今年5月で休止となるらしいセントラル硝子宇部工場専用線の石灰石列車

katamachi2009-05-27

 さあて、軍艦島へ行く途中(「「長崎発着日帰り軍艦島上陸ツアー」での軍艦島滞在60分の記録。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」参照)、どこへ立ち寄ろうかなあと考えていた先週。「Rail Magazine」のHPで興味深い記事の予告を見つけた。「美祢・宇部線」と「美祢・山陽・宇部線石灰石輸送 DD51・DE10撮影地ガイド」。宇部興産のセメント列車全滅後も、美祢線から宇部港へ石灰石を輸送する車扱貨物が存在すると聞いていて、今春それを撮りに行こうと計画しながらも実現しなかった。これは都合がいい。
 ところが、21日に雑誌を買って記事を読むと、その重安〜厚狭〜宇部宇部港〜セントラル硝子宇部工場を結ぶ列車。「休止が予想される」とのこと。5月下旬に宇部工場でのガラス製造が休止になる……と報道されたんだという。
 基本、鉄道煽り系雑誌に煽られるのは癪だし、そもそも僕は鉄道写真にあまり興味はない。でも、せっかく西へ向かうんだし、美祢線宇部線を攻めに行こうと考えた。
 5月22日(金)、「ひかりレールスター」を小郡、もとい新山口駅で下車。駅前でレンタカーを借りて、山陽道を美祢インターへ向かう。以下、貨物列車のかなり緩い追跡記。

美祢線の峠を越えていくDD51牽引石灰石列車

Rail Magazine (レイルマガジン) 2009年 07月号 [雑誌]

Rail Magazine (レイルマガジン) 2009年 07月号 [雑誌]

 「RM」によると、この貨物のスジは以下の通り。

  • 単971 厚狭7:52→8:35美祢9:10→9:16重安(DD51)
  • 5990レ 重安10:00→10:44厚狭11:20→宇部11:39→12:12宇部岬(DD51、厚狭からDE10)
  • 5991レ 宇部岬13:07→宇部13:40→13:54厚狭(DE10 木曜運休 返空)
  • 5992レ 厚狭14:23→宇部14:41→15:05宇部港(DE10 木曜運休)
  • 5993レ 宇部港16:01→宇部16:34→16:53厚狭17:59→18:39重安(DE10 返空)
  • 単972 重安19:03→19:39厚狭(DE10)

 このうち注目は、5990レ。美祢線厚狭までは原色DD51牽引で、石灰石満載のホキ9500が10〜16両ほど連結されている。往年と比べることはできないにしても、一番、貨物列車っぽい列車だと言える。厚狭から宇部港まではDE10牽引となる。貨車を2分割して、午前の5990レと午後の5992レとに分けて宇部工場へ運ぶ。5991レと5993レは厚狭・重安への空車での返しになる。
 興味深いのは宇部岬駅からセントラル硝子宇部工場の専用線への入線。そこらは後回しにして、とりあえず美祢線美祢駅付近へと向かう。狙うは5991レ。


 撮影地については全く準備していないので、「RM」のガイドに載っていた四郎ヶ原駅へと向かう。四郎ヶ原簡易郵便局に先に立ち寄り、駅から北へ200mほどの踏切近くに陣取る。
 小雨の中、10:15、DD51-853牽引の10両編成がやってくる。

 ちょっと位置取りをミスったか。編成最後尾まで入れる感じで撮りたかった。

 石灰石が満載のホキ9500。ケツからその姿に見とれる。
 そこから県道で山越えし、迂回しながら進む貨物列車を先回りする。厚狭駅近くでどこかないかいな……と思っていたら、時間がなくなった。カーナビで県道225号と美祢線がクロスするあたりがいいだろと一か八かで向かう。厚狭駅から北へ400mほどのところ。
 10:43、とろとろとDD51がやってくる。


 厚狭駅には10:44着。ここで10両のうち、3両が切り離されて7両編成になる。わずか5分でDD51は離れていった。

 駅構内に入ってみると、3番線にEF66牽引の貨車が止まっていた。
 保線用(バラスト散布)のホッパ車ホキ800形が5両。牽引機はEF66-42。共にJR西日本所属。この機関車、今検索してみると、「富士」「はやぶさ」の最終列車の牽引を担当したんだとか。石灰石列車の宇部方には、DE10-1576が連結された。


 さて、次は山陽本線上でどこかで狙おう。これもベタに、「RM」掲載のポイントへ。小野田〜宇部間の中間地点。宇部興産道路と山陽本線がクロスするあたり。地図だと、ここ。

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 さて、この宇部興産の専用道路。詳細は「宇部興産専用道路 - Wikipedia」に書いてあるが、宇部興産美祢市のセメント鉱山から宇部市のセメント工場を結ぶ目的で敷設した28kmの私有道路である。道路交通法など関連法令の適用外となっており、そこを走るダブルストレーラは公道を走る車両の規格とは無縁。ナンバープレートも付けていない。

 かつては美祢線美祢駅宇部線宇部港駅との間を国鉄DD51牽引のセメント列車が昼夜を問わず行き交っていた。1982年には33往復運転され、この当時、全国の国鉄線でわずか10路線しかなかった黒字路線の1つであった。貨物取扱量も全国ベストファイブに常に名前を連ねていた。それゆえ、美祢線は、運賃設定の上で、地方交通線ではなく、幹線と区分されている。
 だが、この年、宇部興産道路が全通したため、運行本数は激減。JR後も、宇部興産は道路不通などの非常時に備えてJR貨物牽引の貨物列車の運転を維持し続けたが、1998年に鉄道貨物の輸送を全面的に取りやめ、自社専用道でのトラック運転に切り替えた。その後、美祢線宇部線の元黄金ルートに唯一残ったのがセントラル硝子宇部工場行きの貨物列車だつたわけだ。
 さて、5991レを待っていると、11:16、原色117系がやってきた。

 宮原などから下関に転属し、山陽本線新山口〜下関間で運用を始めている。なんだか違和感を覚えるなあ。まあ、103系115系よりは設備はいいんだし、輸送改善には繋がっているんだろうけど。
 続いて11:26。先ほど厚狭駅で待っていたEF66牽引の保線用貨車。国鉄貨物末期のエースで、ブルトレ牽引機としても20年以上活躍してきた、この機関車。ちょっと哀れな扱いだなあ。JR貨物でも廃車が相次いでいるというし、もう時代が変わろうとしているのか。


 待っていた石灰石列車は11:33にやってきた。


 適度に黒煙を上げているのが好ましい。
 さて、次は宇部駅付近で5991レ……と思っていたら、駅前で渋滞に捕まって同駅11:39発には間に合わず。なんで、終点の宇部岬駅の手前にある踏切で待ち受ける。ここは宇部線専用線との分岐地点にもなる。線路際に地元の方の手で花が植えられているのがイイ感じだ。12:10にやってくる。

 12:12、宇部岬駅2番線に到着。12:15着の電車の到着を待っている。その最中、マニアさんがレンタカーで踏切側の道路に路駐してビデオを持って駆けてくる。撮りたいという気持ちは分かるけど、その位置、明らかに他のクルマの邪魔だよ。

 12:16、宇部岬駅の東方に機関車が移動。12:18に今度は1番線ホームを通過して西側へ。

 12:21、機関車がホームの手前にやってくる。すぐに連結。


 作業開始からわずか6分後、12:22に駅西側の専用線へと向かう。


 さて、セントラル硝子の宇部工場の専用線はどうなっているんだろ。

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 工場の正門から覗いてみると、スイッチャーが到着した貨車の入れ換えに従事していた。

 そろそろ5991レの準備ができたのかな……と思っていると、12:38に工場の別の位置から笛の音が。しまった。もう動き出したのか。
 また宇部岬駅へ戻っていく。先ほど5991レを撮った踏切に行くか。
 専用線から本線へと入る手前で列車に追いつく。

 12:43、DE10の先頭に立つ誘導係員が線路脇の装置を動かす。本線との接続点にある信号&踏切を操作しているのだ。
 遮断機が下りてDE10が動き出す。

 12:45、本線へと入ると今度は別なスイッチで信号とポイントを操作。

 5991レは宇部岬13:07発。それを琴芝駅の西側500m、宇部カトリックの側の踏切で捕らえることにする。このあたりは線路と並行して水路が数百メートル続いているのだ。都市部では珍しい風景。
 13:10、通過。

 この後、もう一つの趣味である郵便局巡り。15時頃に東新川駅の南側で国道と宇部線がクロスするところで5992レを待ち受けるつもりが……あれ、いない。15:03に来たのだけど、もう通過してしまったのか。
 もしかしたら遅延しているのかも....と陸橋の上で待っていると、遠くでDLの笛の音が。ああ、やはり宇部岬駅から工場へと行ってしまったのか。専用線を行く貨物列車を撮りたかったのに。口惜しい。
 とりあえず、帰りの5993レとなる編成が工場から駅へ向かうのを狙う。15時半頃に来るのかと目算。
 15:32、工場からDE10が出てきた。そして道路の前で停止。

 宇部市臨海部の幹線道路との交差地点であるのに、ここには遮断機がない。クルマの交通量も多いのにどうするのか……と思っていると、また線路脇のスイッチを操作している。
 すると、鉄道踏切と連動している踏切信号が青から黄、赤に代わり、道路を行くクルマが停止。その中を機関車が進む。


 そして、かなりスローモーに列車が通過すると、踏切信号は再び青へ*1
 同じ踏切信号は200m先にもある。また同じく停止して信号の操作をしている。列車を追いかけてみるが、タッチの差で間に合わなかった。

 機回し、入換、信号、踏切......といった作業が自動化されずに、乗務員や誘導係員の手作りで運転されている感がいっぱい。こうした前近代的な貨物専用線での動きが趣味人に魅力的なのは間違いない。と、共に、JR貨物にとって、いろんな意味でロスとなっているというのも否定できない。5月いっぱいで宇部工場が休止になると、やっぱり貨物列車の運行も止めてしまうんだろうな。一度、休止すると、車扱貨物の場合、なかなか復活するのは難しいとは、過去の様々な事例が証明している。


 5993レは宇部岬駅16:01発だが、ここからは宇部駅方面へ先回り。宇部〜岩鼻間の厚東川橋梁へ向かう。緩やかにカーブしたコンクリート橋が青い水面に映えている。
 列車は16:14にやってくる。


 これで終わろうとしたのだけど、山陽本線宇部駅の北側へとまたまた先回り。16:34にやってきた。


 これで美祢線宇部線を行く石灰石列車の追っかけツアーはオシマイ。レンタカーを持って動くとラクだなあ。こういうお手軽な撮影行なら非撮影系鉄道マニアである自分でも楽しむことができる。
 で、「RM」の記事は、美祢線石灰石列車の運行休止はあくまでも「予想」とされていたんだけど、付録の2009年3月ダイヤ改正のJR貨物時刻表(資料提供:日本貨物鉄道)p.7の5991レなどの欄には、「※21年秋見直し」と但し書きが付けられていた。
 これが本当に見直されてしまうと、国内のJR線で石灰石列車が運行されるのは東海支社の美濃赤坂駅発着ぐらいになるのだろうか。自分ってあまり車両&撮影マニア的要素はないんで、そこらの改廃についてはさほど関心はない。でも、鉄道史的には大きな転換点に差し掛かっているんだろうなとは改めて認識できたのだけど、それはまた別の話。<追記>
 いろんなところで報道がありましたが、2009年10月18日で運行を終了するそうです。

 JR美祢線で昭和30年代から走り続ける石灰石列車が、18日の運行を最後に廃止されることが決まった。荷主の太平洋セメントによると、貨車の老朽化に伴いトラック輸送に切り替える(中略)
 太平洋セメントによると、貨車は“赤ホキ”と呼ばれる石灰石専用で1970年ごろの製造。新造から約40年を迎え老朽化が進んだため、トラック輸送に切り替えることになった。1日当たり約500トンの石灰石を運んでおり、列車輸送の廃止後は、大型トラック(セミトレーラー)を導入し、宇部興産の専用道路を一部使用するという。
美祢線の石灰石列車“終着駅”18日最後に廃止山口新聞、2009年10月12日

*1:道路交通法の33条第1項で踏切信号がの場合、クルマは「信号機の表示する信号に従うときは、踏切の直前で停止しないで進行することができる」とされている