日本の特殊性を語りきれなかった「ラブホテル進化論」。

katamachi2008-02-25

 生まれて初めてラブホテルに泊まったのは、今から15年前。韓国に行ったときだった。
 日本海岸の江陵という都市で泊まったのが、商人宿兼連れ込み宿だった。通路から布団カバーから何から真っ赤で、避妊具も置いてあり、ようやくここがその手の宿だと気がついた。化粧の濃いお姉ちゃんがロビーでウロウロしていたのはそういうことか。ただ、貧乏旅行をしていた途中に立ち寄っただけで、幸か不幸か部屋にいるのは私だけ。人生初の海外。韓国語ができない私にステキな出会いが待っているとも思えない。
 1人寂しく部屋に戻り、テレビをつけたら「ふしぎの海のナディア」をやっていた。しかもあの伝説の「南の島編」。「韓国で見ても作画は酷いなあ」……と思いつつ、孤独な夜を過ごした。
 今日は鉄道とは無縁な本を読んでみた。「ラブホテル進化論」。以前、スポーツ新聞かなにかで関西の女子大生がラブホの調査をやっているという記事があったので記憶だけはあったのだが、朝日新聞「ラブホテル300軒取材、成果を出版 神戸学院大学院生」(2008年02月25日)を読むと、文春新書としてこのたび出版されたらしい。さっそく買い求めてみた。
 やたらと幅のある帯には、「現役女子大学院生による本格研究『ラブホテルは堂々たる日本の文化!』」という惹起文と共に、かなり美形の著者と思しき大きな写真も載せられている。あれ? 朝日のHPの記事とは別人のような……それはまあいい。

ラブホテル進化論 (文春新書)

ラブホテル進化論 (文春新書)

 都市文化好き、キッチュ好き、エロ文化好きの1人として、非常に興味深く読めた。
 先行資料がおそらく皆無である中、本当によく調べられていると思う。国立国会図書館大宅壮一文庫だけでなく、経営者たち本人にインタビューしているというのが凄い。そーかー、昔は大阪城や皇居の周辺の原っぱでなにをしていたこともあるのか。
 現在、ラブホ業界は、ちょうど60年代ぐらいの勃興期に始めた第1世代が次世代へと代替わりする移行期にあるらしい。ぎりぎり先駆者たちから取れた証言は貴重だ。ある有名チェーン店のオーナーにインタビューしたときの逸話が興味深い。ホテル業界で大きな成功を収めたある人物が、インタビューにいったうら若き乙女である著者に対し、「自分を取材しに来てくれて嬉しい」と泣き出したというのだ。この業界の置かれた立場がなんとなく伺える反応だ。
 そして、なぜあの派手派手な外装ができたのか。内装を奇抜にしていく理由はなんなのか。事細かに紹介されていく。「モンローベッド」、「亀の子ベッド」、「アオカンルーム」、「透明風呂」……なんか怪しいアイテムがいっぱい。鉄道マニアとして気になるのは「オリエントエクスプレスベッド」。1981年の週刊「アサヒ芸能」にあった記事らしいのだが、階段を登った二階部分が細長い寝室になっていて、そこに10mほどのレールがあり、客車型のベッドが往復して、側面の壁に……いやあ、見たい。実物を見てみたい。そんなバカらしさでいっぱいだ。
 で、電動ベッドなどそうしたキワモノが主に操作や清掃など管理面の理由で消えていった上に、ホテルの選択権が女性へ移っていったというのも興味深い。
 現在のラブホの使われ方についても詳しい。警察やお役所との関係、シティーホテルとの境界線の不透明さ、デリヘル・風俗嬢との問題、情報誌との相乗関係……etc
 そこらの事実関係や関係者の証言が興味深くて、行った人でも行く機会がなかった人でも本体価格730円分の価値はあると思う。
 ただ、惜しいのは本書がキワモノ的な域を脱していないこと。

  • 「ラブホテルは、決して日陰の存在でなく、堂々たる日本の文化である。」

比較文化論っぽいことを全面に押し出し、ラブホの日本的特殊性を語るという方法はありだと思う。
 でも、一冊の本として読むと、

  • 日本の特殊性を語る割には、他国の状況との比較研究が皆無
  • ラブホの"進化"を語るのなら、とりあえず時系列的に事象を並べてくれなければ読みにくい
  • 諸外国に事例が多い"連れ込み宿"との比較対象がなされていない。実務本位のそれらの宿は日本国内でもまだ存在しているがそれはなんでなんだろう
  • 第八章にある「未来のラブホテルづくり」で集めた言葉は全て"脱ラブホ指向"についてばかり。それじゃあラブホの進化もへったくれもないだろうに

とかいろいろ疑問が沸き起こってくる。

ラブホが「堂々たる日本の文化」と問題意識を持つのはいいのだけど、話は日本の事例ばかりである。日本に来た外国人がラブホに興味を抱くというエピソードを紹介しても、それはなんら特殊性を説明したことにはならない。「アニメとオタクは日本の文化だ」という人たちと同様、日本の特殊性を実証するための資料があまりにも乏しい。せめて韓国や欧米の調査でもすればいいのに。それらを把握し、なぜ他国では日本的ラブホに類した物が発生しなかったのか。あるいは外国ではセックス産業やアダルトショップはあんなに派手派手なのに、連れ込み宿は地味っぽいのか。そこらを説明できて初めて「堂々たる日本の文化」という言葉を使うことができる。ここらがすっぽり抜けていて論文とするのは問題あるだろう。
 外連味のあるエピソードや談話がたくさん紹介されて印象深いのだけど、それが一つ一つ関連づけられていないから、読者は覗き見的な興味以上の段階に進めない。とにかく、この著者。どういう学問的スタンスでラブホを研究したんだろう。大阪生まれの博士課程の現役大学院生ということは書いてあるが、指導教員のテーマは「日本古代の法制と古典籍の研究」。そこのところがよく分からない。
 まあ、一般向けの新書だし、出版社の意向でかなり軽いタッチで書いたのだろう。ラブホの裏話もたくさん聞けたし、僕の好奇心を満たしてくれたし、その点では大満足である。これは男でも女でもフツーの研究者にできる作業ではない。テレクラ学者、宮台真司とは別な意味で凄い。
 ただ、はてなのブクマを見ると、このペーパーが著者のグループの学生時代の研究成果らしい。う〜ん、そこでの発想から一歩も外に踏み出せていないなあ……と思うのだけど、それはまた別の話。