【7】線路にバスを走らせろ 「北の車両屋」奮闘記

katamachi2007-08-31

 DMVの開発の過程とそこに隠された秘話が紹介された朝日新書の一冊。かつて朝日新聞北海道報道部でJR北海道の担当をし、実際にDMVが完成していく過程を取材していた現役新聞記者による執筆である。
 正直、「プロジェクトX」の亜流のようなキャプションや帯に拒否感を抱いていた。目次と小見出しを10分ほど斜め読みしただけで"積ん読"にしていた。この手の裏話と感動秘話を盛り込んだ新書って最近多いけど、正直、そこらの盛り上げ方が胡散臭くて肌に合わなかった。個人的には、DMVの意義と目的について疑問を感じているし、地方ローカル線の再生に繋がるとも思えない。またDMV賛美かよ……という思いこみもあった。
 ヒマができたので今回改めて読み出したのだけど……いやあ、いい本です。鉄道技術好きのマニアなら、ただのマイクロバスを細かく改造していく過程での重量制限やタイヤの過重の話なんかは心ときめくだろうし、私みたいな非メカ系の旅行派だと一歩引いた視点から技術屋さんたちの奮闘ぶりを楽しむことができる。
 とにかくDMVに関する話題は豊富だ。

線路にバスを走らせろ 「北の車両屋」奮闘記 (朝日新書 56)

線路にバスを走らせろ 「北の車両屋」奮闘記 (朝日新書 56)

 冒頭、JR北海道の鉄道の「六割は使命を終えている」という当時の常務取締役の一言から話は始まる。そして、副社長の柿沼が出会った幼稚園バス。大型バスでの試作の失敗。世界各地の鉄道・バス両用車の調査。そしてミニ四駆のガイドローラーから思いついたアイデア。でも、鉄道総研や自動車メーカーにお願いしても良い返事はもらえず自社開発に踏み切らざるを得なくなる……様々な試行錯誤によって、ただのホラ話と思われていた軌陸両用車が現実のものへと変わっていこうとする。
 そうした技術屋さんたちの素朴な取り組みは一つの物語になり得る。そのことを読者は例の「プロジェクトX」を通して学習した。「熱き想いを捨てきれず、様々な困難を乗り越え“夢”を実現させてきた『挑戦者たち』。成功の陰の知られざるドラマ」(by NHKエンタープライズ)となったら中島みゆきの例の曲が流れて来かねない。
 でも、そうした情緒に流されずに済んだのは、著者である畑山の筆致が冷静であったためだ。車体の過重配分とか車検をする際の課題とか、一部のメカオタク以外にはさほど興味を持たれないようなことも事細かに解説を行っていく。そして、様々な難題をどのようにクリアーしていったのかを丹念に描き出す。そこらの話で退屈になって読むのを止めた人もいるだろうが、ぜひ最後まで読みすすめてほしい。マニア特有のウンチク話、あるいはシンプルな美談とは位相の異なる、技術開発の匂いを嗅ぎ取ることができる。
 もちろん、この著者、別に鉄道趣味の人でも技術者でもないから微妙な言い回しが随所に出てくる。聞いた話をそのまま書いたところ、あるいはネタ本から表現を借りたところもあるかもしれない。p.154の振り子車両の説明も含めて技術関係の記述がややあやふやなのも仕方ないか。カバーの「バスか、電車か」とDMVを紹介する言葉があったりするのも……なんだかなあ。マニアはこういうところが気になるんです。
 でも、著者が門外漢である鉄道技術について様々な関係者に取材し、自分なりに理解し、それを分かりやすく読者、おそらく新聞を読んでいるような一般知識層に伝えようと努力している形跡はあちこちに見られる*1。あとがきに予防線を張っているけどミスは意外に少なかった。自分の分からないジャンルだけど、日の当たらないところで活躍する人々の努力とその成果を世間に知らしめたい。その意欲が読んでいて気持ちよかった。<参考> 【線路・道路両用車 DMVの挑戦】(上)地域交通の惨状救えるか朝日新聞、2005年10月04日(札幌時代の著者が担当した三回シリーズの連載記事)

DMVに関する私的備忘録

 ここからは、書評を離れた個人的なメモ書き。
【その一】で、なんでバスじゃダメなの
 p.58で、技術協力を求めた関係者の「廃線してバス転換した方が安上がりじゃないか」という言葉が紹介されている。それに対し、「『バス転換は、JRの赤字分を地方に押しつけるだけだから意味がない』と説明しても理解してくれなくて」というJR北海道の技術者のボヤキが紹介されている。
 でも、読んでいると、誰もが「DMVじゃなくてフツーのバスでいいじゃん」という根本的な疑問にぶち当たることになる。それに対する答は何も書かれていない。今後、DMVの導入が進む際、地方自治体や政府が補助金を出そうとすると、必ずバス輸送との費用対効果の比較が必要になってくるはずだ。どうして鉄道として過疎地の地方交通を維持しなければならないのか。バスの方がコストは安いし、道路が渋滞するのって都市部のごくわずかな区間だけ。しかも過去に赤字線を切り捨てていった施策との整合性がとれていない。ここらの不可思議さが最後まで拭えなかった。著者はそこらの話題を気付かなかったのか、意図的にハズしたのか、あるいは書けなかったのか。ちょっと聞いてみたい気もする。
 p.230あたりの書き方からすると、最初は●▲線の支線あたり(本書で確認してください)から導入するイメージのようだ。なるほど、あそこは営業線第1号としてはいろんな意味で理想的かもしれない。でも、コスト面で通常タイプの鉄道車両と同一線路での併用が難しいとなると、はたして他地域ではどんな運行形態になるのだろうか。本書が書かれた現段階の様子を見ている限り、DMVがローカル鉄道の経営改善の抜本的解決に繋がるとは期待できない。p.237でコメントを寄せている国土交通省鉄道局技術企画課長のシビアな認識が妥当なんではないかと個人的には思う。
【その二】DMVはオトコの浪漫
 DMVの情報はマスコミ経由で逐次、流されることが多く、正直、その仕組みがどんなものなのか、鉄道マニアの中でもなかなか理解が深まらなかった。かく言う私も、昨年末、テレビニュースで試験走行するDMVの映像を見て、後輪(自動車タイヤ)がレールに接地しながら動く……と言うことを初めて知ったぐらいだ。
 他にもいろいろ気になっていたことがたくさんあった。DMV最大の問題とされる定員の少なさ。30人近く収容力のあるバスをタネ車に使っているのに、なんで2007年春から始まった試験運転での定員が12人に抑えられたんだろう……と不思議に思っていたが、その理由が分かった。元のマイクロバス、日産シビリアンの定員は26人で、試作車DMV901は定員29人(座席19人、立席10人)として設計された。ただ、DMV911は0.7t重量増になったので定員を18人(座席14人、立席4人)に削減せざるを得なくなり、2007年の試験営業では16人(うち旅客定員は12人)に抑えざるを得なくなったというのだ(p.108など)。
 他にも個人的な興味のあるところをメモ代わりに拾い上げてみると、

  • p.23 超ローカル線の2004年輸送密度、江差線(木古内以西)47人、札沼線(北海道医療大学以北)84人、石勝線夕張支線131人、留萌線186人(77〜79年平均は1618人)。この少なさは一体……
  • p.52 アイデアの原点は幼稚園の送迎バスとミニ四駆
  • p.84 車検をクリアーするための重量制限への取り組み
  • p.92 DMV購入費は2000万円。ただし、これは10両以上量産したときの値段。
  • p.102 ナウなヤングが行う違法改造車「ダンスカー」(走行させながら車体を上下振動)との関係

-p.104 北大の佐藤馨一教授「建設省つまり道路と、運輸省イコール鉄道が統合して国土交通省になった。その政策的な目玉を造りたかったのだろうと理解している」とコメント。国土交通省も協力的だった(p.197)

  • p.112 連結時に貫通路を付けようと二台のDMVを逆方向に連結しようとしたが安全性に難ありで断念
  • p.188 雪の札沼線での脱線の原因
  • p.201 釧網本線で営業運転を始めることになったきっかけは武部勤幹事長(当時)の地盤だから?
  • p.211 釧網本線での試験営業の経費に9600万円かかった。総開発費は2億円

なんていうのもあった(一部、文字色を反転。続きは本書で)。
 う〜ん、なんだかいろいろネタが転がっているんだなあ。DMV恐るべし。現段階ではDMVの先行きにはやや不透明感があるのだけど、技術開発史ってこういう訳の分からない技術屋さんの努力と失敗とムダの積み重ねで紡がれているんですよね。先で述べたことと矛盾しているのは分かっていますが、やっぱりJR北海道の技術屋さん、カッコイイです。鉄属性とは無縁の著者の方が惚れ込んだ気持ちもよく分かります。
【その三】鉄道業界のナカの人にこそ書いて欲しかった
 と共に、こうした前向きな本が、鉄道の専門家や趣味人、あるいは鉄道・旅行系ライターの手ではなく、新聞記者の手で書かれたこと。それに驚かされた。
 もちろん、本書の著者が大手新聞の記者であり、過去にDMVJR北海道への取材体験があったという有利さがあったというのは事実である。朝日の新書だと全国的な認知度が高まるという計算があったからこそJRも親切に対応してくれたのだろう。でも、1人のマニアとして読んでみて、十二分に資料価値のある本になっていると思う。20年後の若いマニアも絶対この本を欲しがるよ。業界のナカにいるとなかなか書けないこともあるという事情は分かる。ただ、ここ2年ほど、各社からたくさんの"鉄道本"が刊行されたのだが、その全てが意欲的な作品であったかというと、そうではない。既存の鉄道書の内容を継ぎ接ぎしているか、自分の過去の旅行体験を使い回している本も少なくなかった。当事者に取材をしたり、一次史料にあたった形跡はない。スレたマニアなら「元ネタは……ああアソコね」と想像するのは容易である。そんな汗の書いていない本ばかり最近読んでいたからでしょうか。「線路にバスを走らせろ」のような優れた鉄道本が外部の人から出されたことに、どこか寂しさを覚えてしまったのですが、それはまた別の話。

*1:p.130に速度向上のための一線スルー化の話が出てくるが、その紹介図のキャプションに「亀の子」とかいうオリジナル用語が突然出てきたのは驚いたけど