【9】がんばれ!銚子電鉄 ローカル鉄道とまちづくり
- 作者: 向後功作
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2008/01/31
- メディア: 単行本
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電車運行維持のためにぬれ煎餅を買ってください!!電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。銚子電鉄商品購入と電車ご利用のお願い
との緊急アピールが銚子電気鉄道のホームページに記載されたのは2006年11月のこと。そのムーブメントの核となった銚子電気鉄道鉄道部次長の手で書かれた体験記が本書となる。先週あたりから日経ビジネスオンラインで「『敗北宣言』が呼び込んだ奇跡の復活」として一部がアップされ話題になっており、先行的にAmazonで販売を受け付けていたので注文してみた。続きは「銚子市の「銚子電鉄問題への市の対応について」という文書を読んでみる(銚子電鉄その2) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」
自分たちも"参加"しながら銚子電鉄を救済したいという思い
この本を読むと、人の"善意"というものを信じたくなる。
例の話題となった「電車修理代を稼がなくちゃ、いけないんです。」という文面は一社員の思いつきでホームページに記載しただけで、著者や上司の許諾を得て書かれたものではないらしい。
ところが、わずか10日間ほどで1万件ほどの通販申し込みがあり、検査期限が間際となって休車の危機にあったデハ1001の検査費用1000万円を工面することができた。
- 「ぬれ煎餅」と「電車修理代」という無縁としか見えない両者が関連付けられているという不可思議さ
- 会社をなんとかしたいという社員さんたちの熱意
- ぬれ煎餅のネット注文が殺到して品薄状態が続くことへの飢餓感
- この動きを"ネタ"として消費しようというネットワーカーの存在
など様々な要因によって「ぬれ煎餅」→「鉄道会社の救済」というネット発の"感動の物語"が作り上げられていく。いや、実際に"物語"では終わらなかった。
その後、この"奇跡"とも呼ばれる「ぬれ煎餅騒動」はネットからマスコミへと話題は広がっていく。煎餅と電車の売上増で国土交通省からの改善命令をもなんとかクリアーできた。翌年2月までの運賃収入は4,092万円と前年同期比で1,270万円増(1.4倍)に、ぬれ煎餅の販売枚数も二倍増の181万枚、金額では1,357万円を記録したという(銚子市議会ホームページ平成19年6月定例会より)。
市民の一部は銚子電鉄サポーターズをつくって支援体制を整えていく。ネットで関心を持った人たちも、現地に行って実際電車に乗ってみたり、私費で車内吊り広告を掲載してもらったり、ボランティアを募って駅前の美化に努めたり……とそれぞれの考えとやり方でこのムーブメントに参画していく。
著者は、銚子電鉄の最大の危機をなんとか乗り越えられた要因として、
- インターネットの存在
- 当事者が声をあげることの大切さ
の2点を指摘する。銚子電鉄が、ぬれ煎餅販売拡大による救済を求める。それに興味をもった人がさらに情報を調べていき、関心を共有する人たちの間でネットワークがつくられることによって支持の輪が広がりをみせる。著者は、そうした関係性に銚子電鉄の可能性があるのではと実感し、"まちづくり"の核として銚子電鉄を据える方法はないのか……と昨夏からブログや研究会を立ち上げて将来を模索しているらしい。単に理念を先行させても市民は付いてきてくれない。だからこそ、自ら積極的に地元と関わっていこうということのようだ。
そんな"夢"を見てみたいのは銚子電鉄の関係者だけではない。鉄道マニアや同業者たちも同様だ。少子高齢化とモータリゼーションで鉄道産業が行き詰まっている現状を見聞きしていると、心地よい未来像を描くことはなかなかできない。
でも、一つの潰れかけの小さな鉄道が"奇跡"によって一時的とはいえ立ち直ることができた。読者は本書を通して、「銚子電鉄が、不器用ながらも、はじめに"声"をあげた」(p.106)とことで様々な人たちを巻き込んでいった過程を知ることができる。銚子電鉄とぬれ煎餅を取り巻く騒動を見ていると、自分たちも"参加"しながら会社の将来を、そして社会を一緒に考えていくことができるかもしれない。なにかステキな関係性があの会社を通じて垣間見ることができるのではないか。そしてあの愛らしい鉄道と車両たちがずっと長生きして欲しい。他のローカル鉄道にも何か可能性があるんだろうか。いや遠いところにある鉄道だけの話ではない。自分たちの住んでいる街にあるアレやコレもなんとかできるのではないか。本書はそうした思索を行うきっかけとなりうる本になっている。
確かに非常に興味深い話ではあるし、文章量は新書よりも少なめなんで1時間もあれば読み切ることができる。機会があれば手にとって欲しいと思う。ただ、一つ物足りない点がある。一通り読み通しても、説明されていない事柄があまりにも多すぎるのだ。著者の社員という立場上、そして時期的にも"書けないこと"も多々あると思う。だからこそ、販売元の日経ビジネスのように「『敗北宣言』が呼び込んだ奇跡の復活」と持ち上げたり、感動秘話やネタ話として捉えたり、"物語"を単純化してしまうのはちょっとマズいと思う。本書の行間にある問題がなんなのか。それを埋め合わせていく作業も読者には求められているのだろう。
以上で本書の話はオシマイ。さて、「がんばれ!銚子電鉄」を読んでいろいろ考えてみたこともあるので、次回「銚子市の「銚子電鉄問題への市の対応について」という文書を読んでみる(銚子電鉄その2) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」では、銚子市や地元の対応を踏まえた上で、その施策について言及してみたいと思う。<参考>
銚子電鉄と国立公文書館に行ってきました。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
「週刊こどもニュース」を見て、ローカル線問題について考えた。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
ヨソ者が勝手に銚子電鉄の再建策を考えてみたけど(銚子電鉄シリーズその3) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
ぬれ煎餅と銚子電鉄に可能性を見出したがった人たち(銚子電鉄シリーズその4) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月