スリランカの鉄道に乗る(1) 赤道直下を走る「スーパーひたち」モドキ

katamachi2010-03-20

 旧聞ながら1月に連れ合いとスリランカへ行ってきました。
 インドの南東にある小さな島。仏教国。象の国。セイロンティーと称される紅茶の国。
 ここにはずーっと行きたくて、毎年のように旅行計画を立てていました。昨年は飛行機のリクエストまで実施していたのですが、直前に「タミル・イーラム解放のトラ」による内戦が深刻化して断念。代わりにエチオピアに飛びました。
 そこらの内戦が昨年6月までに一段落つき、ようやく落ち着いたスリランカ。ここ十数年、断続的に戦火が都市部や観光地にも飛び火していましたからね。急速に治安が回復しました。
 ニューズウイークが「今年、ぜひ行くべき世界の観光地TOP10―米紙」で第1位にしたというのもよく分かります。
 個人的には鉄道旅行が魅力的な国だという認識を持っており、実際、バス・トラック輸送がかなり幅を利かすようになって旅客鉄道輸送は落ち目になっていましたが、まだそれなりの影響力を持ち続けていました。車窓からの風景は旅の醍醐味を感じさせてくれる国でした。
 連れ合いもいるんで、旅の前半は車を貸切ながらスリランカ中部の世界遺産4ヶ所を訪問。仏陀の歯が祀られているキャンディーの仏歯寺を訪問した翌日、初めての旅客列車に乗車しました。

1/25 キャンディ・ペラデニヤジャンクション駅〜ナヌオヤ駅

  • キャンディ・ペラデニヤジャンクション駅08:40発→ナヌオヤ駅12:27着(ポディマニケ号)

 セイロンティーの生産の中心となっているのが中部の山岳地域にあるヌワラエリヤ。そこへ移動するのに鉄道を利用しました。
 国内最大の都市であるコロンボからキャンディ地区などを経てバドッラに至るスリランカ一の幹線であるメインライン線。途中、紅茶畑の広がる山岳地域を越える区間があって風光明媚なルートだと聞いていました。私の御用達、ロンリープラネットでもオススメ観光スポットの一つとして取り上げられています。その区間ヌワラエリア近くの村であるナヌオヤまで利用しようと考えたのです。
 キャンディの中心街には頭端式のターミナル駅であるキャンディ駅があり、コロンボとの間に旅客列車が頻発しているのですが、コロンボから山岳部へ直行する列車はこの駅には発着せず、8キロほど南のジャンクション駅を経由する設定になっています。例えるなら、千歳空港から旭川駅へ向かう列車が札幌駅を通らず、白石駅に発着して方向転換するようなものですね(そんな例を出すのもなんですが)。
 キャンディ駅とジャンクション駅の間にはローカル列車が接続しているのですが、途中駅からの乗車なので切符が買いにくい可能性も。なんで、25日早朝、貸切にしていた韓国車の新車でジャンクション駅まで送ってもらい、町外れにある駅へ着きました。
 駅は事務所が一つあるだけの小さな建物。たくさんの客が待っているのでは.....と8時前に来たのですが、予想外にガラガラ。インドの鉄道をイメージしていたので拍子抜けしました。展望室付きの1等指定をリクエストしたのですが、満席でダメ。なんで2等(自由席のみ)になりました。
 朝ラッシュなので郊外からキャンディへ向かう通勤列車がやってきます。

 編成両数も乗客も思っていたより少ない。大都市ゆえに交通渋滞が激しいこの街で鉄道利用での通勤はラクだと思うのですが。やはり途上国であるがゆえにクルマ神話は根強い物がある。ちなみに主流となっているのは日本の中古車。ここ十数年、スリランカイスラム教徒たちが日本に進出して輸入に勤しんだ結果なんだとか。
 さて、コロンボから夜行でやってくる「ポディマニケ号」。1等車に乗る欧米人の団体さんがホームに陣取り始める。現地人も集まってくるけど思ったほどではない。8:45にはキャンディ駅からのローカル列車が到着。僕らみたいな外国からの個人客も何人かいる。
 定刻では8:40発だけど、はたしていつ来るんだろう……と心配していたら、8:48にその姿が見えました。途上国だけどインド系の国なんで意外にダイヤは正確です。
 駅郊外の外れで機関車の付替と方向転換を行い、1等展望車を先頭にホームに着いたのは8:52。

 あちゃーやはり2等は満員だよ。下車客はほとんどいないし。
 座席は見つからず、たちんぼになりました。そのまま8:54には発車します。

駅舎に飾られた謎の鉄道絵

 車内はこんな感じ。

 インド・パキスタンと同様、1676mmの広軌なんで車体は幅広い。2列×2なんでシートもゆったり。日本を走っていた客車よりずっと快適な感じです。高地を行くルートなんで、赤道近くにもかかわらず気温は20度以下。ちょうど心地よい感じです。
 でも、立ちっぱなしは辛い。同行者は海外好きだけど、個人旅行は今回初体験。大丈夫、これもまたよしとは言うんだけど、申し訳ないなあ。
 とか思っていると、近くに座っている年輩の女性がぽんぽんと僕の腰を叩く。英語は解さないみたいだけど、なんとなく意味は通じる。次で降りるからここに座りなさい、ということみたい。
 空きそうな席は一つなんで、連れ合いを座らせてもらう。素直に有り難い。タイ風に手をあわせてお辞儀をする。
 ナワラピッチャ駅には9:44着。さっきのおばさんが大きな荷物を担いで降りていくのを手伝いながら僕もホームに降りる。それなりの街なんで下車客は多い。

 さて、どれぐらい停車するのだろうか、と思うと、2分ほどすれば車掌が笛を吹く。スリランカ国鉄、思っていた以上にダイヤ厳守なんだ。急いでデッキに向かって乗り込む。


 15分ほどで次の駅。今度は小さくて乗降はほとんどない。
 ここでもホームに降りてみるが、列車交換のためかしばらく発車はしなさそう。ぶらぶらと周囲を歩いてみる。

 なにげに駅長室を除いてみると、

 うん? これ、日本の651系「スーパーひたち」だろ。
 なんでお花畑に埋もれているんだろ。ってか、なんでスリランカ国鉄の駅に飾られているんだ。
 make us happy and you make us goodってどういう意味? 
 なんか気が動転していると、その後ろにはこんな写真が。

 今は亡き「あそBOY」じゃないですか。なぜにスリランカで煙を吐いているの?
 ちょうど目の前に駅長さんっぽい人がいたので質問。「なぜ日本の鉄道の絵が飾られているのか?」と。
 一生懸命にいろいろ答えてくれる。けど、理解できなかった。僕の質問の意図が通じなかった、訛りのある英語が聞き取れない。まあ仕方ないか。
 連れ合いを忘れて雑談に勤しんでいると、対向列車がやってくる音がした。そろそろ出発だ。

紅茶畑を見下ろしながら次第に谷が深くなっていく

 次はイハラワタマラ駅。スリランカでも有名な霊峰の最寄り駅だ。外国人パックパッカーが何人か降りるのが見える。

 ここで最後尾の展望車に保線車両が増結。でも、

こんな小型車です。3等車から若い乗客が何人か集まってくる。混雑する車内よりはこちらの方が快適だ、ということらしい。お前も乗るか、と手招きされるが、さすがにそうもいかない。一人旅だと確実にこっちに乗り込んだだろうけど。
 このあたりから車窓は一変する。車窓から市街地と田んぼが途絶え山あいへと入っていくのが分かる。


 眼下の谷あいには段々となった紅茶畑が広がる。心なしか長袖でも寒さを感じるようになってきた。かなり標高が上がってきたのだろう。昨日まで40度以上の灼熱の元にいたのがウソのような気候だ。
 11:01、ロゼーラ駅着。

 ここで先ほどの保線車両は切り離し。

 それが終われば発車かなあと思っていたけど、なかなか動かない。ここで交換するのかな。
 予想通り、11:11に対向列車が到着。

 最後尾の展望車はガラガラ。ゆったり旅行できるなあ。ずっと立ち席が続いているので羨ましい。
 時間は12時前。少し小腹が空いている。
 予定では12:27着だけど、交換列車待ちなどで徐々に遅れている。
 なんで、車販のおつちゃんを呼び止め、スナック菓子を求める。いつ食べれるか分からないし。

 エビ入り焼き団子って感じ。4個で10ルピー(20円)。うまいか、と言われると正直微妙なんだけど、他に選択肢はない。

炎天下の岩壁上のホームで対向列車を待ち続ける

 ここからさらに深い谷を眼下に見下ろしながら山縁の隘路を進んでいく。路盤の下はほとんど絶壁状態。イギリスの植民地化にあった20世紀初頭に敷設されたんだろうけど、よくこんな場所に線路を敷こうとしたなあ、と感心させられる。それだけ内地開発とプランテーション輸送のための重要な役割があったのだろう。
 そんな山中にも小さな村がいくつかあって、その一つ一つに停車していく。

 この国、道路網が充実している上に、インド製のバスが各都市を網羅している。正直、もう鉄道はいらないのかなあとも思っていたけど、幹線道路から外れた町々にとっては欠かせない足になっているのは確かみたい。実際、この山岳地帯を行くバスって大回りをしているんで、意外に鉄道の方が早かったりする。
 ずーっと立ちっぱなしでいると、隣のビジネスマンが声をかけてくる。キャンディで不動産屋をやっている人らしい。やたらと来週行われる大統領選絡みの政治の話をしてくる。現職有利だけど、自分ら都市住民は対抗馬の元軍幹部を支持している。彼は内戦終結のための立役者で……と細々と説明してくれる。そういや僕らが雇ったガイドもそんなことを言っていたなあ。政治の季節を迎えたのはいいんだけど、都市部住民と農村部住民の意識の違い、利害の対立はここでも深刻みたい。なんとなくタイの政治状況に似通っている。あまり変なことにならないで欲しいのだけど。


 山肌を縫いながらしばらく進むと、12:30、グレートウエスタン駅に到着。名前の割には、仮設の木造ホームで作りは今まで一番安っぽい。集落も小さい。
 ここの駅名標、標高1464mと表記されている。絶壁の上にホームがあって、遠く谷底まで紅茶畑が広がっている。
 ちょうど茶摘みのシーズンらしく、多くの現地人たちが緑の畝の中に散らばっている。最深部から駅近くの集落まで畦道が続き、頭に山盛りの茶っ葉を載せた人たちが次々と登ってくるのが見える。貨車でここから市場まで運ばれるのだろうか。

 さっさと出発するのかなあと思ったら、なかなか動かない。ここでも交換列車待ちみたい。
 退屈そうな3等の客たちとホームへ降りる。

 機関車が止まる先へ山肌を迂回するようにしてレールは続く。信号は赤。これが変わるまで動かない。なんで、カメラを構えて、柵の上によじ登り、対向列車の到着を待つ。
 来ない。なかなか動かない。どうしたんだろう。
 天気はかなり良くなってきた。気温は低いんだけど、標高は高くなっているし日差しがキツイ。車内で立ちっぱなしが続いているし、ちょっと疲れが出てきている。
 ぼーっと惚けていると、現地の若い子が、食べろよ、と古新聞に包まれたスナックを勧めてくる。揚げたザリガニ、かな? よく分からない。
 勧められたのに断るのもなんだし、口にする。ちょっと油が濃いけど、肉はジューシー。タンパク質が欲しかったんで有り難かった。そういやマダガスカルのどっかの駅で食ったザリガニは全く肉がなかったなあ。
 体力の消耗に耐えながら、停車して23分。ようやく山影から列車が現れた。

 急いで客車に戻る。
 車掌は僕が乗り込むのを確認すると、笛を吹いた。と同時に列車は動き出す。


 さすがにこれで体力を使い果たしたみたいで、連れ合いに代わってもらって席に座らせてもらう。早起きしたんで眠気がひと息に襲ってくる。景色イイのになあ、でも疲れと睡魔には勝てません。
 がくっとした衝撃で目を覚ますと、さっきのビジネスマンがあと10分ほどでナヌオヤ駅に到着すると教えてくれた。
 13:16、ナヌオヤ着。定刻より50分近くの遅れだけど、まあここらは許容範囲だろう。
 キャンディからいろいろと構ってくれた、というか話し相手になってくれた乗客たちに別れを告げ、ホームに降り立つ。4時間半、そのほとんどが立ちづめでさすがに辛かった。腰を伸ばしてしばしの運動。

 ここで1等車や2等車に分乗していた外国人旅行客もほとんどが降りていく。
 やがて列車は慌ただしく発車していく。終点のバドゥラまではあと3時間ほど。本音では最後まで乗りたいんだけど、まあ仕方ないか。ガラガラとなった展望車を見送り出口へ向かう。
 待合室にはこんな表示が。

 次の列車の発車時刻を示すタイムテーブルなんですね。これ。木造のボードと時計が愛らしい。
 駅舎はコロニアルっぽい古い建物。

 駅前には外国人客を拾うべくやってきたバスや真新しいクルマが待ち受けている。僕らはローカルバスで移動することに決めていたんで、路肩のバス停でしばし待つ。やって来たのはインド最大の財閥TATA製のオンボロバス。これで30分ほど悪路を揺られながら、100年以上の歴史を誇る高原リゾート、ヌワラエリヤに着いたのは14時前。宿泊したグランド・ホテルがまたステキな近代建築なのが印象的だったんですが、それはまた別の話。