185系「あかぎ」+200系「とき」。終焉近づく「新幹線リレー号」の旅、再び
さあて、前回の「上り臨時寝台急行「きたぐに」最後の旅。2013年1月上旬で「日本海」ともども運転終了っぽい - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」という記事の続き、というか前哨戦の話。
関西から東京へ向かう直前、長岡から京都まで「きたぐに」に乗って帰ろうとして寝台券をゲットした……というのが前回の話だったんだけど、2012年12月29日の夜、東京都内から長岡駅までどのような手段で移動しようか、というテーマも僕にはあった。
東京駅21:40発の上越新幹線最終「MAXとき353号」に乗れば長岡駅で接続するというのは時刻表でもわかる。E4系8両編成、帰省シーズンだけど空席はあるみたい。
でも、久しぶりに上越新幹線に乗るのなら、2013年3月ダイヤ改正で定期運行を停止する200系に乗ってみたい。
今から31年前に東北・上越新幹線の開業時に200系が登場したとき、趣味の人の世界ではあまり歓迎されていなかったんだよね。新幹線の運行開始と共に、「ひばり」「はつかり」「やまびこ」「とき」「はくたか」「まつしま」「佐渡」など181・485・165系などを使った在来線特急や急行が廃止されることも確定していたから。1982年6月、そして11月のダイヤ改正直前は上野駅での最後の姿を撮ろうとした小中校生が駅構内を走り回っていた、という。
ただ、関西在住の小学5年生だった僕は違った。200系新幹線の登場を今か今かと待ちわびていた。
一つには上野口の在来線にあまり馴染みがなく(1980年正月、上野のパンダの帰りにちらっと見た程度)、廃止される在来線特急や急行は惜しいなあと頭では分かっていても、今ひとつ肌感覚で分かっていなかった=新幹線開業に抵抗感がなかったと言うこと。そして、もう一つは、
「青より緑が好きだったから」
200系緑色新幹線に憧れ、185系緑色新特急にガッカリした1982年=小学生時代を思い出す
今から思い返すと、くだない理由だとは思うのだけど、僕は保育園に通っていた頃から「緑色」が大好きだったんです。
帽子から服からクレヨンから何から「緑色」ばかりを好んでいました。好きなプロ野球チームは南海ホークス=ユニフォームが「緑色」だから。うちの母親がなぜか「緑色」を僕のイメージカラーにしていたんです(3歳下の弟は「青色」)。
だから、東北の方に新しく登場する新幹線が「緑色」と決まったと知ったとき、僕は大喜びしました。宮脇俊三御大も選考委員になって決められた愛称名はイマイチぱっとしないなあ、と子供心に思っていましたが、「緑色」は万々歳です。
この1982年の8月、親戚と旅行で東北旅行に行くことになったんだけど、仙台空港まで飛行機で往復することになり、非常にガッカリし、でもレンタカーで移動中、一ノ関付近で新幹線「やまびこ」を見たときはもちろん大喜びしました。
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最近はカラーリングを変えてしまって「緑色」じゃなくなったんだけど、小学生の時の淡い期待をもう一度、と思わないわけでもなかったんです。
鉄道ピクトリアル 2005年12月号(通巻:769) 【特集】 200系新幹線電車
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東京駅下り列車基準で行くと、
- 6:32発たにがわ、7:08発とき、7:28発たにがわ、9:44発たにがわ、11:12発とき、12:32発とき、14:12発とき、15:32発とき、16:32発とき、18:32発たにがわ、20:12発とき、21:12発たにがわ
と12本だけになっている。
新潟まで行くのは、うち7本。12月29日、東京駅に着けるのは19時くらい。そこから逆算すると、東京駅発20:12発「とき347号」しかないのかな。大宮の次が越後湯沢、すなわち高崎通過。そんな速達便に、なぜ200系みたいな老朽車両を充当させるのか。別な意味でちょっと興味深い。
上野発着の185系も2013年春改正以後、どうなるんだろう
ついでに時刻表をパラパラめくると、目に入ったのが上野駅19:00「あかぎ1号」。185系使用のホームライナー的特急です。
そうそう、東北・上越新幹線開業時って、185系が「新幹線リレー号」として上野〜大宮間をピストン輸送していたんだよね。
ご存じのように、両新幹線が1982年に運行を始めたときの起点となったのは大宮駅だった。上野〜大宮間に関しては、用地買収&騒音問題などいろいろあって未完のままだった。1985年の新幹線上野開業までの3年間、185系14両編成が追加料金不要の新幹線利用者専用列車として運行されていた。国鉄末期のあだ花的存在だったわけです。
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えーっ、と中学1年生だった1985年当時、思ったものです*1。緑色の帯(「踊り子」は緑色ストライブ)をまとった色調は今までの国鉄車両の塗色の常識を覆す斬新さがあったし、なにより僕の好きな「緑色」だ。なのに、そのスペックを図書館の鉄道趣味誌で知ったときのガッカリ感はいまでも忘れない。
とにかく関西や東海の新快速117系と似通ったスペック(特急なのに転換クロス!)で、特急にも急行にも普通にも中途半端な設計となった185系。その使われ方も最新型特急車両にはあまりふさわしくない二線級臭さいっぱいの新特急。80年代国鉄解体を象徴する特急車両だったと思う。
一応、JR化後にシートはリクライニングシートに置き換えられ、内装も塗装もリニューアルされた。ただ、まあ、なんというか評価に困るような存在であったのは事実。結局、「新幹線リレー号」時代が一番輝いていたし、ここ20数年はホームライナー的存在での使われ方が一番しっくりいっていたような気もする。
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2010年に常磐線E657系投入の話が出てから、余剰となる651・653系の転用先として、まず噂されてきたのが、羽越本線「いなほ」であり、上野発着の「あかぎ」や「草津」だった。そんなわけで、185系終焉のタイミングがそろそろ……とイメージできた数年前からマニア人気は高まっているらしい。最初は鉄道趣味的に低く扱われていたのに現金なものですが、まあ、趣味の人って大昔からそういうものなんです。
2012年12月に出たJR東日本の2013年3月ダイヤ改正のプレスリリース。とくに何も触れられていなかったので、意外に無風かな、と僕も思っていた。
ただ、JR東日本高崎支社のプレスリリースで「7両・14 両編成で運転する特急「草津号」「あかぎ号」のグリーン車の連結位置を変更いたします」
とかいう記載がありました。4号車というと、2013年春改正で運行終了となる「スーパーひたち」651系と同じ位置*2である。
まあ、タイミング的に2013年3月ダイヤ改正では現状維持でただの杞憂かもしれませんが、存続したとしても先行きはあまり長くない。
185系「あかぎ1号」(上野1900→大宮)
と、前振りはかなり長くなったけど、2012年12月29日夜、品川でちょっとしたコミケの打ち上げをした後、上野駅に向かいました。
上野駅は18:30頃着。
地平ホームへ移動すると、14番線だけやたらと人混みができていました。「うん?」と思ったあと、ふと思い出しました。583系臨時「あけぼの」がやってくるんですね。2035発で2000頃入線。いい場所で撮ろうと場所取りをしているみたい。大きな三脚が「よい位置」で陣取っていて、その周りに男ばかりが団子になっている。後ろからやってきたご同類に割り込まれないように、微妙な「押しくらまんじゅう」をしている。
「先にいる人の前で写真を撮らない」
という写真撮影の暗黙の了解を逆手にとって場所取りをしているようだ。2時間も前から大変だよね。
と、そこらは今日の目的ではないんでスルーし、お隣の13番線で19:03発「北斗星」編成の到着を待ってみる。
18:42、推進運転で客車を先頭にやってきました。3分ぐらいゆっくりと進みながら停止位置にとどまります
どちらかというとライトな層、小さな子供たち、通りすがりの人、そして乗客たちが取り囲む。でも、583系狙いの場所取りに邁進している14番線組は動かない*3。
ただ、そろそろ乗車予定の「あかぎ」の発車時刻が近づいているので、僕は特急専用発着ホーム16番線へ。
お隣の17番線は19:00発の651系「スーパーひたち」。651系は2013年3月改正で常磐線から退役すると発表されています。
そして18:53に回送185系が到着。これがそのまま「あかぎ」となる。
仕事納めとなった企業が多い年末の土曜日。夕方ラッシュ時のホームライナー的特急の利用者はほとんどいなくて14両の編成はガラガラでした。
小さなおともだちがパラパラ集まるけど、特急専用ホームなんで遠慮がちに隣の15番線から狙っています。
湘南色タイプに塗り替えられた編成が上野方に位置します。
ご存じのように登場時から白車体に緑帯(東京口は緑のストライプ)という塗色だったんで、もちろん国鉄時代に急行色で運行された経歴はありません。マニアさんに喜んでもらおうと、
- 「踊り子」登場時塗色 白と緑のストライブ
- 湘南色風塗色 緑とオレンジ
- あまぎ色風塗色 赤とベージュ
とされているみたいです。「ネタ列車」「ネタ塗装」、露骨だよなあ。
と、なんとか編成全体を検分していたら発車時刻が近づいたんで、8号車に席を取る。
定刻1900に発車。隣の「ひたち」と同時に動き出すけど、こちらの方がワンテンポ遅れている。
大宮まですぐなんで車内もぶらぶらしてみる。
車内のシートはJR化後にリクライニングシートに取り替えたんで趣は変わりましたが窓配置とかはそのまま。走りの重厚さは国鉄型ならでは。スピードも出ていないから乗り心地もさほど悪くない。関西の183系(元485系 こちらは2013年改正での退役が既報)と比べれば状態は良さそうです。
まあ、でも今さら185系を褒め称えても、なあ。正直、小学生の時に感じたガッカリ感は今でもあります。
特急と言っても帰宅時のホームライナー的な運用だし、年末の土曜日の夜だから、他の車両も含めて乗車率10%程度。
わびしさを感じながら、19:24大宮着。わずか24分の旅は終わりました。
200系「とき347号」(大宮2036→長岡)
大宮下車の後、なんとなく東武鉄道野田線に立ち寄りたくなって未訪の2駅を乗り降りした後、再び大宮駅に舞い戻る。
次のお目当ては、上越新幹線200系「とき」。
20:34頃にホームへ着くと、やがて光が見えてきます。
2013年3月改正で消えていく数少ない「大物」ですし、メディアでは鉄道趣味業界以上に煽られることになるんだろうな。さっそく「朝日新聞」は「「団子っ鼻」のような先頭車両が特徴的」と、200系にも「団子っ鼻」って愛称を付ける気満々だし。
さて、大宮駅定刻2036にやってきた「とき」は新色でした。リニューアル塗装のタイプの10両編成です。
12月29日の夜、年末の帰省ラッシュのタイミングで10両編成とは短いような気もする。大宮から越後湯沢までノンストップの速達タイプで、実際、3時間前には満席表示が出ていました(後に空席があって通路側指定席をゲット)。
これに乗って車窓を楽しみたいんだけど、さすがに真っ暗。仕方ないんでゴロンと眠ります。月〜金と働いて、最終便で東京へ向かい、土曜日は一日中コミケで売り子。さすがに疲れました。
と、言っていたら、気がつけば越後湯沢駅21:22着。
乗客の8、9割は降りていきます。みんな「はくたか」乗り継ぎなんだろうけど、北陸新幹線開業の暁、支線と化する高崎〜新潟間ってどのような運用になるんだろう。E2系8両編成が毎時1往復(各駅停車)+朝夕のみ速達タイプ……というのが関の山か。運行本数も何もかもかなり寂しくなるような……
と、ホームの向こう側に200系を発見。
登場時の白と緑帯をまとった編成が。越後湯沢21:35発となる「たにがわ430号」のようです。
これも、運用最終を計算して2007年に元の色に塗り替えられた編成です。
おおお、今の「とき」をここで降りて1本遅らせて、近くで写真でも撮ろうかな……と一瞬思いました。
が、停車時間はごくわずか。窓越しに望遠で捉えていたら、扉が閉まってしまいました。
仕方ない。
そして寝ぼけ眼でぼーっとしていると、乗換駅の長岡です。
と、
とか張り切った割には、夜の列車だし、ここ数日の疲れで半分寝ていたし、印象はやや散漫になってしまいました。まあ、200系原色を見れただけでヨシとしておくか。と、満足しながら長岡駅に降り立ち、200系原色を描いたポスターを見た瞬間、「嗚呼、かくいう自分もJR東日本のマニア向けネタ列車ビジネスに引っかかってるやないの」という事実にふと気づかされたのですが、それはまた別の話。
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