鉄道施設のトラブルや自殺者を起因とする遅延と「首都圏鉄道輸送障害対策会議」

katamachi2009-12-23

 首都圏の鉄道の運休や遅れの本数が昨年度、4万600本に達し、その半数以上が自殺に起因することが、国土交通省の調査で明らかになった。
 同省は21日、JR東日本東京メトロなど首都圏の主要12社を集め、自殺防止に有効とされる「青色照明」の検証などを呼びかけた。
鉄道遅れ4万本、半数超が自殺原因…首都圏読売新聞2009年12月22日

という記事がちょっと話題を呼んでいるようだ。

  • 列車の運休や30分以上の遅れにつながった輸送障害の国交省データ(東京、神奈川、埼玉、千葉の1都3県)
  • 輸送障害の本数 2008年度で40,600本。うち「自殺」は21,100本(07年度18,200本)で、「信号設備などの故障」7,200本
  • トラブルの件数 2008年度679件(07年度699件)。うち「自殺」は307本(07年度288件)

 関東や京阪神だとかなりの割合で鉄道通勤者・通学者はいるわけで、そして「●●駅と●●駅の間で人身事故が発生しまして、ただいま……」というアナウンスと共に、何十分も電車の中で閉じこめられるという経験を何度かしていると思う。僕もその1人。昨日も東海道本線で人身事故を起因とする遅延がまた発生していた。
 ただ、それだけじゃないんじゃないかなあというのが、僕個人の疑問。ちょっと調べてみた。

国交省と関東の大手私鉄などが参加した「首都圏鉄道輸送障害対策会議」

 今回の読売の記事の元ネタは、国交省が昨日発表した「「首都圏鉄道輸送障害対策会議」の開催結果について 会議の結果」にある。12月21日に、関東の大手私鉄などの鉄道事業者(12事業者)と日本民営鉄道協会国土交通省(鉄道局、関東運輸局)が参加した寄り合いがあったらしい。http://www.mlit.go.jp/common/000055543.pdfにその配付資料がある。年末のクソ忙しい時期にも関わらず、国交省鉄道局の局長や各社の鉄道事業本部のトップが参加しているというのだから、まあそれなりの規模の会議であったことが推察できる。
 「結果の概要」としては以下の2点が指摘されている。

  • (1)「信号保安設備等の鉄道施設」について

 輸送障害が発生したときに1件あたりの影響が大きくなりがちなため、「設備の二重系化等を重点的に実施する」

  • (2)「自殺」について

 輸送障害全体の中で最も大きな割合を占めている。ホームなどの監視の強化、青色LEDの効果を検証


 う〜ん、読売の記事とニュアンスが違うなあ。


 鉄道のプロたちが対策として強調しているのは「信号保安設備等の鉄道施設」の方。
 重点的に実施する項目として「設備の二重系化等」と掲げ、信号保安設備の製造メーカーとの連絡強化、影響の最小化を図るとされている。
 先に紹介した国交省のpdfファイルを見ると、ここ数年、鉄道施設を起因とする事故は横ばい。なのに、「輸送障害1件あたりの平均影響列車数の推移(東京都、埼玉県、千葉県、神奈川県)」を見ると、1件あたりの影響本数は、2002年度に49.3本、2004年度で45.3本だったのが、2005年度に急増して73.9本、2007年度には57.3本に落ち着いたものの、2008年度には83.4本と、また急増している。
 なんか最近、信号故障がどうのこうのというアナウンスが多いような気がしたんだよなあ。
 この影響本数、どういう状況の遅れを対象としているのか分からないけど、読売の記事から推察するに、「列車の運休や30分以上の遅れにつながった輸送障害のデータ」ということなのかな。
 1987年度から2008年度までの輸送障害の発生件数を時系列的に並べたグラフもあるけど、部外原因(自殺、踏切事故など?)が増加しているのは後で述べるとして、部内原因の件数もここ15年ほどは増減を繰り返しながら横ばいを続けている。
 技術的なことはよく分からないけど、なんとなく信号メーカーの責任にしているような書き方もしているのが不思議。基本、鉄道会社の責任じゃないのかなあ。システムが高度化している上に現場の合理化が進み、突然起きたトラブルに対応できていないというのは実感としてある。

副都心線開業当時のトラブルと福知山線脱線事故

 実際、ここ数年の中で大きな話題となったのが、東京メトロ副都心線が2008年6月に開業した直後の初期トラブルの数々。「東京メトロ副都心線の話って全国ニュースで流すことか? - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で記事にしたが、

  • 14日 開業日。自動列車運転装置(ATO)の不具合。停止位置ミス頻発
  • 15日 車両点検やホーム柵のトラブルなどで遅れが発生
  • 16日 西武線東武線の乗り入れ列車に対する運転指令の指示ミス
  • 16日 各駅停車が東新宿駅の急行用通過線に進入
  • 17日 和光市などの変電所2ヶ所のブレーカーが落ちて停電。出庫できず

と、主に設備関係のトラブルが連日のように続き、マスコミで大きく取り上げられた。
 これだけでなく、2007年10月にはJR東日本や私鉄など16事業者の662駅4378台の某社製自動改札機が突然起動できずに260万人に影響を与えたというトラブルが発生しているし、それ以外にも停電や信号故障や何やら規模の大小を問わず、設備関係のトラブルは日常起きている。
 あと、気になるのは2005年度に鉄道施設の輸送障害による遅れが急増した原因。グラフを見れば誰でも気付く点だけど、この会議のぺーバーでは何も触れていない。けど、ある程度、事情は想像できる。そう、この2005年の4月に、福知山線脱線事故が起きているのだ。この事故以降、JR西日本の各線では、列車の遅延が常態化している。多少、何かが起きて列車が遅れたとしても、以前のように無茶してダイヤを回復するための高速運転をしなくなった。まあ、そこらは仕方ないところもあるんだろう。ここらは過密ダイヤを組んでいる他の大手私鉄にも有形無形の影響を与えているのじゃないか。
 「設備の二重系化等」はなんにしても必要なんだろうし、それは安全運転にも繋がることだと思う。国交省が鉄道会社をバックアップするというのならそれもまた必要なこと。予算編成やら何やらが重なる時期にあえて寄り合いを開いたと言うところに、国交省が予算を獲得するためのアピールという裏の理由というのも見え隠れしているのだけど、まあそれはそれで。
 あと、上のpdfには、

  • 早期復旧対策について
  • 旅客案内・振替輸送について

の2点も議題に掲げられている。
 ここらは、十数年前のことを思えば、かなり改善されてきたような気もする。
 主要駅だと電光表示板で事細かに情報は流れるし、車内放送なども充実している。月曜日に大阪環状線に乗って鶴橋で近鉄に乗り換えようとしたら、「近鉄大阪線でただいま信号故障が発生しまして」と車内放送が流れた。近鉄ホームに行くと、故障の発生は10時15分頃。それが20分後には他社であるJR線の車掌が伝えていた。委託社員だけの駅とか無人駅だと情報が伝わりにくいとか、ここらも不満を言い出したきりがないが、さらなる努力に期待したいところ。

ホーム等の監視の強化等と青色LEDでなんとかなるものか

 ただ、こういう地味な技術的な取り組みというのはマスコミ的には話題にしづらいんでしょうね。新聞だと社会面で大きな見出しを取るのも難しい。国交省の発表物をただ伝達しているだけの霞ヶ関担当の記者さんだとそれはよく分かっておられる。
 だからこそ、もう一つの「自殺」の方だけを取り上げた。
 実際、2008年度の1都3県の原因別輸送障害件数679件のうち半数近い307件が自殺原因とある(全体の45%)。グラフには2002年度以降の数字しかないけど、この7年間だけ見ても増加傾向にあるのは否定できない。
 ちなみに、2008年度の全国の原因別輸送障害件数は4020件で、うち自殺原因は647件(全体の16%)。
 2つの数字を比べると、関東地区の輸送障害件数のうち自殺原因が突出しているのが分かる。もちろん、

  • 関東地区の鉄道の運転本数の多さ、ダイヤの複雑さが突出している
  • ゆえに「列車の運休や30分以上の遅れ」に繋がりやすい

とか特殊な原因もあるのだろう。運転本数がさほど多くないローカル線とか海外の鉄道では自殺者も少なくなるんだろうとは想像も付く。極めて日本の都市部限定の課題なんだろう。
 こちらの対策は鉄道会社の部内努力で何とかなるというものではないのが辛いところ。もちろん鉄道会社もある意味では被害者なんだし、彼らにあらゆる対策を施すように要求するというのもやや筋違いなところはある。


 上の会議の報告を読むと、「対策に困難な面もある」とした上で、

  • ホーム等の監視の強化等
  • 青色LED

の2点が指摘されている。
 確かにホームで監視員を立たせれば、他の意味合いでも保安上の効果は上がると思う。ただ、関東であっても鉄道事業が頭打ちになっている中、人員合理化と省力化とは相反する施策を取るのは難しいし、費用対効果も分かりづらい。
 「ホームドア」というのもある。電車の扉にあわせてホームにも開閉式のドアと仕切りを設けるもので、列車が到着すると、エレベーターのように自動的にドアが開く。関東だと、ゆりかもめ東京メトロ南北線、他にも京都市地下鉄東西線など、一部ではあるが設置が進んでいる路線もある。新線開業した路線なら設計段階から考えれば費用面はともあれ技術的にはさほど問題は生じない。
 もっとも、既存の鉄道のホームに設置するのはかなり至難の業である。車種によって電車の扉の位置は異なるし、トラブル発生時の対応が円滑にできるかという問題もある。副都心線でも初期トラブルの原因の一つになっていた。各地下鉄で導入計画は発表されてはいるものの、JR東日本や関東大手私鉄(東京メトロを除く)ではなかなか具体化しない。現在、本格的に導入されているのは東京メトロ南北線都営三田線と乗り入れている東急目黒線ぐらい。山手線でも導入計画は進んでいるが完成は6年以上先のことである(下の写真は京都市地下鉄東西線西大路御池駅)


 青色LEDについても、JR東日本が今年10月までに山手線各駅での導入を実施している。
 山手線全駅ホームに「青色LED」の自殺防止照明によると、「青色は人びとの精神状態を穏やかにする効果があるとされていると述べ、自殺防止対策とともに落書きやポイ捨てなどの軽微な犯罪を抑止する目的もある」としている。JR西日本京急では踏切などですでに部分的に導入されて話題となっていた。産経の「青色照明効果はホンモノか 事故・犯罪…確かに数字は減少」で、

山手線の自殺件数は平成18年度9件、19年度15件、20年度18件と増加傾向にある

とあるし、実際、大きな遅延の原因になっているのだから、何らかの対策は必要。
 ただ、朝日の「青色LEDで心を落ち着けて JR山手線、自殺防ぐ狙い」との記事に「青色が人間の心理に与える科学的効果は専門家の間で意見が分かれる」とあるように、実際の効果は不明。先の国交省の会議でも「効果を検証」と抑えた表現になっている。
 山手線のホームでの導入にしても、「遅延防止のために対策をしていますよ」というJR東日本の宣伝以上の期待はできないのかもしれない。
 実際、産経の記事で、慶応大学の鈴木恒男教授(色彩心理学)が、

しかし、残念ながら照明を青色に変えただけで犯罪や自殺を止めることはできないし、科学的な実証結果もない。自殺抑止や防犯についてもそれぞれ方策があるのだから、別の対策を考えるべきではないか

というのが正直なところではないか。
 ホームドアにしても青色LEDにしても、それが設置されたからと言って、悲しい事件の発生が抑制されるわけではない。事件の現場が別な鉄道路線に、あるいは別な場所に変わるだけで、本質的な解決には繋がらない、というのは、僕の極めて個人的な経験からも指摘することはできる。


 この問題は難しい。
 本来はもう少し文章を書き連ねてみようと思ったのだが、そのために必要な言葉を持ち合わせていないし、他人に迷惑をかけるなと極論で言い捨てるほど偽悪的にもなれない。ただ、こうした社会的問題を考えるとき、あらゆる立場を踏まえて想像力を働かすことはいろんな意味で必要なのかなあと思ったりもするのだけど、それはまた別の話。