可部線可部〜河戸間復活構想と踏切の問題
一度、廃止になったJR西日本可部線のうち、可部〜旧河戸駅間2kmで鉄道復活させる動きが行われています。廃止実施数年前から浮上してきた話でして、列車運行停止までには間に合わなかったのが、地元町内会主導で構想が固められ、広島市も乗り気になって、さあ今年、そろそろ動き出すか......といった雰囲気になっていましたが、2011年9月、こんな話が出ています。
JR西日本広島支社の杉木孝行支社長は7日、広島市安佐北区のJR可部線可部―旧河戸間の電化延伸について「踏切の取り扱いなどで市との協議に時間がかかっており、合意の先行きは不透明」との認識を示した。
可部線電化延伸、判断先送り2011.9.8中国新聞
当初、「9月までに事業化の最終判断をする意向」で、2011年度に着工とかも言われていたが、事実上の先送りだ。理由は、「踏切」問題。そう、近年、踏切の設置要因が厳格化、というか、新設道路や新設鉄道の交差点は基本立体交差で……という流れになっているんで、いろいろとややこしくなっているんです。
可部線の河戸駅までの延伸構想が具体化しないのは「踏切」が原因
とりあえず可部線延長構想の経緯。
- 1998年 可部線可部〜三段峡の廃止問題がクローズアップ
- せめて可部市街地にある可部〜河戸間だけでも存続できないかとの運動も起きる
- 2003年 同上区間廃止
- 2009年12月 JR可部線活性化協議会(広島市、JRなど)が河戸駅地区までの約2キロの電化新線としての復活を計画素案に盛り込むと報道。可部駅から約2キロに新駅
- 2010年2月 JR可部線活性化連携計画
- 2010年9月 広島市が2011年度中の着工を目指す方針を表明。2013年度までに整備目標
- 2010年10月 JR西日本が2010年度内に判断と報道
- 2011年2月 広島市が予算化「新駅は2カ所設置し、旧河戸駅周辺、可部駅との中間点を予定」「市と国が建設費の大半を負担して2011年度中に着工し、2013年度中の完成を目指す」と報道
- 2011年6月 JR西日本 9月までに合意の可能性大
- 2011年9月 JR西日本 トーンダウン
と、いうのが経緯。旧駅より約400メートル先の新駅用地の検討も始まっていた。
終点となっている可部駅から河戸駅跡に続く廃線跡に電化新線を敷設することを望んでいたのは地域の住民。それがそれなりの運動となって、広島市が参画した上で、JR西日本に打診した……というのが大まかな流れ。
ちなみに、最近の可部線の利用者数(三滝〜可部各駅乗車人員/日)は、
- 2000年 21600人
- 2003年 20400人
- 2006年 21900人
- 2009年 24000人
- 河戸駅 2000年117人、2003年119人
※広島市統計書各年(下2桁で四捨五入)
廃止された2003年から6年で可部線乗車人員が2割近く増えているというのは興味深いところだ。
道路混雑でバスの定時運行が難しくなっている、自家用車の飽和状態、経済的事情で鉄道の利用が見直された……という状況もあったのか。今後も鉄道利用をよりいっそう促進して活性化させるためにも必要な事業なのかもしれない。
ただ、「可部線の一部区間の復活」という言葉は正確ではないのに注意。
すなわち、可部〜旧河戸間は2003年に事業許可が廃止されたんで、今度復活するときは、新たに事業許可を取り直さないといけない。ゆえに「復活」ではなく「新線」として扱わる。
そして、その「新線」であることが、構想の具体化の障壁となっている。
- 新線鉄道を敷設するなら、道路との交差地点は立体交差するのが原則
という立場の国土交通省が、踏切(現役時は6ヶ所)込みでの鉄道事業の再開を了承してくれないのだ。
意外なところでややこしい話となっている。
「なお、鉄道の新線建設にあっても、原則として、道路との立体交差化を進めるものとする」
「国が新設扱いとなる電化延伸での踏切を原則認めない」という根拠は何か。なぜ「原則」なのか。
ちょっと調べてみよう。
踏切というのは鉄道事故が発生する件数の非常に多いところで、かつ道路側から見ても事故=大規模な案件になりがちな箇所であり、かつ渋滞を巻き起こす厄介者であり、その対策、すなわち鉄道か道路の立体交差化による踏切の除去が長年の課題となり続けた。ここ40年ほど、大都市部のみならず地方都市でも鉄道の高架化が進捗しているのは旅好きの方ならご存じだろう。プロジェクトによっては数百億円ものの巨額の資金がこれらに投じられている。最近だと中央本線の三鷹〜国分寺付近などの高架複々線化が大きな話題となった。高架化絡みだと、小さなローカル私鉄であっても高架線を敷かねばならないケースもある。
立体交差化を促す踏切道改良促進法、そして踏切道改良促進法規則を読むと、こんな感じ。
(立体交差化の指定基準)
第二条 踏切道改良促進法(以下「法」という。)第三条第一項の規定により立体交差化を実施すべきものとして指定を行う踏切道は、次のいずれかに該当する踏切道とする。
一 平成二十七年度末における一日当たりの踏切自動車交通遮断量が一万以上になると認められるもの
二 平成二十七年度末における一日当たりの踏切自動車交通遮断量と一日当たりの踏切歩行者等交通遮断量の和が五万以上になり、かつ一日当たりの踏切歩行者等交通遮断量が二万以上になると認められるもの
三 一時間の踏切遮断時間が四十分以上になるもの
四 平成二十三年度以降の五箇年間において改築(舗装を除く。以下同じ。)が行われる一般国道の区間に係るもの
五 平成二十三年度以降の五箇年間において行われる道路(高速自動車国道及び一般国道を除く。)の改築、停車場の改良、鉄道の複線化等の工事に係るもので、立体交差化を実施することにより交通の円滑化に著しく効果があると認められるもの
また、「立体交差化をすべきもの」として指定が行われないケースとして、
- 地形上立体交差化を実施することが著しく困難なもの
- 一時的なもの
- (臨港線や市場線)立体交差化を実施することによって鉄道又は道路の効用が著しく阻害されるもの
- 立体交差化の工事に要する費用が立体交差化によって生ずる利益を著しく超えるもの
という例外規定がある。
この可部線のケースで問題となるのは、踏切道改良促進法規則の「停車場の改良、鉄道の複線化等の工事に係るもの」という箇所である。立法趣旨からすると、「鉄道の複線化等」の「等」に鉄道新線も入るのだろう。
内閣府政策統括官の資料「踏切事故防止総合対策について」
だと、交通対策本部の決定として、
- 1 踏切道の立体交差化の促進
- (3) 道路及び鉄道の新設等に伴う立体交差化
なお、鉄道の新線建設にあっても、原則として、道路との立体交差化を進めるものとする。
とある。ここでは、新線の場合、原則、立体交差と明示されている。
つまり、わずか2kmの区間であっても、8年前まで鉄道踏切が現に存在していた箇所でも、原則、鉄道と道路の交差地点に踏切を設けてはいけないのだ。
ことは鉄道だけの話ではない。踏切問題は、旧建設省である国交省道路局の担当だし、道路交通法絡みで都道府県警も関係してくる。そこらも話がややこしくなる原因だ。
実は、この問題。他地区でも同じようなことが起きている。
たとえば、同じJR西日本の、おおさか東線。現在、放出〜久宝寺間で営業しているが、これを新大阪〜淡路〜鴫野〜放出間に延伸する計画が進められ、一部で工事に着手されている。
そこで大きな問題となっているのが、新大阪〜西吹田間。ほぼ東海道本線の3複線区間と並行している区間であり、おおさか東線は現在線の南側に新設されることになっていた。計画が浮上した1970年前後の段階に区画整理で用地買収は済んでいた。
ところが事業性難ありということで建設は先送りされ、国鉄がJRとなり、昭和が平成になり、20世紀から21世紀になった後、ようやく工事を進めようか……という段階になって、地平線のままで工事はまかりならぬ、ということになった。すでに東海道本線の踏切は存在するが、列車の通行が多い区間であるため、事実上、「開かずの踏切」となっている。ここでさらに電車を通すのはもってのほか。ましてや「新線」なんだし……ということになる。
えちぜん鉄道の福井駅界隈もそうだ。JR北陸本線新幹線建設を意図しては高架化したけど、えちぜん鉄道はローカル私鉄なんだし現状維持でもイイじゃないの。高架化にはカネがかかるし……という気持ちはあるみたいだけど、そういうのはダメみたい。
あるいは、鉄道車両を走らせている保存鉄道なんかでも、踏切問題は厳しい。公道との交差部分に踏切を設けることは厳禁となっており、各地の廃線跡などで検討された保存運転事業が区間の縮小や中止に追い込まれたりしている。
最近の新線で、踏切が新設されたのは、「門司港レトロ観光線に続く特定目的鉄道はどこなんだろう。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で紹介した門司港レトロ観光線。昔の貨物線を改装した鉄道だ。ただ、ここは観光目的に特化した「特定目的鉄道事業者」なんで、新規に踏切を設置することへの強い縛りはなかったのかもしれない。ある意味は、警察や国交省といろいろとややこしいやりとりがあったのか。
可部線で元踏切の場所を立体交差するか踏切を閉鎖するか暫定的に残すか
とりあえず、可部線においても、以前廃止になった区間2kmを復活させようとすると、立体交差化して線路を敷設することが大前提となってしまう。施工が複雑でかつ用地買収なども必要な高架橋での建設だと、建設費はどれぐらい高額な物になるのか。できるだけ、昔通り、地平にレールを敷くような簡単な構造でやりたいというのが広島市やJRの本音だろう。
元あった踏切は6カ所。
それら道路との交差点に関して、選択肢は三つある。
- 立体交差化
- 踏切を閉鎖
- 暫定的に残す
立体交差化すると、それこそ2kmでも100億円近くなるのかな。費用対効果的にも難しいのでは。あと、旧可部線を跨ぐ形で国道とバイパス道の立体交差部分がすでに完成している。その道路を跨ぐ形で可部線がさらに高架線を……というのはできるのだろうか。
踏切の閉鎖は、地元住民との絡みがある。遠回りさせられる人たちにとっては承伏しきれない。最近、既存の第4種踏切に関しては、事故多発地点なので閉鎖やむなしという考え方もそれなりにあるようだが、可部駅付近はそれなりに都市化したところである。それぞれの踏切の交通量はどうなんだろうか。
基本、「残す」という選択肢がベターとも思う。
でも、それには国交省の道路部門、それに警察との折衝が必要になる。彼らが公共交通機関を整備するためのの論理を理解してくれるはずもない。たぶん、いい顔しないだろう。
踏切信号を付けるという選択肢もあるのかな。
1999年、名鉄美濃町線新関〜美濃間が廃止されたとき、その代替輸送の便宜を図るべく、残った美濃町線新関駅と長良川鉄道関駅を結ぶ300mのレールが新規に敷設されたが、その際、幹線道路との交差点には道路信号付きの踏切が設けられた。可部線もそういう処置でもしてもらってなんとか踏切設置を容認してもらえないか……
もちろん、
- 鉄道ないしは道路を立体交差化→踏切の事故を減らす→鉄道も自動車も安全運行
という政策に関しては誰も否定することはできない。実際、電車の運転士が一番怖がるのは、事故が起きる可能性の高い踏切だという。鉄道利用者や周辺の住民も恩恵を被る。踏切前後での一時停止、徐行もなくなるのでエコ運転という観点からもオススメ。
ただ、「鉄道の新線建設にあっても、原則として、道路との立体交差化を進めるものとする」という文言をあらゆるケースに当てはめようとしたから、ほんのわずかな区間であっても、立体交差化することが義務づけられるようになった。
いや、「立体交差化の工事に要する費用が立体交差化によって生ずる利益を著しく超えるもの」とあるし、必ず、踏切を設置しないといけないという義務化はない。実際、門司港ではそうなんだし。ケースバイケースでイイじゃないの。たいして利用がないローカル線っぽいところだし、まあええやん、と僕は思う。というか、多くの人はそう考えるんじゃないか。
ただ、そうやって新設した踏切にて人身事故が起きたら誰が責任を追及されるのか、ということもある。だから、必要以上にお役所というのは「原則」にこだわるのだろう。
可部線の廃止区間が自治体の整備でわずかと言えども蘇る……なかなか面白い取り組みなんだけど踏切を理由に行き詰まっているのはなんとかならんのかなあ……と、やっぱり思うのですが、それはまた別の話。