特急「くろしお」に287系導入(でも振り子はダメっぽい)というニュースが和歌山ですら話題となっていない寂しさ

katamachi2010-11-20

 紀勢本線にようやく新車特急が導入するらしい。

 JR西日本和歌山支社は17日、京都・大阪―和歌山を結ぶ特急「くろしお」系に代えて、2012年夏から新型特急を投入すると発表した。
京都・大阪―和歌山に新型特急投入 JR西日本、2012年紀伊民報、2010年11月18日

    11月定例社長会見を見ると、「車両の形式は、特急「きのさき」「こうのとり」などに投入する287系で、基本構造は同じとなります」とある。導入は2010年7月以降。日根野の381系は126両、新車は51両。ちょっと中途半端な両数だ。
 なにも詳細が書かれていないから分からないんだけど、鉄道趣味的には、

  • えっ? 振り子特急は入らないの?

という疑問は当然成り立つ。
 この287系。

  • 安全性向上のためにオフセット衝突対策や衝撃吸収構造が採用
  • 客室設備やデザインは「サンダーバード」のコンセプトを踏襲
  • バリアフリー対応や足元のスペース拡大、女性専用トイレの設置

などと現在発表されている。
 だが、そのスペックを見ている限り、振り子式特急なのかどうかについての言及は何もない。

オーシャンアロー」の導入のときには地元も負担して振り子特急が入ったけど

 振り子式車両というと、カーブを通過する時に車体を自然に(あるいは人為的に)傾斜させる装置を持つタイプの車両で、これによりカーブの通過速度のアップ、乗り心地の向上が期待できる。
 紀勢特急には1978年に381系振り子式特急電車が「くろしお」に投入され、それから30年以上、同型が主力となって活躍してきた。

 その後、283系オーシャンアロー」が1996年に登場している。
 同車は同じ振り子式なんだけど、自然振り子式であるがゆえに揺れがひどくて車酔いの乗客が目立った381系に対し、振り子の動きを制御式としているため乗り心地もスピードもいくぶんか改善されている。ただ、現在のダイヤだと、カーブの多い白浜〜新宮間で283系が2時間31分、381系が2時間41分。10分差が早いというのかどうか微妙なところだ。
 この283系が導入されたとき、和歌山県など地元自治体が一定程度の資金を負担している。2000年の和歌山県議会の議事録にある質問と答弁によると、「オーシャンアロー」の導入には以下のような資金スキームが組み立てられたという。

  • 1997年完成の紀勢本線高速化事業 総事業費65億円
  • うち車両費40億円→JR負担
  • うち線路改修・地上設備費 25億円→官民半々(うち12.8億円が県と市町村負担。JR負担5億円強負担。和歌山県輸送力強化促進委員会が7.6億円負担)
  • ただ、和歌山県輸送力強化促進委員会のうち「五億円をリゾート博記念財団から負担」

 ここで質問をしている議員によると、20億円近くは県が負担しているということらしい*1
 それでスピードアップはできたのだけど、新車の投入は18両に留まった。1両あたり2.2億円。おいそれと新車をどんどん入れるだけの経済的余裕はJR西日本にはなかったのか。

で、287系のスペックはどうなんだろう

 ここ10年ほど、JR西日本が特急を導入する際、地元が車両費や地上設備改良の費用を一部負担するというのが定番となっている。
 3年半前に「鉄道整備にカネを出す自治体。無関心な自治体。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」でそこらの具合を書いたんで参考にして欲しい。
 この秋から入ったキハ189に関しては「あの113系3800番台運用終了に悲しむあなた。「寝台特急出雲を復活させる会」(石破茂会長)に参加しよう。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で紹介したように地元選出の国会議員が「余部鉄橋建て替え(平成22年)に合わせ、自治体助成なしの新型車両導入に目途」としているように、兵庫県自治体は車両費の負担をしていないようだが、餘部鉄橋も含めて地上設備の改良にはいくぶんかの負担をしている。


 さて、今回の287系「くろしお」。
 和歌山県議会の議事録などを見ている限り、和歌山県など地元が新車の費用を負担している形跡はない。紀勢本線の線路を弄くるとも聞いていない。
 そして、上述のように、当の287系に関して振り子式であるともないとも報道されていない。でも、あえて高速化について何も触れていないというのは、振り子がついていないと判断した方がいいのかも。
 振り子式じゃなくても、N700系新幹線などのように車体傾斜装置を備えてカーブをそれなりのスピードで走り抜けるという手法もあるけど、それについてもプレスリリースや既報ではなにも触れられていない。
 もしかしたら、の可能性はある。
 ただ、製造費は、福知山に入る287系46両の製造費が約80億円とあるんで、日根野の51両だと90億円弱ぐらいの数字になるか。一方、1996年に導入された283系は18両で40億円。

  • 283系 1両あたり2.2億円
  • 287系 1両あたり1.7億円

と言うことを考えると、287系は283系より安上がりになっているんだよね。
 確実に振り子対応ではなさそうだ。
 スピードはどうなる。まさか、32年前のロートル特急381系より遅くなるということはないよね。そんなこともあろうか、と、JR西日本が287系がカーブでも高速で走れる秘密装置を開発していた……ということを願いたいけど、さてはてどうなるやら。

非振り子式特急485系紀勢本線を闊歩した一年半の悪夢

 実は、「くろしお」に関しては、わずか一年半だけど、振り子装置のついていない車両。ご存知、485系が投入されたことがある。
 下のオレカは当時発売されたもの。よく見れば381系じゃなくて485系だと言うことが分かる。

 1985年3月改正で気動車急行「きのくに」4往復+臨時分が特急に格上げされたんだけど、この時点では381系の増備がまにあわず、それがゆえに東北新幹線開業などで余剰が出た485系日根野に回されてきた。
 その際、中間車が先頭車改造されるなどして、4両編成に組み直された。天王寺〜白浜間は8両、白浜以南は4両と分割併合も行われ、それゆえに先頭部クハ480は貫通扉付きになつていた。
 ただ、485系は非振り子式。カーブでの走行スピードは場合によって20km/h程度の差がついてしまう。阪和線内ならともあれ、カーブの多い紀勢本線。急行格上げ→停車駅も基本そのままだった、そのため、特に海南以南では381系「くろしお」ほどのスピードが出ない。
 381系正調特急「くろしお」は天王寺〜新宮間4時間程度。
 485系エセ特急「くろしお」は同区間を5時間弱。キハ58系急行「きのくに」より微妙に早くなったか、という程度。
 もちろん他の路線の特急でも車種によって所要時間の格差がつくことがあったが(たとえば同時期なら「北斗」のキハ183とキハ82)、ここまで露骨なのも珍しい。

 さすがに国鉄も決まり悪かったのか、1年半後の1986年11月改正で全「くろしお」を381系化している。「やくも」用の381系(1982年投入)を一部改造の上、9両編成を7両編成に組み替え、そこで浮いた車両を出雲から日根野に転属させてエセ「くろしお」の運用を置き換える。
 そして、ここで浮いたエセ「くろしお」用の485系は、この改正で電化された福知山・山陰線の特急「北近畿」などに回されることになる。
 当時のエセ「くろしお」で使われた485系の残党は、183系として一部は今でも活躍している。貫通扉付きだったクハ183-851もまだ生きているみたい。

振り子式特急はコストパフォーマンスが悪いのかなあ

 振り子が付いている381系。
 確かにありがたい車両なんだけど、自然振り子の台車の揺れがあまりにも激しくなって、乗り物酔いする人が続出する。
 そのため、登場してまもなく、「しなの」「くろしお」の座席にはエチケット袋が備えつけられるようになった。マニアたちは「ゲロ袋」「ゲロ特急」と揶揄するんだけど、かく言う私も、大学時代、体調が悪いときに「しなの」に乗ってエチケット袋のお世話になったことがある。もともと三半規管が弱くて車酔いしやすい体質なんだけど、381系の独特の揺れ(カーブに差し掛かってワンテンポ遅れて車両が傾くんだよね)は、正直、参った。
 そして、同じ直流の183系などと比べても割高な381系の製造は、1982年の「やくも」開業をもってラストとなる。
 ちなみに、1986年に電化された福知山線に関しても、381系投入が示唆されていたのだけど、実際入ったのは「くろしお」のお古の485系山陰本線の京都口が電化されたときも北陸本線485系の中古ばかりでした。
 あと、70年代後半、高山本線の電化工事が着手されていたのだけど、その時も381系の導入が想定されていた。
 以前、国鉄下呂線(中津川〜付知〜下呂)という未成線の調査で中津川市立図書館に行ったとき、「下呂線の即時着工 躍進する中部圏は待っている」「国鉄下呂線早期建設の実現を」と言う本を閲覧した。
 たいして中身はなかったのだけど、表紙に381系っぽいイラストが描いてあった。名古屋発、中津川・下呂経由高山行きの特急電車をイメージしているらしい。
 ヘッドマークの名前は「げろ」。
 マニアのネタじゃないのに、地元の自治体などがマジでその名前を付けるのはダメだろう……

 振り子式の特急は現状でもあまり進んでいない。
 JR西日本になってからも、北陸線に入った681系は非振り子。振り子対応の特急電車は283系だけだ。
 JR東日本も1993年に中央東線の「スーパーあずさ」に自然振り子(制御)のE351系を入れていたけど、後継のE257系「あずさ」、その他の特急電車も非振り子式。JR九州と四国は振り子式特急の導入に積極的なのと好対照だ。

という費用対効果の問題が大きいというのは分かるんだけど、在来線特急の拡充のためにもう少し何とかならんのかな。

和歌山県下で「くろしお」新車はあまり話題になってないっぽいけどなぜ?

 ちなみに、JR西日本も高速化事業に絡んだキハ187は振り子式気動車なんだけど、自治体からの助成がなかったキハ189は非対応。
 187系が福知山線山陰本線紀勢本線へ投入されるのに際し、兵庫県京都府和歌山県など地元自治体は高速化のための車両費に関して負担はしていない。だから、非振り子式で安上がりの車両が入るのか。
 自治体としては、

  • 90年代に高速化の費用をそれなりに負担したのになんでそんなことになるの

という言い分も成り立つ。JRとしても、

  • いつもお願いしているのにのに協力してくれなかったじゃないの

という気持ちはあろう。
 まあ、地元がカネを出してくれないんだし、それなりの設備でいいんでしょ、という姿勢が見え隠れするJR西日本の姿勢はあまり気持ちいいものではない。
 ただ、国も自治体も、在来線特急網をどうするのか、きちんと議論をしていないし、だから方向性も見えてこない。高速1000円化とか無料化とかその最たるものだ。地方ローカル線以上に、政策目標として議題に上がりにくいのは分かる。JRにやってもらえばいいという甘えもあるのだろう。
 今回、和歌山県議会の議事録で紀勢本線など鉄道に関する議論の質問や答弁をいろいろ調べてみたんだけど、フリーゲージトレインを入れろ、とか、ミニ新幹線を入れろ、とか、「くろしお」のダイヤが乱れたときの案内がヒドい、とか、どーでもいいことしか議論されていない。
 そうした鉄道輸送改善への無関心さは、県議会とかのレベルだけではない。マスコミの報道でも同じだ。
 JR西日本社長会見で特急「くろしお」への新車導入を発表したのは11月17日だった。
 それから3日経った今日現在、ネットで検索している限り、この報道をしている新聞社のニュースサイトは地元紙の紀伊民報のみだ。朝日も読売も毎日も産経も他の地元紙もサイトを見ている限りみんなスルーしている。さすがにそれはないだろう、と、和歌山在住の知人に聞いてみたんだけど、実際の地方版でも新車のニュースは見かけなかったらしい。
 県民の関心は別なところにある。湯浅御坊道路の4車線化だ。
 地元紙の紀伊民報で、冒頭で紹介した「くろしお」の記事が報道される2日前の11月16日、このような記事が掲載されている。

 和歌山県の湯浅御坊道路有田インターチェンジ(IC)―御坊IC間(約19キロ)の4車線化に向け県が作成した都市計画案と環境影響評価案を、県都市計画審議会は15日、全会一致で承認した。
4車線化を都市計画決定 湯浅御坊道路・有田−御坊間

 やはり、有料道路の4車線化の方が話題になるのだろうか。和歌山県庁もずっとやってきた事業だし、読者=地元住民の関心も高い。それと比べて特急「くろしお」新車導入の話にかんする記事の淡泊さ。
 確かに、今、和歌山県庁もマスコミもそれどころではない。県知事選が11月11日に告示され、28日に投開票が行われるからだ。
 現職再選が既定路線だけど*2、マスコミが県知事選報道体制に集中しているタイミングで、情報の少ない紀勢本線のビッグな朗報を報道する余裕がないのかも。間が悪すぎだよ。90億円とか巨額の資金を投じるプロジェクトなのにJR西日本って浮かばれないよなあ、としみじみ思ったのだけど、それはまた別の話。

続き

28日に、徳庵近畿車輛でプレス公開がされたみたいですね。
 各紙、記事があります。

 現在の183系車両も当面使用し、2012年7月以降、特急「くろしお」に使われている振り子列車の381系に順次換えていくという
新型の特急車両を公開 JR西神戸新聞2010/11/26

  • 2011年春 福知山に287系導入
  • 2012年夏 日根野にも287系導入
  • 381系が福知山に転属して183系(元485)を淘汰、か。

*1:議会での質問答弁は105系にトイレを付けろとかそういう話なんで詳細は省く。ただ、この和歌山県輸送力強化促進委員会は2008年に廃止されたhttp://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/230100/kansahome/kansa-main/sotijokyo/sochi-gyouseiH17.pdf

*2:ちなみに共産系の候補は国労出身「JR西日本 シニア社員」という人物