「はつかり」と「はやぶさ」と新幹線愛称名公募の歴史
- 東北新幹線、12月4日新青森開業 名前は「はやぶさ」
- JR東日本 新しい東北新幹線の列車愛称等の決定についてhttp://www.jreast.co.jp/press/2010/20100504.pdf
新登場のE5系が「はやぶさ」で、旧来のE2系は「はやて」のまま。300系登場時に「のぞみ」と名付け、従来車の「ひかり」と差別化を図ったのと同様の考えだと思う。
だけど、「はやぶさ」と「はやて」、その響きはなんだかややこしい。上越新幹線「あさひ」(1982年開業)と長野新幹線「あさま」(1997年開業)との混乱を思いだす。東京駅に飾られた電光表示板を見たとき、鉄道マニアである自分も一瞬、どのホームに行けばいいのか戸惑ったことがある。あのときは、結局、名前がマイナーな「あさひ」を「とき」に改名させることで決着した(2002年)。
ということ以上に、「はやぶさ」の名前。趣味の人にはあまり評判が良くなさそう。
たとえば、われらが「はてなブックマーク」。
- はてなブックマーク - [PDF] 新しい東北新幹線の列車愛称等の決定について ~2011年3月から新型高速新幹線車両(E5系) 営業運転開始~
- はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):新幹線・新青森開業は12月4日 列車名「はやぶさ」 - 社会
後者の方で「はやぶさ、なあ。基本、ひらがな三文字にして欲しかった。」と書いているのは僕なんだけど、概して「? ? ?」という反応が多い。
青森行き特急=「はつかり」というのは鉄道マニアなら誰もが連想する。
「はやぶさ」と言えば東京発熊本・西鹿児島行きブルートレインの名前だ。
鉄道趣味的文脈で言うと、「はやぶさ」というのは確かに違和感がある。一位の「はつかり」が妥当だ。青森県民の人でもその印象が残っている人は多い。
やはり新幹線の愛称名公募。なかなか順位通りにいかないんだなあ
1929年 東海道本線特急への愛称名
- 1.富士
- 2.燕
- 3.櫻
- 4.旭(あさひ)
- 5.隼(はやぶさ)
- 6.鳩
- 7.大和
- 8.鴎(かもめ)
- 9.千鳥
- 10.疾風(はやて)
【結果】「富士」(1位)・「櫻」(3位)
※後に「燕」(1930)、「鴎」(1937)も採用
新幹線の前身とも言える戦前の東京〜下関特急。その愛称名として採用されたのは「富士」(1・2等)と「櫻」(3等)。遅れて登場した「燕」は東京〜大阪間超特急として使われる。「つばめ」は戦後も国鉄を象徴する名前であり、国鉄バスのシンボルマーク、プロ野球チームの愛称としても採用された。
他のベストテンも戦後になって様々な急行・特急で採用されるが、唯一、運に恵まれなかったのが「疾風(はやて)」。あまり縁起が良くない名前(赤痢の別名)と考えられていたからだ、とされる。東北新幹線の速達タイプとして登場するのは73年後の2002年のことである。
1964年 東海道新幹線開業
- 1.ひかり
- 2.はやぶさ
- 3.いなづま
- 4.はやて
- 5.富士
- 6.流星
- 7.あかつき
- 8.さくら
- 9.日本
- 10.こだま
【結果】「ひかり」(1位)「こだま」(10位)
鉄道趣味的文脈から言うと、在来線特急の「こだま」からの格上げが妥当なところだと思うんだけど、「ひかり」がトップとなり、速達タイプの名前となった。「ひかり」は九州の急行、戦前は満鉄などでも使われていた愛称だが、それを踏まえて投票した人はさほど多くなかったんだろう。
後から考えると、「ひかり」と「こだま」のコンビは語意の面でも、語感の上でも最強だったと思う。
一方、戦前の東京大阪間を結んだ「富士」は5位、「さくら」は8位、「つばめ」は圏外。こちらの方が僕なんかは意外に思える。東海道新幹線が開業した1964年改正で、「富士」は東京〜大分ブルトレに使用されることになる(それまでは東京〜宇野間の特急電車の愛称)。あの伝統ある列車名が、寝台列車とは言え、地味な日豊本線行きに使用されているのは寂しいなあ(特に終点が西鹿児島から宮崎に短縮→走行距離2位に転落した1980年改正以後)....と、ブルトレブームの時に幼稚園生だった僕は考えたりしていた。
1982年 東北新幹線盛岡開業
- 1.みちのく
- 2.あおば
- 3.はやて
- 4.いなづま
- 5.やまびこ
- 6,ひびき
- 7.つばさ
- 8.流星
- 9.あさひ
- 10.きたぐに
【結果】「やまびこ」(5位)「あおば」(2位)
1982年 上越新幹線開業
- 1.とき
- 2.雪国
- 3.いなづま
- 4.こしじ
- 5.えちご
- 6.はやて
- 7.ひびき
- 8.やまびこ
- 9.ふぶき
- 10.さど
- 18.あさひ
【結果】「あさひ」(18位)「とき」(1位)
東北新幹線の速達タイプには上野〜盛岡特急「やまびこ」が横滑り。各駅タイプには仙台の象徴である青葉城から「あおば」(1975年まで仙台〜秋田間の特急で使用)。
いろいろと話題になったのは上越新幹線。「あさひ」というのは新潟県と山形県の県境にある朝日山地からとったのだけど、地名として全国的に知られた名称ではない。もちろん「朝日」「朝陽」などのイメージも念頭にはあったわけだし、語感も悪くはないと思うが、18位の名称を速達タイプに使うのはどうだろう……という話もある。
本来なら、1位でかつ上野〜新潟特急の愛称だった「とき」が横滑りして使用されるべきだったのかもしれない。ただ、速達タイプではなく各駅タイプでの使用となった。その点では、「やまびこ」が速達タイプとなった東北新幹線とは整合性がとれていない。
選考委員会には、宮脇俊三や須田寛(日本国有鉄道旅客局長、後にJR東海初代社長)らが名を連ねていた。
当時の新聞には、
- 東北 盛岡開業時点なので青森をイメージする「みちのく」(上野〜常磐線〜青森間の特急で使用)は使いづらかった(「やまびこ」は現特急で使用。「あおば」は明るいイメージ)
- 上越 「こしじ」は印象が弱く、「えちご」は「いちご」との訛りもあって難点、「雪国」は冬のイメージが強い
など経緯も紹介されていたが、宮脇が長野新幹線の愛称名が決まった1997年にジャーナル誌で述懐したところによると、
- 「やまびこ」「あおば」はすんなりと決まった
- 「とき」は絶滅寸前の鳥だったし速達型には使用しづらかった
- 「雪国」案へは「雪国の人にとって雪は迷惑なものです」宮脇が反対
- 「つばめ」案も候補となったが、須田が新潟鉄道管理局に確認すると新潟県にツバメは飛来しないと返事
などの背景があったようで、難航しつつ時間切れで「あさひ」と決まった。
その後、
- 1995年改正
- 1997年改正
東北新幹線 仙台行き等の「あおば」を「やまびこ」に改称→「あおば」消滅
上越新幹線 新潟行きが「あさひ」、越後湯沢・高崎行きが「たにがわ」と改称→「とき」消滅
- 2002年改正
東北新幹線 八戸行き「はやて」誕生
上越新幹線 新潟行き「あさひ」を「とき」へ改称
と、30年あまりで名前は転変している。
一度絶滅した「とき」が5年後に復活したのが興味深い。やはり新潟県民には思い入れがある名前だったのか。ちなみに、ホンモノの国産トキは2003年に最後の一羽が死亡しているが、まあそれはそれ。
1992年 東海道新幹線300系誕生
- 特に公募はせず 「のぞみ」
「ひかり」「こだま」の次が「のぞみ」。当時、大学生だった僕にはさほど違和感はなかった。当時のマニアたち、あるいはマスコミの口調も批判的なものは少なかったと記憶している。
蛇足ながら、1995年に放映された「新世紀エヴァンゲリオン」の登場人物で"ヒカリ"という名前のキャラクターがいた。姉が"コダマ"で、妹が"ノゾミ"。順番が逆だろうという話もあったんだけど、これはこれでイイんです。あと、娘2人に"ひかり""こだま"と名付けていた種村直樹。孫の名前は"のぞみ"だそうです。ちょっと羨ましい。
1992年 山形新幹線運転開始
「つばさ」はもちろん在来線特急からの横滑り。マニア的には山形行きなら「やまばと」、「つばさ」は秋田行きだろう......という意見は当時もあったけど、そこらはスルーされていたなあ。
1997年 秋田新幹線運転開始
- 1.こまち
- 2.おばこ
- 3.たざわ
【結果】「こまち」(1位)
この時は公募されて、1位が選択。過去に採用例のない愛称名が選択されたのは7例目となる「こまち」が初めて。お米の人気ブランド「あきたこまち」からの連想があったのだろう。
追記
異説があるようで、
- 1.おばこ
- 2.たざわ
- 3.あきた
- 4.たざわこ
- 5.おが
- 6.みのり
- 7.みちのく
- 8.やまどり
- 9.はやて
- 10.こまち
と、当時の「旅」誌に書いてあったらしい。»êÅà±Ü¿Éæè½Ä。wikipediaでは「こまち」が1位とある。うん?
当時の鉄道雑誌が手元にないんで調べられません。
1997年 長野新幹線開業
- 特に公募せず 「あさま」
- 上越新幹線「たにがわ」も公募せず
「あさま」は上野〜長野特急からの横滑り採用。特に公募はなかったようだが、1966年に電車特急として登場時には公募で「あさま」と名付けられている。
2002年 東北新幹線八戸開業
- 1.みちのく
- 2.うみねこ
- 19.はやて
【結果】「はやて」(19位)
公募されたんだけど、ベストテン外の「はやて」が選択。「スピード感があり斬新で親しみやすい」(当時のジャーナル誌)と説明されていたようだが、やはり公募の意味自体に疑問が投げかけられる結果となる。3位は何が候補だったのだろうか.....と調べてみたけど、見当たらない。JR東自体、あまり積極的に結果を公表したくなかったのかな。
将来的に青森、函館、札幌……と延長していくことを考えると、青森色の濃い「みちのく」を選択肢するのは悩ましかったのか。なら、なんで公募するの?
名前としては悪くないのかな。と、思っていたら、わずか8年後に最速達タイプとして「はやぶさ」が登場する。やはり不運の愛称なんだろうか。
2004年 九州新幹線鹿児島開業
- 1.はやと
- 2.さつま
- 3.みらい
- 4.さくら
- 5.つばめ
【結果】「つばめ」(5位)
博多〜鹿児島特急の「つばめ」が横滑りする形になる。国鉄時代からの伝統ある名前であり、南から速いスピードで飛来して初夏を告げるツバメのイメージ……というのがその理由。ここでも、「はやて」同様、鹿児島色の濃い愛称を外したいという意図があったのかもしれない。
別な視点から語ると、鉄道省時代からのエースで伝統ある「つばめ」の愛称を九州島内の特急に使うのはどうよ......という言い方もできると思う。787系の登場した1992年に付けられた名前だが、趣味者の一部から批判的な意見もあったと記憶している。
ただ、実車の写真が公開され、実際に走り始めた後、この特急が「つばめ」の名に相応しい豪華特急であると評価が高まる。車両とサービスの素晴らしさで衆人を納得させた。新幹線に転用されるときは新鮮味がないとの批判も新聞であったようだけど、これはこれでいいんじゃないのかな。
2011年 九州新幹線博多開業
- 1.さくら
- 2.はやぶさ
- 3.はやと
- 4.さつま
- 5.みらい
- 6.つばめ
- 7.ひびき
- 8.きぼう
- 9.やまと
- 10.みやび
【結果】「さくら」(1位)
久しぶりに公募1位が採用された。
鉄道趣味的文脈からすると「さくら」って長崎特急。選ぶなら「はやぶさ」じゃないの……という気持ちもある。
ただ、公募された2009年時点、「はやぶさ」は2009年春で廃止されたところ。微妙なタイミングということもあり、採用は難しかったと想像できる。
鹿児島色のある名前、あまり新幹線っぽくない名詞を外すと*1、「さくら」という選択もありなのかもしれない。2011年春開業という季節にも適している。
山陽新幹線建設時の「ひかりは西に」というキャッチフレーズに倣って、「つばめが東に」……すなわち「つばめ」という選択を希望していたんだけど、前回より下の6位。あまり人気がないのかなあ。
2011年 東北新幹線E5系投入
【結果】「はやぶさ」(7位)
また下位からの選出です。
「みちのく」「つがる」は青森色が強すぎるから落選、というのは理解できないでもない。将来、函館まで乗り入れるE5系新幹線に青森に由来する名前を使うというのは考えにくい。2002年まで青森行き特急として親しまれた「はつかり」を外すという選択もその延長線上になるのかな。
あまり鉄道っぽくない「みらい」(みなとみらい、つくばみらい、という地名も関東圏にあるし)も除外。
で、「はやぶさ」か。
廃止されてから2年経つし、そろそろいいと判断したのか。「早さ」を象徴する鳥でもある。
でも、「はやぶさ」って九州行きのブルトレ、なんだよなあ。う〜ん。
あと、組織票の「はつね」。初音ミク*2に色合いが似ていて、というのでネット界の一部で組織投票が行われているというのは以前から聞いていた。「http://www.sanspo.com/shakai/news/100512/sha1005121010009-n1.htm」。名称公募や人気投票でネタ的名前を組織票で上位に押し込めようというムーブメントはゼロ年代前半、いろいろと盛り上がっていた。田代まさし(アメリカ「TIME」誌の投票で8万票以上集めてダントツの1位→投票抹消)、川崎憲次郎(オールスターの人気投票で91万票獲得→本人が辞退)といった名前を思いだす。
今回の結果は2位。7184票。ネットに親和性のある鉄道好きの間ではいろいろと噂されていたけど、僕的には、かなり低いなあという印象。投票したのは鉄道趣味と無関係な人、あるいは若い人が多いんだろうけど、以前ほど盛り上がらなかったのかなあ*3。
ちなみに僕は今回、投票していません(過去もありません)。もしやっていたなら「はつかり」に1票入れていたかな。
まとめ
新幹線の愛称は難しい。
東北・上越新幹線列車名選考委員会に名を連ねていた宮脇俊三は「やまびこ」「あさひ」などの愛称を付けた当事者であるが、14年後の1996年に
- 上越新幹線の「ひかり型」にピッタリしない出来のわるい愛称である
- いまでも「あさひ」に乗ると忸怩たるものがある
と述懐している。実際、2002年改正で上越新幹線の愛称名からハズされたというの先述の通り。
- 作者: 宮脇俊三
- 出版社/メーカー: 河出書房新社
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- 新規性を出したい→マスコミに大いに取り上げて欲しい→新・新幹線が話題になって欲しい→だから......
ということなんだろうか。そして、
- 市民の方から公募→ありふれた名前しか出てこない→なんで会社の方で決めてしまう
ということをやってしまう。なら、最初から公募をするなよ、という話ですよね。そこらの揺らぎの中で、ここ30年、新幹線の名前は決められてきた。
鉄道趣味的には、歴史的文脈から外れた愛称が付けられるのには違和感があります。僕が一番寂しかったのは、
- 選考理由 スピード感があり親しみやすい愛称であるためhttp://www.jreast.co.jp/press/2010/20100504.pdf
というJR東日本のプレスリリースです。1年前まで自社内を走っていた特急の名前を転用することへの配慮とか、伝統ある名前への敬意の言葉がない。「つばめ」を九州特急に使うとき、JR九州は他社に仁義を切ったという話を聞いたことがありますが、今回はどうなんだろう。
と、まあ「はやぶさ」にはいろいろあるんだけど、願わくば、来春から運行されるE5系3往復の列車が素晴らしいものであって欲しい。マニアのボヤきを吹き飛ばすような魅力的な車両であって欲しい。本筋の話はそちらのはずなんだけど......とか思っているのだけど、それはまた別の話。