「鉄道むすめ」と「萌え」で誘客活動をしている三陸鉄道の不思議。
三陸鉄道開業25周年記念 秋のさんてつ祭りを「ありすのバースデイパーティー 〜三鉄の掘り出しもの&鉄道むすめ&久慈の旨いもの トリプル嬉しい“さんてつ祭り”〜」をテーマとして開催します。
秋のさんてつ祭りのお知らせと前夜祭列車の募集開始
というイベントがあるらしい。それに関連して行われるパネルディスカッション「全国鉄道むすめサミット カワイイが地方を救う 〜カワイイもの・ことを地方から発信しよう」にパネラーとして参加される伊藤剛さんの日記経由で知った。
「三鉄の本来の利用者とも、旅行好きとも、鉄道マニアとも無縁の明後日に向いた企画をやるんだ……」と思っていたら、「コメンテーター 岩手県知事 達増拓也氏」という文字に驚いた。
三陸鉄道は、去年ぐらいから、トミーテック(トミー系)が展開しているフィギュア「鉄道むすめ」のキャラ「久慈ありす」(三陸鉄道社員という設定)を使ったイベントを展開している。
でも、岩手県知事を招いてパネルディスカッションをやるということは、「域外からの観光誘客支援」を前提とした「地域公共交通活性化」のための施策(後述)のつもりなんだよね。なんか、カネの使い道を間違えていないか? 三陸鉄道、いや岩手県庁。
三陸鉄道と地元は他地域からの観光客誘致に力を入れたいらしい
三陸鉄道。豆知識。
- 陸路が不便な三陸地方を縦断する鉄道に対する建設運動は戦前からあった
- 70年代 国鉄盛線・宮古線・久慈線として相次いで部分開業
- 1980年 国鉄の巨額の赤字が問題視される中で、日本鉄道建設公団のローカル線新線建設の予算凍結。未開通の吉浜〜釜石間、田老〜普代間の工事凍結。
- 1981年 開業区間も廃止対象に
- 1981年 岩手県などが出資する第3セクター「三陸鉄道」発足
- 1982年 建設再開
- 1984年 全線完成・国鉄線も含めて三陸鉄道として営業開始
80年代、国鉄のローカル線の多くが廃止対象となる中で、全国でも営業成績が下位の方だった盛線・宮古線・久慈線、そして未開通区間は、地元自治体出資の三陸鉄道として蘇った。国鉄ローカル線系第3セクター鉄道としては日本初の事例である(ちなみに、会社発足当時の首相は岩手県三陸地区を地盤とした鈴木善幸)。
国鉄もローカル線も救いようもない状態にあった当時、三陸海岸に面した新線を走る白と赤と青の気動車は新しい時代の到来を予感させる存在となった。事実、あちこちのマスコミや自治体、そしてもちろん鉄道マニアからも注目され、三陸鉄道に乗ろうとする観光客も大挙押し寄せてきた。開業から10年間、黒字経営が続いた。様々な点で恵まれていたとは言え、これはかなり凄いことである。
ただ、その快進撃も90年代半ばまで。1984年度に269万人だった利用者は2007年度には104万人にまで落ち込む。開業時に比較して38.5%程度の水準だ。
- 沿線の人口減(07年度沿線12市町村人口は84年度の75%)
- 最大の顧客である通学生・高校生の減少(07年度定期客は84年度の49%)
というのが、大きな要因。
08年度の収支は、経常収入4億2382万円に対し、経常支出は原油高騰による燃料高などから5億9992万円になる見通し。差し引きした経常損失1億7610万円はすべて、岩手県や関係自治体の持ち出しになる。
と、2億円近い赤字が出ている(三セク元祖、三陸鉄道25歳 赤字せんべいで奮闘朝日新聞、09年4月20日)。
これに、
- 自動車への転化
- 観光客離れ
という現象が起きる。定期客も定期外客も減っていく中で、80年代の成功体験があってか、地元市町村や岩手県庁の危機感が薄かった。
総乗客数が減少する中で、定期外乗客数はこれを上回る率で減少。開業時(S59年度)と、平成19年度を比較すると、総乗客数が61.5%の減少率であるところ、定期外乗客数は70.1%の減少。割引の少ない定期外乗客は、三陸鉄道の収入の要であり、この減少が経営に大きな影響を及ぼしている。
三陸鉄道沿線地域等公共交通活性化総合連携計画p.8
というのが、地元の現状認識らしい。
「萌え」が三陸鉄道の活性化に繋がると本気で考えているのか
で、
- 1.観光団体の推移 99年度9,271人→07年度84,033人
- 2.「地元利用の一層の増加を図るほか、近年利用が増加している観光団体など、域外からの利用促進を図る施策の検討が必要」(p.34)
- 3.三陸鉄道沿線地域等公共交通活性化総合連携計画「利用促進施策の実施及び支援」「域外からの観光誘客支援」
- 4.秋のさんてつ祭りを「ありすのバースデイパーティー 〜三鉄の掘り出しもの&鉄道むすめ&久慈の旨いもの トリプル嬉しい“さんてつ祭り”〜(2009.11.1)
というのが、その流れ。
でもねえ。上の「3」と「4」の間には越えられない壁があるんですよ。なんで「鉄道むすめ」なのか。
- 疑問その1
定期外客の逸走の原因は何かが、上で紹介した三陸鉄道沿線地域等公共交通活性化総合連携計画できちんと分析されていない点。
そもそも1984年度の「三陸鉄道ブーム」とも言える状況が異常だったわけで、観光客がわんさかとやってきたその当時の定期外客と現在とを比べること自体おかしい。
それよりも、p.27からのアンケートで「一週間に数回」「一ヶ月に数回」と回答するような地元住民の方々。たとえば出張客や病院へ通う人たちへのフォローが足りなかったのではないか。
運賃の高さや運転本数の少なさは触れないにしても、
-
- 途中の各駅が最寄り集落より離れていて使いづらい
- ホームが築堤や高架上にあってバリアフリー対策とは程遠い状態
とか、現地へ旅した人なら誰もが気付く問題があるはず*1。
「将来に渡る「安定的な経営」を確保することが必要」ならば、なおさら即効性かつ安定性のある地元住民の利用を促進すべきではないか。
一番肝心な「三陸鉄道の将来に渡る持続的運営」に繋がる施策が、この計画書では何も見えてこない。
- 疑問その2
「鉄道むすめ」が本当に誘客効果があるのかどうかという点。そもそも、この「鉄道むすめ」がどれくらいの支持を集めているのか。僕にはよく分からない。
鉄道とアニメとフィギュアは好きだし、イラスト絵はかなり守備範囲だったんで、一応、第1弾が出たときに箱買いはしたのだけど、モノの出来があまり気に入らなかったんでそれ以降は手を出していない。
第8弾まで出ているんでそれなりの支持はあるんだろうけど、幅広い鉄道マニアの支持を受けているような感触は僕にはない。鉄道趣味誌・鉄道模型誌を年に数回購読する層が50万人規模でいるとしたら、その1%、5000人というところか。でも、その中でわざわざ三陸まで「ありすのバースデイパーティー」へ足を運ぶ人が何人いることやら。地下アイドル的な関心を集めたとしても、それを公的な機関が支援してまでやることなのか。物販としては効果はあるかもしれないけど、そうした展開でどれだけ利益が出るのか。僕には理解できない。
そもそも「鉄道むすめ」という企画自体、そこまでの期待を購買層に求めていなかった。三陸鉄道に関連する「久慈駅」と「リアス式海岸」の言葉を援用して三陸鉄道の制服をフィギュアに着せたに過ぎない。マニアの多くは、鉄道趣味的にアレを消費しきれないのだ。三陸鉄道の本来の利用者である沿線住民や、観光バスで運び込まれる観光客同様だろう。
あくまでも、「久慈ありす」は、鉄道趣味とは別なジャンルから連れてこられたキャラクターである。「彼女」は、鉄道マニアが「三陸鉄道」という会社や鉄道車両に抱いている関心の延長線上には存在しないし、広い層が共有し得る物語性にも欠けている。もっと多くの鉄道マニアの関心を集めたいなら、他にやりようはあるはず*2。
この2年ほど、「ひこにゃん」(@彦根市)と「らき☆すた」(@鷲宮町)が話題になったことで、「ゆるきゃら」とか「萌え」とかが地域活性化の「手段」として注目を浴び始めた。たくさんの自治体やグループが街おこしのために模倣しようとしている。
ただ、マニアな人やオタクな人の「興味」と「財布」にも限界はある。同じようなことをしても彼らの琴線に触れるかどうかは神のみぞ知る。そうした偶然性に過度の期待を寄せるというのは妙な気がする。というか、戦略すら見いだせていないケースがほとんどじゃないのかな。地域おこしの「手段」だったのが、完全に「目的」と化している。
ここ数年、苦しい経営を強いられている地方鉄道は、鉄道マニアの「購買力」に強い関心を持つようになった。いろいろと物販をしてくれたり、イベントをしていただけるのは非常に有り難い。「秋田内陸縦貫鉄道を存続してもいいのか秋田県? - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で紹介した秋田内陸鉄道のように、経営改善策として露骨に鉄道マニアへ期待してくれるところもある。
でも、そうした裏技でその鉄道が救われることはありえない。奇抜なことをすれば、一時的に注目を浴びるかもしれないが、それは一過性のモノに過ぎない。
ヨソから観光客を集めて活性化に繋げよう……という、ローカル鉄道とそれを取り巻く自治体の動きを見るたびに、もう少し地道な需要の掘り起こしをすべきじゃないか、といつも感じている。まあ、現実を直視すれば過疎地の鉄道を存続させる手法も意義もだんだん見えなくなってくる。「地域交通の活性化をするつもりなら補助金をあげるよ」「やる気のある鉄道と自治体限定でね」……ということを謳った「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律」。これって、ある意味、残酷なことをしているなあ……と思ったりもするのだけど、それはまた別の話。
追記
コメ欄で以下のように書きました。
地域おこしの切り札として「ゆるキャラ」や「萌え」への期待が高まるのは理解できますが、あれって、何かの仕掛けをしたから成功した.....というものではないですよね。
「ひこにゃん」の造形が魅力的だから人が集まった。「らき☆すた」のマニアたちが、大好きな物語やキャラクターを補完するため鷲宮町を訪れた。
イベントをしたから盛り上がったのではなく、その前提となる様々な出来事がそこにあったのです。「萌え」だけではダメなんです。
「観光の目玉」とするには、ヨソから持ってきた画像では大きな話題を期待できないのでは。「萌え」の「地域交通おこし」が手段ではなく目的となっているのでは。三陸鉄道が目指す方向はいったいなんなのか。その疑問点をベースにエントリーを書いてみたんです。
これは三陸鉄道だけに限らず、地域おこしをやっている自治体やグループの共通の課題だと僕は思っています。
と、思ったことの続きは「参加者が伸び悩んだ会津鉄道「あいづコストレ」と地域活性化への「努力」 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」。
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