一畑・近江……ローカル私鉄の老朽車置換問題と大手私鉄の中古車
島根県と松江、出雲両市は、2020年度までの10年間の一畑電車(出雲市)支援計画案をまとめた。車両更新などに計約59億円を投じる。(中略)計画案では、20両のうち18両を中古で買い替える費用を行政が負担。1両編成で運行できる車両の導入も検討している。
一畑電車支援計画案まとまる中国新聞2010.7.10
一畑電車に関する地元自治体の救済処置がまとまったようだ。その9日前にも山陰新報が伝えている。10年間で59億円。決して安い値段ではない。
これには島根日々新聞が「一畑電車沿線地域対策協議会総会/五年間の支援計画を正式決定/設備・修繕費は十年間で59億円」(2011/07/13 )ともう少し詳しくまとめている。
- 一畑電車沿線地域対策協議会
というところだ。
驚いたのは、59億円という決して少ない額を地元自治体が身銭を切ってまで残そうとしたことだ。その決意、そして資金負担まで明確化したことは凄いことだと思う。
ローカル線を抱える自治体って、公募社長が努力すれば、DMVを入れれば、イベントやればなんとかなる……って自分たちで何も考えず、しかも結論先送りで責任とらないところが少なくない。だからこそ、ローカル私鉄を地域交通の軸として位置づけ、存続するためのモデルを構築した関係者の努力に敬意を表したい(ところで松江市のLRT化は……)。
一畑電車で活躍する元南海・元京王車も半世紀近くがんばっています
鉄道車両好きなら、
- 20両のうち18両を中古で買い替える費用を行政が負担
- 単行車両を6両導入
ってところが注目点だろう。
現存は
- 3000系2連4本(旧南海21000)
- 2100系2連4本(旧京王5000)
- 5000系2連2本(旧京王5000)
というところで、記事にもあったように「製造から43〜50年が経過」している。
ズームカーはそろそろ……という話は昨年、鉄道趣味誌にあったんで、今年1月、松江出張の帰りに一畑に5年ぶりに乗ってきました。
左が3000系、右が5000系
左が2000系、右が3000系
元南海の3000は5年前に見たときはまだ大丈夫そうかなあという印象もあったのですが、さすが寄る年波には耐え切れてません。大井川の元21000よりはマシだけど客扱いするには古さは否めない。元京王5000あたりはまだ新しいつもりでいたけど、60年代後半製の40年選手か……大改造して生き残らせるには躊躇する車齢です。
とりあえず3車種の廃車がほぼ決まったんでそのラストランを撮る人たちが集まるのだろうな。
気になるのは、「20両のうち18両を中古で買い替える」。残る2両はどうするのか。
南海21000、京王5000、生き残ってくれるといいなあ。もしくは大逆転でデハニ51が大復活???? 県庁も巻き込んだデハニ活用を巡る議論は結論らしい結論にはならなかったようです。改造費をかけるだけの価値をどう考えるか難しい。けど、あれが動くというのはちょっと期待したいもので。下の写真は、6年前、うちの大学鉄研でチャーターした列車です。
- 一畑電車デハニ50形の活用に向けた提言
http://www.pref.shimane.lg.jp/kotsuu/tetsudo/dehani50.data/100119teigennsetto.pdf
近江鉄道も平成製の吊り掛け駆動電車を置き換えるみたい
もう一つ、在籍車両の廃車を表明した私鉄があります。近江鉄道。
(西武鉄道から譲り受けて改造したモハ220形)今後は音のしない新しい電車に順次、切り替えられる予定で、「がちゃこんが聞けなくなるとマニアは落胆するだろうが、乗り心地も大切」という。
市民の足「がちゃこん」走らせ115年 近江鉄道朝日新聞2011年5月21日
モハ220形は平成になって登場した車両ですが、部品は同社の中古車や西武の使い回し。車体はかっこいいんだけど、足回りはかなり年代物が使われている。吊り掛けモーターも健在という珍車でした。
1両単行運転用に使われていましたが、ダイヤ改正で運用本数が減ってしまったため余剰気味になっている上に、2両編成となっている他の運用と一緒くたにできないことも新車置き換えの理由なのかも。221や226のように今では構内入換や貨車牽引用に使われている車両もあります。
これが「切り替えられる予定」と。すでに2年前、西武鉄道から101系の廃車が甲種回送で彦根まで運ばれたのですが、そちらは西武時代のままでまったく手つかず。
ここの彦根工場って、他社製の車両を自己流に改造するのを得意としています。どんな車両が投入されるのか楽しみなところで。
地方ローカル私鉄が車両をリニューアルするときは大手私鉄の中古車が活躍
一畑のデハニのように昔は地方私鉄でも自社発注の新車を入れることがあったけど、今では経済的事情もあって、中サイズの私鉄でも自前で新車を注文することはほとんどありません。長野、富山地鉄も大手私鉄の中古車ばかりです。大手私鉄が25年、30年使用していた中古車を譲り受けて使用する……というのは地方私鉄が車両をリニューアルするときの定番になっています。
基本、譲渡の条件を考えると、
- 1.大手私鉄が廃車するタイミング。地方が欲しいタイミング
- 2.地方が望むサイズ(車両限界を考えると18m車)とか編成両数(1、2両に改造可能か)、必要両数
- 3.地方が希望する改造とか部品調達とかまでケアしてくれるのか
と、それぞれのマッチングがうまくいくかが鍵のようです。そして素材の適不適がある。京阪80系が福井鉄道にいく話なんかもいろんな事情が絡んでボツになりましたが、そういう未成に終わる案件もある。
そんな中で中古車の地方への転売で積極的なのは東急と京王、西武。
- 東急 十和田観光、弘南、福島、秩父、長野、上田、伊豆、豊橋、北陸、伊賀、水間、熊本
- 京王 北陸、上毛、岳南、松本、伊予、富士急、一畑、琴電、銚子(伊予経由)
- 西武 流山、上信、秩父、伊豆箱根、三岐、近江
と広域にちらばっています。
大手私鉄なつかしの名車両をたずねる旅--夜行列車でローカル線へ (講談社+α新書)
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でも、この3社ほど中古車を各地に回しているところはなかなかない。
東急が強いのは、系列の多さもさることながら、新製から廃車までの期間が短いこともあるのでしょう。車齢が短いともらわれ先でも喜ばれる。東急1000みたいな80年代後半の新製車がわずか20年で廃車となって地方に転出……って凄いなあと思います。
京王重機整備など両社の系列会社が中古車両の転売に積極的なこと、地方にあわせた改造などの付帯的な仕事もしてくれていることが大きいのでしょう。
最近は国鉄・JRからの出物は少なくなりました。253系が長野、101系が秩父、あと伊豆急行、しなの鉄道とか事例はありますが、JR側があまり売買に積極的でないという側面もある。JR東日本やJR東海だと比較的車歴が古くはない車両でも廃車にしている。JR西日本は関西圏から山陽地区へと老朽車を自社内で回していますね。戦前から高度成長期にかけて地方私鉄の車両の供給源だったのは国鉄だけど、地方私鉄側としても、JRの標準車である20m4扉車を導入しようにも車両限界とかにあわない会社が少なくない。これから数年で117系とかも消えるみたいだけど、国内私鉄へ転じるケースはなかのかなあ。
一畑電車に次にやってくる電車はどこの中古車だろうか……
東京や大阪の鉄道好きにとって自分たちの好きな地元の私鉄の、好きな車両が廃車となるのは寂しいところ。でも、それが地方に転じて活躍を続けてくれるのはなんだか嬉しいんですよね。できればオキニの車両を使ってくれたらいいのに……という気持ちになってくる。
僕は京阪沿線に住んでいたんで、元特急車の3000系を使ってくれている大井川鉄道と富山地方鉄道にはちょっと思い入れがあります。末永く使ってくれるといいなあとホント思います。
もちろん、地方私鉄としても中古車じゃなくて自前の新車を……という思いはあります。70年代までは静岡、富山地鉄、長野といったところも自社発注車はありましたが、今はもうなかなか難しい(そうした意味では下津井電鉄が廃止直前になって新車を作ったというのは何度考えても不思議な話でした)。地方には地方なりの複雑な事情と感情がたくさんあるというのは理解しないといけないのですけど、それでも空調や乗り心地がしっかりした中古車両をきちんと準備していこうということなんですよね。
で、今度、一畑にどんな中古車が来るんだろう……というのも趣味の人の関心の元です。ネットでも話題のようで、
- 京王3000
- 名鉄6000
- 南海2000
- 東急7700・1000
- 西武101
とか勝手な憶測というか妄想が始まっています。
南海2000なんて平成型車両でまだ新しいだろ、と思うけど、2扉車で中途半端なスペックであるため妙な使われ方をしているのが不憫で……とのこと。名鉄6000なんかは頃イイ車両と思いますが、これからどんなタイミングで廃車していくのだろうか。京王3000もかなり消えちゃったけど、回せるだけの車両の余裕があるのかな。東急7700とかはいまさら地方に持って行くというのはどうなんだろう。
といったマニアの戯れ言をよそに、当事者間では話はついているのでしょうね。元南海ズームカーも含めて老朽車ばかりの大井川鉄道もそろそろ車両を一新しないと……とか他社も含めてどうしていくのだろうかといろいろ気にはなるのですが、それはまた別の話。