佐賀県庁が長崎新幹線にフリーゲージトレインを入れたがる理由。

katamachi2009-05-29

 先週、長崎に行ってみて一番驚いたのは、九州新幹線西九州ルート九州新幹線長崎ルートというのは慣れないから、「長崎新幹線」(以下、これで統一)の開業を訴える看板だとか何とかが長崎や佐賀のあちこちに掲げられていたこと。
 ここ5年ほど、「2008年末、政治に翻弄される整備新幹線を取り巻く状況をまとめてみる(前編) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」でも書いたんだけど、新幹線の新線から外れる肥前鹿島〜諫早間の第三セクター鉄道化を巡って佐賀県鹿島市などが猛反発して、佐賀県知事や地元選出政治家達がその収拾に追われ続けた。昨年末の政治決着で、JR九州が20年間自社線として運営することになり、一応、落ち着きはしたのだが、新線ルートから外れるエリアだけでなく、その必要性に疑問を持ち始めた人は少なくはないのだろう。反発の根を摘み取ろうとしたいのか。
 佐賀駅の構内では、大々的なポスターが貼られて、「新幹線が佐賀に伸びれば……」と夢を語りかける録音テープがエンドレスでかけられていた。
 そこで配布されていたパンフレットを持って帰ってきた。「活かそう九州新幹線鹿児島ルート、西九州ルート」(明日の佐賀県まため、こどもたちのためのチャンス!)と「元気な地域づくりに! 活かそう新幹線」の2つ。佐賀県新幹線活用・整備推進課によるものだ。
 佐賀駅からの「かもめ」に揺られながら読んでみたのだが、この苦し紛れの広報がなかなか興味深かった。その一部を紹介してみよう。

九州新幹線長崎ルート山陽新幹線の直通運転の可能性を問われ、「技術的に困難」との見解

 長崎新幹線のあらましは以下の通り。

  • 博多〜新鳥栖間は九州新幹線と同じ路盤(1435mm 最高300km/h)を使用
  • 新鳥栖駅に新幹線と在来線を結ぶ連絡線
  • 新鳥栖〜佐賀〜武雄温泉間は在来線(1067mm 最高130km/h)
  • 武雄温泉〜諫早間は新線(1067mm 最高270km/h?)
  • 諫早〜長崎間は在来線(1067mm 最高130km/h)

 佐賀県のホームページhttp://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/shinkansen/index.htmlはこちら。

 うん? なら、新鳥栖〜長崎間を全て1435mmの新幹線規格にすればいいじゃないの??ということなんだけど、10万人を越える自治体は長崎市佐賀市だけ(追記、諫早市も合併で10万人を越えたそうです)という状況ではフル規格の新幹線を敷設するほどの需要はない。で、消極的な旧大蔵省や旧運輸省を納得させるための政治決着として「スーパー特急」方式の新線を武雄温泉〜諫早間にのみ建設することになった。そして在来線の一部を分離することになっていたのだけど、まあいろいろな過程があって、JR九州が20年間自社線として運営することになった。
 そして博多〜長崎間にはフリーゲージトレインというのが走ることになっている。新幹線区間では270km/h、在来線区間では130km/h。それぞれ軌間1435mm、1067mmとレール幅は異なるのだが、それを台車の幅を可変させることで何とか直通させようというのである。(軌間可変電車 - Wikipedia)
 数年前まで、地元の長崎県佐賀県、それに政治家たちはフリーゲージトレイン長崎新幹線から大阪や東京まで走る旨を喧伝してきたが、最近はかなりトーンダウンしてきている。
 ここ20年ほど開発が検討されてきて、アメリカに実験車を持ち込んで走行試験をしたりもしたのだが、なかなか実現可能な段階にまで行っていない。500系以降、新幹線車両は軽量化の上に300km/hのスピードを出せるようになったのだが、台車などの機構が複雑で重量のあるフリーゲージトレインでは、21世紀のフル規格の新幹線と同程度の性能を出せるのかどうか疑わしい。山陽新幹線を抱えるJR西日本の社長が、

 JR西日本山崎正夫社長は28日の定例記者会見で、一部建設中の九州新幹線長崎ルート山陽新幹線の直通運転の可能性を問われ、「技術的に困難」との見解を示した。
 山崎氏は「長崎ルートを走るフリーゲージ車両は、高速化と軽量化の両立が難しい。 輸送密度の高い山陽新幹線にほかより遅い車両を走らせるのはダイヤ編成上厳しい。車両が重いと、レールを傷める懸念もある」と話した。
新幹線、山陽と長崎「直通困難」 会見でJR西社長」、朝日新聞2008/11/28→記事のコピペ

と、率直な意見を述べたことも、昨年、話題になった。
 「さくら」や「のぞみ」が300km/hで走っているであろう2018年頃、1992年製の300系と同等のスピードしか出せないフリーゲージトレインは博多から大阪までどれぐらい時間がかかるのか。

長崎新幹線ができると、佐賀県民にとっていったい何かイイことがあるんだろうか

 と、まあ、新幹線とは名ばかりの、新線計画なのであるが、そもそも長崎新幹線ができると、佐賀県民にとっていったい何かイイことがあるんだろうか。
 これは県民ならずとも、県外の人間にも気になるところだ。新線区間となる武雄温泉〜長崎間の工事費は2600億円。地元負担は3分の1程度で、その3分の2、1700億円ぐらいは国民の税金から賄われることになる。
 駅で拾った「活かそう九州新幹線鹿児島ルート、西九州ルート」というパンフは、

  • 佐賀県は全国の新幹線ネットワークにつながります
  • 佐賀県の5つの駅に新幹線が停まります
  • 平成22年度末、鹿児島ルートが全線完成 県内に新鳥栖駅ができます
  • 平成29年度の完成に向けて、西九州ルートの整備が進んでいます
  • 佐賀県は、九州新幹線の整備を計画的に進めています
  • JR九州は、西九州ルート開業後も20年間、肥前山口諫早間を運行します

と6点の項目を掲げている。

 パンフの表紙には大きく赤書きで「チャンス!」とあるけど、えーと、これ。佐賀県にとって何が「チャンス」なんだろう。
 まず、九州新幹線博多〜新八代間が2010年度末(2011年春)に開業して、佐賀県内に新鳥栖駅ができる。これはほぼ確実。新大阪と鹿児島中央との間に新幹線「さくら」が運転されるとも発表済で試運転も始まっている。「さくら」が新鳥栖駅に停車するかどうかは不明だが、とりあえず「全国の新幹線ネットワーク」と佐賀県が繋がるというのも間違ってはいない。
 ただ、鳥栖はかねてから国鉄線・国道・高速道路のジャンクションとして重要な役割を果たしており、そこに新幹線が加わったからと言ってなんら大きな変化が生じるとは期待しにくい。
 その上、この鳥栖市佐賀県に属しているとは言え、県内の最東端に位置している上に、福岡市から九州中南部へのルート上にあるため、ここに新幹線の駅ができただけでは他の自治体に大きな影響を与えるとはあまり期待できない。
 この新鳥栖駅から長崎駅の間に予定されている新幹線の停車駅は、

と、佐賀県内では四つある。このうち、佐賀と肥前山口駅は現在の駅をそのまま利用。武雄温泉は新幹線用ホームを新設。唯一、新駅となるのは嬉野温泉である(下はJRバスの嬉野温泉ターミナル)。

 停車する列車本数は以下が計画されているという。http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/shinkansen/teishaeki0712.html

駅名 新幹線 新・特急 現・特急
佐賀 2 1 2
肥前山口 1 1 2
武雄温泉 1 1 1
嬉野温泉 1 - -

 これを見ると、完成の暁には、

  • 博多〜武雄温泉〜長崎 速達タイプの新幹線
  • 博多〜武雄温泉〜長崎 各駅タイプの新幹線
  • 博多〜武雄温泉〜佐世保 佐世保行き在来線特急

がそれぞれ1時間に1本程度運行されるということが想像できる。http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/shinkansen/unkouhonsu0712.html

 特急というのは今の「みどり」のことだろう。博多から鳥栖経由で佐世保行き……という従来通りの在来線を走ることになる(佐世保側では新幹線を走らせよとの声もある)。この他、政治決着で、博多〜肥前山口肥前鹿島間には5往復/日、在来線特急が運行されることになっているんで、それも一部区間で併結することになるんだろう。
 佐賀駅だと、現在毎時2本/の特急なのが、新幹線もあわせると3本/時に増える。
 現在、博多〜佐賀間は最速32分。それが27分、と5分も短縮される。http://www.pref.saga.lg.jp/at-contents/kenseijoho/shinkansen/shoyoujikan0804.html

 これは佐賀県民にとって「チャンス!」なんだろうか。
 実は、佐賀駅で配っていた。パンフレッには、この県民が一番興味を持つだろう所要時間の短縮効果については、微妙に避けた表記になっている。嬉野温泉駅については「バスと特急を乗り継いだ場合と比べて約30分短縮」とあるが、佐賀・肥前山口武雄温泉駅についてはなにも触れていない。
 佐賀も肥前山口も武雄も5分程度の短縮効果しか見込めない。嬉野温泉を抱える人口3万人の嬉野市の人らにとっては「チャンス!」かもしれないけど、他のエリアの県民にとってはどうでもいいことではないのか。

長崎新幹線を巡る長崎県佐賀県の思惑の違い

 まあ、長崎県にとってはそれなりに長崎新幹線は価値あるかもしれないけど
……と、長崎県側のホームページを見た。http://www.pref.nagasaki.jp/shinkansen/outline/plan_route_1.html

 当面、博多〜武雄温泉間約82kmは在来線を活用し、武雄温泉〜長崎間約66kmに新線を敷設して、スーパー特急により運行します
http://www.pref.nagasaki.jp/shinkansen/outline/plan_route_1.html

 うん??? 何かが違う。
 佐賀県側のホームページにはこうある。

 このうち、博多〜新鳥栖(仮称)間は鹿児島ルートを共用し、新鳥栖(仮称)〜武雄温泉間は現在の長崎本線佐世保線をそのまま走行し、武雄温泉〜諫早間は新幹線鉄道規格の新線を走ります。 諫早〜長崎間は、当分の間、長崎本線を走ります。
http://www.pref.nagasaki.jp/shinkansen/outline/plan_route_1.html

 長崎県側では、博多〜武雄温泉間が在来線を活用とあるのに、佐賀県側では「博多〜新鳥栖(仮称)間は鹿児島ルートを共用」とある。
 長崎県の別のページhttp://www.pref.nagasaki.jp/shinkansen/outline/free_1.htmlにおいて、フリーゲージトレインが紹介されているが、こちらではややトーンダウンした書き方*1。あくまでも「導入されれば」と仮定の話であり、導入を前提条件としている佐賀県庁とはスタンスが違う。
 長崎県の方は、いろいろとややこしい状態になっている隣県に配慮して「九州新幹線西九州ルート」という名前を使うようにはなったけど、本心では「長崎新幹線」という名前を使いたいんだろうな(下の写真は「長崎新幹線」という表示になっている長崎市高島のコミュニティーバス)。

 九州新幹線と「共有」するにはフリーゲージトレインの実用化が不可欠。でも、その目処は立っていない。というか、博多〜新鳥栖間で標準軌のレールを走っても佐賀駅などでは5分程度しか短縮効果がないのに、開発費と製造単価がべらぼうに高い特別車を入れる意味はなんなのか。実用性には乏しいとJR西日本の社長にも言われているのに。これなら山形新幹線秋田新幹線みたいにミニ新幹線方式にした方が良かったのかも。それなら東京は無理でも新大阪ぐらいは乗り入れできたのに……
 でも、佐賀県フリーゲージトレイン導入という空手形を打ち続けなければならない。九州新幹線新鳥栖経由ということにして、わずか5分でも短縮したことにしておかねばならない。さもなくば、博多〜佐賀・肥前山口武雄温泉駅間の所要時間が現在と変わらないというのが県民にバレてしまうからだ。でも、技術が実現可能かどうか不透明なことを前提に語るのって、ちょっとマズいんじゃないの。
 もはや、技術屋さんたちの趣味の世界&新幹線批判を封じ込めるための佐賀県庁の言い訳の材料にしかならないフリーゲージトレインに巨額の開発費を投じるのは止めておけばいいのに……と最近思えてきているのだけど、それはまた別の話。

*1:「仮に博多までの運行となった場合にでも、博多駅の新幹線ホームでの対面乗り換えが可能となります」とはまた奥ゆかしいんだけど、「全国初のフレーゲージトレインの営業路線として注目を集め、視察や観光などでの集客の目玉として地域の活性化に役立ちます」はさすがにないだろう