【11】「満員電車がなくなる日―鉄道イノベーションが日本を救う」を一応は読んでみた。

katamachi2008-02-20

 他人と体を押し付け合い、へとへとになりながら通勤電車に揺られる毎日にうんざりしながらも、いつしか諦めてしまっている人は少なくないだろう。しかし、著者の提案する3つのイノベーションを実現すれば、満員電車はなくなり、日本のサラリーマンは本当に豊かな生活を手に入れることができる。鉄道大国ニッポンが抱える最大の問題「満員電車」をあらゆる角度から検証し、旧態依然とした日本の鉄道業界に一石を投じる、渾身の一冊!
株式会社ライトレールの紹介記事

 角川書店の新しい新書レーベル"角川SCC新書"から出た「小池百合子衆議院議員推薦!」の一冊。
 2週間前に購入。東海道本線の電車の中で15分ほど斜め読みしてカバンの中にしまっていたのを読み返してみた。
 いやあ、いろんな意味で興味深い鉄道本を読みました。定価760円の新書だから、騙されて買っても文句はないでしょう。

山手線のラッシュ時輸送力を5倍に増やすのは可能だ

 著者は「満員電車の歴史は運賃抑制の歴史」というスタンスをとり、社会的要請で運賃を低く抑えてきたことが通勤混雑の原因だと指摘。その上で、

  • 創意工夫をすれば、供給(輸送力)を増やして満員電車をなくす方法はある
  • 価値とコストに応じた値付けをすれば資金調達も可能
  • 制度のイノベーションをすればコストは下がり、短期間で効果的に満員状態を解消できる

とする。
 その"イノベーション"というのは、

  • 「新たな信号システム」による機能向上(「列車位置検出」と「データ通信」と「運転指示」ができれば実現可能)
  • 「総2階建て車両」を導入すれば床面積が二倍に増える(従来の二階建て車のように扉二つ、階段で1・2階連絡とするのではなく、それぞれが完全に別々な空間とする。駅も二階建てに改良)
  • 「3線運行」で十分。複々線にするのではなく、複線を一線増設にする(半分以下の投資で可能。ラッシュと逆方向の列車は15両編成だと2本繋げて30両編成で)
  • 「鉄輪式リニア」で急勾配も安心(架線は不要だし「総2階建て車両」の導入も容易)

と"具体的な提案"を行っている。
 あと、ホームドアの性能を上げれば人身事故も防げるし高頻度運行も可能。「開かずの踏切」を解消するために自動車も乗せられるエレベーターを道路に設置。
 そして、「新たな信号システム」と「総2階建て車両」、「3線運行」、「鉄輪式リニア」により、現在、山手線で朝ラッシュ1時間あたり24本(2分30秒間隔)走っているのが、50本まで増やせるという。「総2階建て車両」も入れているから、都合、輸送力は4倍に増えるとの計算になる。さらに高加減速運行、短時間停車が実現すれば、現行の5倍となる。著者も書いているが「夢のような光景」だ。
 第3章は「運行方法のイノベーション」。「首都圏250万人×片道200円の追加料金×600回(/年)」を負担すれば、年間3000億円の資金調達ができると大雑把ながらも試算している。商品(通勤電車)の品質(着席か立席か)とコスト(通勤輸送の費用)にみあった運賃にすればなんとなかなる、らしい。
 第4章は「制度のイノベーション」。運転士の免許制度の簡略化を実施し、道路特定財源の一部を外部不経済(環境問題などに対する損失)の対策費に回し、自動車が適正に費用負担し……とかなんとか。

鉄道マニアと鉄道関係者の"ネタ"としていろいろ楽しめる本です

 さて、そろそろツッこんでも宜しいでしょうか。
 信号の話はそれらしいことを書いているけど私には実現可能性があるかどうかはを判断する知識がない。自分で調べようにも引用文献も参考文献もない。なんか、ここで書かれているようなことは以前も聞いたことがあるような記憶があるから、根拠がない議論でもないのだろう。たぶん。
 「総2階建て車両」はなんともはや。車両だけでなくホームも二層にすれば輸送力が二倍になる。法律や建築限界や、そうしたモノさえ気にならなければ、確かにそうだ。ただ、彼が例に挙げている山手線。これを毎日、現状のままで運行させながらそんな工事ができるのだろうか。あるいは脱線やら何やら事故が起きたとき。二階にいる人はどうやって脱出できるんだろう。
 「3線運行」もそうだ。増設した1線を時間帯によって上りと下りで分けて使う。そういう考え方もあってイイ。でも、複々線の「半額以下の投資で」とあるけど、複々線って、用地買収や高架線の敷設に多大なカネと手間と苦労が必要になる。3線でもそこは同じと思うけど、そんな簡単にいくのか? 15両編成の電車を2本繋げて30両編成……ってホームはみ出し運転を想定しているらしいけど、非常時は踏切はどうなる? で、踏切に自動車搭載可能なエレベーターというのも……
 「総2階建て車両」は東大の須田義大教授が1990年に論文を出しているらしい。でも、その後、20年近く、そこから先の研究が進んでいないと言うことは、まあそういうことなんだろう。また、東京大学名誉教授の曽根悟の原稿チェックを受けたらしい。「鉄道ジャーナル」誌やその他の雑誌などで鉄道マニアにもお馴染みの鉄道工学の専門家だが、かといって、彼のお墨付きを受けたのかどうかは不明。
 運行方法や制度のイノベーションも各論をただ並べているだけ。経済的根拠や数字、具体性のない提案は夢物語以外の何物でもない。
 疑問は膨らむ。でも、肝心の説明は全てスルーされている。
 ただ、著者は、最初の「はじめに」で

 満員電車をなくすことはできないのか。なくすためには具体的にどうしたら良いのか。本書では、そうした問題を考える材料を提示していく。

と予防線を張っている。
 「材料を提示」か。批判的にツッこんでも、「そうです。これは議論を巻き起こすための『材料』なんです」と言われればそれで話は終わってしまう。書評にも議論にもならない。まあ、「本気で取組めば必ずや実現できると信じ、思いをこの本にしたためた」とおっしゃっている。そうした感性に興味があれば読んでみるといい。あるいは、僕みたいにツッこみのネタとして読んでみるのも可能だ。
 そもそも本書の目的は、通勤鉄道に関する議論が起きること。それによって著者の本職である鉄道コンサルタントとしての仕事へ繋がっていく。
  たぶん、ご本人もリアルなセカイでは実現不可能ということを十二分に理解しながら書いているはず。なんせJR東日本に17年間務めた方なんだから……

交通や鉄道に関するコンサルティングって何をするんだろう

 そうなんです。個人的に興味があったのは、筆者の経歴。

ということらしい。ああ、池袋でLRTを導入しようと運動されている方か。以前、その動きを調べたことがあるのでここのホームページを見たこともあった。
 これまであまり具体的な実績も成果もはないようだが、銚子市議会議事録を見ていると、2006年1月に銚子市役所と「銚子電鉄再生問題に関する調査業務の委託契約」を結んでいる模様。ただ、同社の前社長が逮捕されたり、現職の市長が選挙で落選したり、銚子電気鉄道がぬれ煎餅でいろいろあったりしてその後の経緯は不明(「銚子市の「銚子電鉄問題への市の対応について」という文書を読んでみる(銚子電鉄その2) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」参照)。まあ、一応、ホンモノの鉄道にも関係していたということになるのだけど、コンサルタント業者の手に負える案件ではない。あれは。
 ホームページの別なところを見ると、小学校3〜4年の頃に

  • 排ガスを撒き散らし交通事故で多数の人を殺すクルマが、世の中で使われ過ぎている
  • 鉄道をもっと合理的に運行すれば、はるかに便利にできる

ということを考えていたと言うからかなり早熟な方なんだろう。で、その気持ちは今でも変わらないと。ふむふむ、純粋だなあ。いろいろ理屈っぽく書いているようにも見えるけど、やっぱり、ただのマニア?
 コンサルティングという仕事のジャンルがある。特定ジャンルに関する専門知識を活かしながら、企業や組織の問題点の分析、対策を担当するグループが行う業務のことである。企業や自治体なんかでは、独自で戦略を打ち立てるだけの人材や技量に欠けている組織が多く、バブルが終わった後も、コンサルタント業の人たちが活躍する場はたくさん残っている。著者と関係のある大前研一とそのグループなんかもその一つである。
 今まで仕事や趣味、プライベートで、「コンサルタント会社社長」という方たちに何度か会ったことがある。企業経営関係の分野と都市計画の分野。この手の人たちは、

  • なんか自信たっぷりなんだけど、どこか胡散臭さを漂わせている人
  • 専門分野に対して純粋に思い入れているけど、役に立たなさそうな人

の2種類に分かれるんだな……というのが正直な感想。ドライさとウエットさがない交ぜになった微妙な感じがした。
 で、一番大切なのは、初心者に対する「はったり」。根拠があるのかないのかなんてどうでもいい。学者みたいな論理だった批判も、僕みたいな外野からの揶揄も不要。ただ、施策に迷っている人間に対し、「お前はこの道に進めばいい」と決めつけてくれるだけでイイ。ある種、占い師みたいな存在だよな……と思ったりもしたのだけど、それはまた別の話。