寝台特急が生き残る方法を淡々と考えてみる

katamachi2007-11-19

 「2007-11-18「富士」「はやぶさ」「銀河」「なは」「あかつき」が廃止されるという記事」の続き
 昨日、鉄道趣味界は朝日新聞「消えゆく東京駅発ブルトレ」という記事でひと盛り上がりした。一夜明けてまだ余韻醒めきれないと言うところか。
 ネットでの反応を見ると、意外に冷静というか、短絡的な発言は少ない模様。ブルートレインのお客さんが減っているのは紛れもない事実だし、大幅廃止を覆すだけの良いアイデアがあるわけでもない。ペコペコになって赤サビが浮き出ている車体の鋼板、高度成長期臭さ漂う車内を見ていると、まだまだガンバレとは言いづらい。素人目にも採算が取れていないのが分かるのに、よく民営化から20年ももったものだ。逆に今まで運転してくれていたJRに感謝するしかない。
 夜行列車に旅情を求める人、思い入れを語る人は少なくないのだけど、かといって、みんながブルトレのヘビーユーザーかというとそういうわけでもない。私自身、この5年で乗ったことのある寝台車は「なは」2回、「きたぐに」・「あさかぜ」・「さくら」・「彗星」・「銀河」・「あけぼの」・「日本海」1回ずつで、計9回。年平均1.8回というところだけど、これでも鉄道ファンの平均値よりは多いんだろうと思う。自分たち昭和40年代生まれの"ブルトレ世代"でも「若い頃は乗ったけど」「廃止と聞いたから乗りに行ったけど」という人ばかり。ナウなヤングはそこまでの思い入れはないみたい。

ブルトレの現状と打開策をとりあえず考えてみた

 さて、ブルートレインがダメになった理由を考えてみよう。これまで鉄道趣味誌やマニアの間で散々話題になってきた話で目新しい意見があるわけでもないが、こういう時こそそれを確認することが大切だ。
 飛行機とか新幹線とか夜行バスとか外的要因以外で、ブルートレインを取り巻く状況で問題となっているのは、

  • スピードが遅くてビジネスや観光のニーズに合わない
  • 夜行バスや飛行機と比べると料金が高すぎる
  • 設備と車両が老朽化している
  • JRにやる気がないs

の4点。これを解決するには、

  • スピードをアップすればいい
  • 値段を安くすればいい
  • 新しい車両を導入すればいい
  • JRがやる気を持てばいい

ということになる。ただ、

  • 現状の施設でのスピードアップはこれ以上無理。新幹線での夜行列車運行は夜間の保守点検作業の妨げ&騒音問題に繋がる(とされている)
  • 安くしても客が増える確証がなければ無理。寝台車1車両の定員は最大30名、座席車の半分か3分の1以下であるし、毎日満席で走ったとしても採算面ではキツいだろう。
  • 新車投入に見合う効果が見込めないから無理。寝台電車の製造費を仮に1両2〜3億円とすると、列車1往復を置き換えるには60〜90億円(10両編成×3本)の投資が必要となってくる。「サンライズ」投入から10年、これといった動きが何もないことが全ての象徴だ*1
  • そんな状況下で、JRに「やる気を出せ」と言う方が無茶。

と常識的に考えればこのような結論になる。夜行列車やJRの経営環境、日本国民の需要を考えると、寝台列車の拡充に一歩踏み出す……というのは難しい。
 「夜行バスやクルマは環境問題に難があるので夜行列車に転換すべきだ」とか「施設が充実しているヨーロッパを見習うべきだ」とかのご意見もあろうが、「機関車が客車列車を運行する」というシステム(動力集中方式)を捨て、電車での運行(分散動力方式)に特化した70年代以降の日本の鉄道にそれを求めるのは酷である。交通政策や鉄道の運行システム、賃金コスト、都市構造など違う条件のEUと比較するのはやや無理もある*2。「飛行機がキライな人のためにも.....」「旅情や情緒を残すためにも......」というご意見だけで存続させるというのも難しい。思いつきや思い入れだけで施策は決定されるのではない。
 かくして、24系25形の最終車が完成してからの27年間、国鉄&JR各社が投入した寝台車の新車は「夢空間」3両、「サンライズ」35両、「カシオペア」12両の計50両。日本の鉄道車両の寿命はおおむね30年だから、国鉄時代のブルトレ客車(と583系)を使っている列車はそれを越えつつある。鉄道マニアが夢を見ていられるのも限界だ。そろそろ命運尽き果てる日が近づいてきたというわけだ。

費用対効果を無視して存続させる意味は

 初期投資費用&運行維持管理費用を考えればブルトレの存続は難しい。ただ、採算を度外視して、寝台列車の運行を続けていく"目的"を見つけることは可能だ。
 今日的意味で夜行列車を走らせる"目的"を考えると、

  • 都市間を結ぶ代替輸送手段が他に存在しない(弱い)
  • 運行する鉄道会社のシンボル的存在である
  • 新幹線の補助的サービスとしての意味合い

の3点が思いつく。この観点から現在の特急寝台列車+「銀河」を再評価してみた。

列車名 区間 代替手段 シンボル 新幹線の補助
カシオペア 上野-札幌 ★☆☆☆☆ ★★★★★ ★☆☆☆☆
北斗星 上野-札幌 ★★☆☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆
あけぼの 上野-秋田-青森 ★★☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★★★☆☆
トワイライトエクスプレス 大阪-札幌 ★☆☆☆☆ ★★★★☆ ☆☆☆☆☆
日本海 大阪-青森 ★★★☆☆ ★☆☆☆☆ ☆☆☆☆☆
北陸 上野-金沢 ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★★★☆☆
富士 東京-大分 ★☆☆☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆
はやぶさ 東京-熊本 ★☆☆☆☆ ★★☆☆☆ ★★☆☆☆
サンライズ瀬戸 東京-高松 ★☆☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
サンライズ出雲 東京-出雲市 ★☆☆☆☆ ★★★☆☆ ★★★☆☆
銀河 東京-大阪 ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★★☆☆☆
なは 京都-熊本 ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★★☆☆☆
あかつき 京都-長崎 ★☆☆☆☆ ★☆☆☆☆ ★★☆☆☆

 ☆付け評価はあくまでも私の主観である。異論もあると思う。
 「日本海」は大阪北陸から庄内秋田への貴重な足となっている。東北→北海道とか飛行機利用が不便な長距離移動はないわけでもない。また「北陸」や「あけぼの」は新幹線とセットになった往復割引切符の関連性が強い。新幹線+特急利用で5時間ぐらいかかるエリアへはそうした新幹線サービスの補助的手段としての可能性は残っているのかもしれない。北海道方面行きの寝台特急というのは、会社イメージの向上にそれなりには寄与しているとも思う。
 車両の新しい「カシオペア」と「サンライズ」はまず安泰。「トワイライト」と「北斗星」は関係各社が必要と認めたら新車投入or全面リニューアルか。「日本海」は一定の需要はあるはずだが車両に投資するにはかなりの躊躇があると思う。「あけぼの」はJR東の営業施策とコストとの比較。「北陸」は北陸新幹線開業と代替で廃止か。
 東海道・山陽・九州特急は、その点、微妙だ。
 「なは」の熊本発は20:14発だが、その27分前に出る特急に乗ればその日のうちに新幹線で京阪神に到着できる。「あかつき」だと長崎を57分前に出れば京阪神へ行ける。「銀河」(急行)だと1時間前の「のぞみ」で東京へ戻れる。新幹線は速くなったものだ。一本早い列車に間に合わないという旅客がいるかもしれないが、そうした30分〜1時間のギャップを埋めるためだけで寝台を走らせるというのはやや考えにくい。目的地での前泊をケチるために寝台を……という層は、とっくに割安な夜行バスへ移行している。廃止されるのも、むべなるかな。
 では肝心の「富士」「はやぶさ」はどうなんだろう。
 九州→東京の需要はほとんど趣味と酔狂の世界である。新幹線ですら飛行機に完敗状態だ。寝台列車の役目は終わっている。山陽(山口・広島)→東京の需要はまだそれなりにあると思っていたが、新幹線のスピードアップと山口宇部空港の拡充でその流動を獲得できるかどうかも苦しい。羽田拡張でもっと劇的な変化が起きるかもしれない。
 朝日新聞の記事にはこうあった。

 さらに、09年春のダイヤ改定では、東京―大分の「富士」と東京―熊本の「はやぶさ」の廃止が、JR各社の担当課長レベルで合意済み。これが正式に決まれば、大阪以西を走るブルトレは皆無になり、東京駅でブルトレは見られなくなる。ブルトレ発祥の地である九州などでは、地元の反発も予想されるという。

 私が担当課長でも同じ結論を下しただろう。仕方がない。

それでもやっぱり「旅の終りは個室寝台車」であって欲しい

 でも、「富士」と「はやぶさ」の廃止は現場レベルで合意されただけである。トップの考え次第では「一打逆転、さよならホームラン」ってのもあり得るかもしれない。
 ここからは私の妄想(数字は勝手な試算)。

  • 東京-九州間に「カシオペア」並みの豪華列車を走らせる→九州行き列車に北海道行きブルトレほどの訴求力があるかどうか疑問。要は観光客のイメージの問題
  • 東京-博多間に「サンライズ285系と同タイプの交直流夜行寝台電車をシンボル的存在として走らせる→製造費は1両3億円×10両×3本=90億円というところか。ビジネス列車としても観光列車としても中途半端
  • 東京-下関間に「サンライズ285系7両編成を投入する。予備編成を共有したら、製造費は1両2.5億円×7両×2本=35億円というところか。電車投入で「富士ぶさ」より1時間スピードアップしたらそれなりに新規需要があるかも。ただ、それで採算がとれるかどうかは別問題。「下関行き」というのもJR東海と西日本のシンボル列車としては物足りない。

 ここで早くも私の妄想は行き詰まった。あらゆる鉄道マニア、そして鉄道関係者の思索もたぶんここで止まってしまうんだろう。ここらが限界か。「べき論」で突っ走ることは私にはできない。
 さて、現在の様々な環境を考慮して、私がJR東日本JR東海JR西日本JR九州の社長だったらどのように判断していくのだろう。
 やっぱり新車投入の決断をすると思う。経営者としてより鉄道マニアとしての血が騒ぐ。酔狂な連中からの拍手喝采を浴びたい。で、後継者や部下たちから「あんなお荷物を造って……」とボヤかれるんだろうな。やれやれ。
 だからこそ、昨日と同じ「"鉄道界のスタルヒン"こと須田寛名誉会長あたりに最後のお仕事をして欲しいのですが」としか言いようがない。山之内でも葛西でも井手でも石井でも誰でもイイです。もう経済合理性を無視していいから高所に立って「思い入れ」で決断して欲しい。少なくとも「全国100万人の鉄道マニア」*3は支持してくれる。子々孫々までその決断と勇気は称えられることになるだろう。
 あれ。今日のエントリーの中盤と言っていることが真逆なような気もするのですが、それはまた別の話。

*1:285系の製造費は2.5億円/両と記憶しているが手元の資料では正確な数字は示すことができない。交直流電車だと1両3億円はするのでは。ある鉄道マニアがJR西の株主総会で「サンライズ」型車両を他にも入れるべきだと発言したところ「費用対効果に見合うだけの実績が……」と回答された……との逸話を聞いたことがある。又聞きなのでこの話が事実なのか確認しようもない

*2:そもそもヨーロッパでも衰退傾向にあるのは変わらない。夜行バスも格安航空会社もたくさん走っている

*3:昔の川崎球場におけるロッテ戦の観客動員数みたいにかなり水増し気味