リニア直線ルートを求める飯田地区。そして迷走する長野県知事と地方ローカル紙

katamachi2009-06-19

 前回「リニア中央新幹線「1県1駅」方針と地元各県の反応。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」の続き。
 リニアのルート問題、6月8日からいろいろと話が進み、6月18日に1つの節目を迎えた。
 JR東海と鉄道・運輸機構(旧鉄建公団)が、「中央新幹線調査の今後のスケジュールと工事費等について」資料を自民党のリニア特命委員会に報告した。

  • 「木曽谷ルート」(334キロ)5兆6300億円・46分
  • 伊那谷ルート」(346キロ)5兆7400億円・47分
  • 南アルプスルート」(286キロ)5兆1000億円・40分

中央新幹線調査の今後のスケジュールと工事費等について」AルートとかB、Cとか使わないんだね。
 今まで微妙に言葉を濁していたJR東海。社長が「直線ルートの優位性がはっきりした」と発言したことで、そのスタンスを明確にすることになった。一方、ここは自民党の委員会なのに、堀内光雄委員長(選挙区は山梨県)は「科学的に計算された数字だ」「地元とJR東海の折衝の中でどこを選ぶか。この試算をもってどこがいいとか悪いとかは考えていない」と、調整を見守る姿勢を示すだけ。長野県外の政治家たちは何もしないらしい。
 それに対する村井仁長野県知事の反応。

「ルートや駅の話は、建設費や需要などは当然、地域振興の観点も重要」としつつ、今後の調整について「どうしなきゃいかん、という明確な決意を持っていない。どう調整していくか悩んでいる」とも述べた。

 わああ、県知事がそんな無責任なこと言ったらダメでしょう。10日前に、「それで事業が進むのだろうか」とか「とりあえず聞き置く」とか悪代官っぽい発言をしたんだたけど、そんな勢いもなさそう。ただ、県庁も地元も戦略を持っていないことを露呈しただけになった。

BルートとCルートを求める地元の反応まとめ

 さて、この一週間のBルート派とCルート派の発言まとめ。
 長野県の地元紙である信濃毎日新聞長野日報のニュースを追ってみた。

  • Bルート派(諏訪地区) 6月9日に諏訪市役所で説明会
    • 山田勝文諏訪市長「いつまでもリニア新幹線の応援団でいたい。中央と地方双方の発展を考えてルート決定してほしい。最良はBルートだ」
    • 中間駅の建設費が地元負担とされたことに関し、「それなら複数あってもいいのではないか」との意見

(以上、信濃毎日)

    • 山田勝文市長「私たちはリニアの応援団として運動を展開してきた。それが一昨年暮れ、JR東海から(南アルプスを貫く)Cルートが浮上し、寝耳に水のことで困惑した」「一時より強烈なCルート論は引っ込んだ。とにかく県で音頭を取り、一本で進めていくことが大切だ」
    • 有賀昭彦諏訪商工会議所会頭「県民としてBルートと決め、県議会でも採択されている。その重みをどう考えているのか」

(以上、長野日報)

  • Bルート派(上伊那地区) 6月13日に伊那市役所で説明会
    • 「コスト面だけでルート選択しているが、あまりにも独善的」
    • 「南アに長いトンネルを通すのは危険」
    • 「トンネル内で緊急事態があったとき、どうするのか」
    • 「リニアは地域振興の原動力になる期待がある。人のいないところに鉄道が走って何の意味があるのか」
    • 「各県のルートは各県に委ねるべき」
    • 「1県1駅でなく、駅を増やしてほしい」
    • 「人を物のように速く運ぶなら直線になるが、これからの時代は、もっと人間的ゆとりが必要。人間的、将来的な選択を」との要望もあった。
    • 「(Bルートを願う)上伊那の心意気をしっかり(上層部に)伝えてほしい」と求めた。
    • 「説明会のニュアンスとするとCルートありき。今後は知事にBルートをはっきり言ってもらうしかない」
    • 向山公人伊那商工会議所会頭「きょうの説明会は、JR東海の方針を地元が理解したものとは受け止めていない」

(以上、長野日報)


 非公開とされていたにもかかわらず、両紙とも参加者の「発言」とされる言葉をそのまま伝えている。
 これらの発言は凄い。
 地元は、Bルート推進の意向をJRに要求する場として説明会を位置づけていたのだろうか。要望するのは別にいいんだけど、ちょっとやり過ぎ。「おらが土地に道路を敷いてくれ」って町内会レベルでの露骨な言葉がなんともなあ。「もっと人間的ゆとりが必要」「人のいないところに鉄道が走って何の意味があるのか」って、それはリニアを造るなということなんだろうか。


  • Cルート派(飯田地区) 6月15日に飯田市役所で説明会
    • 飯田市渡辺嘉蔵副市長は冒頭あいさつで「飯伊地区の期成同盟会は1974年、県内のほかの地域に先駆ける形で設置され、リニアが夢から現実になる過程をともに見続けてきた」
    • 企業経営者が「リニアの役割は東海道新幹線のバイパス。できるだけ直線でないと意味が薄れる」と指摘

(以上、信濃毎日)
長野日報の報道は見当たらず


 うん?
 ここで最重要なのは、「できるだけ直線でないと意味が薄れる」という長野県庁の方向性とは異なる意見があつたということ。「Cルート」での早期建設を求める声が相次いだ、のなら、県政では少数派のその人たちの声も拾い上げるのも地方紙の役割だろう。並行在来線問題についても将来的には重要な話なのに、もっと突っ込まないと。
 特に長野日報。Bルート派の諏訪と上伊那では、どうでもいいような出席者の発言すらフォローしていたのに、飯田の説明会については無視なのか。もちろん何らかの原因でネットに出さなかったのかもしれず実際の紙面には詳報があったのかもしれないけど、自分たちのネットニュースが県外の人間にも見られている(しかも、本来の読者より注視されている)という自覚はあるのだろうか。

一方、飯田地区と南信州新聞は直線のCルートによる早期実現を要望していく

 一方、Cルート派の動きを報道しているのは飯田地区を拠点としている南信州新聞。
 この新聞のスタンスと地元での評価は知らないが、「「直線ルートで飯田駅を」 飯田でリニア説明会」という記事の発言を紹介してみよう。

  • Cルート派(飯田地区) 6月15日に飯田市役所で説明会
    • 「官民、地域を挙げて飯田駅設置を求めている」
    • 「経路はCルートを望んでいる」
    • 萩本範文飯田商工会議所副会頭「多くの飯伊住民の願いは直線ルートによる飯田駅の実現にある」
    • 同氏「国家的戦略と地方の問題は別。地方が利便を求めるのは当然だが、幹と枝葉の論議は分けるべき」
    • 柴田忠昭副会頭(県に対して)「1日も早くCルートで一本化できる体制を整えてほしい」
    • 同氏「県内で意見が分かれている以上、不可能ではないか。万が一にもAやBに決まったら、世界の笑いものになる」
    • 「Bルートの場合、飯田線中央本線並行在来線化問題が浮上しないか」
    • 「中間駅の地元負担はどの程度になるのか」

 さらに、「参加者からは飯田駅の設置や同社が想定する直線のCルートによる早期実現を求める意見が相次いだ」、「賛同の拍手が沸き起こった」とした上で、

村井仁知事は「B案は県民の総意」として主張の根拠にしてきたが、C案を求める飯伊の考えが明確化したことで「統一意思」が崩れた

とまとめる。JR東海の関戸淳二東海道新幹線21世紀対策本部担当課長は「直線ルートと飯田駅の実現を求める声が大半だった」と発言したんだとか。
 いやあ、これもまた極端だ。
 とにかく、先に紹介した信濃毎日新聞が飯田での会合をあっさりと紹介していたのと比べると、飯田地区の、いや南信州新聞の主張の違いが色濃く出ている。昨年末から飯田商工会議所では「「直線ルート視野」決議書案 飯伊経済団体、転換も視野」にあるように「リニアのルート問題をめぐり、JR東海が想定する「直線ルート」を事実上支持する方向へ転換する決議書案を議論」という動きがあったらしい。
 ちなみに、リニア中央新幹線建設促進飯伊地区期成同盟会の会長である牧野光朗飯田市長は出張のため、説明会には出席しなかったとのこと。この席上に、市長が何かの発言をすることは難しかったんだろうな。翌日の会見での「ルート問題に翻弄されることなく、ひたすら飯田駅設置に全力を尽くしたい」との発言に微妙な立場がうかがえる。県との関係を考えると、出席しなかったのは意図的なんだろう。たぶん。


地域の少数派や他地域の動向も報じるのが地方紙の役割ではないのか

 前回も指摘したように、長野県下でも「伊那谷ルート」(Bルート)で一枚岩だったわけではない。長野県世論調査協会http://www.nagano-yoron.or.jp/が2009年4月に発表した世論調査結果でも、

  • Bルート支持 41・3%
  • Cルート支持 21・7%

だった。これは全県を対象にした調査なはずなのに、Cルートでいいという人が2割もいた。特に飯田市では54・1%がCルートを支持している。そのアンケートの数字が、この6月に行われた説明会によって浮き彫りにされるようになった。
 これは地元の不満のガス抜きになったのか。いや違う。違うから、県知事は「どうしなきゃいかん、という明確な決意を持っていない。どう調整していくか悩んでいる」と発言したんだろう。
 ここから落としどころを見つけていくのは難しい。
 基本、一番ややこしくなるリニアのルート問題に対して、過去20年間、きちんと議論が煮詰めてこなかったことが今の状況を招いたわけだ。JR東海を悪者にしようという口ぶりが県庁やBルート派からは聞こえてくるんだけど、それはちょっと違う。
 Cルートでいくことを前提で企画しておきながら結論を曖昧にしてきたJR東海運輸省、政治家たちに問題があるのは確か。
 だが、そうした空気がきちんと長野県内では伝えられてこなかった。というか、関係者みんなが聞こえないふりをしてきたことに最大の問題がある。諏訪市の市長の「Cルートが浮上し、寝耳に水のことで困惑した」なんてのは、あまりにもあざとい発言だと思う。


 それは地方紙も同じだ。
 信濃毎日新聞長野日報、そして南信州新聞。それぞれの立場を主張する、というか、関係者の意見を代弁するのはいいんだけど、少し偏りすぎていないのだろうか。
 信濃毎日は、6月16日の社説で

 「1県1駅」「駅の建設費は全額地元の負担」。JR東海が東京−名古屋間に設ける駅について示した見解がきっかけである。地元にすれば「従来に輪を掛けて、難しい条件を突き付けられた」という思いだろう。(中略)企業が自費で造るから、国が整備する路線とは異なる−。そんな論法が広い支持を集めるとは思えない。
リニア新幹線 地元の結束を固めながら

とする。
 ただ、Cルートでいくというのは、長野県域以外では以前から大方了解されていたことで、神奈川や山梨も岐阜県も「1県1駅」で調整をすると6月10日までに表明している。それはかなり前から分かっていたことなのに、現実を見ようとしなかったのは、長野県庁と経済団体とローカルマスコミだけじゃないのか。長野県の論法もまた広い支持を集めるとは思えない。

 県の指導力が求められる場面である。中南信地域の発展に中央新幹線をどう結び付けるのか、関連する交通網の将来像を描きながら対応することが欠かせない。
 外に向かっては「地域エゴ」と見られないよう、しっかり説明していかなければならない。

 ここらも、ネットなんかで散々笑われた所なんだけど、基本、「地域エゴ」なんだよね。公共事業をやるのに、そうしたエゴがあるのは致し方ない。それを調整するのが長野県庁なんだけど、肝心な役割を果たしていない。中央政府や近隣県の様子を見ながら、この20年間、うまく立ち回り続けるべきだったのに、BルートがJRや国や近隣で評判が悪いというデメリットを伝えなかった。
 で、この始末。
 「JR東海が一方的に進めようとしていることが、県民を不安にさせている」「JR東海には、今後も丁寧な地元対応が求められる」とJR東海を悪者にしておければいいんだろうけど、その論理は長野県政にしか通じない。

沿線の地域も結束して対応するときだ

長野県政の立場からすれば望むべきスタンスなんだけど、県庁からの御言葉を垂れ流してきて飯田地区などの感情を拾い上げていなかった信濃毎日もどこかマズかったのでは。
 ちなみに、長野県の地元紙ではない中日新聞は「リニアめぐる地域間の温度差露呈 説明会が県内一巡」(2009年6月18日)で、「調整のための説明会が、地域の思惑の違いを浮かび上がらせる皮肉な事態になっている」と指摘する。
 この記事、リニアのルート問題を巡る長野県庁、各地域、そしてJRの立場や考え方の相違をよく描き出している。地元紙ではなかなか見えてこない視点だ。


 ここで重要なのは「長野日報」での「これまでメディアを通じた情報だけだった。JRの課長がこの地に来て、直接情報を聞けたことは大きな成果だ」という諏訪市長の発言。
 う〜ん、長野県庁も地域メディアも、これまで20年間、Bルート前提で議論を積み重ねてきたんだろうけど、実際、JR東海や政府や他地域の動向をある程度は知っていたんじゃないの。知っていながら、聞こえないふりをしてきた。
 地方自治体やローカルマスコミが地域の利害を主張することは悪くはないと思う。それも1つの戦略だ。ただ、上の信濃毎日の社説のように「沿線の地域も結束して対応するときだ」としてしまうと、少数派(というか全国的には多数派)の意向は反映されなくなってくる。自分たちと利害の一致しない住民、他地域、政府などの意見も汲み取り、それらにも配慮した報道をしないと多角的な視野が広がっていかない。正直、今回のリニアのルート問題は、長野県庁や関係者、そしてローカルマスコミの問題が少なからずがあるんじゃないか.....とヨソ者の僕には見える。
 ここに及んで、「よく分からない」「正直言ってよく分からない。それしか言いようがない」「事業主体はJR東海。アイデアがあるわけではない」「どうやって調整したらいいか。悩んでいるところ」とする村井仁知事。さっきまで県民を煽っておいて、今さらそれはないだろうと思う。この杜撰さの裏には、地域利害でJR東海を困惑させることでリニア計画そのものを阻止しようという深遠なる陰謀が隠されている……と言ってみたくもなったのだけど、それはまた別の話。