肥薩線と球磨川に流れる「SL人吉」の28本の黒煙

katamachi2010-11-18

 2009年春に登場した「SL人吉」に乗れる機会をずーっと待っていた。
 牽引する蒸気機関車は8620形の58654号機。
 1922年製造の現役動態保存機で最古のロコ。廃止後、矢岳駅の車庫の中で静態保存機として眠ってきたのがJR九州の手で復活したのが1988年。以降、豊肥本線を「あそBOY」として走ってきました。
 ただ、老朽機であるがゆえにの衰えは隠せず、車体に問題が生じたため2005年で運行が休止。その後、全面的にリニューアルされて、2009年より「SL人吉」として再復活したのです。
 2回の大改造でボイラーも台枠も新調されているんでそもそも国鉄時代の車両とは別物。2009年新製の新車じゃないの……というマニア的なツッコミもあるのだけど、まあそれはそれ。門デフの面構えが凛々しく新調されたハチロクの姿は魅力的です。
 昨年来、何度か九州遠征を試みるものの、なかなかタイミングが合いませんでした。
 今回の改装で50系3両の座席数がさらに減らされた上に、ツアー用に販売されるシートが多くて、一般向けのマルス販売が少ないんですよね。
 ところが、JR九州のHPをみるとラッキーな情報が掲載されていました。

  • SL人吉の運転日追加について】 11月9日及び11日にSL人吉の追加運転を行ないます。

との表記があったんです。ツアー対応で臨時に追加運転するのでしょうか。ちょうど8日に山口県に出張していたんでタイミングがいい話です。
 で、9日当日の朝、指定席券をゲット。「2011年春改正で用途を終える787系「リレーつばめ」と新八代駅の新在連絡ホームを見に行く - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で書いたように、新幹線と「リレーつばめ」を乗り継ぎ熊本へ向かいます。
 ただ、

とタッチの差で間に合わない。
 なんで、1つ先の新八代へ向かい、ここで58654を待ち受けることにしました。
 特急で10:20に新八代に到着した後、ホームで撮影していたり窓口で指定券の変更をしたりと手間取っているうちに、時間が足りなくなりました。ここって、新幹線駅と在来線駅と改札が分離されているんですよね。
 10:26にホームに降り立ったときには、すでにハチロクの煙が見えていました。
 以下、「SL人吉」が煙を吐いている画像28連発が続きます

ハチロク牽引「SL人吉」がガラガラだったからこそ楽しめた1時間半

 新八代10:28、定刻に発車します。 
 乗車してカバンを荷棚に置いて、3分ほどで次の八代駅。「九州横断特急」以外の優等列車の発着はなくなったけど、まだクラシカルな中心駅としての格が残っています。
 ここで煙を上げてボイラーの調整をしながら肥薩線乗り入れの準備をしています。

 八代駅も定刻10:40に発車。
 ゆったりとしたスピードで汽笛を鳴らしながら市街地を抜けていくと、まもなく球磨川の流れが線路に近寄ってきます。これからは50km弱、川縁の風景を横目に見ながらのSLの旅です。
 さて、「SL人吉」。昨春の運転開始以来、連日の人気で指定券がとれない、乗車率も90%以上、とは聞いていました。

 JR九州がJR鹿児島線肥薩線の熊本−人吉間で昨年4月から運行を始めた蒸気機関車SL人吉」。乗車率は90%を超える人気で、南九州観光を活気づけている。
 運行は春から晩秋までの週末や夏休みなどで、昨年は計130日の運行で約3万6000人が利用し、乗車率は94%。今年は運行日を161日に増やしたが、それでも乗車率は10月末現在で約91%に上る。
SL人吉:楽しい仕掛け満載 乗車率90%超で快走毎日新聞、2010年11月11日

 僕自身、九州1泊2日でSLに乗る旅を何度か企画し、ツアー客の指定券がマルスに戻る1週間前を目安にチャレンジもしてきましたが、なかなか都合がつきませんでした。
 ただ、今日。やたらと空いています。3号車定員44人で、乗客は10人程度。1、2号車も同程度です。ざーっとみて乗車率3割以下。
 検札に来て乗車証明証をくれた車掌に聞くと、団体ツアー客が抑えていた枠が大量に余ってしまったみたいです、とのこと。
 というか、ツアーらしいグループ客は1組15人程度。あとは個人客っぽいです。「SL人気」といえども、ツアーがないと辛い状況なんですかね。他の路線のSLもトロッコ列車なんかもそうですが、バス利用のツアー依存体質はここでもそうなのかもしれない。僕的にはもっとマイカー移動組も含めた個人客にこそSLという資源に注目して欲しいと思うのですけど……
 10:55、坂本駅着。
 ここでは上りの「九州横断特急4号」と列車交換。
 ガイドのおねいさんから「すれ違う列車に向かって、手を振ってください!」とアドバイスされたんで、軽く窓を開けて写真撮影し、あわせて大きくアピールをします。

 いま、肥薩線の各優等列車では反対列車に手を振ろうというキャンペーンをしているそうです。面白い取り組みですね。
 坂本駅は1分で発車。
 ここからは球磨川もさらに深い谷へと変貌していきます。
 その30分間、ハチロクは走り続けます。
 この列車、走行中は窓を開けてはいけないというのが原則になっているらしい。残念だけど、トンネル区間もあるし、やむを得ないところもある。なんで、車両最後尾の展望室に腰掛け、川の流れを見送りながら旅を素直に楽しむことにします。
 以前走っていた豊肥線の三段式スイッチバックのような難所=名所はないけど、淡々と走り行く姿もまた魅力的です。
 誰もいない展望室でひとり微睡んでいると、興奮した小さなこどもたちが何人か遊びに来ます。
 かなりやんちゃもいますが、木製のイスなんでぶつかっても平気。赤の他人の子供同士が勝手に仲良くなって、いっしょに「ぶぶー」とおままごとっぽいことをしています。
 喉を潤すのに売店で買ったアイスの蓋を開けると、こどもたちが僕を見つめます。あああ、その物欲しげな視線はおじさんにはきついですよ。欲しいなら、ご家族の方に……と思ったけど、昼飯前にアイス、というのは、こどもの食育的には確実にダメなんでしょうね。ちょっと展望室の隅で隠れてアイスをほじくります。
 さて、おチビさんたち4人(しかも3組の別家族っぽい)。
 最初は新幹線のものまねだったのに、なぜか救急車とパトカーのものまね。せめて、SLのまねもしてあげてね。とは思うけど、新型に類する50系客車だと煙も音もあまり車内に入ってこないんですよね。
 白石には11:22着で、5分停車。フォトスポット的な小休憩タイムです。
 構内踏切で1枚。

 反対ホームから1枚。

 こういう時間、ツアー客が線路に立ち入ったり、趣味の人が同じ場所に集まったり、時には殺伐とした雰囲気になりますが、今日は全部でも50人に満たない程度のお客さんで穏やかなものです。
 JR九州には申し訳ないけど、乗車率3割弱って、これぐらいのお客さんの数の方が落ち着いて旅行できるんですよね。いいタイミングで乗車できました。
 今度は先頭車の展望室にいきます。客は私1人だけ。ベストポジションです。
 停車を終えて10:27に発車。窓ガラスごしですが最前のハチロクの煙がよく見えます。

 窓のすきまからわずかな匂いが漂ってきますが、どうせならガンガンに窓を開けたいなあ……
 次の一勝地に11:42着。

 ここでも10分の小休止。
 通常の運転なら地元の特産品や駅弁を販売するのですが、今日は特別の運転日なんですべてお休み。小腹が空いてきたしおにぎりでも食べたかったのに残念。
 球磨川の川下りの拠点となる渡駅で少し停車すれば、終点の人吉駅。12:13着です。
 風がないからかハチロクの吐き出す煙が駅構内に充満して、なんか早朝の濃霧時のような状態になっています。 

 ここでツアー客や大半の客は下車して行きます。
 この後、12:30過ぎに、ハチロクは八代方にある車庫へと引き上げていきます。
 動く瞬間、大きな煙を再び噴き上げます。

 DE10あたりが牽くのかと思えば、推進運転(客車先頭、機関車後ろのバック)で自力で移動するんですね。
 また煙が駅構内に充満します。

 そのまま車庫にinして。前半は終了

 しばらく足回りやボイラーの点検をするタイムになります。

帰りもまったりとしたSL人吉号で黄昏迫る球磨川を行く

 落ち着いた雰囲気で楽しめたんで、帰りも「SL人吉」を使うことにしました。窓口によるとやはりガラガラみたい。今日はラッキーでした
 窓口で指定券をゲット。やはり帰りもガラガラらしい。
 人吉ラーメンと人吉温泉の公衆浴場に立ち寄り、きちんと人吉市にカネを落とした後、14時過ぎ、再び車庫を見に行きます。

 もう準備完了ですね。
 14:12、また客車を先頭にした推進運転で入ってきました。

 サイドから機関士や助士が石炭をくべながらボイラの調整を黙々としているのが見えます。

 ここもオーストラリアあたりの石炭を使っているのかな。質がかなり良さそうですね。
 14時半、発車時刻が迫りますが、あまりお客さんは集まりません。
 これは帰りもラッキーなことにガラガラのようですね。
 上りの「SL人吉」発車です。
 定刻、14:39に汽笛を鳴らして動き出します。
 帰りの便、乗客は3両で25人ほど。乗車率2割程度。朝の下りよりさらに空いています。
 「もうたくさん席が空いているんで、お好きなところにお座り下さい」とアドバイスもあったし、左右空いていた2ボックス席を移動しながら使わせてもらう。
 渡駅に停まり、次は一勝地駅に14:59着。

 安全確認用のミラーに写りこむハチロク

 ここでの小休止9分も短く、煙突から出る煙がじょじょに黒くなっていきます。それが発車の合図です。

 呼び鈴で発車1分前、とホームを歩いていた女性係員が最後の客の乗車を確認し、車掌が合図をすると、15:08には発車です。
 次の白石駅も15:23着、28発の5分停車でした。


 今日は煙の上がり方がイイ感じですね。
 途中、瀬戸瀬駅で運転停車
 「九州横断特急」との列車交換です。
 ホームに立つ車掌さんと車内の女性係員の合図で、車内にぱらぱらいる乗客たちも特急へエールを送ります。向こうからも何人かがこちらに手を振っている。

 次は白石駅肥薩線内最後の停車です。
 売店の女性係員がハチロクのキャブの所へ。飲み物の差し入れみたいです。

 熊本まであと1時間。最後の走行ですね。
 晩秋だと16時を過ぎれば青い空に黄色い夕刻の空気が混じり始めてきます。

 あと、ひと息。機関士たちと談話していた女性係員も定位置に戻ります。

 ハチロクの煙も再び黒く勢いよくなってきました。
 16:10、発車します。
 八代駅まではさほどの距離もなく、16:29着。
 ちょうど
 機関車がちょうど跨線橋の手前で停まったので、真上からのアングルで。
 
 ここからは架線下を走ることになります。

 蒸気機関車、どのアングルが好きなのか、とい問いにはいろいろ意見は分かれると思います。オールドファンだと前面ばかり撮っている人もいるみたい。
 僕は、この機関車の真上からの姿が好きなんですね。どこまでも登っていく煙がどこまでも続いていく線路と旅を象徴しているように見えて、またどこかに行きたい、という欲求が沸々と湧き出てくるんですよ。
 八代は16:35発。鹿児島本線を北上していきます。
 「次は新八代。お乗り換えは」と放送が流れます。
 このまま熊本駅に行っても次の「リレーつばめ」は同じ列車になるのですが、新八代駅での「つばめ」+「リレーつばめ」の同一ホームでの接続劇をもう一度見ておきたいんで、今日はここで下車することにします。
 降りたのは僕1人。さっそく先頭部にカメラを構えて移動。

 出発に備えて、煙を噴き上げています。
 機関士が僕の顔をちらり。ずーっと撮影しまくっているのを見ていたんでしょうね。
 顔の表情を見ていると、「乗車するの、しないの」と意思確認をしているみたい。
 軽く手を振ると、出発するよ、とウインクし、キャブに顔を入れて、汽笛一声。

 いっそうの黒煙を上げながら動き出します。

 動輪を巻き込むようにして広がる煙は僕を一瞬包んだ後、ハチロクと3両の客車がかたわらを過ぎ去っていく。
 汽笛を寸断なく鳴らしながら鹿児島本線を終着熊本まで向かっていきます。
 SL、往復の旅はこれで終了。
 今回はできるだけ停車時間は蒸気機関車と対面していました。いつもはわんさか記念撮影組が機関車の前に来てゆっくりできなかったんで、他の客が極端に少なかったんで、これは僕的にはラッキーでした。
 何度みても、あの無機質な近代的工業製品の逸物は魅力的でした。
 また、肥薩線に来てみたい。そう想いながら、再び新八代駅の新幹線ホームへと向かいます。
 新八代から4時間半かけて自宅に帰ったのは22時半過ぎ。
 突貫の肥薩線SL行のあれこれを連れ合いに話すと、「なんで、私を連れずに勝手に行ったのよ……」と激怒していました。
 再登場してから1年半、口酸っぱく「肥薩線に行きたいなあ」「ハチロクに乗りたいなあ(ミトオカ客車はどーでも)」とボヤき続けてきた僕。その言葉に感化され、自分も行くつもりだったようです。あんた、そんなに鉄道のことって興味あったっけ?
 「当日の思いつきで熊本まで飛び込んだんで、誘うこともできなかった。申し訳ない」と弁解しつつも、これでまた「SL人吉」に乗れる口実ができたよ、という計算も働いたのですけど、それはまた別の話。<参考>
SL人吉 公式ホームページ
2011年春改正で用途を終える787系「リレーつばめ」と新八代駅の新在連絡ホームを見に行く - とれいん工房の汽車旅12ヵ月