「九州版オリエント急行」は世界の豪華列車に対抗できるか

katamachi2011-02-01

 JR九州が「九州版オリエント急行」とも言える列車の運行を検討し始めたらしい。

九州を一周して観光地をめぐる豪華列車の計画をJR九州が30日、明らかにした。博多から大分・由布院を経由して鹿児島へ行くコースなどを想定し、2年後の運行開始をめざす
九州一周セレブ列車の旅、2年後に運行の構想 JR九州朝日新聞2011年1月31日

 各社の報道によると分かっているのは以下の5点。

  • 発言はJR九州社長。1/30に福岡市であった「九州新幹線全線開通記念シンポジウム」(朝日新聞社主催)
  • 「九州一周観光列車」(仮称)。2013春から夏にかけて運行開始
  • 新造客車6〜7両編成に15〜20室の寝台個室。定員30〜40人。レストランや展望車もある。
  • ディーゼル機関車でけん引(すなわち客車列車)
  • 料金は宿泊費や食費込みで15万〜20万円(2泊3日)

JR九州:13年に「九州一周列車」毎日1.31なども参照
 正直、本当にやるのか……という驚きもある。
 昨年8月、JR九州の唐池恒二社長は東京で記者会見をして「九州の観光地を巡る豪華列車を走らせる構想」「季節によってコースを変えたり、乗客数限定の豪華な寝台車両を作ったりするアイデア」を披露したことがある。
 ただ、同社の広報室は「社長の構想としてはあるようですが、まだ社内では具体的な計画にはなっていません」とやんわりと予防線を張っていた。
はてなブックマーク - asahi.com(朝日新聞社):九州版オリエント急行で豪華な旅を JR九州社長が構想 - ビジネス・経済
 そもそも東京の記者会見でリップサービスしたのにほとんど大手マスコミでは取り上げられていない。
 そのまま黙殺するのか……と思ったら、今回、イラストとして提示されたことになる。朝日主催イベントでの発言だけど、他紙でも扱いもちょっと大きいみたい。

  • アジアからの観光客や定年退職後の世代など国内外の富裕層をターゲットに需要を掘り起こす

って、どうなんだろうと思ったりもしするが、さてはてうまくいくのか。

チャーター前提の豪華列車に南アフリカで乗ったことがある

 この手の豪華列車って、近年、あちこちで見られる。
 有名どころは、欧州の「オリエント急行」。今は正式には「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス」。

  • ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス

http://www.orient-express.com/web/vsoe/japanese-train-vsoe.jsp
 パリ・ロンドン〜ベニス、ベニス〜ローマ間などを走っている。1泊2日257,000円から。月に数回走る定期路線以外にも、他の地区へも走り抜ける。年に一度のパリ〜イスタンブール間を走ったりしている(90万円から!!!!)。

http://www.orient-express.com/web/eoe/japanese-train-eastern-oriental-express.jsp
 同じグループは、東南アジアで「イースタン&オリエンタル・エクスプレス」を走らせている。シンガポールバンコク間を3泊4日232,000円から。これもラオスとかチェンマイとか他のルートを走ったりしている。
 先日、東南アジアの列車が1〜3月限定で安くなっていると聞いてついついHPに来てみたが、それでも片道17万円/人。5万円安くなってもその値段か。苦笑するしかない。
 別なグループも「ノスタルジーイスタンブールオリエント急行 (NIOE) 」というのをヨーロッパで走らせていたことがある。バブル真っ盛りの1988年にJR東日本とフジテレビがわざわざ日本まで客扱いしながら運んできてJR各社で団臨として走らせていたことを記憶している人もいるだろう。
 以前、「オリエント急行」サロンカー@箱根ラリック美術館と越谷へ回送された「夢空間」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月という記事で紹介したが、その時の1両が後に箱根ラリック美術館へ運ばれ、有償展示されている。

 
 ダイヤモンドと「北斗の拳」の国、南アフリカでは3社が競合している。

  • ロボスレイル

http://www.rovos.com/
 ※主にプレトリアヨハネスブルグケープタウン間を走るが、時にはダーバンなど南ア国内、年に一度はタンザニアダルエスサラームまで遠征する。最高級の部屋だと100万円するそうな。ひえー

http://www.bluetrain.co.za/
 ※日本のブルートレインの語源ともなった南ア最強だった列車。ロボスレイルの登場でやや印象は薄れたが日本ではまだまだ人気。高校鉄研の友人が新婚旅行でこれに乗ったんだとか。1人18万円×2人。トホホ。

  • ションゴロロエクスプレス

http://www.shongololo.com/
 ※ややカジュアルなチャーター列車。客車の後ろに四駆車を載せてジンバブエとか周辺国などを回る。それでもかなりの値段はするのだけど……


 で、僕は最後の「ションゴロロエクスプレス」(SHONGOLOLO EXPRESS)。に乗ったことがある。
 いや、正確に言うと、バックパックを担いだ貧乏旅行でケニアからジンバブエにやってきてビクトリアフォールズ駅で切符を買おう(例のデフレで1等寝台が400万ジンバブエドル=5米ドルで販売)としたら、このションゴロロエクスプレスが止まっていたんで、ボーッと見上げていたら、スタッフの兄ちゃんに招き入れられて「車内に入った」ってだけなんですが。
 ケープタウンから2000kmほど移動した旅の途中だったんで車内はクリーニングの最中。スタッフでごった返していましたが、やはり食堂車や寝台個室の調度品は立派でしたねえ。部屋の広さは車両長の3分の1くらいとか。
 これでもカジュアル向けなんでロボスレイルなんかよりは値段は安め。安めと言っても2週間の旅で7000米ドル(60万円)超……と聞いて改めて驚いた次第。
13泊14日間7189km、片道110万円の豪華列車の旅 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

 他にも、

  • 韓国 ヘラン

http://www.sanshin-travel.com/specialsite/herangou/index.html
とちょっと安めではあるがこの種の列車を走らせている国もある。中国やロシアでも予定されている。豪華のレベルもいろいろあるが、ペルー、イギリス、ドイツ……あちこちでこの手の列車は見られる。

消えたジョイフルトレインの使命とは

 日本だと「トワイライトエクスプレス」「カシオペア」がこのカテゴリーに入るか。
 我が日本には、かつて「ジョイフルトレイン」というカテゴリーの団体臨時用客車があった。1983年に登場した14系客車改「サロンエクスプレス東京」がその先例。その後、5年ほどで全国に広がった。それとは別にお座敷客車というのも60年代から一部の支持を受けた。
 でも、90年代半ばになると、その種の「ジョイフルトレイン」はJR各社のお荷物となる。

  • 客車であるがゆえに運行するのが大変
  • 牽引する機関車と機関士の確保が難しい
  • 車体の老朽化が進んだ
  • 100人超の定員を埋める列車の企画が難しい

 いずれも大きな難問としてのしかかった。仮に1編成貸し切ったとして、日帰り片道4時間ほどの区間を往復すれば運行費だけで200万円近くはする。どこかで一泊したらどうか。
 でも、今どき、1催行180名(「サロンエクスプレス東京」の定員)なんてキャパを埋める企画なんて皆無だ。ここ十数年の消費者の趣向の変化はツアーの形式を確実に変えてしまった。興味は細分化してしまった。バブルの時のような宴会需要も期待できない。臨時列車としての運行も中途半端だ。気動車・電車の短編成タイプですらもなかなか扱いが難しい。
 企画がうまくいかずJR社員が自腹とか、出入り業者に無理矢理貸切をさせて営業ノルマ達成とか、主催者側が集客できずに数十万単位を自己負担とか、ジョイフルトレインを巡る悲喜こもごもはいろいろ聞いたことがある。
 だから、今では現役の車両は少なくなったし、2010年2月の立ち入り事件で話題を呼んだ「あすか」も含めて稼働率は相当低い。基本、使命は終えたと言ってもいい。
 確かに、今、団臨で客を集めるなら「さよなら○○」って企画ぐらいだ。来月もキハ181のさよなら列車が日本旅行主催で開催されるらしい。定員330名とあるけど埋まるのかな?
http://www.nta.co.jp/ICSFiles/afieldfile/2011/01/24/kiha.pdf

「九州版オリエント急行」の勝算はいかに

 で、JR九州が「九州版オリエント急行」。2013年運行開始か……
 同社は2009年春でブルトレの定期運行を終えた後、ブルートレインの「さよならイベント」を乱発させて「成功」したとされている。それで味を占めたのかもしれない。今は検討段階(しかも社長の思い入れ過剰)でしかないけど、採算は取れるのか。慎重に検討せねば……ということか。
 料金は、

  • 宿泊費や食費込みで15万〜20万円(2泊3日)

と、「ベニス・シンプロン・オリエント・エクスプレス」や「ロボスレイル」より心持ち安めか。いや、安いと言っても気軽に乗れる値段ではないけどね。
 ツアーはこんな感じなのかな。

  • 1日目

 博多集合・11:00発〜車中でウエルカムイベント→昼食〜15:00長崎着→バスで長崎観光→18:30長崎発〜車中で夕食〜早岐鳥栖経由で南下

  • 2日目

 〜朝食〜9:00八代9:40〜ハチロク牽引で肥薩線〜人吉〜昼食後人吉の温泉へ〜宮崎〜バスで青島観光〜宮崎18:00〜夕食〜

  • 3日目

 〜大分〜朝食〜湯布院10:00着〜昼食・温泉入浴〜湯布院15:00発〜博多18:00着・解散
 肥薩おれんじ鉄道を通らないと意外に選択肢は少ない。牽引機はDE10……をさすがに使い続けるわけも行かないだろう。JR貨物と同社のDF200形にお願い……と言っても、JR貨物は九州では入換機以外にDLを持たねばならぬ理由もない。
 なんか、いろいろ疑問符が残る企画である。JR東日本だと管内は広いし、首都圏の広大な市場も抱えているし、自前の機関車も運転士もあるし、と可能性は高くなる。でも、「「オリエント急行」サロンカー@箱根ラリック美術館と越谷へ回送された「夢空間」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で書いたように「夢空間」を20年間ほとんど放置プレイした後、2009年に解体してしまった……という大失敗例がある。ちょっと次に手を出しにくい。
 JR九州。仮に7両編成×1両3億円と仮定すると、客車だけで20億円。機関車もDE10を3両ほどリニューアルして、さらにスタッフを揃えて……嗚呼、どれくらい投資額がかかるんだろう。それなら日豊本線あたりの普通に残る国鉄型車両をリニューアルしろよ、との声もあろう。
 ただ、

と比較すると、そして稼働率が年間150日くらい(ツアー運行週に1度50回)と仮定すると、意外に悪くはないのかも。
 こういう時って、「企業のイメージアップのために企画しました」「採算よりも地元に貢献を」という綺麗事が並べられるのだけど、持続可能な列車にするためにもきちんと採算を考えてから実行して欲しいね。
 あとは、「宿泊費や食費込みで15万〜20万円」のツアーに相応しい内容を煮詰められるか。年間1500人程度しか参加できないという希少性は、ある一部の人たちを魅了するのは間違いない。僕には無理だけど……ねえ。一度くらいは乗りたいとは思うが、それ以前に「カシオペア」にも「トワイライトエクスプレス」にも乗ったことはない。どうも豪華列車は僕の琴線には触れないようだ。
 個人的にはこれが九州島内限定の話で、JR東日本や西日本にまで積極的に乗り入れて……という話にならないのが寂しいところ。まあ、どこも団臨みたいな厄介者をスジの中に入れたくないんだろうな。機関車も機関士もないし。1988年の「ノスタルジーイスタンブールオリエント急行」がソ連・中国経由でやってきて日本国内のJR線を走り回ったのは奇跡だったんだよなあと改めて思うのだけど、それはまた別の話。