イランとイラクは一文字違い。

katamachi2007-10-18

テヘラン=工藤武人】イラン南東部で、横浜国立大4年、中村聡志さん(23)が誘拐された事件で、小野寺五典外務副大臣が17日未明(日本時間同日朝)、テヘランに到着した。
「横国大生誘拐で外相らと会談へ、外務副大臣テヘラン入り」、読売新聞、2007年10月17日

 イラン・バム市での誘拐事件。日本政府と現地との接触は始まっているようですが、現在は膠着状態に入っているようですね。今から7年前に<パキスタン>フンザペシャワールイスラマバード→ザヘダン→国際列車で国境越え→<イラン>ケルマン→バム→と移動した旅をしたんでなんだか他人事ではない。
 旅行人ホームページの掲示板を見ていると、この夏、有効1ヶ月のイランビザがパキスタンイスラマバードで取得できたらしい。誘拐された学生さんも現地手配でバキから入ったのでしょう。

バックパッカーの旅行地として定番だったアジア横断ルート

 さて、インドからバキ、イランを通ってトルコに行く経路、いわゆる「アジア横断ルート」。沢木耕太郎の海外紀行「深夜特急」が出た80年代後半、いや河島英五ら和風ヒッピー崩れたちがカブールを目指した70年代から多くの先人たちがこのルートを往き来してきました。

深夜特急4?シルクロード? (新潮文庫)

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 でも、このルートでの旅が注目されたのは今から10年ほど前のことです。きっかけは1996年に日本テレビで放送された「進め!電波少年」でした。香港からデリー、テヘラン経由でヨーロッパまでヒッチハイクで行く……という猿岩石の例のコーナーですね。一度、偶然テレビで見たことがありますが、「タイからミャンマーへ陸路で越える」*1ってところを見て「ヤラセ」かよ……と、パッカー仲間と共に苦笑いした記憶があります。でもバックパッカーにとって魅力的なルートであるというのもまた事実。私も、2000年春に半年間の長い休暇を得た際、パッカー御用達のガイドブック「旅行人ノート アジア横断」を片手にバキとイランの国境を越えました。
 ただ、2001年9月の例の事件以降、アフガニスタン情勢の絡みでたびたび国境が封鎖されたり、ビザが発給されなかったり、パキスタンを敬遠する雰囲気があったりしたんで、移動する人たちはかなり減少してしまったようです。旅行人はアフガン侵攻直後の2002年「アジア横断」の新版を出しましたが、誰もが予想したように売れ行きはとことんダメだったようで、あれから5年も経ちましたが、その後、一度も版は更新されていません。それは、「地球の歩き方 パキスタン」の方も同様だったようで、2001年に〈2001〜2002年版〉が出た後、永年、改訂版を出せない状況にありました。今年の7月、6年ぶりに新版が出たのを見て驚いたのですが、不幸にも同じ月にイスラマバードのモスクで過激派学生と軍隊が衝突し、多数の死傷者が出ました。昨年あたりからムシャラフ政権はかなり不安定になっているし、テロ事件も続発しています。ガイドブックの新刊を出すには最悪のタイミングであったに違いありません。
アジア横断 (旅行人ノート)

アジア横断 (旅行人ノート)

D32 地球の歩き方 パキスタン 2007~2008

D32 地球の歩き方 パキスタン 2007~2008

イランってそんなに危険な国だったっけ……

 で、今回の事件。
 しばらくネットにアクセスしてなかったのでどんな具合か分からなかったのですが、「イラン」&「誘拐」&「自己責任」と検索してみると、予想に違わず、たくさんヒットしますね。まあ、テレビのニュースショーなんかでも、みのもんた木村太郎小倉智昭あたりが同趣旨のコメントをしてたんで、その点では意外とは思えない。
 ただ、「イランみたいな危険な国へ無謀に渡航するなんて……」というニュアンスの発言が繰り返されると、イランに行ったことのある人間なら、誰もが思います。「えっ、あの国ってそんなにキケンな国だったっけ」と。マスコミはイランとイラクとをゴッチャにしているんだろうか。
 まあ、イランと言って、日本人がイメージするのは、

てなところでしょうか。正直、この国に対して、良いイメージを持っている日本人はあまり多くないと思う。ここ6年ほど、大量に流れてきたイスラム絡みのニュースを見聞きしていたら、西隣にイラク、北隣にアフガニスタンと接している極めてややこしい地域であると思いこんでしまうのも仕方がないのかもしれない。
 でも、ゴリゴリのイスラム教徒が治めている国って、意外に治安は悪くはないんですよ。基本的に、彼らのルールを侵さない限り、異教徒の旅人に危害を加えることはない*3。少なくともイスラム絡みのテロが起こっているタイ南部のハジャイ付近、あるいはインドネシア・バリ島なんかと比べれば、まだまだ安定している方じゃないでしょうか。
 もちろんバムやザヘダンの治安があまり良くないというのは旅行者の間では有名な話でした*4。ザヘダンとバムを結ぶバスが襲撃されて外国人旅行者が誘拐されたという事件も7、8年前にありました。私が行った2000年頃、バキからイランへ移動する際の注意事項しては以下のようなことが語られていました。

  • ペシャワールとクエッタを結ぶ直通バスは、途中、トライバルエリア(部族地区)の中を通るので絶対乗ってはいけない。言うことを聞かずドロボウにやられたヤツ多数。
  • アフガニスタンに入るには、ペシャワールアフガニスタン領事館でビザを取得する。ただ、北部同盟タリバン政権側の領事館、それぞれのビザが必要。カブールの治安は意外に悪くないが、カンダハルからクエッタ方面へは行くべきではない。
  • バキからイランに入った最初の都市、ザヘダンは治安が悪いので注意。ドロボウ・強盗の類が少なくない。ザヘダン〜バム〜ケルマンのバスも要注意。バムは日のあるうちは大丈夫。

 それはもちろん誘拐された方も承知だったでしょう。ただ、フィリピンや南米のように外国人誘拐がビジネスとなって頻発している地域ではありませんし、ヤラれても強盗団ぐらいか……程度に旅行者が了解していたというのも致し方ない。個人的な印象では、今回の事件、かなり不運なケースだったと思います。正直、他人事とは思えないし、なんとか無事救出されて欲しい。そう願うしかありません。
(もう少し続く)

*1:先月の事件でご存知のようにミャンマーは軍政下にあります。その関係で周辺にあるタイや中国、バングラデシュとの間を日本人が陸路で移動することはできない。タチレクなど国境近くの一部地域へは行けるがその都市からミャンマー国内の他地域には移動できない。後にその矛盾を週刊誌から追求されたことでバレてしまった

*2:旧王朝からの石油利権の絡みで、イラン人は1992年4月までビザなしで日本に渡航できたんですよ。だから日本に不法滞在してカネを稼ごうとした人たちが大量に押しかけてきたんですよ。

*3:異教徒の女性に対するセクハラ行為をする不届きなムスリムが少なくないのでその点では完全に安心して旅行できる国とは断言しにくいのですが

*4:そこらはイラン政府も承知していたようで、1999年頃からパキスタン国内のイラン大使館&領事館ではイランビザを取得できなくなりました。私のときは有効7日間のトランジットビザ(デリーで取得)で我慢するしかなかった。また、デリーやイスラマバードにある日本大使館も、パッカーたちがバキからイランへ陸路で渡ることに関して、ある程度、懸念はしていたようです。イラン大使館に対し、通称「レター」と言われる日本大使館の証明書を所持していない日本人にはツーリストビザを発給しないよう要請していました(現在も?)。ただ、ここや、ここを見ていると、時期や場所によって対応は刻々と変化しているようですがレターなしでも1ヶ月のツーリストビザを取得することは不可能ではないらしい。