モロッコの二階建て電車を撮っていて警備員に捕まった話。

katamachi2007-06-23

ロッコの鉄道って意外に立派なんです。

 アフリカの鉄道と言ったら、日本や欧米よりレベルの低い車両や設備しかないんじゃないか......と思われる人が多いのではないでしょうか。実際、東アフリカや南部アフリカだと、貨客とも自動車輸送に食われて列車は週に2、3本しか走っていない。運休しているところも少なくない。レールも車両も整備をしていないからガタガタ。おまけに治安も……って感じのところばかりでした。鉄道王国と思っていた南アフリカにしても、中長距離の旅客輸送は壊滅的な打撃を食らって運転本数は激減していました。
 ところが、モロッコは違います。20世紀初頭に宗主国だったフランスによって整備された鉄道路線は独立後も丁寧にメンテナンスされていき、新車の導入も積極的に行われています。1993年にはカサブランカと空港を結ぶ高速急行電車が運行されるようになりました。客車も電車も当然のように全車冷房車。コンパトーメントはそれなりにキレイに保たれていますし、クッションも柔らかで座り心地がいい。地元の中上流階層はもちろん、欧州からの個人旅行者たちも積極的に利用していました。ちなみに、機関車の主力は、日本の日立製の電気機関車です(下の写真)。機関士たちは「へたひ」と呼んでいました(詳細はここ→http://www.railfaneurope.net/list/morocco/morocco_oncfm.html)

 正直言うと、タイや中国、トルコあたりの鉄道より遙かにレベルは高い。と言うか、部分的には時速160km/hを超えて走っている区間もあったわけで、その点では日本の在来線特急をも上回っていたわけです。「鉄道ジャーナル 2007年 08月号 [雑誌]」には、マラケシュ付近で300km/h走行可能な高速新線を作っている旨の記事もありました。
 私が海外に行く目的は"鉄道の撮影"ではありません。あくまでも町歩きや観光名所を楽しみたいのです。でも、やっぱ鉄道が好きな人間の一人な訳で、せめて少しでも多くの列車に乗りたい。今回の旅で乗ったのは1200kmほど。モロッコで旅客営業している路線の8割を踏破した計算になります。

ロッコの古都フェスで観光用電車を撮影していると……

 旅の6日目にはカサブランカからアルジェリア国境に近いウジダという街まで夜行列車に乗りました。現在、同国で2系統にしか連結されていない寝台車に乗りたかったからです。でも、砂漠の真ん中にできた何の特色もない近代都市には何の用事もありません。7:00ジャストに到着したその足で改札口に向かい、7:15発の1等車の切符をフェスまで購入。「うん? 本当に今日のでいいのか。お前は何しにウジダに来たんだ」と不思議がられました。ここに来た意味は特にない。ただ乗りつぶしのためにやってきんだと説明しても永遠に理解してもらえないでしょう。
 この列車、客車は他の列車と同様、かなり小綺麗なんですが、電気機関車の次位に付いている荷物車は台枠とステップが木造なんです。おお、珍しい。嬉しそうにパチャパチャ撮っていると、機関士から「早く戻れ」とジェスチャー。発車の時刻が迫っているようです。

 そこから、砂漠とオアシスの街を車窓から眺めながら5時間ほど揺られて、定刻12:35にフェス駅に到着します(この国、ほとんどの列車が定時で走っていました)。
 ここからカサブランカマラケシュに至る582kmはモロッコ国鉄の軸となる幹線でして、全線電化され、一部で160km/h運転もなされています。この間を旅客列車が2時間間隔で行き来しているのですが、複線区間は半分ぐらいで停車駅が多いにも関わらず、表定速度は80km/h近くに達しています。
 ここは国鉄線の拠点駅になっているんで、いろんな機関車、列車が停まっています。とりあえず乗ってきた列車のディーゼル機関車が交換されるシーンを撮影。そして入換機、発車待ちの電気機関車
 一番気になるのは、1番線に停まっている電車です。オレンジ色の二階建て。まだペンキの匂いがしそうな雰囲気です。地味な塗色の客車列車と比べればその派手さは際だっています。駅でもらった冊子型の時刻表にイラストがあったので存在は知っていたのですが、そのインパクトに圧倒されました。モロッコにもこんな電車が投入されているのか……
 とりあえず、ホームに立っていた国鉄職員に「撮影していいのか?」と手振りで確認。オーケーをもらったので、撮影にとりかかりました。銘板を見ると2006年とある。去年入ったばかりなのか……(10月から投入されたとか)
 7枚ぐらい撮っていたでしょうか。なんか、変な男がこちらに近づいてくる。なにかフランス語と英語をちゃんぽんした言葉で喋りかけてくる。20歳代後半ぐらいの若い男。何を言っているんだ? 撮るなってか。外国人に因縁を付けてカネをむしり取ろうという類のヤツか。さっき、おたくの職員さんが撮ってもイイよと言っていたのに……
 まあ、いいじゃん、と。英語で説明するのですが、向こうはフランス語しか喋れない。制服を見ていると国鉄職員でも警官でも軍人でもない。でも、オレが責任者だみたいなことを言っている。こいつ、一体何者??
 でも、やたらと、しつこいんです。なんか英語とフランス語をまぜこぜにした言葉で「許可書を出せ」みたいなことを言っている。おい、なんか変だよ。さっきまで私と談笑していた職員さんに助け船を出そうと顔を向けるのですが、なぜかみんな目を背けてしまう。やばい、風向きが変わった。
 とにかく、責任者である駅長のいる部屋に向かうのだけど、あいにく不在。この分からず屋と話さねばならないのか……

フェス駅の控え室で30分の必至の交渉

 さて、途上国に行くと、この手の鉄道を撮影する是非の問題が必ず絡んできます。特に、隣国と政治的軍事的緊張がある地域では。イランとか、カメラを構えたら確実に捕まりそうな国もある。そんなわけで、一応、私は、駅構内にいる職員に確認を取ってから撮影することにしています。で、フェス駅でも、さっきの職員は快諾してくれたはずなのに。あれ?
 今ではかなりウェートが低くなってはいるものの、やはり鉄道というのは軍事輸送の要となっているのは事実でして、しかも鉄道についてある程度知識がある人間なら、様々な施設を観察することで、だいたいの輸送力を推測することができます。たとえば、機関車の牽引力、単線区間の交換設備の距離間隔、交換設備の有効長、レールの状態、勾配や曲線の状態などの情報なんかですね。ちょうど、2日前に、マラケシュの宿で半藤一利の「ノモンハンの夏 (文春文庫)」を読んでいたのですが、ノモンハン事件勃発前夜、モスクワから満州へ帰ってきたソ連在住の武官がシベリア鉄道の輸送状況を観察して、前線へ向かうソ連軍の規模が予想以上に大きいことを報告した(でも、採用されずに日本軍はボロ負けした)というエピソードがあったのを思い出しました。
 モロッコはアラブの国ではかなり治安がイイはず。軍事関係の施設を除けば撮影って自由じゃないの。てか、ガイドブックにもネットにも鉄道車両の写真はたくさん載っている。カサブランカマラケシュでは私だけじゃなくて他の観光客も撮影していたぞ。今朝、アルジェリア国境に近いウジダでも文句は言われなかったのに。
 後から考えると、例の「9.11」以降、この国も神経質になっているのかなあとは想像できます。カサブランカや首都ラバトでも小規模なテロがあったと聞きました。隣国アルジェリアは不安定だし、モロッコが実行支配している西サハラについては、国連などから独立を認めるよう勧告が出ている。最近、鉄道撮影を認めちゃならぬというお達しが中央から来たのかもしれない。現場の連中はフランクなんだけど、それをがんじがらめに実行しようとする者もいる。で、今日、この駅でその対象となったのが私。
 でも、この警備員っぽい男。なにか勘違いしているんですね。私が朝10時から2時間以上にわたって駅構内で撮影していた、と。お前の姿をズーッと私は見張っていた。観光客じゃない。これはけしからん。
 イヤ違う。オレは12:35着の列車で来たばかりだ。まだこの駅に着いて20分も経っていない。と、切符を見せると、一瞬、気まずそうな顔をする彼。ただの勘違いなのか。さっさと解放してくれよ。オレはただの観光客だ。鉄道マニアであって、撮影していたのはあくまでも趣味のためだ。貴国の鉄道は素晴らしいし、そのシステムに敬意を表している。もちろん政治的背景は何もない。
 一生懸命説明するんですが、彼も引き下がれないのですかね。ついにデジカメのメモリカードを取り上げられそうになりました。
 仕方がない。なんとか身振り手振りで交渉して、モロッコで撮った鉄道関係の写真を抹消することで妥協してもらう。もうヤケクソです。
 1枚目に彼を見せたのは......関西空港を走るウイングシャトル(新交通システム)の画像です。「それを消せ」と彼は命令するんで、「よーく見ろ。これは日本の鉄道だ。モロッコのじゃない」と言うのだけど、無表情のまま。あれ、ジョークを理解してくれないのか。残念。
 で、彼の命令通り、二階建て電車の画像を5、6枚消したときですかね。後ろから年配の国鉄職員が現れました。この人が駅長らしい。警備員はなにか状況報告をしているのですが、それを途中で遮り、私に握手を求めてきました。「ウエルカム、フェス」と。そして、にこやかに「ノープロブレム」と。これで無罪放免です。
 アラビア語で感謝の意を示した後、改札へ向かいました。そこには先ほどの警備員氏が。ニヤッとしながら「次、来たときは撮影させてくれよ」と声をかけると、こちらから目をそらしながら、許可書がどうのこうのとブツブツぼやいています。時計を見ると、13:15。こいつに捕まってから30分が経過していました。
 結局、フェスで撮った写真のうち、二階建て電車の画像は全て消させられました。でも、一週間後に、メクネスからカサブランカまでこの電車に乗車したのですが、そこでは撮影していても何も問題はなかった。そもそも、この電車の写真を国鉄の宣伝ポスターで使っているのに、なぜにそこまで規制しようとしたのか……と思わないわけでもないのですが、それはまた別の話。