「安全っていうのはイコールお金がかかるということではない」byツアーバス会社社長談

katamachi2008-09-15

 以前の「京都でMKタクシーに乗って料金が格安となるカラクリを聞いた話。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」という記事の続き。
 先日、ジムで運動中、暇つぶしに「関西ウォーカー」を読んでいたら、WILLER TRAVEL株式会社(ウィラートラベル)というところがやっている高速バスが紹介されていた。先日の産経新聞にも「高速バス 豪華にイメチェン テレビ、ベンツ製…しかも安い」と言う記事が掲載され、ここでも同じ会社が紹介されていた。どちらも、お得情報の名を借りたタイアップ記事臭さが漂っているが、まあそれはそれ。
 この会社。大阪から東京まで4000円台という格安料金を押し出して急成長しているツアーバスの元請け旅行会社のことだが、トラベルビジョンの記事を見ると、今年夏の盆輸送は前年の3倍近い実績を上げたのだとか。親会社のホームページhttp://www.willer.co.jp/index.htmlでも、その急成長ぶりを誇らしげに語っている。
 運輸業界、今どきどこも大変である。高速バス業界も成熟期に突入していて、夜行便を中心に利用者減や運行廃止の憂き目にあっているところも少なくない。相鉄や東急のように撤退している会社も現れている。
 ただ、旅行会社が主体に運営される「ツアーバス」からは、景気のいい話ばかり聞こえてくる。
 でも、なんでだろう。こうしたツアーバス会社って、なんでそんなに運賃を下げることができるんだろう。そこらはずーっと不思議に思っていた。

安全っていうのはイコールお金がかかるということではない

 昨年夏の「NHKスペシャル 高速ツアーバス 格安競争の裏で」、ここの会社の代表取締役社長である村瀬茂高氏本人が、

 安全っていうのはイコールお金がかかるということではないと思うんですよね。今はもう料金を高くすると安全が担保されるという時代ではなくて、規制緩和によって、プレイヤーが増えることによって、実は業界全体が全員同じ仕事をしましょうじゃなくて、うちはここに特化するとか、それをさらに加速させていくと、それぞれに特徴を持ったポジションを持った会社ができるので、経営効率も上がるので、公示運賃より料金を下げて、経営をすることは可能だと思いますけど。
NHKスペシャル『高速ツアーバス 格安競争の裏で』4/6Googleビデオ

と番組中で発言したことで、いろいろと話題を呼んだ。
 業界全体が同じ仕事をしていてはダメだ、というの一つの見識である。ウィラートラベルが高速バス事業に特化して成功したというのも事実である。
 でも、「安全っていうのはイコールお金がかかるということではない」というのはなかなか勇気のある言葉だ。
 バス会社もタクシー会社もトラック業界も鉄道会社も飛行機会社も、自分たちの信用は安全運転によって成り立ちうると言うのを自覚している。それが崩れれば、数年前の尼崎の事故のように信頼も何もが簡単に失われていく。景気が悪くなってコスト削減が必至になってくると、冗費とも言える安全面での経費にも手を付けなければならなくなる。でも、「安全=信用=利益」という最低限のモラルと誇りを持ってきたからこそ、これまでなんとか耐えてきた。
 旅行会社にとってそこらは他人事なんでしょう。確かに「料金を高くすると安全が担保される」のではないというのもまた事実。
 ただ、それを言ってしまえばオシマイだよ……という気もする。なんとなくツアーバスが認知されてきたことで、日本の運輸行政の底が割れてしまったのではないか。そんな印象すら感じてしまう。
 ツアーバス業界で大きな話題となったのは、あずみ野観光バスの事故。スキーツアーの帰りに運転手が居眠り運転してしまって高架橋の橋脚に激突し、死傷者26人を出した。唯一の死者は添乗スタッフとして乗り込んでいた会社社長の息子。運転資格を持つ社長の妻が他のクルマに乗り込み、事故当時、車内にいた有資格者は運転手1人のみ。複数の運転手の搭乗を求める道路運送法施行規則を明らかに違反していた。
 この事故により、観光バスの過酷な状況は世間に知られるようになった。先にリンクしたNHKの番組でも、あずみ野観光バスの社長自らがカメラの前で重い口を開いている。彼らも家族を失っているとはいえ、その責任はもちろん問われるべきなのだろう。
 だが、事故を起こしたバスの元請けであるツアー会社はほとんど話題にすら上らなかった。かく言う私も、その名前をすっかり失念していた。
 改めて、Googleで検索してみた。
 このツアーの主催者は「サン太陽トラベル」。「サミーツアー」という名前で、東京〜京阪神・名古屋・四国などの夜行バスを運営している。ウィラートラベルなどと同じ、ツアーバスの運営会社だ。

高速バスとピーク時と閑散期の輸送量

 先日、「ムーンライトながら」について書いてみた。真夏とかのピーク時は激込みするけど、18きっぷが使えないような時期にはさほど混んでいないという話。
 運輸業界では、こうした季節による需要の多い少ないはどこでも発生する。
 通勤路線だと朝夕のラッシュ時、そして昼間や夜間の混み具合は極端に違ってくる。伊豆方面や南紀方面は週末の需要は高いし、逆に東京と周辺都市を結ぶルートは平日の方が混んだりもする。東海道新幹線は、年間を通して毎日安定した乗客を確保できている、季節波動の少ない優良路線ではある。それでもピーク時は指定席が4、5時間先まで完売というのは珍しくないし、逆に正月とか極端に利用が減る日もある。
 「ムーンライトながら」も理想を言うならば、需要に応じて車両の数を増やしたり、減らしたりできれば適切な運行をできる。「ながら」だと、閑散期は1両で、週末は3両編成で。18きっぷシーズンが始まれば9両編成2往復にして、最ピーク時はそれを5往復ぐらいに増発(それでも席は足りないか?)。でも、ピーク時の数日のためだけに、1両1億円以上もする電車を遊ばせておくことはできない。だから需要の取りはぐれも起きてしまう。輸送力を柔軟に増減できないというのは鉄道輸送のマイナス面でもある。
 そうした鉄道輸送の硬直性の狭間を突いて、80年代に急成長したのが高速バス業界だった。
 安さとシートの良さ、いろんな停留所に立ち寄る利便性の良さが評価されて利用者は急増する。繁忙期には観光バス仕様の車両も投入して、一つのルートに6台、10台と続行便を出してお客さんのニーズに応えていった。
 それが90年代後半になって、事情が変わってくる。利用者が伸び悩み始めたのだ。夜行バスでも収益源となるのは東京・関西と地方拠点都市を結ぶルートに限られる。飽和状態になって既存のルート以外にも参入を図るが、安定した利用者を確保できない。同じルートで2社、3社が参入することで競合過多も起きていた。航空会社が格安料金のチケットを販売しだしたことで鉄道以外にも競合相手が現れた。
 大都市圏のバス会社では人件費高もあって運行を取りやめる会社も出てくる。東急バスは1998年に夜行バスから撤退している。最近だと、相模鉄道バスも今年8月で全ての高速バス事業から撤退している。神奈川新聞の「利用者減や人件費増で高速バス事業撤退/相模鉄道」によると、1994年度の輸送人員約6万人が、2006年度に約3万人と半減していたという。同社があまり高速バスに熱心でなかった(のかな?)ということを割り引いても、落ち込みは激しい。

波動性に対応できることで格安運賃に対応するツアーバス

 近年、伸び悩んでいる高速バスに代わって急速に成長しているのがのが、ツアーバスである。
 その代表的な会社が、

の2社である。共にスキー関係のツアーバスをやっていたのが、法改正で旅行会社がバス事業を営みやすくなった2001年頃から東京〜関西間などで進出。今では他都市へもネットワークを広げつつある。
 利用者にとっては、バス会社のバスもツアーバスも同じようなものだが、

  • <普通のバス>

 乗客がバス会社から切符を購入→当日、バス停から当該バス会社のバスに乗車

 乗客は旅行会社から切符を購入→当日、指定された場所(駐車場とか)から指定されたどこかの会社の貸切バスに乗車
という形になる。
 名目上、利用者は、バス会社と取引するのではなく、旅行会社企画の募集型企画旅行に参加し、その"パッケージツアー"の一環としてバスを利用している形になる。
 鉄道で言うと「東京ブックマーク」と称してJR東海が企画している新幹線+ホテルプランがよく似た形になる。飛行機国内線についても往復飛行機+ホテルのビジネスプランはたくさんの旅行会社が出している。国鉄も、今は亡き「シュプール号」でそれに追随した。そうしたものからホテルをセットから外した、単純なバス利用に特化したのがツアーバスとなる。片道だけの利用も可能である。
 国際線だと、日本〜現地往復の切符だけという"1人参加のツアー"はたくさんあるし、かくいう私もそれで海外旅行をしている。その形式は珍しくない。80年代にスキー客向けのツアーバス、そして海外向けの格安航空券でその存在が知られるようになった。そのうち、格安航空券だけを専門に扱う業者も出てきた。それで急成長したのがHIS社である。このツアーバスという運行システムもその応用系だと理解すればいいのだろう。

アーバスが運賃を低く設定できるのは既存バス会社より稼働率を高くできるからでしょう

 さて、ではツアーバスがなぜ運賃を低く設定できるのか。
 既存のバス会社とは、ネット販売に力点を置いているかどうか、専用バスターミナルやバス停を所有しているかどうかなど細かい事情は異なると思うが、基本的な条件は同じである。
 普通のバスとツアーバスとの大きな違いは、運営主体が一番コストのかかるバスを所有しているかどうかなんだと思う。
 既存のバス会社だと、高速バスに投入する車体は全て自らの手で揃えねばならない。その中には専用車もあるし、ツアー観光用のバスをピーク時だけ使用することもあるが、それは全て自前の車体である。もちろん運転手も全て社員となる。
 ところが、ツアー会社はそのバスの調達を全て外注にしている。これまでの考えだと、バス事業を始めるには、少なくとも自分のバス車体を持つところから商売を始まる。そしてその維持管理、運営スタッフにもそれなりの費用がかかってくる。でも、ツアーバスの運営会社ならそのリスクを背負わなくて済む。
 先のNHKスペシャルの番組中でそのカラクリが説明されている。昨年の取材時に彼らの高速バスを支えていたバスは、

  • 自社系列のWILLER BUS株式会社
  • 提携している観光バス会社40社
  • 提携している旅行会社を通しての10社

の3タイプあったのだとか。
 社長自身は、番組中で、安上がり(日本製の半額だとか)で燃費がいい韓国製のバスを投入するメリットを語り、公示運賃として定められている価格より安くても経営は成り立つと誇らしげにしていた。
 ただ、その台数はわずか15台。彼らの勝因を決定づけるものではない。
 むしろ、需要の多い少ないにあわせて、観光バス会社に受注して台数を調整できることの方がメリットあるのでしょう。必要なときは、提携するバス会社に連絡すれば何台も増やせる*1。夏や年末などのシーズンだと、いろんな提携会社から何十台もかき集められる。逆に、需要がないときは、最低限、自前のバスだけでもやっていける。
 幸いにも2001年の規制緩和で全国的にバス会社は激増している。大型二種免許が教習所で取得できるようになったのでドライバーの数も過剰気味。それゆえに公示価格を下回る料金でのチャーターを要求してもしても、それに応えてくれる事業者は掃いて捨てるほどある。
 これでバスの乗車率を90%、いや限りなく100%に近づけることは可能になる。系列のWILLER BUS所有のバスの稼働率もほぼ100%。採算ラインを既存のバス会社よりも低く設定できるから、安売りして消費者の注目を浴びやすくなる。それでさらなる成長も期待できる。
 なんてオイシイ商売なんだろう。

  • 初期投資と固定費を低く抑えることができる
  • 繁忙期と閑散期の需給ギャツプから生じるリスクを限りなく少なくする
  • スタッフ(運転手)をできるだけ外注する

 サービス産業をする上での最重要ポイントをうまくクリアーできているのが、ツアーバス運営会社の最大の勝因なんでしょう。


 ただ、何か起きたとしても、彼ら旅行会社は責任を持ってくれるのだろうか。
 本来、消費者の立場からすると、当該のツアーバス運営会社にカネを支払っているのだから、なにかトラブルがあったときは彼らのところにクレームは集まる。だから、ホームページを見ている限り、切符の変更にも廉価で対応できるようなサービスは施されている。予約の変更も前日まで受け付けているらしい。トラブルがあってバスの運行ができなくなつても誠実に対応できるようにしていますよとアピールもされている。
 でも、どこの会社のバスが提供されるのかは直前まで分からない。昨年、スキーのツアーバスで死亡事故があったことは先にも述べたが、当の乗客たちは「サミーツアー」という会社に申込をしただけで、当日、あずみ野観光バスなる長野県のバス会社の車体に乗車することなんて知りもしなかったのだろう。そして死傷事故に巻き込まれたとき、当のツアーバスの運営会社は責任を持った対応をしてくれるのか。それともチャーターした観光バス会社に丸投げするのか。
 自分たちの生命を守ってくれる責任者=会社は誰なのか。それが搭乗する事前まで分からないのってどうよ……とは思う。http://travel.willer.co.jp/security/index.htmlなどで「安全運行の声をお聞かせください」とそれらしいことを語ってるけど、客の意見を聞くことと安全とはイコールではない。
 それでいいのだろうか。それでいいんだというのが数年前の規制緩和だったわけだ。だからこそ「今はもう料金を高くすると安全が担保されるという時代ではなくて」なんて言葉が出るんだろう。安全が守られなくても、よっぽどのことがない限り、ツアーバスの運営会社は法的に何かを問われることはない。そこになにか釈然としないものが残る。せめて切符を購入する前にどんなバス会社のバスが充当されるのか教えておくべきだと思うのだけど、それはまた別の話。

*1:番組中に、「23台増車して」とかスタッフが電話注文しているシーンがあったけど、そんなに簡単にできるものなのか……