温泉っぽい日帰り入浴施設「平成温泉」を定義する

katamachi2009-08-18

 コミックマーケットで関東地区に滞在していた合間を縫って、群馬県渋川駅から嬬恋村大前駅まで延びるJR吾妻線に乗車した。
 目的は2つ。

JR東日本:進行中の建設プロジェクト
川原湯温泉協会
 この八ッ場(やんば)ダムは2009年内の着工が予定されており、それに先んじてダム湖に沈む吾妻線や駅、温泉郷は新しい場所へと移転することになる。09年度の事業概要によると、鉄道の付替供用は2011年度になるらしい。
 09年8月の衆院選に際し、民主党は次期衆院選政権公約マニフェストで、計画中止を掲げて、群馬県など地元の首長たちは反対の意思表示をしている。上でリンクを張った川原湯温泉観光協会のHPでも、「現地の住民の悲鳴にも似た叫びを無視してダムの中止を掲げている身勝手な政党が存在するからだ」と主張する文書が掲載されている。
 過去数十年の様々な経緯があるし、ダムの是非についてはここでは触れない。
 さて、温泉だ。

ホンモノの温泉が残っている川原湯温泉を味わえるのもあと僅か

 川原湯共同浴場は計3ヶ所。

  • 王湯
    • 温泉郷の中心的存在。露天風呂と内風呂があるが、源泉から直接お湯を注いでいる内風呂の方がオススメ。夕方以降は地元住民専用となる。300円

  • 笹湯
    • 地域住民向けっぽい温泉施設。湯船と脱衣場が一緒になっているのが珍しい。300円(無人)

  • 聖天様露天風呂
    • 小高い丘にある野趣豊かな露天風呂。男女混浴になっている。100円

 それぞれが独特の趣を持っていて、魅力的である。
 温泉に入る前からダラダラと汗をかいている真夏の昼下がり。湯船を1つ1つ訪ねていくのは贅沢な時間潰しだったと思う。
 ただ、お盆の最中にもかかわらず、いずれの共同浴場もガラガラだった。観光客の姿をほとんど見かけなかった。古くからの温泉街であるため、

  • 国道・高速道路から離れたところにある
  • クルマを止める駐車場がない
  • 温泉施設も湯船も狭いためそもそも大量の日帰り入浴客を収容できない

という欠点があるからだろう。
 この後、集落が数年後に別な場所へ移転することが決まっている。
 下は温泉街の完成予想図。

 けど、新規オープンの際、はたしてお客さんが大量にやってくるのか。ボーリングして新しい泉源からもお湯が出ているようだが、歴史性を失った温泉街に魅力があるとは思えないのだが……
 「古き良き、温泉の風情が今もそのまま残っている川原湯温泉」(HPより)が消滅してしまうのもあと僅か。ぜひ訪ねていって欲しい湯船だと思う

過疎地域の地域振興で企画された公共系日帰り入浴施設の乱立

 一方で、国道353号沿いにある小野上温泉(渋川市)という公共の日帰り入浴施設には何十台もののクルマが停車していた。
 ええっ、そんなどこにでもあるパチモノ入浴施設のどこがいいんだろうと僕なんかは思うのだけど、

  • 国道沿いにあるから便利だし、ふらっと立ち寄りやすい
  • 駐車場が広いからゆっくりと滞在できるし、大広間やレストランも完備
  • もちろん湯船も大きいし、露天風呂やジャクジーなど施設も多彩

というのが評価されるんだろう。
 加水や加熱や循環、塩素消毒をしている湯船が「温泉」と言えるのかどうかは議論は分かれるけど、まあそれはそれ。
 こうした公共系の温泉施設。ここ十数年の間に、日本国内にたくさんできているというのは旅好きの間ではみんな知っているんだと思う。
 公共の日帰り温泉施設の先駆けとなったのは、この小野上温泉だそうで、1981年にオープンした直後にはかなりの訪問客がやってきたのだという。
 以後、80年代後半から10年ほど間に、全国の町村部のあちこちで「温泉」と名の付く施設が誕生した。

  • 80年代になって温泉ブームが始まり、手軽に訪問できる日帰り入浴施設に注目
  • 1987年のリゾート法(総合保養地域整備法)制定後、リゾート産業の振興→過疎地域の発展を狙った施策が奨励される。その第一歩として温泉施設が建設
  • 高齢化が進む過疎地において、福祉施設と娯楽施設を兼ねた温泉施設はあらゆる層から歓迎された。
  • 自治体経営」なるものが持て囃される中、地域振興のための新しい施策の展開と創意工夫が過疎地の役所に求められる(でもアイデアがないので温泉施設が乱立)
  • 90年代になると、ウルグアイ・ラウンドと農業自由化に対応するため、農村部の産業開発を目的とした農林水産省系の補助金が大盤振る舞いされた

というのがその背景。

(農業農村活性化農業構造改善事業で造られた飯山市の某温泉の銘)
 1988年に竹下内閣が実施した、ふるさと創生事業というのもそのきっかけとなった。
 当時、約3200あった各市町村に対し1億円ずつ交付し、地域振興に自由に使っても良いとした。
 ただ、突然、贈られた自治体としても使い方に難渋する。そこでやり始めたのが温泉掘削のボーリング。1億円あれば1回ぐらいは掘削できる。
 僕が学生時代、長野県での自治体調査に参加したことがある。その際、上述のふるさと創生事業がどのように使われたのか整理してみたのだけど、アンケートに答えた県下101市町村のうち、実に36団体が温泉掘削にチャレンジしている。火山活動が盛んな長野県とは言え、4割が近くが横並びに温泉掘削していたとは驚いた(なお、長野県地方課調べでは、1億円の創生基金を温泉事業に投じた団体は38。そのうち10団体は掘削に失敗したんだとか)。
 まあ、多少の失敗はあれども、火山国家日本の大地だと、1000mも掘ればたいてい温泉の素ぐらいは出てくる。
 これで90年代後半にもなると、過疎地の市町村それぞれに最低1ヶ所ぐらいは温泉施設がオープンすることになる。

金太郎飴みたいな「平成温泉」を訪ねてみるゾ

 こうした施設には特徴がある。

  • 第3セクターや財団法人、外郭団体など自治体系の組織が運営している
  • 街からかなり外れた農村部に設けられる
  • ただの大浴場だけでなく、露天風呂やジャクジー、泡風呂なども
  • 食堂や休憩室も完備。宿泊施設も備えているところも多い
  • 「温泉」ではあるが、加水・加温・循環・塩素消毒は当たり前

 僕自身、この20年ほどの間、国内あちこちを旅してきたんで、この手の公共系日帰り温泉施設にはかなり立ち寄ってきた。
 温泉マニアではないしさほど湯質にこだわりはないので、そうした施設を否定するつもりはない。“源泉かけ流し”に対する幻想も特にないし、そもそもホンモノとニセモノの違いはよく分からない。
 そもそも「温泉」の定義は「泉源における水温が摂氏25度以上」あるいは「25度未満でも、19種類の物質のうち1つ以上の物質を含有」していればいいんで、なんらしかボーリングすれば東京都区内でも大阪市内でも「温泉」をオープンできる。
 ただねえ。そうした「温泉」と従来からの温泉とは一線を画したいんだなあ。ここまで日帰り温泉施設が乱立してしまうと、ボーリングせずにお湯が出てくるホンモノの温泉が埋没しかねない。実際、川原湯温泉って地味モードになってしまっていたし。
 そこで、僕はこれらの自治体系団体運営で地域振興を目的とする温泉を「平成温泉」と呼ぶことにした。
 定義は、

  • 運営主体は自治体系団体
  • オープン時期は平成になってから(80年代設置も含む)
  • 「加温」「加水」「循環」「塩素消毒」の4要素のうち3つ以上当てはまる
  • 温泉以外に、食堂や休憩施設なども兼ね備えている

の4点。
 で、考えてみると、こういう温泉施設って全国に山ほどあるなあ。都市部や都市近郊にはチェーン展開している民間資本も少なくないんでそれらも含むとなると、何千施設ぐらいあるんだろう。
 別にそうした施設が存在することは否定しない。自治体が喧伝するほど観光客の誘致と産業振興の成果には繋がっていないところが多いと思うが、安価で入浴施設&付帯のレジャー施設を利用できる住民にはそれなりに評価はされているらしい。
 ただ、それらの「平成温泉」ってあまり個性がないんだよなあ。
 以前、北海道の道北・道東に取材で1ヶ月ほど滞在していたが、毎日のように公共系日帰り温泉施設で入浴し、2日に一度ペースで付属の宿泊施設で寝起きしていた。正直言ってしまおう。どこも同じような湯船と施設ばかりで、途中からはウンザリしてきた。
 とにかく、地域振興に対する国と地方自治体の無策ぶり、補助金によるハコモノづくりの促進という土建国家の負の側面が色濃く出ている問題プロジェクトだと思う。ここ数年、老朽化した施設のリニューアルや維持費の捻出ができず、閉鎖した施設もちょこちょこ出ている。市町村合併自治体が大きくなり、同じ自治体内に同種の施設を複数抱えたところも出ている。ああ、そういえば、平成の大合併の地元懐柔策として温泉施設をオープンしたところもあったなあ。
 僕が嫌いなのは「平成温泉」なんではなく、「平成温泉」を造ることにしか能がない役所の人間や議会とか住民の方なのかもしれない。
 で、そうした温泉の総本山は、出雲市郊外にある出雲平成温泉。まさか、平成温泉なんてベタな施設があるとは想像もしていなかつた。
 そして、

  • 出雲市役所の平成スポーツ公園出雲保養センター
  • 1994年(平成6年)オープン。ボーリングで地下1200mから湧出
  • 7種類の薬草を入れた薬草風呂やジェット風呂、開放的な露天風呂
  • レストラン・会議室・和室休憩室・トレーニングコーナー・施術室などを複合させた健康施設

と勢揃い。こちらのHPによると、「加温」「循環」「塩素消毒」の3要素に当てはまっているみたい。
 これはもう、僕の理想とする「平成温泉」そのものなんですよね。
 6月に世界遺産に登録された世界初の温泉施設、温泉津温泉(島根県太田市)に立ち寄った後、出雲市駅の駅前で出雲平成温泉行きを検討したんだけど、大雨による土砂災害で鉄道がベタ遅れしていたんで断念したんだよなあ(下は出雲市駅前のバス停)。

 「平成温泉」の是非を語るためにも一度は行かねばならないと思っているのだけど、それはまた別の話。