大阪港トランスポートシステム・北港テクノポート線を歩く その2

katamachi2007-07-25

 先日、大阪市役所に勤めている知人から「世界陸上のチケットいらんかね」と連絡がありました。8月25日から、大阪の長居スタジアムを舞台として「第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会」とかいうイベントが開催されるらしいのですが、これがまたチケットがぜんぜん売れていないらしく、大会を誘致して実質的な主催者である大阪市とその職員はそれを捌くのに躍起になっているらしい。
 ああ、お気の毒……と思い、「セパタクローカバディのチケットなら一枚買うけど……」と知人に伝えたんですが、どうも今回の開催種目にはないらしい。残念。
 さて、このイベント、もともとは2008年8月に大阪で開催されるはずであった「2008年大阪オリンピック」にあわせて招致したハズなんですね。まあ、諸事情により開催地は隣国に決まった訳なんですが、そのアクセス鉄道として「北港テクノポート線」という地下鉄の構想がありました。大阪市交通局地下鉄中央線の終点コスモスクエア駅から夢洲舞洲という北港埋立地、さらにユニバーサルスタジオジャパンの最寄り駅?新桜島までの区間で企画されている謎の地下鉄計画です。
 むかし長居競技場の近くの学校に通っていたんで、大阪市役所のために少しでも役に立ちたいと思い立ちまして、世界陸上@大阪の応援&便乗企画を立ち上げました。2007-07-17大阪港トランスポートシステム・北港テクノポート線を歩く その1の続編です。いよいよ話は本題である北港テクノポート線の建設の経緯、そして2001年の国際オリンピック委員会モスクワ大会から現在に至る過程の話になってきます。

北港テクノポート線と大阪オリンピック誘致活動

 この北港テクノポート線の経緯としては、前回に以下の所まで述べた。

 さて、当初、「コスモスクエア北港南(夢洲)〜北港北(舞洲)〜此花区内間」の北港テクノポート線埋立地に居住する住民、あるいは事業所への通勤客輸送の使命を持っていたのですが、その後、違った役割を期待されるようになった。1991年に大阪市がいきなり夏季オリンピックの誘致に名乗り挙げたからである。ターゲットとなったのは2008年の夏季オリンピック大阪市はメイン会場を舞洲に設けることを発表し、北港テクノポート線計画をそのメインアクセスルートとして位置づけられる。
 1989年の答申10号の時点では、北港テクノポート線として、海浜緑地(コスモスクエア)〜北港南(夢洲)〜北港南(舞洲)間がB評価となっていた。、テクノポート大阪計画北港地区の輸送需要に対応するための路線で、計画の進捗状況にあわせて、「新交通システム」として整備する路線であるとされていた。一方、北港南〜此花方面間については北港埋立地や鉄道の整備状況、需要を考慮して、「路線整備の必要性について検討する」と一段低いD評価になっていた。
 ただ、北港の開発は進んでいない。此花大橋が1990年に開通して舞洲の埋立が本格的になってきた程度。夢洲は姿も形もなかった。なのに両埋立地でオリンピックを開催するため北港まで鉄道を敷こう……と勝手に話は進んだのだ。
1992年末に南港テクノポート線新交通システム規格から地下鉄規格に変更された際、北港テクノポート線の概要が発表されている。同線も地下鉄での敷設に変更すると共に、区間海浜緑地(コスモスクエア)〜北港北(舞洲)間五?、事業主体はOTS社とされた。
 その後、ユニバーサルスタジオの桜島進出決定、OTS線開業などを受け、1998年秋、北港テクノポート線は新たな展開を見せている。計画区間は、コスモスクエア夢洲(選手村予定地)〜舞洲(会場予定地)〜新桜島(桜島駅の北側の此花区北港地区)間約8kmに延長された。コスモスクエア夢洲間には、南港トンネル同様、道路併用の沈埋工法によるトンネルが、夢洲舞洲〜新桜島間にはシールドトンネルが設置されることになった。
 新桜島駅は、ユニバーサルスタジオの北側、阪神高速道路島屋入口付近を予定している。かつて、桜島線支線の大阪北港貨物線の大阪北港駅があった付近だ。駅の終点の場所としては繁華街も鉄道駅も何もない妙なところだが、この新桜島駅には、JR桜島線を延長する構想もあった。1998年10月に大阪市とJRの間でその方針が確認されている。桜島〜新桜島間に約1kmの新線を建設するというもので、1999年4月の路線付け替えで桜島駅が移転した際に、路線延長のための準備工事も行われている。ただ、建設主体や工費、開業時期については未発表のままである。大阪市は、北港テクノポート線の総工費を1870億円と試算しているが、8kmの地下鉄線の建設費としては安すぎる。

オリンピック誘致に冷たい市民たちと大蔵省

 こうした大阪市の動きに対し、「大阪オリンピックいらない連」という革新系の市民団体グループがオリンピック開催に反対して差し止め訴訟をしている。彼らは北港テクノポート線の建設費を3800億円と試算しているが、この積算方法はやや過剰すぎる。近年、フルサイズの地下鉄、たとえばJR東西線の建設費が1km当たり300億円近くかかっていることを考えると、地下トンネルや海底区間が連続する北港テクノポート線は2500億円ぐらいというところか。
 そもそも「2008年 大阪オリンピック」開催を旗印に同線の建設は進められることになったのだが、北京が本命視されている誘致合戦に大阪市が勝利する可能性は少しでもあるのか。大阪市民でも冷ややかな視線を投げかける人の方が圧倒的に多かった。市役所職員でも同様である。
 大阪市は1998年末、次年度の調査費を認めてもらおうと運輸省や大蔵省と折衝するが、霞ヶ関はオリンピックの開催が決定する2001年以降で建設は十分間に合うと申請を却下している。代わりに港湾事業調査費が適用されている。
 だが、大阪市は、開催地が決まる2001年に免許を得てから地下鉄の工事に取りかかったのなら、2008年夏開催の「大阪オリンピック」に間に合わないと主張。OTS社に免許申請の手続きを急がせる。
 OTS社は、2000年7月19日にコスモスクエア夢洲舞洲〜新桜島間7.5kmの第一種鉄道事業者の許可を申請している。建設費は1870億円として、免許取得後、2000年度着工、2008年開業を目標と掲げる。そして、同年10月11日、コスモスクエア〜新桜島間の事業許可を取得し、十二月に工事施行認可を受けている。さっそく、コスモスクエア夢洲駅との間を結ぶ全長2.1kmの夢洲トンネルの設計に取りかかる。
 このうち、海底部の800mは沈埋トンネル工法で整備されることになった。これは、海底の予定地に掘った溝の中に、工場で作成したケーソン(沈埋函)を沈め、そこに土を被して埋めていく方式で、大阪港駅と南港を結ぶ大阪港咲洲トンネルと同じタイプとなる。海に沈められるトンネルブロックは計八個(長さ100m、幅35m)。これを組み合わせれば、道路(四車線)と鉄道(複線)が併設されたトンネル空間が誕生することになる。
 こうして「大阪オリンピック」誘致のカギとなる観客輸送の面はクリアーした。後は2001年7月の国際オリンピック委員会モスクワ大会を待つだけとなった。

大阪五輪が実現しなくても進められる新線工事

 さて、ここから後の話をするのはなにか心苦しい。
 ご承知の通り、総会での投票では候補地五都市の中で最下位となる六票で落選する。
 開催地に選ばれないのは大阪市当局も含めて想定の範囲内だったので誰も驚かなかったが、予想以上の無惨な負けっぷりは日本国中の笑いものになる。
 誘致にかかった費用は一説には53億円ともいわれている。地下鉄車両だと50両分ぐらいの値段か。OTS社は、万が一、オリンピックの候補地に選ばれたときのために、新車を導入することも考えていたようだ。計画によると、開業時には6両編成の列車がラッシュ時に四分間隔で運転、また舞洲に14編成84両収容の車庫が建設される予定だった。
 さて、オリンピックが開催されないならば、北港テクノポート線の建設を止めればいいのだが、一度動いた時計の針は元には戻らない。落選決定の翌年、2001年3月12日に大阪港夢洲トンネル、17日に北港テクノポート線の起工式が行われている。沈埋トンネルは発注済だったので今さら中止にもできないのだろう。2001年10月には、トンネル部分の概算要求として220万円が計上されているが、舞洲駅に対する国庫補助金は盛り込まれなかった。また、開業時期は2008年度から数年延期されるとも報道されている。
 2003年11月には、市民グループが行っていた北港テクノポート線の建設差し止め訴訟に対して大阪地裁判決が出ている。大阪市の需要予測は不合理とは言えないと棄却したのだが、一方で、「臨海部の民間需要を考えれば、建設の要否も含めた慎重な再検討が望まれる」と裁判長にコメントされている。行政訴訟としては異例の発言である。

北港テクノポート線の予定地は今

 鉄道開業は幻の「大阪オリンピック」にあわせて2008年度とされている。2007年夏現在、タイムリミットまであと1年半ほどである。
 だが、実際に工事されているのは、コスモスクエア駅夢洲駅(仮)間の夢洲トンネルだけである。しかも、海底の沈埋トンネル部分と、その前後の開削部分の準備工事だけとも聞く。日立造船堺工場などで製作されていた沈埋トンネルはすでに完成し、2006年末でケーソン八個のうち四個が埋められている。シールド工法で掘られるはずの夢洲舞洲〜新桜島間、および各駅部分については工事が入札されたとも、発注されたとも何とも聞いてはいない。大阪市は、2002年10月、コスモスクエア(咲洲)〜夢洲間3.2kmの整備を優先し、残りは再検討する旨の発言をしている。
 トンネルの総工費は1300億円といわれているが、咲洲トンネルの場合、鉄道部分の費用負担は四分の一だったので、それで行くとOTS社=大阪市の持ち出しは300円強というところか。どうも、その出費は無駄に終わりそう。
 途中駅の状況はどうだろうか。
 まず新桜島駅の南側にはユニバーサル・スタジオ・ジャパンが2001年にオープンしている。数々の不祥事が起きたり、大阪市関係者が経営の一線から退いたり、2005年には運営会社が産業活力再生特別措置法に基づく事業再構築計画を作成して経済産業省の認定を受けたり……といろいろあったが、観客数はそれなりの水準を維持し続けているという。ただ、大阪市内から中央線・北港テクノポート線経由で会場を訪れる人は、基本的にはまずいないだろう。桜島線の新桜島延長の話も全く聞かなくなった。下の写真で示した此花大橋の東側が鉄道駅の予定地なはずなのだが、まだ何も工事はされていない。

 舞洲駅周辺には、野球場や多目的ホール、ゴミ処理場、下水処理場、倉庫街、ヘリポートなど各種施設が次々と完成している。だが、まだまだ空き地も目立つ。島の半分以上は有効活用されていないのではないか。従業人口一万人、昼間人口2.2万人となっているらしいのだが、今はその十分の一もいるのだろうか。住居は全く整備されていないので夜間人口は統計上ゼロということになる。現在、市バス野田阪神行きが平日1時間毎、土日は30分毎、コミュニティーバス桜島行きが1時間に3〜4本ほど運転されている。ただ、イベントが開催される時期を除けばいつも閑散としている。下の一つめの写真は清掃工場の真ん前で予定されている舞洲駅予定地。二つめの写真は、大阪最高の迷建築と評されている大阪市環境局舞洲工場(総工費609億円)。ラブホテルっぽいデザインがナウなヤングにバカウケだ。


 夢洲に至っては、舞洲と結ぶ夢舞大橋ができて、コンテナターミナルの岸壁が2ヶ所完成しているだけである。地盤の多くは地肌剥き出しで未整備のままである。
 大阪市としては、当初、夢洲をオリンピックの選手村のアパート予定地としており、開催後は居住エリアとして整備することにしていた。夜間人口6万人と試算していた。それが本当に実現すれば確かに地下鉄が必要になったかもしれないが、やがて計画夜間人口4.5万人に縮小され、今では住宅開発計画の存在自体が危うくなっている。産業エリアに変更した上で、コンテナ埠頭を核とした物流倉庫の集積地、工場地としての整備を行っていくらしい。物流基地として機能を強化していくというのは一つの考えだと思うが、コンテナとトラックだらけの埋立地に住みたい人はそんなにいないだろう。
 となると、旅客の大量輸送を狙って計画されてきた地下鉄北港テクノポート線の存在価値も揺らいでくる。
 一応、大阪市は、夢洲トンネル以外の工事を「凍結」しているということになっている。今里筋線とは違って関係する住民も皆無なのだし、さっさと「建設中止」としてしまえばいいのだろうが、となると、テクノポート大阪計画に反対する革新系の市会議員、あるいは市政に冷ややかなマスコミの追求にあうのは必至である。ゆえに、北港テクノポート線の行く末についてはまだ正式な形での発表はない。それにも何かいろいろとツッこもうと思ったのですが、それはまた別の話。