いすみ鉄道と訓練費700万円嘱託乗務員候補生と千葉動労いすみ支部の複雑な間柄

katamachi2011-02-07

 いすみ鉄道が、訓練費700万円自己負担の非正規運転士候補生の募集をまた始めるらしい。

 いすみ鉄道大多喜町)は31日、訓練費700万円を自己負担し同鉄道の運転士を目指す「自社養成列車乗務員訓練生」の2期生を募集すると発表した。
第2期生募集へ いすみ鉄道の自社養成運転士千葉日報、2011年02月01日

 これは同社のhpでも発表されている。

 ああ、またやるのか……と残念に思っていた。「夢」という美しい言葉の裏にいろいろややこしい問題を誤魔化している鳥塚亮いすみ鉄道社長のやり方は僕も好きになれない。
 でも、この千葉日報の記事を読むと、1年経って、いろいろと出てきているみたい。

いすみ鉄道は自社養成乗務員訓練生をなぜ募集したのか

 そもそも自社養成乗務員訓練生をなぜ募集したのだろうか。
 鳥塚社長は、当初、「自社養成運転士の採用について(本音で語り合いましょう)」というブログで、

  • 応募者は、経済的にも時間的にも生活に余裕がある方となります。
  • 運転士になりたい希望をお持ちの皆様へ、その道を切り開いたとお考えください。
  • 賃金などを含めた待遇というのは会社と個人との契約の範囲の話で、それによって直接安全性が脅かされることへの相関関係は見当たらない
  • このプランは免許を取らせることが目的ではありません。免許取得後、継続して勤務していただくことが条件となります。
  • 好きなことを仕事にすること。それに一生懸命打ち込むこと。そういう過程で「鉄道マン」を育てます

と説明していた。経済的余裕のある人間を招いて夢を叶えるのが目的で、安全面では何の問題ない、と説明している。
 「少年少女時代の夢をかなえませんか」というのは、一見、魅力的な言葉だ。昨年一畑を舞台とした「RAILWAYS」という映画が公開されたのにあわせたアイデアだと思う。

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 ただ、「子どものころの夢をかなえる好機」という点がやたらと強調された点に対して、鉄道好きの一部からは多大な違和感が示された。自分たち鉄道好きの「夢」を「やりがい」と言い換えて、非正規雇用に繋げようとしたいすみ鉄道社長のアイデアそのものへの反発だ。
 で、自己実現的やりがい夢物語を並べた上で、訓練費700万円は本人に自己負担させる。受かっても落ちても自己責任。しかも、「訓練費自己負担」というプログラムにおいて、「免許取得後、継続して勤務していただくことが条件」というのは通らないんじゃないの。いすみ鉄道自体が訓練生の生活も将来も保証していない嘱託扱いなのに、無茶な条件だよ。運転免許とか看護師資格での考え方とは根本で違うんだから。
 最近の規制緩和でのバス業界やタクシー業界の状況を見ていると、賃金カット→雇用の流動化→外部化→さらなる流動化……という負のスパイラルの中で、「訓練費の自己負担」という手法は人件費カットの手段として定番化されつつある。鉄道会社の社員にならないと運転になれない……という基準があった鉄道業界において、その最低限の「底」が割れてしまった。「夢」という言葉で第3セクター鉄道を取り巻く環境のあれこれを誤魔化そうとしているのが見え隠れするから反発を喰らった。
 まあ、資格をとらないと仕事にならない職種で、「研修費自己負担」を要請するのってブラック企業の定番なんですよ。
 それがマスコミを通すと、中年になっても夢を抱く人たち……と美談や夢物語として語られてしまう。それに当惑させられた。

いすみ鉄道自社養成乗務員訓練生第1期生の今は……

 当時、いすみ鉄道社長は、「あくまで経済的にも時間的にも生活に余裕がある方のみなんですよ」と予防線を張っていた。まあ、乗務員訓練生ってのは、訓練すること自体が道楽だ、ということだ。これを聞かされたら、いすみ鉄道の社員、そして他社の訓練生なんかはどんな気持ちになるんだろう……とは思うけど、それはまたそれ。
 けど、続報なんかを見ている限り、この予防線もちょっと疑わしい。

  • Aさん 51歳 志木市元オートバイ販売業 不動産収入あり
  • Bさん 42歳 市川市元ソフトウェア会社勤務 退職前は手取り年収500万円 
  • Cさん 40歳代 広島在住者
  • Dさん 40歳代 元バス会社勤務

経営難の鉄道会社と、カネを払ってでも運転士になりたい男たち--いすみ鉄道(千葉)毎日新聞2010/08/23
 イギリスの保存鉄道なんかで嬉々として運転士や保線員をやっている真の意味でのブルジョワジーとは程遠い階層の人たちだ。
 これに対し、id:thscさんは、「http://d.hatena.ne.jp/Thsc/20100830/p1」で、

「赤字の鉄道がインフラとして必要なので存続させるが、必要経費の支援はしたくないから自助努力で黒字化しろ」みたいな、公益事業のコストを負担せずに済ませようとするフリーライド志向が理由としてあるのではないか。

と指摘している。それは僕も同感。免許取得を訓練生の夢と自己責任に依存させているいすみ鉄道と社長もどうかとは思うが、ローカル鉄道から出てくる赤字を負担する決断を曖昧にしている千葉県庁と大多喜町いすみ市なんかも非正規雇用の労働者に依存しているという意味では同じ穴のムジナなのかもしれない。

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 ちなみに、実際、1期生はどんな感じになったか。先の千葉日報の記事を見ると、

  • 2010年5月 40〜50代の男性4人が嘱託社員に採用
  • 2010年9月 動力車操縦免許資格取得試験。3人が学科に合格
  • 2010年12月 動力車操縦免許資格取得試験。実技は全員が不合格

ということになったみたい。
 全員ダメだったのか……訓練期間は1年半〜2年間とされているのに、訓練費700万円をオーバーする分は誰が負担するんだろう。というか、いすみ鉄道的には大丈夫か。
 せっかくのアイデアも、訓練生が全員試験に通らなかったという結果もあって瓦解した。養成に失敗したわけだ。
どれくらいの合格率かは分からないけど、某社の知人によると落ちる人はかなり少ないとも聞いた。検索エンジンで調べると、技能試験で「我が社の過去の受験成績は、延べ80名以上が受験して、100%の合格率を誇っています」という会社もあるようだ。もちろんハードな訓練を経ての成果なんだろう。簡単な試験とは思えない。
 さてはて、いすみ鉄道はどのような教養プログラムとカリキュラムを用意して、700万円自己負担の訓練生に対応していたのか(なぜ合格しなかったのか)。それも自己責任? ちょいと気になります。

いすみ鉄道国鉄千葉動力車労働組合いすみ支部

 現在、いすみ鉄道の運転士はJR木更津線などで運転士をしていた人たちだ。
 千葉日報の記事だと、現在は9人。後で説明するが全員60歳代以上のようだ。(2010年春時点では運転士11人。うち生え抜きが2人。2人減の理由は不明)
 それでもJR退職者なんだし、技能に問題はないだろう。退職者だから賃金も安い。将来に備えたら若い人もいるだろうが、40・50歳代が若手とは言いにくい。いすみ鉄道の将来が見通せない中、新人を雇うのはリスクが大きい。訓練費も経費もかかるんだし。
 では、なぜ、いすみ鉄道の社長が裏技的に新人を雇おうとしたのか。
 それは、現在の運転士たちが動労千葉の組合員だからだ。

 知る人は知る人なんだろうけど、昔、国鉄には「動労」という組合が存在して、旧国鉄本社に対してかなり敵対的なスト権ストなどを展開していた。だが、分割民営化直前、体制側に寝返った形で協力者となり、そのほとんどは新会社JR7社に社員として採用された。JR東日本の主力労組、東日本旅客鉄道労働組合の母体となる。この動労革マルとの関係はいろいろ根が深い。http://www.jiji.com/jc/zc?k=201012/2010121000455の記事にあるように、松崎明元会長は「革マル派創設時の幹部の一人である」と前国家公安委員長が答弁したりもしている。
 一方、旧国鉄動労の中で、動労千葉というか千葉動労だけは、革マルと敵対していた中核派の影響下にあった。共に、日本共産党系の青年組織だったんだけど近親憎悪的にいろいろモメて百人単位の死者が出る内ゲバを繰り返す関係となった。
 国鉄千葉動力車労働組合http://www.doro-chiba.org/index.html
のhpを見ると、その時代錯誤的な内容のいろいろに当惑させられる人も多いだろう。国鉄が消えて24年経つが、毎年春頃、無意味に繰り返すストは千葉県民の頭痛の種になっている。
 中核派が京都駅前で千葉動労を称える演説をしていて不愉快な記憶が蘇った話は、以前、「京都駅前で中核派と出会って17年前の大垣夜行での私怨を思いだす。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で書いたことがある。早稲田や法政のみなさまとは別な意味でも、革マル中核派もどちらも苦手だ。
中核VS革マル(上) (講談社文庫)

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 で、それが、いすみ鉄道と何の関係があるのかというと、JR東日本の出向者とOBは「国鉄千葉動力車労働組合いすみ支部」を結成しているのだ。http://www.doro-chiba.org/sosiki/sosiki.htmの組織図にもそれが示されている。
 彼らは千葉動労傘下とはいえ、JR東日本(というか東日本旅客鉄道労働組合の社員たち)に対するような敵対的な行動はとっていないようだ。ただ、いすみ鉄道社長にとって面白くない存在であると言うことは容易に想像できる。60歳代ばかりの彼らに早く勇退して欲しいのだろう。

公募の見習い運転士を動労千葉に加入させよう

 千葉動労のhpに「日刊動労千葉」という機関紙が掲載されているが、そこでも、いすみ鉄道は何度か取り上げられている。
 たとえば、いすみ鉄道の存続が最大の課題いすみ支部 第23回支部定期大会だと、2009年12月に勝浦市の民宿で第23回支部定期大会が開かれたとある。

  • 2010年度は支部全員がエルダー・OBとなる-
  • いすみ鉄道の正社員だけでは交番がうまらない状況が続いており、休勤によって勤務が回っている状況
  • いすみ鉄道の存続が支部として最大の課題
  • 要員を早く確保してほしい。

ということらしい。
 2010年度以降は全員が「エルダー、OB」、すなわち60歳以上となるらしい。
 「エルダー社員は休勤をやっても賃金と年金の合算で上限が決められており」と休日出勤を嫌がるというのは年金をもらえる嘱託社員ならではの贅沢な悩みとは思うが、年金支給引き上げにあわせた高齢者雇用の関係ともあるのだろうか。
 興味深いのは、

  • 要員問題は、地域的な面と有資格のからみがあり、動労千葉の組合員が担わざるを得ない事情もあるなか、支部としては会社に要求することはもちろんのこと、組合としても取りくみを強化してほしい

としている点。千葉動労全体でいすみ鉄道に運転士を派遣するよう取り組んで欲しい……という言葉が印象に残った*1
 でも、これ以上、千葉動労いすみ支部の社員が増えると、鳥塚社長的には困るのだろう。たぶん。60歳以上だと賃金は安く抑えられる……というメリットがあってもだ。
 だから、自前の運転士を育成したかった。でも、非正規社員で生活の保障もないなら、長らくの定着は難しいだろうに……

 
 この、いすみ鉄道の怪挙に、国鉄千葉動力車労働組合いすみ支部はどう反応を示したのか。
 今年2011年1月、いすみ鉄道の存続と勝浦市長選勝利を いすみ支部第24回定期大会を開催 という記事が出た。冒頭、

  • 外注化阻止決戦
  • 中野顧問が逝去されたことは誠に残念
  • 反合・運転保安闘争路線を継承
  • 勝浦市長選に、いすみ支部は地元支部として総力決起
  • ブラジルへ行き熱い国際連帯を築いてきた

と、いすみ鉄道と無縁の訳の分からない言葉が続くのはさすが千葉動労。夢見る労働組合だ。
 で、いすみ鉄道絡みは、

  • 公募の見習い運転士を動労千葉に加入させよう

と、そう来たか!!!!!
 ついに千葉動労が非正規雇用の訓練生に温かい支援の手を差し伸べてくれた……とかいうんじゃないのは分かるんだけど、あの労働条件はなんだかなあ。で、4人の訓練生が千葉動労に入ったら、鳥塚社長、今度は千葉動労と労使交渉をしなければいけなくなるのでは。それはそれで大変なような。
 ちなみに、今回の照岡いすみ支部長。動労千葉代表団としてブラジルに渡航したり、各種集会に参加したり、千葉動労でもかなりアクティブに活動されていた人みたいです。

マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実

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 と、まあ、存続のための基本的なことがほとんど議論されないまま、いすみ鉄道と鳥塚社長、千葉動労いすみ支部、訓練生たち……彼らの果てしなく終わらない「夢」への取り組みは続く。そのどれもが誰のための取り組みなのかよく分からない。地元住民のために鉄道を残していかねば……という原点が夢見がちな言葉で曖昧にされてきたからだ。観光列車より夢を語るよりも何より大事な利用者の姿がそこにはない。
 ああ、そう言えば、鹿島鉄道が廃止するときにも、変な趣味のTPOという団体が現れていろいろと掻き回したことがあったなあ、と、「鹿島鉄道がまたまた大変なことになっています。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」という四年前の自分の記事を読み返したのですが、それはまた別の話。<参考>
団塊世代の大量退職で浮き彫りとなる第3セクター鉄道の人手不足 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
京都駅前で中核派と出会って17年前の大垣夜行での私怨を思いだす。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月


おまけ キハ52を3000万円かけて走らせる意味

 昨年末、新潟県から運ばれたキハ52はどうなったんだろう。
 新潟県JR西日本大糸線を2010年まで走っていたキハ52-125。車歴44年。同設計のDCはJR定期列車から消えた(高山線キハ58も2011年春引退)。
 それをわざわざ持ってきたのは鳥塚社長のアイデア。「観光路線としてお客様を呼び込めれば、再生できる」(いすみ鉄道 存続決定のごあいさつ)という発想らしい。で、総額3000万円かけて、いすみ鉄道の本線上を走らせるのだという。すでに色を国鉄旧一般色から新一般色に塗り替えている。

 これにも千葉動労いすみ支部は批判をしている。

  • 旧車のキハ52気動車が導入されたが、検修も整っておらず、現状の路線では車両の重量があるため危険だ。運行するなら速度を落として運転すべき

というご意見があります。ごもっととも。いすみ鉄道とは何のご縁もない車両を持ってきて、それで鉄道マニアを引っ張ってきて、どれだけ収益が上がるというのか。ツアーバスで来る観光客に魅力がある車両なのか。歴史的連続性を無視して勝手な物語を紡ぎ上げても客寄せパンダにはならないと思うけど……
 ちなみに、千葉県庁の「いすみ鉄道の存廃にかかる検証結果について」という報告書を見ると、
http://www.pref.chiba.lg.jp/koukei/jouhoukoukai/shingikai/isumi-iin/documents/kensyoukekka.pdf

  • 現有車両7両(1両休車中)は導入から22年余が経過し、老朽化が著しいため、国の鉄道輸送対策事業費補助制度を活用して、6両の車両更新について検討

とある。
 富士重工レールバス、もともと造りが安っぽい上に、経年20年以上経ってかなりガタがきている。三セク他社で同世代の車両はほとんど引退、もしくは予備車扱いにされている。それを使い続けるのはマズい。それが問題視されているのだ。
 最近だと、新車は1億円/両はする。それを5台揃えるだけでも難しい。でも、報告書では「6両の車両更新について検討」という言葉しか出ていないのだ。千葉県庁も地元市町も上下分離を選択したとはいえカネを出し惜しみしている。 実は、この報告書。

  • 将来的に収支が均衡し存続していくことができるとの共通認識に至りました
  • (関連自治体が)下部の維持管理に関する費用及び車両更新等の設備投資に対し応分の負担をしていくことが前提

とはあるのだけど、その肝心の

をどうするかどうかまでは語られていない。車両や橋梁の老朽化問題もスルー。これって、いすみ鉄道の存続が決定したというんじゃなくて、単に問題を先送りしているだけではないのか。本来出すべき補助金の額を出し渋って、いすみ鉄道廃止という決断もできずに延命をさせて、でもやはりカネは出ささない……という千葉県や地元市町の対応もまたかなり無責任だなあと思う。これらの話はまた別の機会に。

*1:あと、リンク先に写っている支部定期大会のスナップ写真が、ただのオッサンたちの宴会然とした風景なのにはなんとなく親しみを覚えた