団塊世代の大量退職で浮き彫りとなる第3セクター鉄道の人手不足

katamachi2010-12-01

 JR九州(福岡市)は4日、肥薩おれんじ鉄道八代市)に対する社員出向の人員支援に関し、2014年度以降継続させることが難しいとの意向を明らかにした。これに対し、社員の4割強をJR九州の出向者に頼るおれんじ鉄道では「支援がなければ運行できなくなる」とし、県とともに支援継続を求める考え。
おれんじ鉄道への人員支援「継続難しい」とJR熊本日日新聞2010年11月05日

  • 2004年(九州新幹線部分開業→肥薩おれんじ鉄道開業前)に、JR九州と県などは、JRが10年間、人員派遣や出向者の給与負担などの支援をするとの協定を締結
  • おれんじ鉄道社員103人(うち、JR出向者46人、60歳以上の同社OB43人)
  • JR九州は社員出向は2014年度以降難しいと回答

という事情らしい。
 熊本県のローカル紙に載った小さな記事なんだけど、事態は深刻だ。

オレンジ鉄道社員103人のうち46人がJR九州からの出向

 西日本新聞の「肥薩おれんじ JR九州、14年以降の要員派遣難色」によると

  • 現在はJRからの転籍者43人、出向者46人で、肥薩おれんじの全社員の86%を占める。転籍者の人件費は肥薩おれんじが負担。出向者の人件費は、両社で分担
  • JR九州は、肥薩おれんじに運転士の早期の自社採用を促しており、11年目以降は要員支援を徐々に減らす方針

とある。
 60歳以上の同社OB=転籍者は残ってくれると"期待"しても、46人の出向者を肥薩おれんじ鉄道に留める無理をJR九州にお願いするのも限界がある。
 おそらくこれは鹿児島県庁側からマスコミにリリースがあって各紙が報道したんだろう。
 このニュースの続きはこれ。
初の自前運転士 肥薩おれんじ鉄道 入社式開く西日本新聞2010年11月9日
 運転士候補生2人採用という記事なんだけど、「自社採用の運転士を養成するのは2004年3月の開業以来初めて」らしい。
 社員109人のうち、運転士は40人と報道する記事もあった。
 運転士、保線スタッフ、運転管理……そうした人たちは促成栽培で育成できない。
 その穴を埋めれるのはいつのことやら。

JR九州が2010年に301人も新人採用している中で出向は可能なのか

 出向者の人件費をJR九州も負担するというのは、九州新幹線→三セク分離をするために10年という期限を決めて政治決着されたという特殊事情は確かにある。
 で、人員問題はこの鉄道の特殊な話なのか……というと実はそうでもない。
 思い起こすに、国鉄の分割民営化、そして赤字ローカル線切り捨て→第3セクター鉄道の誕生という大なたが振るわれたのは80年代後半のことなんだけど、その際、常に話題となり続けたのが国鉄職員の余剰人員の問題だった。新会社に必要とされた要員は18万人で、9万人が余剰人員とされた。その問題解決を巡って様々な衝突が繰り広げられたのは記憶に新しい。
 ただ、それから20数年を経て、事情が変わりつつある。

  • 60〜70年代に大量採用された旧国鉄職員→JR社員が60歳の定年退職のタイミングを迎え、その補充にJR各社ともここ数年大量採用を続けている

という実態がある。
 JR東日本・東海・西日本の三社の動きが目立つが、三島会社の1つ、JR九州も同様だ。JR九州の採用情報をみると運輸職だけで

  • 2008年 218
  • 2009年 228名
  • 2010年(予) 250名

とある。総合職も含めれば2010年301人、2011年250人程度。関連会社などを含めれば鉄道系の新卒採用は九州島内だけでももっと多いのだろう。分割民営化当時の状況と比べるとかなり変わってきている。
 マスコミだと「団塊の世代の大量退職に備え」といった切り口の報道になるのだが、JRの場合、

  • 国鉄時代の80年代に職員の採用を停止していた関係で、団塊世代の下にあたる60年代生まれの社員が極端に少ない

という特殊事情がある。40〜50歳代のベテラン層が極端に薄くなっている。このことにまつわる様々な軋轢はいろいろとあるのだけど、それには今回は触れない。
 JRとしても、団塊世代の退職→社員の払底を予期して早め早めから増員対策をしてきたけれど、いろいろと事情はある、らしい。
 また、年金の支払いが段階的に60歳から65歳に引き上げられることに伴い、高年齢者雇用安定法が改正されたというのも大きい。これで継続雇用制度の導入などが求められているという事情もある。
 もう十数年顕著になっている若年層の就職難を見ていると、ベテランに依存するよりは若い子を雇用しろよ、とは思う。ただ、先の読めない新人よりベテランに依存したいという人事側の気持ちは分からないわけでもない。
 JR西日本だと、

  • 2006〜2011年度のみならず2012年度の退職者も再雇用
  • 定年退職日を60歳に達した翌年度の7月末日に統一

などの処置がされているという。
 JR九州だと、どうなのか。関連会社で再雇用されて......ということなのだろうか。

新人採用に悩む北近畿タンゴ鉄道三陸鉄道……

 さて。となると、大変になるのが、第3セクター鉄道の人員だ。
 80年代後半に国鉄・JRから切り離されて誕生して以来、そのスタッフは国鉄・JRのOBに頼ってきた。運転士だけでなく、保線も整備も何もかもだ。
 そして、ゼロ年代にもなると、JRのOBの確保も難しくなってきた。周囲のJR線が電化線ばかりという地域だと、気動車を運転できるOBを見つけるのは容易でない。
 当のOBとしても、60歳定年の後の人生がある。先行きの微妙な三セク鉄道よりJR、あるいは関連会社に残った方が……という計算もあるだろう。


 ここ数年、三セク鉄道各社は新人採用に躍起だ。
 以前、「特急「北近畿」に乗りながら北近畿タンゴ鉄道と「タンゴエクスプローラー」を考える - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で話題にした北近畿タンゴ鉄道は、毎年、悲惨な巨額の大赤字を出す第3セクター鉄道ではあるが、それでも新人採用を行っている。第27期事業報告(2008年度)http://ktr-tetsudo.jp/about_ktr/H20jigyouhoukoku.pdfではその理由として「大量定年に対応する若手人材育成」を掲げている。
 「「鉄道むすめ」と「萌え」で誘客活動をしている三陸鉄道の不思議。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で紹介した三陸鉄道も職員採用は久慈ありすだけではないらしい。三陸鉄道安全報告書をみていくと、2009年に新人2人が運転士に合格したらしい。今秋に限っても、ざっと検索して見つけただけでも、

を募集していた形跡がある。運転士は資格者だとなおさら良いのだろうけど、給与水準はどうなのだろう。
 三セク鉄道の給与水準ってどんなものなんだろうか。
 それをリストにした「鉄道業界の平均年収&営業収益ランキング」http://nensyu-labo.com/gyousyu_train_02.htmというサイトがあった。ここの給与であれこれ想像してみて欲しい。のと鉄道会津鉄道…… この平均年収の数字がどのような社員を対象にしているのか不明だが、地方の運輸業界会社のリアルな数字だと思う。
 そして、この数字、同規模の地方中小私鉄となんら変わらない。事業規模は縮小しながらも新人の採用は続けてきた。苦しいながらも事業を継続する意志を持っているからだ。
 その違いはなにか。やはり、第3セクター鉄道の株主の大半は自治体。自治体の考えと思惑によって人事ですら左右されかねない。

結論先送りでさらに地方ローカル私鉄の疲弊は進む

 人事面でもそうなんだけど、早く決めなければいけないことはたくさんあるのに、

  • 自治体での議論待ち→結論が出ないから、現状のまま先送り

としているだけの事例が多すぎる。
 国交省は、ここ数年、「鉄道事業再構築事業」という方針を打ち出していて、「地方自治体等、地域の支援の下で効果的な利用促進運動等を行うことにより需要の底上げを図る」鉄道に対しては「法律・予算・税制特例・地方財政措置等を含む総合的なパッケージにより支援」することを約束している。つまり、地域の支援が支援の大前提となる。やる気のある鉄道や地方のみ支援を続ける、というのだ。

  • 地域鉄道に対する国の支援制度(国交省HP)

http://www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk5_000001.html
 しかし、その地域=地方自治体の動きが鈍い。年間数千万円、数億円という財政支出に市町村も県庁も躊躇している。カネに余裕がないから、というのは分からないでもないが、コミュニティバスゼロ年代になって地域の政治バランスの上で急速に拡充していったのと好対照とも言える。
 沿線の自治体によって思惑がバラバラで方向性が見えてこないというのも大きい。残念ながら、かつて80年代のローカル線廃止の時代は県庁がその主導権を握っていたが、今はかなり及び腰になっている。
 この支援策を活かすことを決めたのは福井鉄道若桜鉄道三陸鉄道の3社のみ。
 もう今日は2010年12月。2011年度予算の策定の時期が近づいてきたが、僕がネット経由でニュースをチェックしている限り、次年度に向けていまだに鉄道存続に前向きになっているという地域の報道は出てきていない。逆に、

  • 樽見鉄道。支援は2011年度のみ「再来年度以降は未定。同鉄道は年間約1億円の支援を受けても赤字が続き、支援が打ち切られれば廃線を迫られることになる」

樽見鉄道へ支援延長 1年間、岐阜の沿線5市町中日新聞2010.11.30

  • 神戸電鉄。「赤字が続く粟生線鈴蘭台‐粟生、29・2キロ)について、2011年度中に存続か廃止かを判断する方針を固めた」「他の路線の利益などを粟生線に補てんする企業努力は、これ以上困難」

神戸電鉄・粟生線 11年度中に存廃判断へ神戸新聞2010/11/27
という報道が今週続いた。

 共に、いま、突然話題となったローカル線ではない。
 自治体としては支援のためのパッケージを早急に決めることを優先すればいいのだけど、それ以前の段階で堂々巡りをしているのが現状だ。
 延命策というか議論先送りのために、経営改善のためと称してイベントばかりしている鉄道会社もある。社長の公募も4社ほどあったか。

  • 改善すれば存続を考えてもイイと条件を出す
  • だから、関係者が増収に努力をする

という姿は、美談のようにも見えるのだけど、実態からすると、当事者である自治体が判断を先送りする材料に使われているだけだ。鉄道存続は自分たちの生活にかかわる問題だと自覚して、あとはカネを出すかどうかの話なんだけどね。運転士を資格取得費自腹という条件で公募したり、オーバースペックかつ老朽車のキハ52をわざわざ招いたりして話題となった、いすみ鉄道もそうした状況と無関係ではないのだけど、それはまた別の話。