ルーマニアの辺境を走るモカニツァ森林鉄道へ行ってみた(前編)

katamachi2008-05-08

 二週間の東欧行きから戻ってきました。
 カタール航空を使ってドーハ経由でイスタンブールに入り、その日の夜行で24時間かけてルーマニアの首都ブカレストへ。トランシルバニア地方のいくつかの都市で古い街並みを訪問した後、ウクライナ国境に近いマラムレッシュ地域のヴィシェウ・デ・ジョスという町へ向かいました。ブカレストから600kmほど、夜行列車で一晩の距離にある小さな町です。
 目的は、「モカニツァ森林鉄道」("Mocanita")。都築雅人「世界の蒸気機関車 JTBキャンブックス」だと、「ヴィシェウ・デ・スス森林鉄道」"Viseu de Sus"と呼ばれています。このヴィシェウ・デ・ススからコマヌまで30kmを行く760mmの森林鉄道線で蒸気機関車が走っていると聞き、日本からはるばるやってきたのです。
 十数年ほど前までSLが現役で木材運搬車を引っ張っていた、いわゆる保存鉄道を除けばヨーロッパ最後の蒸気機関車だった。らしいのですが、都築雅人さんのhttp://tsuzuki.photoland-aris.com/romania/のホームページだと2000年までに消えてしまったとある。ですので、当初は、なにも期待しないでルーマニア旅行を計画していました。
 ところが、旅に出るために買ったバックパッカー御用達の「ロンプラ」のルーマニア版を読むと、このヴィシェウ・デ・ススに今でもこの森林鉄道で蒸気機関車が走っていると書いているじゃないですか。検索してみると、当該会社のhttp://www.cffviseu.ro/MocanitaNews.htmというホームページが引っかかり、どうもイースター休みの4月末から運行をしているらしい。そこで、モルドバへの遠征を取りやめ、急遽、森林鉄道を追っかけることにしました。

Lonely Planet Romania & Moldova

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ブカレストから一晩のウクライナ国境近くのヴィシェウ・デ・ススに森林鉄道がある

 ブカレストからの夜行列車がヴィシェウ・デ・ジョス(Viseu de Jos)駅に着いたのは、定刻5:22。2008年4月30日、イースター休みが続く連休の未明である。昨晩、コンパートメントで一緒だったルーマニア人親子(なぜかやたらと日本文化に詳しい)、そして少し僕好みの女性車掌に見送られながら、まだ春冷えのするホームへと降り立つ。意外にも下車客は多く、みんな出迎えの車、そしてマキシタクシー(20人乗りの乗り合いバス)へと乗り込んでいく。
 森林鉄道の始発駅であるヴィシェウ・デ・スス(Viseu de Sus)は、ここから10kmほど離れた丘の上にある。ちなみに、Josとはルーマニア語で"Down"、Susとは"Up"という意味があるそうで、それぞれ山の下、上、という意味を持つ双子の町となっている。
 Borsa行きのマキシタクシーは10分ほどでヴィシェウ・デ・ススの町に到着。大きなスーパーマーケットの前で僕は降ろされた。ここから500mほど緩やかな坂を登ったところにあるHotel Bradが町の中心地。銀行もいくつかあるここの交差点を左(北)に曲がり、今度は坂を1.5kmほど下っていくところに木材の集積場と工場が広がっている。その片隅にCFF Viseu de Sus(森林鉄道)のビシュウ・デ・スス駅がある。
 まだ朝6時。だだっ広い駅構内には誰もいない。
 あれ、おかしい。はたしてHP通りに今日の運転は行われるのだろうか。若干、不安に思いながら駅舎の前に新聞紙を敷いて寝っ転がっていると、7時頃から職員や木材関係者が次々と出勤してきた。英語で話しかけても誰一人理解してくれなかったが、今日はちゃんと運転をしてくれるらしい。はるばる日本からやってきた甲斐があった。
 その一人から手招きされたので、車庫まで案内してもらうことになった。事務所から1435mmとのダブルケージ区間を500mほど歩いたところに車庫がある。そこには……ああ、ナローゲージ蒸気機関車の姿が。一つ、二つ……たくさんある。

木材を炊いて動くナローゲージ蒸気機関車

 このうち現役なのは4台。今日動くのは、その中で一番古い1910年のOrenstein&Koppel社製のMariuta号。年配の運転士らしい方がキャブの中に入り、木片を火で炊きながら蒸気の出具合を確認している。側には木片が山積みされている。ああ、この機関車、石炭じゃなくて木を燃やすことでボイラーを動かしていくんだ。森林鉄道らしい光景といえばそうである。

 側では若いスタッフが右側のシリンダーの状況をトンカチで叩きながら確認している。そして、油を次々と注入して動作状況を確認している。どうも、ここの状態はあまり良くないらしい。今日、きちんと動いてくれるのだろうか。終点まで往復できるのだろうか。やっぱり気になるけど、そこらのトラブルも、まあナロー蒸汽の楽しみの一つなんだろう。
 8:00ころになって、ディーゼル機関車が動き出す。
 まず、Mariuta号の前にあったElevetia号と連結し、別な側線に送り込む。
 続けて今度は別なDLが木材置き場の方に走っていき、青色の客車1両+木材運搬用の貨車十数両を引っ張り出してくる。そして8:18に一足早く発車。一足早く森の中へと去っていく。もう森林運搬の役目が終わったと思っていたけど、まだその機能は残っていたんだ。


 さて、予定では8:30が出発の時間である。でも、その時間になっても、われらがMariuta号はいまだに動く気配はない。いまだにスタッフはボイラーとシリンダーの点検を繰り返すだけである。
 駅事務所の方には観光客が60〜70人は集まっているのだが、みんな客車の中に入ってのんびり待っている。日本や西欧と違い、鉄道マニアっぽいのは私だけで、他国の出身者は誰もおらず、ただ地元ルーマニア人ばかり。近くにBorsaというリゾート地があるので、イースター休みを利用して観光に来たついでに森林鉄道にも立ち寄ってみただけ、とのことだ。
 9時を回ったあたりで、勢いよく蒸気を上げ始める。
 そこからまたまた点検が続いて、ようやく動き出したのは9:24。ポイントを渡って本線へと進み、バック運転で客車が待つ駅事務所へと自走していく。

 そして、スルスルと客車に近づいていき、ゆっくりと車両間隔を調整しながら連結……がうまくいかなかったので、もう一度バックして、がちゃんと繋がる。連結器の間に手でピンを一つ通すだけの極めて原始的な方法だった。
 これを待ちに待っていた観光客達がいっせいに機関車を取り囲む。ほんの十年ほど前までここでは現役で貨車と客車を牽いていたとはいえ、ルーマニアで本線系統から蒸気機関車が消えてから久しい。生まれて初めて見るこどもたち、いや大人も多いんだろう。みんな楽しそうだ。ピクニック気分でパンやソーセージを入れたバゲットを客車に持ち込み、出発の時間を待つ。
 でも、この後、トロッコ風の展望車の解結作業をしたりしていて、なかなか発車の時間にならない。僕としては、「蒸気機関車が入替作業を繰り返してくれる=蒸気を上げて走行するシーンを撮れる」というメリットがあるし、喜んで線路の周りをちょろちょろ動き回っているのだけど、フツーの人には退屈なシーンなんだろう。社会主義的生活を永年強いられてきた地元の人たちにもそろそろいらいら募ってきたらしく、係員に詰め寄る人もいる。

 そんな中、2時間以上かけて蒸気機関車を整備・点検してきた運転士が僕を手招きする。そろそろ出る時間らしい。高らかに汽笛一声。ついに動き始めた。
 9:38、定刻より1時間以上遅れの出発だ。女性事務職員に急かされて、するりと動き出した1両目の客車に飛び乗る。
 ていうところで、本日はオシマイ。この後、30kmの道程を9時間かけて往復したのですが、それはまた別の話。
 続きは、「ルーマニアの辺境を走るモカニツァ森林鉄道へ行ってみた(その2) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」と「ルーマニアの辺境を走るモカニツァ森林鉄道へ行ってみた(その3) - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で。