ルーマニアの辺境を走るモカニツァ森林鉄道へ行ってみた(その3)

katamachi2008-07-02

 個人的な事情で訪問から2ヶ月経っても書き終えていなかったルーマニアの森林鉄道の話。「ルーマニアの辺境を走るモカニツァ森林鉄道へ行ってみた(前編) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」と「ルーマニアの辺境を走るモカニツァ森林鉄道へ行ってみた(その2) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」の続編です。
 起点となるのは、ルーマニアの首都ブカレストから600kmほど北に行ったところにあるヴィシェウ・デ・ジョス駅から10kmほど離れたヴィシェウ・デ・スス(Viseu de Sus)駅。このウクライナ国境に近い小さな街から30kmほどの「モカニツァ森林鉄道」("Mocanita")の話です。4月30日明朝、夜行列車で起点駅に着き、そこから蒸気機関車Mariuta号牽引の列車に乗って終点の"Faina駅"までやってきて、昼の休憩時間……というところでカキコは終わっていました。

15:02 Faina駅を出発

 "Faina駅"に着いたのは13:18。そこで50人あまりの地元ルーマニアの観光客たちは、駅近くの河川敷や森の中に三々五々散らばって、駅の周囲に残ったのは僕だけ。それから1時間ほど機関車と鉄道スタッフは小休止モードに入っているんで、なにもすることはない。駅の裏側にベンチがあったんでそこで寝ころび、昨夜の睡眠不足を補うことにする。
 再び機関士たちが機関車の点検作業を始めたのは14:30ころ。僕も再び動き始める。

 まず、隣の側線で休止していたDLが客車を牽いて隣の側線に移動。その間に、Mariuta号は単機で本線上を逆送し、連結位置を変える。

 15:03、車掌に急かされて客車へ乗り込むと、出発の時間だ。
 帰りは、機関車はバックでの運転でViseu de Sus駅へ戻る。僕の乗る半室材木置き場となっている車両が最後尾となる。
 デッキに立って先頭方向をながめてみると、この森林鉄道、かなりカーブ半径が短い、すなわち急カーブが連続していることが分かる。台車とレールとの摩擦音もかなり激しい。ギシギシ鳴らしながら川沿いの隘路を抜けていく。
 帰りは下りだからか順調に進んでいく。
 行きに停車したBotizu駅は通過。小さな手掘りトンネルを抜けた先に木材置き場と小さな小屋があり、そこで機関車は停車する。いつものように下へ降りようとするが、先頭の客車にいる若い車掌から「早く戻れ!」と手招きで合図が。2分ほどで再出発だ。
 これは定時通りに着くかなと期待してみる。
 川縁を走る山あいの景色は抜群にいい。だから、わざわざ寒風吹きすさぶ中、デッキに出てカメラを構えているのだ。ただ、帰りの車中から見える風景は、行きの3時間半の行程とまったく同じ。たとえ絶景でも、同じシーンを30分も見ていれば、鉄道マニアである自分でもさすがに退屈してくる。乗客のうち8割ぐらいはお疲れモード。
 山の中だけあって午前とはうって変わって天気は下り坂。小雨もパラパラ降ってくる。15:30ころには雨脚がかなり強くなって、デッキから車内に避難する。かなり寒くなってきた。
 同じ客車にいる人たちが、ダルマストーブに木ぎれをくんで火を付けようとする。だが、車内はなかなか暖まらない。日本からかなり薄手の服しか持ち込んでいないので寒さが堪えられない。

15:45 木材運搬車をレールの勾配を使って動かしていくMariuta号

 さて、このまま快調に走って行くのかなと思っていると、15:43、機関車が急停車する。再びデッキに戻っていた私は、後ろ向きで倒れ込み、カメラを車外に落としそうになる。
 何が起きたんだ。とりあえず線路脇に降りて、ぬかるんだ犬走を走って見に行くと……。カーブの先に、丸太を山積みした木材運搬用のトロッコ貨車が5両ほど停まっている。

 この先に、本線から分かれて山あいに入っていくレールが見える。このトロッコ貨車。朝イチのFaina駅行き混合列車に繋がれて、ここで切り離され、僕らが往き来している間に切り出された木材を積み込んでいたのだろう。
 ただ、こんな本線上にトロッコ貨車が放置されていると、蒸気機関車はその先に進むことはできない。機関助士が林業関係者と口げんかをし始める。「なんとか早くどけろ!」ということなんだろうが、エンジンを積んだモーターカーを見たのはさらに10km以上先。それが来るのを待つしかないのか。でも、どうやって連絡を取るんだろう。
 心配していると、様子見をしていた機関士が降りてきて仲裁に入る。
 どうするんだろう……と見ていると、Mariuta号をゆっくりと動かし、木材を満載したトロッコ車に軽く押し当てる。
 はたして、100年前に製造されたロートル蒸気機関車に客車4両+木材積みトロッコ貨車5両を引っ張るだけの牽引力があるのだろうか。不思議そうにその作業を見ていると、運転士が「プッシュ、プッシュ」とジェスチャーをしてくれた。連結器を結合させないところを見ると、レールの勾配を利用してトロッコ貨車を動かそうと言うことか。

 16:15、ようやくMariuta号は動き始める。さすがに牽引定数をオーバーしているのか最初の動きはスローモー。自転車より遅いスピードしか出ていない。なかなか貨車を押し出せないようだ。白煙がもうもうと山中を覆い尽くす。
 だが、急カーブを2つ過ぎ、小さな橋を過ぎた辺りで、いきなりスピードが上がる。デッキから前を覗き込むと、機関車の数十m先をトロッコ貨車が自力で下っていっているのが見える。なんとか本線上の障害物を取り除くことができたようだ。
 満載された木材の上に鉄道職員が1人。さっきまで客車に乗っていた車掌だ。さて、このトロッコ。レールの勾配だけで次の駅まで辿り着けるんだろうか……
 そこから1kmほど進むと、川縁のちょっとした平地に到着する。行きにも給水のため30分ほど停車したところだ。無動力で押し出されたトロッコはここで休んでいた。その隣にMariuta号は停車。また炭水室からホースを持ち出し、川から水くみを始める。


18:13 出発から8時間、ようやくヴィシェウ・デ・スス駅に

 この給水ポイントにも10分ちょっと停車し、16:35、ようやく動き出す。
 行きに停まったCozia駅や支線との分岐ポイントはそのまま通過。どこも停車せずに、ノンストップで山道を下っていく。
 空は曇天。すでに太陽の温かさは消え失せ、ただただ初春の肌寒い空気が山あいを支配する。イスタンブールで急遽買い求めた薄手のジャンパーとセーターで重装備したつもりでいたのだが、地元ルーマニア人たちはみんな大阪の2月ぐらいの服装をしている。ヨーロッパの4月は思ったより気温が低い。
 でも、こちらとしても鉄道マニアの端くれ。車内で閉じこもっていてはいけない……とデッキで粘り、カメラを構え続ける。カーブのたびに激しく揺れるので、身体を支えるのだけでも大変だ。
 そんな乗り鉄としての意地だけでデッキに立ち続けるが、17:00ころから再び強い雨が吹き込んできた。ちょっと本気でカゼをひいてしまいそう。車中に戻ると、遅まきながらダルマストーブに火が灯され、ほんのりと車中が暖まっていた。火をおこすのに頑張ってくれた同乗のルーマニア人ファミリーに多謝。
 その温かさと心地よい揺れ、夜行明けの疲れもあって、そのまま寝入ってしまった。
 目を覚ましたのは1時間ほど後。列車が急停車して、ベンチから転げ落ちそうになったのだ。窓の外を見ると、木材の積み場である。行きに車両点検で停車したところだ。
 やがて集落が見えてくると、道路と交差する踏切でゆっくりと停車する。今度は何かと覗き込むと、先頭車から家族連れが降り立つのが見えた。どうもすぐ側にある民宿の宿泊客らしい。他の乗客から見送りを受けて、手荷物片手に去っていく。
 そこから車庫の側を通り過ぎれば、終点のヴィシェウ・デ・スス駅である。18:10着。定刻より、1時間40分遅れである。
 行きは3時間、帰りは3時間半。30kmの森林鉄道の旅はようやく終わった。

 4両の客車からいっせいに乗客が下車していく。帰りはさすがに退屈したのか、みんな軽く身体をほくじながら、駅の裏側にある駐車場へ向かう。自家用車で今晩の宿へと帰るのだろう。同じ客車にいた家族連れも英語とフランス語をチャンポンにした挨拶で去っていく。
 やがて駅前に取り残されたのは、鉄道スタッフと僕だけ。また朝7時と同じ状況に戻った。
 朝からずーっと付き合ってくれていた車掌に、「まだもうちょっと機関車の写真を撮りたいんだ」とジェスチャーで伝えるが、「もういいだろう」という表情をされる。定刻より大幅に遅れているし、さつさと後始末をして早く帰りたいのかな。無理強いするのも気の毒だ。
 18:25、Mariuta号はバック運転で車庫へと戻っていく。それを見送り、駅舎の前に置いたバックパックを肩に担ぎ、僕は1人、今晩の宿を探すべく駅構内を去ることにした。

モカニツァ森林鉄道の詳細情報

 現段階ではまだ途中までしか書いてないんで、後日、追加しておきます。





 駅の事務所で女性のスタッフ(英語ぺらぺら)に聞いてみると、ここの利用者のほとんどは地元ルーマニア人の個人旅行者らしい。近くにリゾート地がいくつか点在していて、そこからクルマで乗り付け、一日がかりのピクニックに出るのだとか。そして、たまにドイツ人とかのグループがやってきて、フォトランを実施すると。これは鉄道マニアが団体で列車丸ごとをチャーターする列車のこと。撮影スポットまでカメラマンたちを運び、そこで彼らを下ろし、再び勢いよく煙を出しながら走らせて、走行シーンの撮影をやっもらう。マニアにとっては蒸気機関車の撮影を非常に効率よくできるし、鉄道会社にとってもお金の面でメリットは大きい。アフリカや中東でもたびたび見かけたけど、ここでもやっているのか。