国鉄分割民営化の時の鉄道マニアを想う

 旧国鉄→JRと引き継がれてきた労使問題に絡むあれこれは、鉄道マニアにとって、アンタッチャブルな存在であり続けた。
 国鉄の経営危機、そして分割民営化問題が世情を賑わし始めたのは80年代になってからのことである。70年代には国鉄の各労働組合に対するシンパシーが国民の中にも少なからずあったと思われるが、スト権ストや順法闘争、あるいは背後にある団体の存在がマイナスに働き、次第に彼らへの反発の声が高まってくる。"たるみ国鉄追求キャンペーン"なんかの影響もあっただろう。日本国有鉄道総裁だった高木文雄が1983年に、続く仁杉巌も1985年に相次いでその座を追われたことで潮目は変わってしまった。

国鉄分割民営化問題に関心を示した一部のマニアたち

 20年経った今からすれば「分割民営化は正しかったんだ」なんてコメントもできるだろう。あるいは20兆円を超える長期債務が現在においても返済できていない点、切り捨てられたヒトやモノに対する配慮のなさを指して失敗だったとも指弾できよう。でも、あの当時、政府の人間も国鉄幹部も各組合も国民も、その先行きがどうなるのか誰もイメージできていなかった。なにか成り行き任せで物事が全て決まっていったような気もする。
 こうした国鉄を取り巻く激動の流れに対して、鉄道趣味人たちは黙殺を続ける。労組側の立場から国鉄分割民営化反対の論陣を張った書籍はたくさん出たがそのほとんどは"そっちの方面のヒト"によるものだった。種村直樹が「鉄道ジャーナル」のレイルウェイレビューで国労の大会に参加したことを書いたのと、松尾定行が労組ベッタリの本を出したのが目立ったぐらいで、同誌を含めた趣味誌はその課題や問題点について何も言及していない。そりゃあそうだろう。取材対象の気分を害するようなことを書けるはずもない。
 正直、こちらとしては前近代的な遺物の象徴とも言えた国鉄のローカル線に乗って旅を楽しんだり、古めかしい車両を撮りに行くことが目的であっただけで、なにか高邁な理念や期待を抱いて国鉄を利用していたわけではない。当事者でもないのにややこしい事情に首を突っこむのはヤボだ。
 当時のここらの気分については、

「発想が、私などの鉄道ファンや鉄道利用者とは次元を異にするのである。納税者(国民)と受益者(国鉄利用者)とのちがいと言える」

汽車との散歩

汽車との散歩

と言い切ってくれた、宮脇俊三「鉄道ファンの言い分」(「汽車との散歩」所載)が参考になる。
 一方で、ごくわずか、たぶん消費税と同じ5%ぐらいだと思うけど、国鉄問題に積極的関心を示すマニアもいた。「国民の足、そして労働者の権利を守るためにも国鉄を分割民営化してはならない!」というのがその大まかな主張。国鉄の各労組の大会に参加したり、反対派の本を読んだり、ついには某極左系の団体にも手を出したりして、彼らなりの"独自の戦い"を展開していった。先ほど、種村の友の会の機関誌をパラパラ見ていたら、「分割民営化阻止」の署名を求める会員からの投書があったり、民営化に難色を示す種村についていけないと退会する会員がいたりして、ご本尊が苦言を呈している記事を見つけた。かく言う私も、中学生の時、塾の帰りに中之島公園へ立ち寄って集会を見物し、あの伝説の"国労ラーメン"を山ほど買ってきたりもした*1
 どこまで真剣にそうしたことを考えていたのか、個別の事情は知らない。当時、宮脇や種村の影響でローカル線ブームが若い層で流行っていた。また「ジャーナル」誌の"社会派路線"に刺激されて鉄道経営なんかに関心を持つ連中も少なくなかった。「自分たちの愛するローカル線(あるいは旧型車両)が淘汰されていくのはイヤだ」→「その根源は国鉄解体論にあり。なんとしても現在の組織を維持せねばならない」......なんて構図が一部のマニアの中に渦巻いていたのだろうと思う。なんとなく、最近の"ネット右翼"と呼ばれる人たちの思考回路と似通っているような気がしないわけでもないのだけど、それはまた別の話。
 1987年4月にJRが発足して、バブル景気もあって好業績を記録し始めると、誰もが旧国鉄系労組のことを忘れてしまう。代わりに彼らが辿り着いたのが、通勤電車とかその類についての"鉄道評論"の世界。そう。現在の川島系マニア(アンチも含む)の起源はここにあったわけだ。そして、マニアたちは、「鉄道会社が経営判断して行う施策に対し、必要以上に反対してみせるのは無意味だ」ということを学習した。この手の話には極力触れないでおこう......というオトナの態度を見せるようになった。だから、原武史が「鉄道ひとつばなし 2 (講談社現代新書)」p.245で「JR四社のなおざりな姿勢こそが、厳しく問われなければならない。」、「連帯して抗議の表明をするべきである。」なんてオバカなコメントしているのを見ても、苦笑いしかできないのである。

短いコメント

 前段が長すぎた。
 本日、西岡研介の「マングローブ テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」(講談社)を読了。

マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実

マングローブ―テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実

 「週刊現代」で行われていた連載は断片的に読んでいたけど、2006年6月から半年にわたって続いていたため忘れているエピソードも多かった。それが一冊にまとまったためようやく全体像が理解できました。興味深かったです。内容的には過去に様々なメディアで報じられていたことの延長線上であり、目新しいものはない。それは、p.344の「ときわクラブ」という大手紙鉄道担当の記者クラブに在籍するベテラン記者の言うとおりです。少々時代がかった古めかしいネタだったからか、筆者の意気込みの割には話題を呼ばなかったような気もします。キーワードで検索してみても、関係者以外で本連載についてコメントしているブログやHP、掲示板は意外に少ない。でも、関係する諸問題が多面的かつ丁寧に調べられてあるし、問題があるとされる関係者に対する突撃取材も一応、試みられている。なにより超メジャー出版社の週刊誌での連載というのが強みである。
 この西岡という著者、どこかで聞いた名前だと思っていたら、もと「噂の真相」の名物記者だった方なんですね。「則定衛東京高検検事長の女性スキャンダル」とか「森喜朗首相の買春検挙歴報道」とかを担当した方だったと。だからなのか情報ソースが公安関係者筋からのものが多いんですよね。あるいは、パージされて当該労組から離れた対立グループの人間とか。「対向電車からのパッシング」とか衝撃的な話もありますが、内部からの告発がJRの現役最高幹部"A氏"だけというのがちょいと寂しい。せめて国鉄時代のしがらみからは自由な"はず"の現場の若手の声なんかを拾っていくと、深みの出るエピソードが出てきたかもしれない。そこらがこの本の物足りないところですね。いろいろ取材が難しかったというのは本文を読んでいると十二分に理解できますが…… 彼のスタンスには賛否あろうと思いますが、とりあえず"買い"だと思います。さっきJR東日本のHPを見たら、6月22日金曜日、すなわち明日、東京ホテルニューオータニ定時株主総会が行われるとか。もしかしたら注目の一日になるのかもしれません。
 この本に絡んでの動きを下にまとめておきます。検索エンジン一つで対立するグループの意見が等価値になってしまう。その是非を判断するのは観客次第。ネットの威力って凄いもんです。

講談社のHPの紹介記事
テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実※労組関係者による記事のまとめ
JR連合政策News 69号「JRへの革マル派浸透と安全問題で講演受ける」
JR東日本はテロリストに乗っ取られたのか 反権力闘争の総会屋の顔
「週刊現代」の中吊り広告 JR東日本が拒否
JR東労組を良くする会
佐藤委員長の詫び状を撤回しその困難を乗り越える闘いへ
全日本鉄道労働組合総連合会・東日本旅客鉄道労働組合「「週刊現代」提訴にあたって」
えん罪JR浦和電車区事件を支援する会鈴木宗男とのコンビで話題となった外務省佐藤優の激励コメントあり。ジャーナリスト・西岡研介氏講演を聞いても参照。
JR総連「えん罪JR浦和電車区事件」
警察庁よ、守秘義務違反の 南 隆(公安一課長)をこのまま放っといていいのか

*1:関西人にはあまり馴染みのなかった、とんこつ味。我が家の人間の舌には全くあわず、買ってきた私が全責任を持って食べねばならなかった。その影響で、とんこつラーメンは大の苦手です。今でも、こくろうラーメンとして販売しているようですが、僕が20数年前に食べたのとは別物か……