鉄道ファンは中央線から引退する201系を「幸運の電車」と呼んでいるのか?
JR東日本八王子支社は25日、「オレンジ色の電車」として親しまれてきた中央線の「201系」を、今夏までにすべて引退させると発表した。
「幸運のオレンジ色」JR中央線201系引退へ読売新聞2010年2月25日
201系の引退、中央本線の複々線化絡みの工事も一段落したし、そろそろなんだろうな……とは噂されていたけど、今年2010年夏に引退する、とJR東日本八王子支社が発表した。
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中心は、五日市線や青梅線、河口湖、高麗川、松本への団体列車としての運行(びゅうの商品)。そして、ボールペンなどの商品。廃止をネタにいろいろやるんだなあ。商魂たくましい。
でも、201系の中央本線からの引退というのは、鉄道趣味史的には、いろんな意味で「盛り上がる」のは確実なネタ。
207系や209系のラストランの時にはマニアの騒動が様々なトラブルを引き起こしたし、今度は冷静に動かないといろいろ大変なことになりそう。あと、JR東日本も、廃止事をイベントとしてやるのは構わないんだけど、ホームや沿線などの警備もきちんとやる覚悟はあるのかなあ。"一部のマニアの暴走"と憂うだけでは済まなくなりそうな気もする。制御できないイベントは困りものだと思うけど。
とは、別なことを今日は話題にしたい。読売の記事にある「幸運の電車」という言葉だ。
現在は1984年製の20両(2編成)のみが運行。めったに遭遇しないことから、鉄道ファンからは「幸運の電車」とも呼ばれた。
現在、2編成しかないというのは鉄道好きなら先刻承知。でも、「『幸運の電車』とも呼ばれた」とあるけど、誰が呼んでいたのかね。
さっそくGoogle先生で検索してみた。
キーワードは、「"幸運の電車" 201系」。
新聞記事がアップされた10分後。検索されたのはわずか2件。この読売の記事、あと2ちゃんねるのスレ1本のみだ。ただ、後者は「黄色い幸運の電車モヤ700」なんで、ネタ違い。
ということは、ネットの世界でも「幸運の電車」なんて呼んでいるのは、読売の記事が出る以前には一つもなかったということになるのか。タイトルの「幸運のオレンジ色」も同様だろう。
いや、そう呼んだ人はどこかに、少数はいたかもしれないよ。なら、「呼ばれた」というのはウソでも創作でもない。
でも、鉄道好きがそう呼んでいたと大マスコミが書いてしまうと、それが「事実」になる。
この記事以降、読売を孫引きしたネットソースが大量に出て、「鉄道ファンからは「『幸運の電車』とも呼ばれた」という話が「事実」として広まっていくんだろうか。なんだかヤレヤレというような気分だ。
こういうのは、過去にもいろいろあるんだよね。
たとえば、「ザリガニ」。
JR秋田支社の除雪車「DD14―305号」が老朽化のため、今冬限りで引退することになった。
赤い車体に、二つの目玉のようなライト、雪よけのための羽根がついた姿から鉄道ファンらに「ザリガニ」の愛称で親しまれてきた。
東北の冬守り44年、除雪車「ザリガニ」引退へ読売新聞2009年3月5日
これも読売か。
「ザリガニ」って呼ばれているのか......この記事を読んだとき気になったんで、検索してみると、ブログとか掲示板とか引っかかった。百数十件。今日やると約 2,460 件。ないわけではない。でも、それって「一部」じゃないのかな。鉄道ファンみんなが「ザリガニ」と「親し」んできたとされるのは、なにか違和感があるんだよなあ。
「0系」=「団子っ鼻」も、そう。
僕が記憶しているのは、朝日新聞の「初代新幹線「団子っ鼻」0系、来秋で引退・廃車 JR西 - 関西」という記事(2007年12月19日)。これ以降、朝日を中心に、"さよなら0系"祭りが大手マスコミで報道されるたびに、
- 「団子っ鼻」として親しまれた
という類の記事が繰り返されていく。「団子っ鼻として親しまれた0系は」という「枕詞」が、新聞やニュースの冒頭に必ず付け加えられるようになった。
ううう〜ん、オレ、0系のこと、「団子っ鼻」と呼んだこと、一度でもあったっけなあ?
鉄道趣味誌でも、こども向けの絵本でも「団子っ鼻」なんて呼称の記述を見たことあったったけ?
そうしたことを調べようにも、もはや後から確認することすら不可能。で、20年後の鉄道入門書なんかで、「団子っ鼻として親しまれた0系」は事実として書かれてしまうんだろう。それは嫌だなあ。
この手の話、「貴婦人」とか「ポニー」とか、過去にもいろいろあるんだよね。
今でも、C57が運行されると、大手マスコミは「『貴婦人』との愛称で親しまれた」という「枕詞」を必ず使用する。
この呼び方を古手の鉄道マニア、そして国鉄関係者は毛嫌いしていた。「俺達は『貴婦人』なんかの愛称で呼んだことは一度もない」、と。以前、誰が「貴婦人」と最初に呼んだのかを調査した記事を鉄道趣味誌で読んだことがあるが、今となっては一番が誰なのかを立証するのは不可能。でも、「C57」=「貴婦人」という愛称は、マスコミ人の間では常識となり、JR西日本も堂々とパンフレットで使っている。
なんで、こういう「『●●』という愛称で鉄道ファンに親しまれた」という定型句が使われるのか。それは、おそらく、この手の鉄道記事を書いている記者があまり鉄道車両のことに興味がないからなんだろうな。
この手の記事、別に新聞記者が足で稼いで集めたネタじゃないんですよね。鉄道会社の広報担当者から「今度、●●という電車がなくなるんですよ」というネタを振ってもらったからこそ初めて記事にできる。
記者としても、鉄道ブームとかで読者の関心は高まっているし、紙面でも大きく取り扱ってもらえるかもしれないという期待もある。最近は80年代に鉄道旅行に少なからず関心を持っていた連中(ただし90年代になって卒業した組)もマスコミの中にそれなりにはいる。
でも、0系とか、DD14とか、C57とか、いったいなんで貴重なのかはよく分からない。ネットで検索しても価値までは分からない。
鉄道会社の人間に聞けば、それなりに詳しく説明してくれるのだろう。実際、上で紹介したJR東日本八王子支社のホームページのPDFには、201系に関する概要が1ページにわたって説明されている。
けど、そうした蘊蓄は読者には必要とされていない(と、少なくとも記者は考える)。ニュースの価値判断を決める立場にある会社の上司や編集部門の人間が理解できるとも限らない。
広報の人間も話題を大きく取り上げてもらいたい、と考えるのは当然。でも、
- 201系が貴重な車両である
- だから、201系の中央線からの引退は新聞報道する価値のあるものだ
ということを記者に理解してもらうのは難しい。
だから、記者向けのニュースリリースを出す際、「201系は『幸運の電車』とニックネームがあってねえ。鉄道オタクの間では話題を呼んでいるんですよ」とか付け加えたりしたんだろうなあ。「いつ出会えるのか分からないミステリアスな電車」という切り口ならデスクも大きく取り上げてくれるだろうという計算もある。
だからこそ、その車両の形状や性格を一言で説明できる言葉が必要となる。それが、「幸運の電車」であり、「ザリガニ」であり、「団子っ鼻」であり、「貴婦人」であるだろう。
こうして、鉄道車両を取り巻く「物語」が、誰にでも分かるレベルに単純化される過程の中で、「鉄道ファンらに●●の愛称で親しまれてきた」という表現が必要とされるというのがその理由。でも、こういう類の表現って、記事を伝える側が「ラク」と「手抜き」をしているだけですよね。鉄道趣味のジャンルに限らず、一般人の間でさほど認知度の低い内容を紹介するときにはよく使われるテクニックです。記者が何も考えずに書いているから、マニアが読めばピント外れのニュースがたくさん出てくる。特にオタク趣味関係ってそういうのばかりだよなあとか思ったりもするけど、それはまた別の話。