本日で最後となる対星館@箱根堂ヶ島温泉の自家用ケーブルカーに乗りに行く
この週末、箱根に行ってきました。目的は、堂ヶ島温泉の温泉旅館、対星館のケーブルカーhttp://www.taiseikan.co.jp/。
箱根七湯の1つである堂ヶ島温泉は、箱根登山鉄道宮ノ下駅に程近いところにあるんですが、駅や国道1号は山の中腹を走っているのに対し、温泉の湯元は崖の下の川べり。歩くとかなり大変なのは確か。
なんで、この旅館ができた1930年。駅近くの国道脇と、早川渓谷沿いに建てられた旅館とを結ぶ延長320mのケーブルカーが開通したんです。いや、それ以前からここに遊園地があって、そこへのアクセス路として運営されていたとも、先月の神奈川新聞の記事は伝えています。
このケーブルカー。特徴的だったのは、鉄道会社としてではなく、自家用として運営を続けたとこと。他のケーブル鉄道線と同じ構造を持つ本格的なものだったんだけど、鉄道省→運輸省の許認可を受けていませんでした。地方鉄道法からギリギリ外れていながらも、どこか鉄道っぽい匂いを漂わせている不思議な運搬具。いつしか鉄道マニアたちを虜にしていた。宿泊客専用で、それ以外の人は乗せてくれないというレア性もまた謎度を高めてくれました。
それが、今年2009年5月いっぱいで運行を取りやめる……というので、お名残乗車に遠征してきました。
モヤと暗闇が忍び込む箱根の片隅から自家用ケーブルカーに乗り込む
土曜朝の「ひかり」で東征して小田原下車。
まずは箱根登山鉄道で宮ノ下駅へ向かい、明治から戦前にかけて建てられた近代建築が今でも残るクラシックホテル、富士屋ホテルで食事をしてきました。午後はバスで仙石原へ向かい、箱根ラリック美術館。ここは宝飾品繋がりでオリエント急行のサロンカーが展示されているんですね。ここらの話はまた報告するかも。
再び宮ノ下に戻ってきたのは17:10。
雨の予報にもかかわらず、1日天気が持ってくれたのが有り難い。でも5時過ぎだと、山奥にはモヤが一面に広がり、曇天の空にも暗さが混じり合う。冷気も忍び寄ってくる。街を歩く人もほとんどいない。
さあて、本日の目玉である対星館。国道1号の宮ノ下バス停の真向かいに事務所兼駐車場があります。
受付で朝に来たとき預けていた荷物を受け取り、裏側にある乗り場へ行きます。
ホームには、お待ちかねのケーブルカーが待ってくれています。本日の車両はA車。
改めて見ると、本当に小さい。座席数は4人分。立ち客を黙認しても6〜8人が限界かな。2人でも、なんか狭いなあ。物置なんかと同じぐらいのサイズ。体をかがめないと乗り込めない。
17:30までにチェックインしてください......ということ。どうも僕らが最後の客っぽい。
いろいろ撮影したいんだけど、とりあえずは乗車。17:14に出発。
ゴトゴトとレールの響きが聞こえてくる。巻上機が引っ張るケーブルの音も。ここのレールは1930年の創業当時から同じモノが使われているらしい。原始的な鉄道要素が満載な感じがいいね。
17:15、下の方向から相棒のB車が現れてくる。
カメラで撮るんだけど、初夏にしては光量が足りず、ピントを合わすのに苦労する。やっぱり山影は陽の落ちるのが早い。
最後に、ゆるく左にカーブ。線路脇で落ち葉を拾っていてくれるスタッフが。
もう運行を取りやめるのに……と思いつつも、最後の客のために整備をしてくれる。1930年から80年間、お役所の許認可行政を受けなくても、大きなトラブルもなく続けてこられたのは、ケーブルカーで宿泊客を輸送することへの責任感を持ち続けてくれたからかな。その心意気が嬉しいです。
17:21、下の駅に到着。
男性スタッフに迎えられ、川べりを縫っていく小道と橋を進み、宿へ向かいます。
温泉に入り、部屋食をいただき、あとはまったり。夜、ケーブルカー乗り場へ散歩に行くと、水面で蛍が乱舞していました。いやあ、凄い。バス・トイレ付き21,000円/人はそれなりの値段はするけど、それだけの価値はありましたよ*1。
さて、青空の下、最後の自家用ケーブルカー乗車。
さて、翌31日。温泉&朝食でまったりとして、10時をちょっと過ぎたあたりでチェックアウト。帰りも僕らが最後になったっぽい。
早川渓谷のせせらぎを聞きながら小道を渡って5分ほど歩く。白人カップル+2歳の子供がベンチで絡んでいるのに遭遇。ここで今晩まで三連泊するといっていたなあ。
ここが昨晩寝起きした建物。
外装はちょっとレトロな和風イメージだけど中はしっかりしてました。
人道橋なのに鉄骨ってのがイイ味出している。
そして、改めてケーブルカー。
ここが待合室。
若いカップルが2組。なんかいちゃいちゃしています。えーと、まあいいんです。
こんな看板が掛かっています。早川渓谷沿いの遊歩道は宿泊客以外も歩けるんで、きちんと明示しないといけないのかな。
昨日の夜とかは係員はいなかったけど、今は帰り時。きちんと年配のスタッフが待ってくれています。
そうしていると、10:23、下の駅にケーブルカーが到着。
スタッフの案内で、B車の中に若い人たちが乗り込んでいきます。
4人入ると車内は満員。まあ、年寄りは後回しで……ということで、次の便で行くことにします。ホンモノの鉄道は決まったダイヤ通り運行することが求められるけど、ここはちゃんとした時刻表が存在しない。ここが"鉄道"ではない最大のポイント。
10:25、出発の時間が来ました。
スタッフが脇のボタンを押すと、上の駅に連絡がいって、巻上機が動き出すみたい。
ゆっくりとレールの上を車輪が滑り出す。お辞儀するスタッフに見送られながら上っていきます。
軽く右にカーブして見えなくなってしまう。
対星館の自家用ケーブル6分320mの最後の旅
さあて、5分ほどすると、相棒がやってくる。
10:31に到着したA車に乗車。スタッフがドアを施錠すると出発の時間である。本日、最後の客を乗せて発車。
下枠や台車は鉄製なんだけど、車体そのものはアルミ製。物置の中にシートを付けたって感じ。この簡素っぷりがイイ味出しているんですよね。
使っているのは15キロレールなんだろうか。振動は激しいんだけど、まあこのぐらいの距離だと問題なし。というか、その異形の姿に魅せられて、関西から箱根までやってきたんだから。
行き違いポイントに来ると、あああああ……っ。やっぱり同業者が来ている。
その先にも撮影スポットがあるんですよ。鉄的要素が皆無の同行者が窓を開けて手を振る。と、そのうちの1人が露骨にイヤな顔をしていたのをみつけた。
走行写真を撮っているとき、窓が開いていると編成美が乱れるんで鉄道写真マニアは煙たがるんです。ましてや、人が顔を出しているところとか。でも、なんだかなあ。非鉄の人に説明するのは申し訳ないんで、黙っておくことにした。
そして、10:34、行き違いをする交換地点。上から無人のB車がやってくる。
ケーブルカーの貸切。僕らのためだけに走らせてくれている2両がすれ違う。新緑の心地よい空気。淡々と続くレールの響き。ケーブルの摩擦音。たまらないっすね。この感じ。
軽く襞にカーブすると、やがて上の駅が見えてきました。
10:37、到着。6分間、320mの旅が終わりました。
上の駅では女性スタッフが待ち受けています。昨日、僕たちを迎えてくれた人と同じだ。
ちょっと時間があったので、駅の裏側に入れてもらいます。
東洋電機製造の銘板。昭和38年(1963年)3月に更新工事がされたらしい。
電気を造る発動機。回りは乱雑に散らかっていました。まあここらの裏の姿は見なかったことにしておかないと。
そして小屋の中に入り、ケーブルを引っ張る巻上機。わあ年代物だなあ……と、見とれてしまう。1930年の創業時のヤツか、あるいは1963年の更新したときのものかる
さあて、写真を撮ろうかとカメラを構えると、
「ごめんなさい。出発するんで」
と、指示された。
うわあ、ここ最大の宝物を取り損ねた……。でも、仕方がないよね。
と、無理矢理納得して、再び下の駅へと向かうケーブルカーを見送る。
山影をゆっくりカーブしていく線路に沿いながら、やがてその姿が見えなくなる。
ホーム上の事務所に行くと、ちょうど工事担当者が十人ほど集まっていました。明日から工事が始まるのに備えての準備なのかな。
スタッフの話だと、5月31日の宿泊客が最後のケーブルカー利用者となり、彼らが帰る6月1日午前で運行終了。その後、福岡にある嘉穂製作所http://www.kaho-monorail.com/の手で簡易モノレールが敷設される。通常営業の再開は7月17日の予定。
80年間、箱根で頑張ってきたケーブルカーが消えるのは、心底、惜しいし寂しいのだけど、また新たな特殊鉄道がこの地に誕生する。カルト系鉄道マニアとしては、その点では嬉しい話。その手の施設を追いかけ始めたらキリがないんだけどなあとは思うのだけど、それはまた別の話。
追記 対星館のモノレールのあれこれ
以下はマニア向け情報。
対星館には2005年8月に訪れているんです。この時期、国道沿いの事務所で1000円を支払えば、「足湯・庭園散策御利用券」の名目でケーブルカーに乗れたんです。そのときの話は、「さよなら箱根対星館のケーブルカー(ただし鉄道にあらず) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で。
ケーブルカーに乗ってみたいという人たち向けにそういうイベントを始めてくれて、待ち望んでいた僕たちカルトなマニアたちが押しかけてきた。2004年秋から2年間。ただ、上のエントリーでも最後にボヤいているんだけど、足湯で1000円というのはちょっと高杉。正直、あまりお客さんが来てくれなくて、2006年で止めちゃったんだとか。
露天風呂に入れてくれたらいいのにと思っていたんだけど、この時間、清掃中で閉鎖してるらしい。あまり日帰り入浴を認めると、ちょっとイメージが落ちてしまうし。"カルトなマニア"以外はともかく、フツーに箱根に来る人には魅力的ではなかったのかな。
嘉穂製作所は、斜行モノレールの最大手メーカー。http://www.kaho-monorail.com/Delivery-example.htmlにあるように、1990年頃からあちこちに導入実績があります。
温泉や旅館向けに4〜6人乗り、8〜10人乗りのタイプもあります。下は熊本県津奈木町の温泉センター四季彩のモノレール。
箱根では、小田急ホテルはつはなhttp://www.odakyu-hotel.co.jp/hatsuhana/spa/bath/index.htmlも嘉穂のモノレールを使っています。
スタッフによると、嘉穂のモノレールは今のケーブルカーと比べると、ランニングコストは割高になる。でも、中長期的な費用を考えると安くなるらしい。一年半毎にケーブルを交換するというのが費用的にも手間的にも大変だったようだし、上の駅にある巻上機も、永年の使用で痛みが目立ち始めていたとのこと。大きなトラブルはなかったのだけど、ここ数年は、いろいろと支障もあったらしい。安全を考慮すると、そして費用を考えるとモノレールにせざるをえなかったということか。
追記
なんか検索で来る人が多いと思ったら、「特集 Jのこだわり 〜箱根老舗旅館のケーブルカー〜」として関東ローカルのニュースで放送されたらしい。テレ朝のスーパーJチャンネル
それで見つけたのがhttp://people.zozo.jp/candystripper/diary/417166というブログ。
うちの社長がやっている箱根の旅館花かじか 対星館がTVに出ることになりましたー!
どこの会社かと思ったら、Candy Stripper(キャンディーストリッパー)http://www.candystripper.net/とかいうファッションブランドの人らしい。最近、何度か経営者が変わったとか言っていたのは、このことか。なんか鉄道マニア&温泉好きとしては、この先どうなることやら心配なんですが……