ヨソ者が勝手に銚子電鉄の再建策を考えてみたけど(銚子電鉄シリーズその3)

katamachi2008-02-07


 さて、「がんばれ! 銚子電鉄」をベースとした銚子電鉄シリーズの第3弾。
 1回目「【9】がんばれ!銚子電鉄 ローカル鉄道とまちづくり - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」は「「がんばれ! 銚子電鉄」」の書評。著者が示した"まちづくり"→"銚子電鉄の再生"という再建のためのイメージに関して、

ここに当然出てくる疑問。すなわち、

という2つの問いかけに対する答が必要となる。そこらの理屈をこしらえ、市民から市長まで納得せねば公金投入→銚子電鉄復活というシナリオは書けない。

と、私は問題点を指摘した。
 2回目「銚子市の「銚子電鉄問題への市の対応について」という文書を読んでみる(銚子電鉄その2) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」は、銚子電気鉄道の破綻に関して、過去にどのような点が争点となってきたのか、銚子市銚子市民がどのように対応してきたのかを調べてみた。ここでカギとなるのは、

の2点。その上で、国や県、そして市財政から公金を投じるには、

  • 前社長による不正流用事件の解決
  • 市役所や市民が銚子電鉄をどうしていくのか自分たちの頭で考えていくこと

が最重要課題であるとした。
 さて、3回目である今回は、銚子電鉄はどうしたら再生できるのか。前2回で積み残した"なぜ"の部分について言及してみたい。

鉄道存続を"まちづくり"の"目的"としてしまうのは問題ではないのか

 著者は、本書で「銚子電鉄はネット発の"善意"によって救われた」とのエピソードを当事者なりの視点で展開した上で、第5章において、"コンパクトシティ"と銚子電鉄を軸とした"まちづくり"の輪を市民の間で広めていきたいと締め括っている。富山市役所や国土交通省、学者あたりが、JR富山港線を新幹線建設にあわせて富山ライトレールとして再生させたときに展開した主張を援用しようとしたのであろう。
 ただ、"ぬれ煎餅で救われた銚子電鉄"という興味深い2006年末の現象から、"まちづくりに必要な銚子電鉄を残していこう"という言葉に至る過程には、説明不足な箇所がいくつか残る。
 第一に、鉄道存続を"まちづくり"の"目的"としてしまうのは、銚子市民へ支援を呼びかけるにはマズいんじゃないのという点。著者は、第5章の冒頭(p.132)で

銚子電鉄やほかのローカル鉄道をこれからも残していくために、私たちひとりひとりができることはなんでしょう

と問いかけ、銚子市を"コンパクトシティ"と位置づけ、その"まちづくり"の必要性と銚子電鉄の役割を訴えかける。
 鉄道会社の社員としてその発想は当然のことだし、それゆえに大学へ社会人入学して"まちづくり"の在り方について思索を続けていたのだろう。だからぬれ煎餅騒動が始まってもブログで情報発信するなど柔軟に対応できたし、ご自身で銚子市のまちづくりを考えるブログを立ち上げられていった。いつまでも煎餅に頼ってもいられないと分かっているからこそ、銚子市民が存続問題に関心を持ってもらえるよう住民運動に参画するよう努めている。地元住民に必要とされて初めて自分たちの存在意義があるんだということに気がついているからだろう。
 ただ、彼は"銚子電気鉄道鉄道部次長"という肩書きを持っている。その立場の人間が鉄道存続を訴えても、「銚子電鉄の関係者だから鉄道を残そうとしているだけじゃないのか」という冷ややかな視線を拭うことはできない。
 以前から銚子電鉄に対して、銚子市民からも醒めた視線が投げかけられているのは前回も述べた。前市長は「本来の目的である公共交通機関としての寄与度は、実は非常に低いというふうに思っております。つまり銚子市民は、ほとんど乗らない」と発言しているし、市議会や市民でも少なからずの人間が存続に消極的な発言を繰り返している。
 銚子市民も、ぬれ煎餅でネットや全国の注目を浴びたことは知っているのだろう。でも、ヨソ者が騒げば騒ぐほど、地元の人間から当事者意識は失われる。それ(ぬれ煎餅騒動)とこれ(銚子電鉄の存続問題)とは別である。
 観光輸送を中心とした鉄道として再生させるという手もあるが、それではなかなか市民の共感を得ることができない。昨日の「高千穂鉄道の橋脚の撤去が始まった - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で紹介したように、高千穂鉄道では、地元企業の一部が観光に特化した鉄道として残そうと動いたが、市民の了解を得ることができず、再生計画は瓦解してしまった。「銚子電鉄も観光資源のひとつです。」(p.158)かもしれないが、それを強調すればするほど地元の人たちには遠い存在にしか見えてこない*1

 第二に、本当に銚子電鉄は"コンパクトシティ"の基軸となる交通機関に相応しいのかという点。
 銚子市の公共施設や人が集まるスポットは、銚子駅観音駅から1km圏内に集中している。かつて醤油で栄えた産業都市としての面影は随所に残っているが、全国他の都市と同様、どこか寂しい雰囲気が漂っているのも事実。銚子市も、中心市街地の衰退に危機感を抱いているらしく、2007年春に整備計画プランを発表している*2
 そんな街を貫く銚子電鉄をライトレールとして再生させ、これを軸として理想的な"まちづくり"を目指していく。次世代型路面電車LRVが銚子市内を行き交うのを夢見るのは楽しいし、そちらの方が都市開発のインパクトはある。昨年、銚子市内をぶらぶら歩いてみたとき、そんな夢物語も現実性があるかな……と私も思った。
 ただ、電鉄の駅から少し離れた場所を歩いてみると別な印象も抱いた。銚子電鉄を整備してもあまり効果はないかもしれない……と。銚子市東部の地形は起伏に富んでいる。銚子電鉄線付近ではほぼ開発可能なところはし尽くされており、さらなる発展は期待できないようにも見える。それに、スプロール状に宅地化が進んでおり、市街地は鉄道線沿いだけではなく面的に広がりつつある。この鉄道を再整備しても、その便益を享受する市民は決して多くはなさそう。便利になるのは駅から500m圏内にあるごく一部の市民、人口7万人の街の1割程度なんだろうか。銚子市と市民全体のことを考えると、"コンパクトシティ"の基軸に置く交通機関は、鉄道よりバスの方が理想的かつ現実的なのかもしれない。
 観光鉄道として市税を投じてまで残すべきかどうか。銚子電鉄は"コンパクトシティ"の基軸となりうるかどうか。共に、かなり深く幅広い議論を要する。簡単に答えは出ない。

ヨソ者が勝手に銚子電鉄の再建策を考えてみた

 まあ、問題点だけを並べていても解決には繋がらない。
 そこで、ヨソ者でもヨソ者なりに、銚子電鉄の再建策について考えみた。
 まず、前社長が銚子電鉄の財布から不正流用した金額は1億円ともそれ以上とも言われている。このうち電鉄側が弁済しなければならないのを"1億円"と仮定する。これを市税などで穴埋めするのは法律的にも道義的にも許されないと思う。
 でも、今回のぬれ煎餅騒動で、銚子電鉄という存在に注目している企業も少なくないと思う。そんな彼らにネーミングライツを売るというのも一つのアイデアだ。「ライブ●ア銚子電鉄」とか「インボ●ス銚子電鉄」とか「フルキ●スト銚子電鉄」とかいう社名にすると言うことになるのだろうか。最近、新潟県は有料道路の命名権を年間800万円ぐらいで売り出しているらしいが、箱根にある民間の有料道路は命名権でもっと数千万円のカネをもらっているとも新聞で読んだことがある。それぐらいは期待したい。これで何とかなるだろう。
 あるいは、会社の株式をどこか大きな企業に買ってもらうというのもいい。「鉄道会社」という名前は、プロ野球球団なんかと同様、あらゆる意味でブランドになるというので、全く無関係の会社が買収に乗りだすというケースは過去にもあった。和歌山県紀州鉄道もその一つ。それで不正借入1億円の穴埋めと設備改良費の自己負担分の確保ぐらいはできるだろう。
 次に、補助金。国も地方も財政難で大変なところだが、国土交通省地域公共交通の活性化及び再生に関する法律と連動して様々な助成処置を用意している。経営危機のローカル鉄道として全国に注目を浴びたところだし、そのモデルケースとしてなんとか奮発してもらおう。
 銚子電鉄の安全運行維持のためには、ここ5年で総額約4〜5億円が必要だと言われている。車両更新や近代化設備整備(ホーム、軌道改修、車両更新等)の費用ということらしい。
 車両の更新費は1.6億円(3年以内に置き換え)と2005年に市議会で報告されている。これは中古車の費用なんだろう。最近、ヨソでも第三セクター鉄道の廃止が相次いでいる。そこで浮いた気動車を中古で3〜4両買い取って投入すればいい。輸送費込みで1両あたり5000万円もしないだろう。架線を外してしまえば経費節減にも繋がる。
 そして、数年経ち、経営が落ち着いてきたときこそ、銚子電鉄をライトレールとして変身させるタイミングだと思う。大阪堺市で実験しているトランスロールがいい。あれは架線なしでも道路上を走ることができる。路線も延ばそう。現在の銚子〜観音〜外川間のみならず、市立病院のある前宿町公園〜観音駅銚子市役所と併用軌道を設けてみると、住宅地と公共施設を有機的に連絡することも可能だ。将来的には外川駅から千葉科学大まで……

自分のような外野の人間が銚子電鉄にいてとやかく言っても仕方がない

 ……と、ヨソ者の、そして鉄道マニアの無い物ねだりの世迷い言を書いてみた。自分でも分かって書いているのだが、かなり無理のあるプランである。
 鉄道会社名にネーミングライツという考え方もあろう。ぬれ煎餅と"銚子電鉄"ブランドをアテにして、銚子電鉄を丸ごと買収するという企業や慈善家がエンジェル(投資家)として現れるかもしれない。そんな"奇跡"はあり得る話だと思う。ただ、ぬれ煎餅騒動に着目して銚子電鉄の"名前"をほしがる連中に持続可能な経営を期待するのも変な話である。そもそも内野屋工務店が1990年に銚子電鉄の経営権を引き受けたのも、バブル期に不動産やリゾート事業を展開するのに鉄道会社というブランドが欲しかったから。で、その破綻で、彼らだけでなく鉄道会社まで痛い目に遭ってしまったのは記憶に新しい。ネーミングライツで話題となった野球場だって、親会社の都合で、宮城や所沢の場合、短期間で名前が変わってしまった。ヨソ者とはそういうものだ。きちんと経営計画が立てられていない企業に補助金をばらまくほど役所も甘くはない。
 銚子電鉄の車両を入れ換える……というのは3年前の段階では既定の方針であった。でも、中古でも新車でも入れるとなると、今の丸ノ内線のお古など魅力的な車両たちは引退せざるを得ない。数少ない資産である駅や車庫のある土地はどうなるんだろう。再建中の会社にあまり余裕はない。ましてやLRTやらLRVやらなんやらってのは夢物語の話。銚子の人口が十数万人あって、線路状態が良好で、沿線地域が平坦かつ都市化されていたら話は別であろう。この鉄道を象徴し続けたノスタルジックな雰囲気を一掃してしまうと、はたしてマニアや観光客の期待しているような形になるのだろうか。
 こうした文書を読んで、銚子電鉄銚子市民の方はどう思うんだろう。もちろん、"まちづくり"の手法をヨソ者が語るのは勝手であるが、僕が当事者だったとしたら……あまり愉快な気分にはなれない。こんな他力本願の話ばかり打ち上げても、銚子電鉄が再生できるはずもない。
 それは、ぬれ煎餅で銚子電鉄は再建できるという発想も同様である。
 現実社会は、"興味"や"魅力"や"意欲"だけで何とかなるというものではない。銚子以外の資本家がやってきても決して長続きしないというのは内野屋工務店の一連の動きからも想像することはできる。そして、基本的には、自分のような外野の人間、そして千葉県庁や国交省が鉄道の存続についてとやかく言っても仕方がない。あくまでも、第三者は"温かい目で見守る"というスタンスを崩すべきではない。
 そんなことより市民の間で同意を得ることの方が先決である。残すのか諦めるのか。それは銚子市と市民と地元利用者の判断に任されている領域だと思う。これは前回や前々回で述べたことの繰り返しである。……と自分で書いてしまうと、このエントリは無意味だったということにもなるのですが、それはまた別の話。
 次回「ぬれ煎餅と銚子電鉄に可能性を見出したがった人たち(銚子電鉄シリーズその4) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」は、ちょっと話を飛躍させて、ぬれ煎餅に可能性を見出したがった人たちと現実とのギャップ、そして第三者ができることについて話すと思います。

*1:"まちづくり"の成功例としてp.145以降で滋賀県長浜市の「黒壁」が取り上げられている。大手マスコミや多くの研究者に成功例として評価されている事例だが、地元あるいは一部研究者の間では懐疑的な意見もある。かつて"まちづくり"の調査のため現地でヒアリングし、現在、近隣の街で事情をある程度見聞きしている私は、後者の立場である。目を奪われるような施設を運営しているのは市外からの業者ばかりで、もともと地元で商売をしていた人たちはみんな域外に出てしまった。古い建物は残っているし、街は活性化したが、今の街並で元々の住民たちの生活を見ることはできない。京都の場合でも、同じ批判がある。町屋のブームで京都市内に進出してきたのは東京の業者ばかり。賃料が不相応に上がってもともとの業者や住民がやりにくくなったというのだ。銚子電鉄にとっても、銚子以外の不動産屋に買われたという苦い経験がある。"まちづくり"の目的と主体がなんなのか。単に観光客が来てカネを落とせばいいのか。そこらのバランスも考えねばならないのだろう

*2:ただ、前回も述べたが、この文書では銚子電鉄について全く言及されていない