2008年末、政治に翻弄される整備新幹線を取り巻く状況をまとめてみる(前編)

katamachi2008-12-08

 12月半ばになると、そろそろ2009年度予算の原案がまとめられることになる。財務原案が新聞報道されると、ここからが各省庁と族議員たちの腕の見せ所。選挙や予算枠を見越して魑魅魍魎が渦巻く世界へと突入していく。鉄道新線や高架化などに関する各種補助金がラインナップされるのもこの時。鉄道マニアとしても見逃せない日々が続く。
 ここ数日のニュースで驚いたのは、これ。

 (北海道新幹線に関して)道選出の与党国会議員らの間に「スーパー特急方式」を採用する案が浮上してきた。
道新幹線、スーパー特急方式浮上(読売新聞12/7)

 北海道新幹線は「スーパー特急」で十分なんて、心にも思っていないクセに……
 「スーパー特急」とは、在来線と同じ狭軌で部分的に新線を建設した上で、既存在来線と乗り入れる高速特急を走らせよう......という構想で、1988年頃、北陸新幹線の北陸区間、および九州新幹線の南部区間で検討されていたことがある。完成すれば160km/hぐらいの性能の「スーパー特急」が新線区間と在来線と直通することになっていた。整備新幹線の建設のための予算が組めそうにもなかった当時、地元からの要望と財政バランスとを比較考慮して編み出された折衷案だった。
 でも、ホンモノの新幹線よりかなり遅いスピードしか出ないし、東海道新幹線東北新幹線に乗り入れることもできない。「そんなのは新幹線じゃない(怒)」という声が各地元で高まり、後になって北陸も九州もフル規格(通常規格の新幹線)へと設計変更された。
 この北海道新幹線の話は読売新聞のスクープ(?)であり、その脈絡はイマイチ分かりづらい。与党の整備新幹線建設促進プロジェクトチームが、妥協策として長万部〜札幌間を先行して建設する案を検討しているとは、「新幹線の札幌−長万部着工 期成会も決議」(朝日新聞12/5)などが伝えている。「スーパー特急方式」というのは、その延長線上の話なんだろうが、一部の議員が思いつきで語っただけなのかもしれない。まあ、北海道新幹線幌延長の行く末は、この2週間ほどの財務原案→復活折衝の過程で見えてくるのだろうけれど、これで「政治決着」が図られるのなら、それはそれで結構なのかもしれない。
 でも、この20年間、整備新幹線を巡る予算や運営方針についての「政治決着」は何度も行われてきたはずなのに、数年後にはその方針がコロコロと変わっていった。九州や北陸が、最初、「スーパー特急でも仕方ない」と殊勝な感じで妥協しておきながら、後になってフル規格での建設を強行したのと同様になりそう。
 追記。朝日も9日に同じことを伝えています。ここらは北陸新幹線でスーパ特急→新幹線フル規格に後付で変更させた実績のある森喜朗あたりの入れ知恵かな?

 財源不足から新規着工のめどが立たない北海道新幹線について、建設費の安いスーパー特急に格下げして整備する案が与党内で浮上してきた。速度を犠牲にして着工を目指す。ただ、北陸と九州長崎ルートも含めた未着工区間全体の財源はなお不足する。
 関係者によると、札幌―長万部を最高時速200キロ程度のスーパー特急で整備し、残る長万部―新函館は当面、在来線をそのまま走る案が浮上した。建設費は全線フル規格(通常の新幹線の規格)の約1兆3千億円から半分程度に抑えられる見込み。
 ただ、札幌―新函館の時間短縮も2時間超から1時間台になる可能性が高い。フル規格で建設中の新函館以南との接続は特殊車両での直通運転か乗り換えが必要になり、もともと厳しい東京―札幌の対飛行機の競争力はより厳しくなる。
北海道新幹線、格下げ案 スーパー特急で建設費半減(朝日新聞12月9日)

1988年に政治決着して予算化されたときの整備新幹線は現行の計画とは大幅に異なった

 旧運輸省が北海道・東北・北陸・九州の整備新幹線についての原案を示したのは今からちょうど20年前の1988年のこと。国鉄の分割民営化が完了した翌年で、バブル景気を背景とした公共事業の大盤振る舞いがなされた年でもあった。
 当初は、北陸新幹線の北陸地区や九州新幹線は「スーパー特急」、東北新幹線盛岡以北や北陸新幹線長野地区は「ミニ新幹線」(山形新幹線と同様に在来線の線路幅を狭軌から標準軌にして既存新幹線と乗り入れ)とされていた。大蔵省も運輸省整備新幹線の先行きを危ぶみ、建設費を削減しつつ、新幹線導入を求める地元や政治家たちのプレッシャーを避けようとしていた。そして1989年度予算では、整備新幹線に関しては、この枠組みで予算配分がなされている。
 現在、北陸・東北・九州(除く長崎ルート)の三新幹線の建設費は総計4.4兆円とされている。
 もし、1988年時点での計画がそのまま実現していたら、

という感じの「新幹線網」ができていたのだろうか。整備新幹線区間を全てフル規格で建設した現行と比べて、新線区間の延長距離は3分の1ぐらい。同じペースで予算配分を進めていたのなら2002年頃には全線開業していたのかも......なんてことも考えてみる。
 ただ、北陸新幹線長野オリンピックにあわせてフル規格で開業する......ということがなし崩しに決まってから、話がややこしくなる。1988年に「政治決着」していたはずの方針が次々と覆され、北陸も東北も九州も、標準軌対応の豪華な新幹線が敷設されることになった。
 やるならやるで、まずは北陸新幹線を長野まで敷設し、次は東北新幹線を青森まで、そして次は......と一つ一つ建設区間を開業していけば良かった。選択と集中。線路使用料も入ってくるわけだし、それを財源に残る区間を仕上げていけばいい。
 でも、90年代半ばぐらいから予算の分捕り合戦が始まる。たとえば、石川県を選挙地盤とする森喜朗。彼が首相を務めていた2000年、北陸新幹線が金沢までフル規格で延伸する方針がほぼ固まりかけた。それはあまりにも露骨すぎる……と、最後の折衝の段階で、実際の工事区間は富山までに短縮されるのだが、すでに富山と金沢の間では一部で新幹線用(正確にはスーパー特急)のトンネル工事が始まっていたし、その後、2005年にはなし崩し的に金沢までのフル規格化が決まっている。
 九州新幹線が鹿児島側から敷設されたことなんかも含めて、先に既成事実を作って、それを盾に、後々になってから無い物ねだりをするということが繰り返される。その間、何度も「政治決着」というコトバが使われてきたけれども、数年後にはすぐに反故にされている。
 と、共に、並行在来線問題というのも浮上する。1988年段階の計画では新幹線として不十分だ。高速走行可能なフル規格の新幹線を作るべきだ。と、政治家や自治体は主張する。なら、不採算確実な並行する在来線区間はJRから切り離し、地元出資の第三セクター鉄道が引き受けよう......と、これもまた90年代に「政治決着」されている。
 こうして、

と、着工決定から20年の間に以上の3路線が完成した。この間、整備新幹線には3兆円以上のカネが注ぎ込まれているのだが、それにしては営業区間は短い。「選択と集中」より「大風呂敷と平等」を尊ぶ日本的な政治判断ゆえの中途半端さなんだろう。

開業時期が確定した区間

 現在、ほぼ開業時期が確定しているのは以下の3区間

 うち、東北・九州はスケジュールが前倒しにされつつ順調よく進んでいるように見える。九州・山陽新幹線直通用の新車も9月にお披露目された(下の写真は博多南駅付近で工事が進む九州新幹線)。

 残るは後述の並行在来線問題。

最近工事を始めた区間

 北海道新幹線青函トンネルを一部活用しながら函館まで延びることになる。人口30万人にも満たない市が終点ってどうよ......と思わないわけでもないけど、あくまでもこれは新幹線札幌まで延伸のための一里塚。そういや、青函トンネルで貨物列車に自動車やトラックを載せて運ぶという「カートレイン構想」はいったいどこへ行ったのだろう? もう20年以上も前から「構想」だけはいろんなところが出しているのだけど、「計画」を実現するための準備はなされていない(下の写真は新函館駅(仮)近くの流山温泉駅にある200系新幹線)。

 それよりいろいろ問題なのは、九州新幹線長崎ルート。これは、「スーパー特急」方式が採用されることが従前から決まっていたけど、

とかいろいろ難問が浮上。

 これに関しては決着がつかず、予算化されても工事が進まないという宙ぶらりんの状態になったけど、2007年12月になって、

という妙案が出てくる。実質的には両県がJRの赤字分を補填する形にはなるのだが、これでJR線としての経営が少なくとも20年間は継続されることも確か。鹿島市江北町の「希望」は叶った。ゆえに「地元同意不要と解釈」というのが佐賀県知事の解釈。これで反対派はハシゴを外された形になる。
 このニュースを知ったとき、この詭弁を弄したテクニックに感心させられ、この「政治決着」をもたらした知恵者は誰なんだろうと気になった。その反面、整備新幹線の整備に関する関係者間の暗黙の了解がこうも簡単に覆されてしまうのか、そもそも小細工を弄してまでそこまで長崎に新幹線が必要なのか?(スーパー特急だと30分ほどしか時間は短縮されないし、そもそも佐賀県にとってはほとんどメリットがないと思うのだが)......と改めて思い知らされた。


これから工事を進めようという区間

 この冬、問題となっているのはこの3路線。
 まず、北海道新幹線は最初に書いたように、とりあえずは倶知安〜札幌間を先行させるという方針で地元の政治家たちは合意しているらしい。東北新幹線と接続してなくても札幌側を先に建設しておけば、函館〜倶知安〜札幌を一括で着工区間として認可してもらえば、残る新函館〜倶知安間もなんとかなる。どさくさに紛れて後で予算化して、着工に持ち込めるだろう......という算段なんでしょう。九州新幹線が鹿児島側から、北陸新幹線が富山付近から工事が始まったのと同じ手法。
 北陸新幹線については後述。
 九州新幹線長崎ルートについては、

「知事は「諫早−長崎間は二十一キロで、建設費も約千百億円と整備新幹線の建設費総額のわずか」などとし、早期着工できれば既着工の武雄温泉−諫早間との同時開業が可能であることを強調」

「(JR長崎本線長崎駅浦上駅付近を高架形式にする連続立体交差事業は)九州新幹線長崎ルートと関連しており、新幹線駅舎と在来線駅舎の整備で新たな玄関口を形成」
という感じ。長崎駅の工事が始まったら、新線区間諫早止めじゃなくて、長崎まで必要だ。やっぱり武雄温泉〜諫早間だけでは我慢できないということなんでしょうね。2007年末の政治決着はなんだったのだろう。
 その一方で、

 JR西日本山崎正夫社長は28日の定例記者会見で、一部建設中の九州新幹線長崎ルート山陽新幹線の直通運転の可能性を問われ、「技術的に困難」との見解を示した。
 山崎氏は「長崎ルートを走るフリーゲージ車両は、高速化と軽量化の両立が難しい。輸送密度の高い山陽新幹線にほかより遅い車両を走らせるのはダイヤ編成上厳しい。車両が重いと、レールを傷める懸念もある」と話した。
 長崎ルートの新鳥栖―長崎は、鹿児島ルートの博多―新鳥栖など通常の新幹線よりレール幅が狭い。JR九州は、レール幅の異なる線路を走るため開発が進められているフリーゲージ車両を投入し、博多―新鳥栖―長崎を直通で走らせる意向だ。
新幹線、山陽と長崎「直通困難」 会見でJR西社長(朝日新聞11/28)

と、長崎・佐賀のみならず、新幹線が在来線に乗り入れてやってくることを待ち望んでいた大分や四国4県、山陰などの関係者が涙目になるような発言がJR西日本社長から飛び出しているのだけど、それはまた別の話*1
(続く 次回はなし崩しにされてきた整備新幹線と並行在来線を巡る政治決着(後編) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月)

*1:フリーゲージトレインとは、「http://rail.hobidas.com/blog/natori/archives/2007/05/post_541.html」のような電車。レール幅1435mmの新幹線の線路と1067mmの在来線の線路を直通できる......という夢のような列車。すでにスペインなどで実現しているのだけど、上の記事のように高速化や軽量化、台車の設計、在来線での曲線通過、1両あたりのコスト.....など問題が山積。当事者であるJR西日本の社長から「技術的に困難」と言われてしまうと、もうなんとも言いようがない