているLRVを造っているということ自体、セールスの材料にはなると思うが、最新鋭の技術も多いだろうし、あまりバレたくない部分もあろう*4。その回答はp.22の中段にある。ぜひ考えてみて欲しい。

*1:たまらないのが巻末にある「個室ひかり」や「スーパーひかり」のパンフレット。国鉄末期の1980年頃に、技術屋さんたちが新幹線の未来像を訴えかけるために作成した資料のようです。その時代遅れの近未来像が30年近く経った今ではいい味をでしている。

*2:鉄道マニアと言えば、「電車大好き!」って層が主流のように思えます。でも、そんな人たちでも意外とメカ音痴が少なくなくありません。学研がむかし出していたような、こども向けの図鑑レベルの知識すらあやふやな人がほとんどです。これは、クルマ好きなんかも同様。以前、自動車関係の部署で働いたことがあるけど、自称"クルマ好き"でもクラッチ操作の仕組みも分からないようなメカ音痴がいっぱいいた。他のジャンルでもそうでしょう。かくいう自分も気動車が動く仕組みとかVVVFとか言われてもちんぷんかんぷん。オレは鉄オタじゃないから……なんて言い訳もしたくなるんだけど、せっかく鉄道が好きになったのならその仕組みぐらいは知っておきたい。そんな気にさせられる本です。

*3:メインのライターと思われるのは、近車やグリーンムーバーの取材を担当している川辺謙一。以前、「鉄道メカ博士」(川辺芭蕉自由国民社、2002)という若年者向けのマンガを書いた人物と同一人物らしい。 むかしコミックマーケットの鉄道系サークルで活躍し、種村直樹の連載で挿絵を描いていた人物だと言った方が馴染み深いかもしれない。どこかの工場で理系の技術者として働いていた経験があるようで、物作りの現場に対する好奇心と愛情に溢れていた

*4:まあ、グリーンムーバーの一番の特徴である足回りの写真は微妙にハズされているあたり、取材の難しさが伺えるけど