【12】有川浩「阪急電車」と車内での人間ウオッチング

katamachi2008-03-12

 発売直後、大阪梅田のブックファースト(阪急系)で買い求めた有川浩の「阪急電車」。
 うーん、この人、ラノベの人だよなあ(『図書館戦争』は未読)。書名だけで鉄オタが買っても仕方ないんだよなあ……と勝手に思いこみ、ずーっと積ん読にしていました。
 今朝、布団の周りを掃除していて1ヶ月半ぶりに発掘。ようやく読んだのですが、なかなか面白かった。
 物語が進行するのは阪急電車。その中でも筆者が指摘するように「全国的知名度が低い」であろう今津線がその舞台となる。

阪急電車

阪急電車

 電車に一人で乗っている人は、大抵無表情でぼんやりしている。視線は外の景色か吊り広告、あるいは車内だとしても何とはなしに他人と目の合うのを避けて視線をさまよわせているものだ。そうでなければ車内の暇つぶし定番の読書か音楽か携帯か。
 だから、
 一人で、
 特に暇つぶしもせず、
 表情豊かな人はとても目立つ。
有川浩阪急電車」p.8

 冒頭、宝塚駅西宮北口方面行きの今津線電車に乗り込んだ青年、征志が登場する。隣に座るのは、宝塚中央図書館で因縁のあった見知らぬ女性。
 そこから行きずりの出会いと恋愛が始まり、それが次の宝塚南口駅、逆瀬川駅、小林駅、仁川駅、甲東園駅門戸厄神駅、西宮北口駅、そこで折り返して再び門戸厄神駅……と16本の短編小説が並べられている。
 そこに登場する互いを見知らぬ人物たちが次の物語へ、さらに次の物語へ……と数珠繋ぎに関連し合い、再び、宝塚駅に戻ってくるまでに大きなストーリーが紡ぎ上げられていく。
 今津線の利用者なんて毎日10万人はいるのだろうけど、そんな乗客一人一人にそれぞれ物語は隠されている。自分の隣に座っている人。楽しそうに、嬉しそうに、不機嫌そうに、悲しそうにしているけど、はたしてどんなことを考えているんだろうか。あまり直接にジロジロ顔を覗き込むことはできないにしても、いろいろ想像してみるだけでも興味深い。そんな人間ウオッチングの楽しみなんかを再確認させてくれる本だったと思う。
 小学生かおばあさんまで幅広い登場人物が織りなす人間模様、ほのかな恋愛感情、微妙な人間関係なんていうのがが物語の主軸となっている。文章も手慣れたモノだし、かといって会話文で手抜きしているわけでもなく、かなり読みやすい。萌えとかネコ耳とかオタク属性は全く出てこないし、もちろん鉄道趣味知識、そして阪急について全く知らなくても大丈夫。今でも書店では平積みになっていることが多いと思うし、手に取ってみることをオススメする(鉄道マニアでもいけるでしょう、たぶん)。
 最後に、鉄道趣味的に興味深かったのは、

  • 僕らが「阪急マルーン」と呼ぶあの色は「えんじ色」と表現されている。ちょっと色合いが違うような。あえて言うなら、こげ茶色やチョコレート色というところか。
  • 「レトロな内容が個性的な車両」で、「若い女性からも『かわいい』と好評を博して」いて、「女性観光客などは、『オシャレ!』とびっくりするほどだ」ということらしい。そう言われると、阪急と全く関係ない僕でも、なんだかちょっと嬉しい。
  • 西宮北口駅が大阪と神戸の中間点で、そこから分岐する今津線は様々な物語が潜んでいそうな落ち着いたところ……というのは関西の人間なら納得できる物語設定
  • 宝塚南口駅は宝塚ホテルが近くにあるだけの寂れた駅。一方、小林(おばやし)駅は、年配の女性によると「あそこはいい駅だから」ということらしく、そこに住む若い女性も「住みやすい町」と評価している。ここ、不動産選びのポイント。
  • 宝塚駅を出て武庫川を渡る鉄橋の下にある中州が印象的
  • 西宮北口〜今津間は物語から割愛。「西北から向こうは悪いの?」と問いかける女の子のセリフが邪悪……(一応、阪神国道駅と今津駅もフォローされている)


というところか。
 いやあ、これを読んで僕も今津線に乗りたくなった。舞台となったシーンを捜している読者なんかも多いんだろうな。そーいや、「涼宮ハルヒの憂鬱」もモデルは西宮市の阪急沿線だったなあ。手塚治虫なんかもそうだけど、小林一三が作り上げたあの都市空間は確かに物語を紡ぎ上げたいと思わせる独特の雰囲気がある。週末、おおさか東線に乗りに行くついでに遠征してこようかな……とも思ったのですが、それはまた別の話。