京都でMKタクシーに乗って料金が格安となるカラクリを聞いた話。
先日、京都で所用があった帰りに、四条からタクシーに乗った。
23時前なので長距離狙いの人が多いんだろうけど、京都駅までだけだから比較的近距離。ちょっと申し訳ないなあと思いつつ、なにげに手を挙げて止まってくれたのはMKタクシーだった。
「いやあ、最近、景気が悪くて、祇園も人出はがたっと落ちていますよ。ビルでも3階以上の所はほとんど明かりが付いていませんし……」と、まあありがちな景気の話をしていた。
で、「MKさん。でも、好調と聞きますよね。規制緩和で増車が認められるとメリットはあったんですか」と話を振ると、道すがら、いろいろ内情を説明してくれた。
近年、MKタクシーは、関西だけでなく東京や名古屋にも進出し、全国的にその名が知られるようになった。
運輸業界規制緩和の旗手、MKタクシー
彼らは80年代から料金値下げの方針を打ち出し、タクシー業界や近畿運輸局に対して様々な仕掛けを繰り返していった。ここ十年ほどのタクシー業界の規制緩和の流れを作ったのは彼らだったとしても過言ではない。一方で、その方法は様々な波紋を引き起こしてきた。
最大の疑問は、なんでMKタクシーはこんなに料金を安くできるのか、という点。そしてあそこまで増車しながらなぜ大きな損になっていないのか、という点。
この当の運転手さんの話を聞くと、
- 車両代(減価償却費相当分がリース代?)
- 整備費代
- 保険代
- ガソリン代
……そうした、他社では会社側が負担してくれるようなランニングコストが全て運転手の負担となっているからこそできる芸当なんだという。まるで個人営業のタクシーみたい。
本社は負担すべき
- 初期コスト(車両代)
- 維持費(整備費・保険代・ガソリン費)
を低く抑えられるから、次々とタクシーの台数を増やすことが可能になる。景気低迷で運転手の希望者はそれなりに増えてきているし、教習所で二種免許を取れるようになったから参入障壁も低くなった。だからこの20年ほどの間で急成長を遂げることができたんだとか。以前、他地域のタクシー会社の社長さんと会ったときも、それに近いことを指摘されていた。
「じゃあ、減価償却が終わる4、5年後になると、手取はかなり上がるのですか?」と尋ねてみた。丁寧に使えばタクシーの車両は10年はゆうに使うことができる。
彼は苦笑いをして「そのときはね。また新しいクルマを使わないとダメなんですよ。そういう仕組みなんです。私も○年、ここにいるけどね。給与は○万円落ちてます。本音ではね。増車はいやなんでよ。自分らのクビを絞めているのが分かるからね。でもね……」という話をしていると、タクシーは京都駅前に着いた。
運賃の同一化を求めるタクシー運転手と利用者との見方の相違
MKタクシーについての批判的見解は、エムケイ (タクシー会社) Wikipediaが詳しい。当初はマスコミもそのアイデアをこぞって賞賛していたが、その問題点が指摘されるようになったのは90年代になってからである。
今日も、大阪では
府内のタクシー会社の7割が加盟する社団法人「大阪タクシー協会」など6団体が参加。大阪市の大阪城公園で決起集会を開き、その後、従業員や会社経営者らがデモ行進。タクシー約60台も御堂筋など市内の道路をパレードした。国土交通省は7月、規制緩和で安全運行やサービス低下の懸念が強まったため、大阪など競争が激しい地域で新規参入を制限する業界再規制に踏み切った。しかし参加者らは「規制緩和の負の部分を見直せ」「新規参入規制のさらなる強化」を要請。業界団体と労組が一体となり、浪速のタクシー業界の窮地をアピールした。
タクシー業界が抗議パレード産経新聞
という動きがあった。
夕方の関西ローカルのテレビニュースを見ていると、インタビューに応えていた利用者たちもそこらは仕方ないのかなというニュアンスの返事をしていた。
ただ、この産経の記事は伝えていないが、このデモでは「大阪市内は同じ運賃に」という点も訴えられていた(朝日の記事の写真参照)。「同じ運賃」といっても、安い方ではなく、高い方にあわせるということは一目瞭然。テレビのインタビューでは露骨に運賃値上げを主張する運転手もいた。
もちろんそれに賛同する利用者がいるはずもない。
すでに90年代からタクシーの運転手の過酷さは様々なマスコミで報じられてきているし、彼らに「大変ですよねえ」と話しかける利用者も少なくないんだろうと思う。
かといって、明日から料金が2割増になったとしたら、それはまた別の話である。ここ十年、政府が進めてきた規制緩和の施策の中で、国民が一番分かりやすい形でメリットを享受できているのがタクシー運賃である。時計の針を大幅に戻すことは難しいのだろう。
となると、規制緩和の見直しを目指す明確な根拠が必要となる。「タクシー運転手の生活を守れ!」だけでは政策転換への原動力とはなりにくい。
そこで語られるのが「安全」。
先の産経の記事でも、あるタクシー運転手は「乗客の安全にもかかわる問題だ」とコメントを寄せている。交通系のちょっと左系の研究者なんかもそこを強調していますよね。運転手に資格試験を課して、間接的な台数制限をする方向の提案なんかもされている。ただ、古株の運転手としては、そうした試験みたいなことを改めて受けさせられたりするのはどういう印象を持っているのだろうか。
安全っていうのはイコールお金がかかるということではない
それと、最近の運輸業界を見ていると「安全」って、どこまで重要視されているんだろう。
そりゃあ、大事故を起こせば、どこかの会社みたいにマスコミや利用者から袋だたきにされますよ。
でも、正直、自分が被害に遭うとは誰も思っていない。飛行機でもバスでも鉄道でもタクシーでも同様。「カネをかければ安全を買える」というわけでもないし、実際、きちんとされているのかどうか。僕らが分かるはずもない。
そもそも自分たち自身。クルマを購入するとき、その対象車の安全性能についてきちんと選んでいるのだろうか。国土交通省は、自動車の安全性能の比較評価を「自動車アセスメント」として実施していて、「これまでに評価した車種一覧 」と報告している。これ、めちゃくちゃ貴重なデータだと思うのだけど、ほとんど存在が知られていませんよね。車購入の判断材料として使っているとも聞かない。新車ディーラーの窓口なんかに置いてあればいいんですが、見かけたことは一度もない。マスコミも、広告主である自動車業界に遠慮しているのかほとんど結果を伝えない。やはり安全意識は日常的なモノとして捉えにくいのかもしれない。
実は、運輸業界の関係者で急成長を遂げている会社の代表が、昨年、
安全っていうのはイコールお金がかかるということではないと思うんですよね。今はもう料金を高くすると安全が担保されるという時代ではなくて
と発言したことがある。ツアーバスの大手WILLER TRAVEL株式会社の村瀬茂高社長。昨年の「NHKスペシャル 高速ツアーバス 格安競争の裏で」の中での発言です。テレビカメラの前で流ちょうに見得を切って理想を語っていたのに、途中で舌を噛み噛みになって、「バス会社の個性」とか別な話で語尾を濁してしまう。自分でも失言と思ったんだろうな。MKタクシーのオーナー青木定雄氏のような妙な説得力には欠けていた。
いろいろと波紋を呼んだその会社のことについてもうちょっと調べたいなあと思っていたら時間切れ。また気が向いたら続きを書きます。鉄道マニアではあるけど、バスに関してはまったく関心のない僕が書いてもいいのかなと思ったりもするのですが、それはまた別の話。