鉄道整備にカネを出す自治体。無関心な自治体。
JR線の鉄道整備に関するカネと地方自治体の関係。4回シリーズの最終回になります。
1.2007-03-29JRが造る新駅の建設費を調べてみました。
2.2007-04-04「関西国電のエース」117系と国鉄型車両。
3.2007-04-05自治体がJRにカネを出すのを禁じた地方財政再建促進特別措置法第24条第2項
さて、前回と前々回のエントリーを要約すると、
- 117系は関西国電のエース。東京国電の中古ばかりまわされていた関西地区にとってその存在はまぶしかった。
- 関西には新車がたくさん投入されるようになったが、「地方への中古車両の玉突き転属」という図式は今でも残っている。
- 国鉄型車両しか走っていない路線のリストを造ってみると、広島・岡山・山口県の山陽側、そして兵庫県但馬地区ばかり。
- そんな関西地区優先施策を取るJR西日本の姿勢に対して、二通りの考え方がある。「1.JRは公共交通機関だから、赤字であっても地方を軽視する態度は許されない。地方にもある程度は新車を入れるべきだ。」「2.JRは民間企業だから、黒字を確保できる分野に集中投資するのは当然だ。地方に新車を入れないというのも致し方ない。 」
- 自治体がJRに寄付金等で支援できればいいが、地方財政再建促進特別措置法第24条第2項があって直接に寄付を行うことはできない(2001年の総務省通達で適応除外となったらしい)。
と、ここで話は終わっていました。
さて、続く第3の選択肢としては、
- 「3.JRが何もしないなら、地元自治体がカネを出して高速化改良、新車投入を行う。」
という考え方があります。山陰本線の高速化によるキハ126系・キハ121系の投入がその代表例です。
自治体が整備費用の一部を負担して鉄道近代化を目指す手法
国鉄が分割民営化された後も、JRは、なかなか黒字の見込めない地方亜幹線の整備、新車投入を行ってくれません。バブル経済による開発ラッシュが続いているのに、そこから乗り遅れるのはイヤだ。財政的余裕はあるんだけど、例の地方財政再建促進特別措置法第24条第2項があってJRへ直接カネを出すことはできない。
そこで、裏技的に編み出されたのが、
という2つの方法です。
前者の考え方で設立されたのは、山形新幹線建設の際の山形ジェイアール直行特急保有株式会社(山形新幹線400系新幹線車両を所有)、JR東西線の関西高速鉄道(東西線の施設を所有)などの第3セクター鉄道会社です。
後者に関しては、1994年に完成された日豊本線高速化がさきがけとなりました。改良費24億円のうち、宮崎県が半分強を負担(他に旭化成も)しました。これに関しては、地方財政再建促進特別措置法第24条第2項に基づいて自治大臣とも協議を行ったそうです。JR西日本は、これらのスキームを積極的に活用し、大都市部や地方路線の整備に取り組みます。JR東日本やJR東海と比べて経営環境が厳しいのは事実ですが、自治体からの資金協力を得ながら高速化や電化、直流化、複線化などの大規模プロジェクトに取り組もうとしたのです。その中には、自治体が新車の製造費を負担するケースもありました。
では、JR西日本の路線で、1990年以降、自治体が費用の一部を負担して、高速化・電化・複線化などの整備を行ったケースを見ていきましょう。
自治体 | 完成年 | 路線名 | 区間 | 事業 | 投入新車 | |
---|---|---|---|---|---|---|
長浜市 | 1991 | 北陸本線 | 田村〜長浜 | 直流化(7億円) | 221系(JR) | |
石川県 | 1991 | 七尾線 | 津幡〜和倉温泉 | 直流電化 | 681系(JR) | |
岡山県 | 1996 | 津山線 | 全線 | 高速化(20億円) | キハ120<10両8億円> | |
京都府 | 1996 | 山陰本線 | 園部〜福知山 | 電化・高速化(123億円) | × | |
和歌山県 | 1997 | 紀勢本線 | 和歌山〜新宮 | 高速化(78億円) | 283系<18両40億円> | |
兵庫県 | 1997 | 福知山線 | 新三田〜篠山口 | 複線化(150億円) | 207系(JR) | |
兵庫県 | 1998 | 播但線 | 姫路〜寺前 | 直流電化(50億円) | × | |
島根県 | 2001 | 山陰本線 | 松江〜益田 | 高速化(125億円) | キハ187・キハ126<24両35億円> | |
鳥取県 | 2003 | 山陰本線 | 鳥取〜米子 | 高速化(81億円) | キハ187・キハ121・キハ126<27両36億円> | |
因美線 | 智頭〜鳥取 | |||||
境線 | 全線 | |||||
福井県 | 2003 | 小浜線 | 敦賀〜東舞鶴 | 直流電化(101億円) | 125系(JR) | |
兵庫県 | 2004 | 加古川線 | 加古川〜谷川 | 直流電化(60億円) | 125系(JR) | |
福井県・ | 2006 | 北陸本線 | 長浜〜敦賀 | 直流電化(162億円) | 125系・521系<16両32億円> | |
滋賀県 | 湖西線 | 永原〜近江塩津 |
※「自治体」は主に出資した自治体を、「事業」の括弧中の金額は事業費を指す。また、「投入新車」の括弧内の数字は、地元から無利子融資等の援助を受けて投入された車両の両数と金額。(JR)はJRが自己負担して製造した車両。
JRと自治体などの負担比率はケースによって違いますが、鳥取〜米子間の高速化だと、設備費45億円のうち、35億円が地元負担、10億円がJR負担。また、車両費36億円は自治体からJRへ無利子融資という形式がとられてます。他のプロジェクトを見ても、だいたい設備費の3割程度をJR西日本が、残り7割を自治体など地元が自己負担しているようです。福知山線の篠山口複線化だと、建設費150億円のうち、60億円を地元各自治体から無利子融資を受けている。また、電化の場合だと、地元の負担率が高いようです。その場合、新規投入された車両に関しては、一応、JRが自己負担している模様です(加古川線・小浜線の125系など)。
鉄道整備に地元負担を強いているJR西日本。自力でやったのって、国鉄時代の約束を引き継いだ1988年の関西本線加茂電化、1989年片町線電化ぐらいでしょうか。正直、日本の三大鉄道会社の一つなのにセコいなあ...と思わなくもないのですが、ここまで方針が徹底されていると、お見事と言うしかありません。
私自身、鉄道線の設備改良に対して「ある程度、地方自治体も資金を出すべきではないか」と考えています。ただ、立体交差化(高架化)事業、あるいは大都市鉄道の整備なんかだといろいろ国からの補助がありますが、地方部の幹線、亜幹線、あるいはローカル線を改良・整備するためのスキームや国からの補助制度はいまだに確立されていません。幹線鉄道等活性化事業費補助、あるいは地域公共交通の活性化・再生法案なんてのもありますが、補助金の金額なども含めてまだまだ施策を検討する余地あるのではとも思います。
鉄道整備に対する投資に無関心な県
ところで、上記リストを作っていて気になったことが一つあります。JR西日本のエリアには計14府県(路線距離の短い県を除く)があるのですが、この20年間、JRの高速化・電化・複線化などの鉄道整備に対して全く何もしなかった府県がいくつかあるんです。このうち、大阪府は関西高速鉄道や大阪外環状鉄道に、富山県も北陸新幹線に投資していることから除外するとして、残るは3県。
です。
なるほど......先に書いた国鉄型車両がたくさん走っている路線と重なっています。奈良県はまだ大阪の通勤圏として221系が乗り入れてきますが(それでも103系とか105系が多いのだけど....)、広島県と山口県は最重要幹線である山陽本線の改善が手つかずのままです。
もちろん、これらの県も総合計画(自治体が将来あるべき姿に向かって取るべき基本的方針、施策の方向を定めた計画)、あるいは総合交通計画などの構想を策定し、鉄道整備に取り組む姿勢を示してはいるんです。
たとえば、1999年に策定された広島県総合交通計画を読むと、
2008年度目標
2028年度目標
- 呉線(呉〜三原)・JR福塩線(福山〜府中)・芸備線・木次線の高規格化・高速化
- 山陽本線の新快速導入
- 「ひろしま・アーバンネットワーク」の形成
- 高性能振子車両の導入による陰陽連絡鉄道の整備について検討
- 未電化区間の電化や軌道改良による路線の整備
- 軌間可変電車(フリーゲージトレイン),電気式ディーゼル車等の導入の検討
- 路面電車のLRT化とJR在来線との相互乗り入れ
と様々な事業目標が掲げられています。
でも、これはしょせん基本構想です。勝手に理想像を描いて妄想するだけなら鉄道マニアでもできます。自治体ならば、夢を実現に移すための施策を考えねばならない。それらの構想を具体化し、実行させるための基本計画・実施計画が必要なのですが......そこらの肝心なところは何も書いていない。議員さんや各市町村からの御意見をそのまま並べただけで、県庁は本気で実現するつもりはないのかな......
ちなみに、広島県は2006年に広島県総合計画元気挑戦プランを作成しているのですが、そこに記されている鉄道プロジェクトは広島空港への鉄道アクセス構想だけ。道路や空港整備ばかり注目していて、鉄道なんてどうでもいいのかな。
また、山口県は、1998年に策定したやまぐち未来デザイン21の中で、「『のぞみ』の県内停車」「関門シティ電車の実現」「山陰本線の電化」「山口線や宇部線の機能向上」、あるいは「山陰新幹線の整備計画線への格上げ」「リニア鉄道の西日本地域への早期建設」なんてのを盛り込んでいたのですが、実現したのは「のぞみ」新山口駅停車だけです*1。また、2006年に「やまぐち未来デザイン21」第五次実行計画を作っていますが、「交流活力創造夢戦略」という項目を見ても高規格道路の整備や岩国基地の民間航空就航の話ばっかりで、鉄道やバスの話は皆無でした。
結局、地方の鉄道路線をどうやってより良いものにしていくのか。それは鉄道事業者が全ての責任を被るのではなく、沿線の自治体や首長、議員、住民も一緒に考えていかねばならない。そして、鉄道整備を行う=カネを出すことを他人任せにせず、一定程度、自分たちも責任を負わねばならない。そして、政府もそうした施策を助けるための処置をすべきだ...
......なんて、学者さんや官僚さんたちが20年以上前から「総合交通政策を確立すべきだ」なんていっていたのと同種の結論しかコメントできません。実りある結論にならず、すみません。あれ、最初は太子堂駅を訪問するとか、117系が懐かしいとかいう趣味話だったのに、なぜここまで脱線したのだろう......とも思うのですが、それはまた別の話。