最近、運輸省文書で鉄道史研究の世界がアツい!

katamachi2007-05-24

 先日、旭屋書店本店で「西大寺鉄道 (RM LIBRARY89)」(ネコ・パブリッシング)を買いました。RM LIBRARYの第89号。発売されたのは今年の1月ですが、うちの書棚を確認したら買い漏らしていたのに気づいたんです。
 このシリーズ、「B5・56ページ白黒、本体価格1000円」と高いんだか安いんだかよく分からない値段設定ですが、なんだかナウなヤングには絶対受け入れてもらえないような、ていうか鉄道趣味誌でも「ピクトリアル」以外ではなかなか載せられない濃〜い企画が並んでいます。人気だったのは、青木栄一の「昭和29年夏 北海道私鉄めぐり〈上〉 (RM LIBRARY(58))」、あと「キハ41000とその一族〈上〉 (RM LIBRARY(1))」とか「戦後生まれの私鉄機械式気動車 (上) (RM LIBRARY(87))」とかも楽しかったなあ。それと、凄いのは消えた私鉄関係の特集。「北恵那鉄道 (RM LIBRARY(32))」とか「上田丸子電鉄〈上〉 (RM LIBRARY(73))」とか「羽後交通横荘線―オラほの横荘っこ (RM LIBRARY(61))」とか「宮崎交通鉄道部 (RM LIBRARY(69))」とか誰が見るんかいと思うような本もあるんだけどそんなローカル私鉄系の特集だけで40冊ぐらい出ている。本誌の「レイルマガジン(Rail Magazine)」の方はタイムリーな廃車・廃止ネタやレアものをよく扱っていて「アオリ雑誌!」(トレンドを追うとも言う)なんて批判が10数年前からあったりするのですが、そこらの志向性とは真逆をいっているのがRM LIBRARYなんです。
 で、思うんですが、最近、鉄道史研究のレベルが飛躍的に高くなっているんです。それは「鉄道ピクトリアル」なんかも同様で、ちょっと前と比べても、廃止私鉄とかローカル私鉄とかの記事の中身は確実に濃くなっていて、正確性も増している。現存していない私鉄なんてなかなか資料が残っていないハズなんだけど、いろんな許認可事項や図面が事細かに紹介されている。
 理由はなんとなく想像できます。それは、鉄道省文書・運輸省文書が国立公文書館で公開され、在野の人間も気軽に調査研究できるようになったからです。

運輸省の地下倉庫は鉄道会社が提出した申請書でいっぱいだった

 以前、鉄道会社は、鉄道線の敷設、あるいは車両・設備などの製造を行う際に、監督官庁である運輸省(鉄道省)や建設省(内務省)にいちいちその詳細について申請をし、免許や特許、あるいは許可を得ねばなりませんでした(もちろん2000年施行の鉄道事業法改正後も同様ですが。)。ここらの申請書類を作成し、許諾を得るのが会社としてはいろいろ面倒だったんですね。意地悪して認めてくれなかったこともしばしば。当事者としてはあまり愉快ではない経験も多かったでしょう。
 そんな許認可関係の文書のうち、廃止鉄道や未成鉄道など非現用関係の書類は順次国立公文書館に移管されました。その数、1800冊+600冊(この他、一部は国鉄交通博物館)。ここらのリストは、「『鉄道省文書』所蔵箇所一覧,廃止・未成鉄道、専用鉄道調査研究のための一次資料」『鉄道廃線跡を歩く〈7〉 JTBキャンブックス』(2000、JTB)にまとめられたのでご存知の方も多いと思います(このリストは必見)。
 でも、この他にも、運輸省の文書まだまだ資料はたくさん存在していました。2000年時点で、その数、ざっと3500冊(正確な数字は忘れた)。そんな厚さ5cm〜20cmの簿冊が運輸省の地下にあった倉庫にズラーッと並んでいたんですよ。東急とか西武とか京阪とか水間とか西鉄とか、現役だった私鉄関係の書類はほとんどそこにありました。会社と国とかやった書類のやりとりがそこには残されていたんです。鉄道車両の図面とか、免許申請線ルートを記した地図とか、関係者との裁判の詳細について記した手紙とか、申請文書に対する官僚たちの反応とかそうしたものも事細かに記されているんです。
 で、これらの文書。書類さえ提出すれば誰でも閲覧できる状態になっていました。もちろん関係者なんかはその存在を知っていましたし、東急なんかは社史(『東京急行電鉄50年史』、1973年)を作るときにここの文書を大いに活用していた。在野の鉄道史研究をやっている人の一部も活用していました。ただ、多くの人はその存在を知らなかった。知っていても「運輸省」という敷居は高かった。
 それと、膨大な簿冊から目当ての文書を探すのが大変でした。どこに何の会社のどんな文書があるのか、その詳細なリストは公開されていなかったんですね。私は、拙著「鉄道未成線を歩く」の調査のため、2001年に同省の地下倉庫に入らせてもらったのですが、ひたすら続く巨大な本棚と簿冊のヤマに唖然としました。行くたびに毎回付き添ってくれた運輸省のキャリアの方もお手上げ状態のようでした。ある著名な研究者が独自に作成されたリストを手がかりとしたのですが、保管場所がズレていて探しあぐねることもしばしば。でも、今までの鉄道史ではよく分からなかった部分をかなり拾い集めることができたと思います。

国立公文書館に行けばそんな資料を簡単に見られるようになった

 そんな鉄道マニアにとっての"宝の山"が、例の省庁再編の関係で運輸省から国立公文書館に移管されました。2001年12月、私が訪れた直後のことです。で、長きにわたる整理の後、それが公開されるようになったんです。しかも2005年から運用を始めたデジタル・アーカイブシステムによって、キーワードで検索エンジンにかければすぐヒットするようになりました。そしてカウンターに文書を請求すると、5分も待てば書庫から持ってきてくれるのです。調べてみると、公開されているのは、運輸省→陸運関係→鉄道関係の文書だと1886〜1985年の100年間を中心として計4778簿冊。その中には現役の鉄道会社のものも含まれるようになりました。
 ちなみに、「京阪電気鉄道」で検索すると、1689件出てきました。す、す、凄い。一つの簿冊に複数の文書がまじっていることもあったりするのでこの数字になるんです。内務省建設省などに届けられたのもここに含みます。テキトーに、クリックしていくと、「京阪電気鉄道電動客車実施設計の件」やら「京阪電気鉄道京阪線上新庄外3駅設備変更の件(督促)」やら「京阪電気鉄道大阪市北区天神橋筋6丁目、同高垣町間及大阪市旭区野江町3丁目、同市北区中野町間鉄道敷設免許申請書返付の件」やら怪しいのがたくさん......。
 他に検索してみると、「西武鉄道」だと524件、「東京急行電鉄」だと421件、「阪神電気鉄道」だと675件、「名古屋鉄道」だと814件。これには、前身会社や子会社(武蔵野鉄道池上電気鉄道、愛知電気鉄道など)のリストは含まれていないんで、キーワードを変えて調べていくともっとたくさん引っ張り出せると思います。現用で使っている分はまだ公開されていないようですが、建設省からやってきた鉄道系の文書なんかでは平成になってからのものも混じっているようです。
 まあ、その中には趣味的にはあまり面白くないのも実は多かったりするんですが、懸命に探していけば必ず凄い情報が埋もれていると思います。鉄道史好きで、自分の近所の私鉄、あるいは興味のある鉄道会社を調べたい方なんかは、ぜひ一度行ってみてください。平日、仕事を休んで東京に出て行って、一日、ここの閲覧室で閉じこもっていても、損はしないと思います。
 ちなみに、私が1月に行ったとき、閲覧室にいた利用者12人のうち、鉄道系の簿冊を見ていたのは4人。そのうち1人は鉄道マニアなら誰でも知っている超ベテランだったりしたのですが、それはまた別の話。<参考>国立公文書館鉄道省文書・運輸省文書を調べるための手がかり

国立公文書館のHP

国立公文書館のデジタル・アーカイブシステム(データベースの検索)
国立公文書館関係者による鉄道関係公文書の研究 河野 敬一「昭和戦前期までの鉄道関係公文書について―運輸省所蔵公文書を中心として―」『北の丸』第30号(平成10年3月刊)

近・現代 交通史調査ハンドブック

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鉄道廃線跡を歩く〈7〉 JTBキャンブックス

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