「鉄道の将来を案じる政治学者原武史さん(48)」を案じる。
昨日(2011.4.19)の朝日新聞のオピニオン記事に、「鉄道の将来を案じる政治学者原武史さん(48)」の談話が載っていた。5段半面使っているからかなり大きい扱いだ。
内容は、震災で復旧しつつある東北地方の鉄道の話。
タイトルは、「新幹線優先の復旧でいいのか」「記憶と深く結びつくローカル線をまず走らせて日常を回復せよ」。
また「思想」と言い訳した妙なポジショントークが始まる予感がするのですが……
「新幹線優先の復旧でいいのか」と在来線の意義を強調する話に無茶がある
冒頭、原は新幹線の部分復旧を受けて、
東北の鉄道全体が回復したかのような空気が生まれ、ローカル線が切り捨てられることを危惧します
とする。
国や東北の自治体やJR東日本に、そんな空気があるのかどうか。僕は知らない。そうした「空気」を作るのって、実務担当者ではなくマスコミや評論家たちだ(そして、見えない空気と闘い続ける)と思うのだけど、まあそれはそれでいい。
彼は、その後、こう続ける
新幹線は、日常性から切り離された乗り物です。東北で毎日乗る人はまずいない
と断言し、新幹線を復旧したとしても「被災地の日常は回復しません」とする。
えっ、東北新幹線を通勤通学で使う人ってそれなりにいるじゃないの。出張とか通院とかでも。車内で観察していれば分かることなのに……という指摘はあるけど、そうした日常風景は彼の目には入らないのかもしれない。
その後、「東北新幹線が全通すれば、被災地の復興に大きく貢献するのではないですか」との記者の質問に、新幹線ができて内陸部とその他との格差が目立ったとか、新幹線は物資輸送に不向きとか、そうした説明になってしまう。
これも、事実確認をしてみよう。
まず、秋田新幹線(田沢湖線)が盛岡〜秋田間で運転を再開したのは3月18日になる。一方、原が紹介した横浜根岸〜青森〜盛岡間の貨物列車が走り始めたのは……朝日のHPの記事「被災地へ石油を運べ JR貨物奮闘」、やはり同じ3月18日でした。田沢湖線に貨物が通れたとしても運転再開の日時は変わらない。
じゃあ、
- 新幹線は旅客輸送に特化→物資輸送に不向き
- 在来線は、災害時の貨物輸送のインフラとしても非常に重要
という点は、どうなのか。
ちょうど30年前の貨物時刻表が目の前にあったので調べてみると、実は、田沢湖線(秋田新幹線)って、1980年段階ですでに盛岡〜田沢湖間で定期貨物の運転をしていなかったんですね。JR貨物としても運転実績がない。
つまり、「在来線が新幹線よりも重要だ」という側面を強調する事例として、JR貨物の盛岡への石油輸送の話を持ち出すのはかなり無茶がある。
東北の人にとって、鉄道は精神的なものに深く結びついているんです
最近はネットのお陰で公式情報を様々な形で閲覧できるようになった。JR東日本のHPでプレスリリースを読めば最新の復旧情報は記載されている。あるいはそれを素のままで提供してくれる「レイルマガジン」編集長のブログなんかもある(たとえば、東北新幹線と在来線の最新復旧状況。)。
それを閲覧すると、東北新幹線の被害状況と三陸各線のダメージが根本的に違うことがわかる。内陸部を走る東北新幹線*1を優先して復旧することは、経済性はさておいても、被害状況からしてもそうなるだろう。というか、テレビのニュース映像を見ていたら、三陸沿岸の鉄道が走る街そのものが何とも言えない状態になっていることを目にする。鉄道復興以前の話である。
むしろ似たような場所を走っている東北本線の方がむしろ復旧が早かった。あれも今では関西本線などと同じ「偉大なるローカル線」(by宮脇俊三)となっている。「記憶と深く結びつくローカル線をまず走らせて」という点では、原の主張通りになっているのではないか。
ここらで、あれ?
と思い始めるのだけど、その後も原の「思想」は飛躍していく。
- 三陸鉄道北リアス線の一部を震災5日後に運転再開
- 高千穂鉄道のときはそういう発想がなかった
- (原爆後の広島の路面電車の話を持ち出し)「(東北の人は)非常時に鉄道が動くことの大切さをわかっていたからだと思います」
- 一部の第三セクターは転換されてから路線を延伸させている*2
- 宮脇俊三「時刻表2万キロ」で紹介された気仙沼線開業日の盛り上がり
を紹介し、
東北はもともと、九州や北海道に比べ、鉄道に対する思いが強いんです
東北の人にとって、鉄道は精神的なものに深く結びついているんです
ってやってしまう。もちろん九州や北海道との比較的考察、東北独自の精神性についての分析はない。上野行きの集団就職列車と東北の人の記憶を結びつけて語っているが、再開見通しの立たない三陸沿岸のローカル線と直接の関係はもちろんない。
そして、
1200カ所のの被害を受けた東北新幹線を4月中に全面復旧させる馬力がJR東日本にあるなら、ローカル線を復旧させられないわけはない。現に三陸鉄道は震災5日後に走らせていました
としめくくる。
もう、最後になると根性論なのか。
「新幹線なんかよりローカル線の方が地元では大切なんだぜ」という結論ありきのコメント
と、原武史の発言と事実関係とを付き合わせるだけで、いくつも矛盾というか無理が生じてくる。
僕としては、現在、三陸沿岸付近で街ぐるみの移転とかが議論され始めていることに関心がある。理念と現実と当事者と時間と費用との調整の過程で多大な困難が生じることが予想されるが、その行程がどうなっていくのか興味はある。
当然ながら、短期的な復旧工事で運転再開できる路線、そして中期的に街の復興とあわせてゼロから作り上げる必要がある路線とでは対応の仕方が違う。
そうした復興のデザイン図の中に「鉄道」という存在があるのかどうかは、当事者たちが決めていくことになる。誰が費用負担するのか、というのが最大の課題だ。政治的には、鉄道復興に対する道筋と資金援助のフレームワークを国交省が早急に決めるべきだ、ということになる。
ここであえて私は、
- 復興の優先度や経済性を考えると、どちらを先んじるべきか
- 人の流れの動脈となっているのはどちらなのか
- 車が運転できない高齢者にとって鉄道は必要と言うけど、実際、鉄道より車の利用が多いのでは
- 経営的には東北新幹線の方が大切なんだから
ということには言及しなかった。それはそうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。語り手の立場一つでいろんな考え方はある。
「記憶と深く結びつくローカル線をまず走らせて日常を回復せよ」とする原の意見も否定するつもりはない。現実的な話ではないが、彼独自の鉄道に対する世界観や理念やメタ的な語り口もあり得るとは思う。
ただ、実証の裏付けがなく、東北の人たちの鉄道への「思いが強い」「精神的なもの」って「思想」いや「直感」だけで突破してしまうのってどうなんだろう。というか論理の根幹の所の事実関係があっていない。そう批判されても、「だから枝葉末節にこだわる鉄道マニアは嫌い」と切断するんだろうな。やれやれ。
あと、「ローカル線廃止の危惧」というストーリーから外れる報道をスルーするのはどうなんだろう。すでに4月5日の段階で、JR東日本社長は記者会見で「東日本大震災で津波の被害を受けた八戸、山田、大船渡、気仙沼、石巻、仙石、常磐の在来線7線区について、地元自治体や国と協議し、すべて復活させる方針」(毎日)を明らかにしている。「地元自治体や国と協議し」と予防線を張っているのは確かなんだけど、そこに触れないで存廃論議をすることには無理がある。
談話取材だと割り引いても、論理と実証性が欠如しているのは否定できない。
「新幹線なんかよりローカル線の方が地元では大切なんだぜ」という結論ありきでコメントしているんで、事実関係と辻褄があわなくなった。政治学者としてかなり脇が甘いのではないか。
そして、シンボル操作をするがために、なにかを否定し、なにかを必要以上に持ち上げるという行為もあまり褒められた物ではない。
十数年前に話題となった「『民都』大阪対『帝都』東京」という作品を読んだときも、資料と話題の選択にかなり恣意的な物を感じた。自分の作り上げた「思想としての関西私鉄」に固執するあまり、ストーリーから外れる事象は黙殺されている。阪急梅田駅の最初の高架ホームって仮施設じゃなかったのか、ってのも一つ。彼がネタ元にしている「大阪朝日新聞」縮刷版を読めば、市民の電鉄会社に対する冷ややかな視線ってある程度わかるはず。それに、高架化問題で主体的な役割を果たした大阪市役所や都市計画などの重要な切り口がなぜか無視されてしまっている。それとも大正デモクラシーや地方自治や政党政治ってのは取るに足らないということか。
それと、同時期に話題となった神戸線の三宮乗り入れ問題はどうか。「都市計画のため地下線にしてくれ」って神戸市政の主張を無視して、強引に高架線で敷設してしまったんだよね。神戸市の視点からすると、帝都にある鉄道省と財閥が結託して民意を無視したってことにもなる。「民都」vs「帝都」という構造と逆の話もできてしまう。
政治思想史って、資料や事実の選択に恣意的な判断が混じっても他人からは追求されないのかなあ。ああ、そういえば「大正天皇」に関しては本物の学者からの批判があったような。
「民都」VS「帝都」って誰にでもわかる対立構造にするから確かに文章は読みやすいのだけど、歴史ってそんなに単純なものなんだろうか。だから評価されるというのは分かるのだけど、近代史や鉄道史好きとしては複雑な気持ちもある。最近は宮脇俊三の後継者と自認している書きぶりが目立つけど、そこらの言動が甘いんだよなあ。「『民都』」は時間があるときにきちんと指摘しておきたいなあとか思ったのだけど、それはまた別の話。
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