「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」(別冊太陽編集部)を斜めに読みました。

 今日も「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」についての感想です。前回は、ここ→2006-12-25 「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」(別冊太陽編集部)を生暖かく読みました。

 宮脇俊三の本を好きな人間なら、JTB『旅』「特集 宮脇俊三の世界」2000年9月号、あるいはそれを復刊した『宮脇俊三の旅』2003年8月号臨時増刊、どちらかを持っているわけです。増刊の方でも定価1000円とそんなに高くなかった本だし、版元の知名度が高いから有名書店なら平積みもしていた。買い逃した人は少ないでしょう。
 まあ、先行する類似の本があるならば、そして没後3年も経って刊行するならば、他社のムック本を凌駕する出来、あるいは別な視点で切り込んでいないとダメなわけです。もちろん編集部にもプレッシャーがかかるはず。なんと言っても、宮脇は中央公論社の元編集者であり、中公新書と中公文庫を創刊し、『日本の歴史』など全集物をたくさん送り込んできた人です。生半可な造りだと冷笑されるに違いない。
 でも、ご本人はもうこれを見ることはないんですよね。

「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」が目指したものがよく分からない

 目次を見てみましょう*1。書き下ろしのコンテンツは大きく分けて下の6つ。

  • 原口隆行「『時刻表昭和史』を追う」
  • 野田隆、櫻井寛、小池滋中村彰彦らによる宮脇本15作の書評?
  • 藤田良一「中央公論社時代の宮脇」
  • 櫻井寛「海外鉄道に遊ぶ」
  • 米屋浩二「夢の上高地鉄道を訪ねる」
  • 原口隆行「鉄道紀行文学の系譜」

 で、冒頭の「『時刻表昭和史』を追う」。p.25から25ページにもわたって延々と続くのです。事実上、この本のメインとして扱われています。
 ただ、この文章、『時刻表昭和史』を要約しただけという出来なんですね。宮脇が幼少時代に渋谷の原っぱで遊んでいたとか、戦時中にもかかわらず父親と黒部峡谷に遊びに行ったとか、同書を読めば書いてある内容をまとめている。そんな紹介記事が2万字を超える分量でただひたすら続いています。書き手の語り口を楽しむことに意義があるエッセイなのに、それを要約することになんの意味があるのか。
 掲載されている画像も毎日新聞社の所蔵写真をただひたすら並べただけ。p.45に「一般の通史にはない。身近で迫真の昭和史がある」とかコメントしていますが、最初から最後まで「迫真の昭和史」である由縁は語られていません。原典に書かれてある文章以外の新しい情報が皆無に等しいのです。かと言って、なにか作品理解のためのアイデアや新機軸が盛り込まれているわけでもありません。
 なぜわざわざ署名記事にして巻頭に持ってきたのか。理解に苦しみます。
 後は推して知るべしです。藤田の文章は『私の途中下車人生』と『時代を創った編集者101』(2003 新書館)の焼き直しです。櫻井って、後期の海外作品に同行したカメラマンですが、宮脇の人となりを分析した形跡はない。他人に知らしめる気持ちもないらしい。先人に対する尊敬も理解もない書き手もいる。「描写が楽しい」とか「ハラハラドキドキのスリルとサスペンス」とか書くのは誰でも出来る。それをなぜ楽しいのか、なぜハラハラするのかを説明するのがプロの仕事でしょうが。5000字以上のスペースをもらっておきながら、なにも独自の視点を展開できていないというのも情けない。
 結局、「鉄道に魅せられた旅人 宮脇俊三」って、なんのために発刊されたのか。最後までよく分かりませんでした。
 対象となっているのは、宮脇を知らない人間なのか、5冊ぐらい読んだ人間なのか、あるいはヘビーな読者なのか。よく分かりません。紋切り型の感想が多いから作品理解を深めるのに役に立つとは思えない。かといって、鉄道旅行を追体験する本としても不完全な出来です。資料的価値があるかというと、そういうわけでもない。
 

汗をかかず、金を投資せず、時間をかけていない編集部

 一番安直なのは巻末の「自筆年譜」です。

宮脇俊三鉄道紀行全集〈第6巻〉雑纂

宮脇俊三鉄道紀行全集〈第6巻〉雑纂

 自筆年譜はもともと角川の全集6巻(1999年刊)で使われていたものであり、当初は中公から独立する1978年までの記述で終わっていた。その後、宮脇はJTB『旅』「特集 宮脇俊三の世界」2000年9月号用に2000年分まで増補を行っています。全集の発行部数は決して多くはなく、ならば少しでも読者の目に触れる機会は多くなればとの宮脇なりのサービス心だったのでしょう。これは2003年の増刊にも一部修正してそのまま使われています。
 そして、今回。全集で発表してから7年しか経っていないのに、4回目の再録です。しかも、JTBが造った年表とレイアウトがほぼ同じ。加筆部分も少ない。そこらの仁義もないのでしょうか。いや、それ以前のマナーとして、この年表の元が角川の全集と『旅』2000年9月号にあることが何も記されていない。これは如何な物なのでしょうか。
 「時刻表2万キロ」の全線完乗地図の写真も6年前に「旅」誌で見たものです。わたらせ渓谷鐵道間藤駅にも飾ってあります。遺族から借りた写真は意外と点数が少ないし、これも使い回しが多い。もっと違うものを見せてくれなきゃダメでしょう。他の部分も、カメラマンやプロダクションの資料庫に並べているような資料的な写真ばかりです。「写真提供/毎日新聞社」とか「写真提供/フォト・オリジナル」とかそんな表記ばかりってのも残念です。そこまで手抜きをするのか。あと、宮脇の文章の再録は「車窓雑感」という短いエッセイが1本のみ。『汽車との散歩』からの流用というのはさておき、なんで1本だけなのでしょうか。
 とにかく汗をかかず、金を投資せず、時間もかけずに造ったというのが丸わかりの本です。
 あえて、平凡社が発刊した意義を見つけてみるならば、別冊太陽はムック本として扱われているから5年、10年のスパンで書棚に置かれる可能性はあるということ。JTBの2冊は雑誌コードの本で今では書店で見かけることはない。「るるぶ.com」で6ページほど転載されているだけ(http://www.rurubu.com/PubList/1105/157900/02.asp)。ネットオークションか古本屋でしか手に入れることはできない状態になっています。
 まあ、発行元の事情とかいろいろあるというのは理解できます。ならば、カネがかからないところでもっと苦労をしなきゃ。それすらもやりたくないならば、「旅」の特集号をB5版からA4版に拡大して、そのまま一字一句変えずに転載すれば良かった。そっちの方がラクに出来たはずです。
 宮脇が生きていてこの本を読んだら、どんな感想を言っていたか。それを聞いてみたい気がします。「それ、案外売れるかもしれませんよ」(「特集 宮脇俊三の世界」2000年9月号巻頭言より)とは答えてくれなかったんじゃないですか。
 希代の紀行作家であり、鉄道旅行という一ジャンルを築いた人間であり、そして中央公論社の名物編集者だった宮脇俊三をお手軽に特集してしまった別冊太陽。その怖いもの知らずの蛮勇には感服します。

 ああ、地雷を踏みまくってしまいました。私が腹を立てている第3の理由もあったりするのですが、それはまた別の話。

*1:目次にA4フルカラーで4ページという贅沢な造りをしているのが凄い。中身と対照的です