オタクが趣味を断念するとき。

katamachi2009-11-25

 オタクな趣味を30年間もやっていると、いろんなことを体験してきた。
 やっぱり一番寂しいのは、同じ趣味を共有してきた仲間たちが次第に足を遠ざけていく姿を見ること。
 関心の淡泊化、趣向の拡散、趣味を取り巻く環境の変化、他のジャンルへの移行、家庭・社会の諸事情……といろいろ理由はある。彼らにもいろいろ事情はあるし、それを止める権利も何もないのは分かる。でも、去りゆく彼らを見送るのは、残された者としてはセンチメンタルな気分にさせられる。
 そうした要因以外に、オタクが趣味を断念するきっかけとなる障壁はいくつか存在する。
 僕らの鉄道趣味業界で言われてきたのは、

  • step1 受験
  • step2 進学
  • step3 就職
  • step4 結婚

の4つの壁。第一次鉄道ブームがあった1970年前後の頃からの言葉だ。そして、これらの障壁を乗り越えられなかった戦友(とも)をたくさん見送ってきた。


 「step1 受験」の壁というのは多くの人間が経験してきたことだと思う。これまで経験しなかった時間的制約が加わることで、それまで無尽蔵にあったはずの趣味時間が削られ始める。ここで興味や関心が潰えて断念するケースは多いんだと思う。
 逆に、そうした圧力の中で、"趣味に生きがいを求める"(あるいは逃げ場を求める)ことで、さらに先鋭的な変化を遂げる猛者もいる。虐げられた選民的意識を持ちながら次のステージへと深化していくケースもあるだろう。


 次の「step2 進学」。
 これには、

    • 友人の変化による趣味共同体の解体
    • 進学をきっかけに"変化"したいという内的欲求

の2点が考えられる。
 前者も、なんとなく事情は想像できるだろう。それまでの友人関係が進学という振るいにかけられたことでリセットされ、趣味活動をしていく仲間が減ってしまう。やはり周囲に仲間が存在し、月単位で共に出かけることで一つの輪ができて、そこに浸る楽しさというのを共有してきた。それが解かれていくと、なかなかモチベーションも維持しにくくなる。ここ20年ほどの間、学校や会社などの組織外にも、コミックマーケットに代表される趣味的共同体はたくさんできてきた。またネットという趣味的共同体の再構築がしやすい場所も出現している。ファンクラブのようなものもパワーダウンしながらも維持され続けている。でも、それは学生時代からの連中との濃密な関係とは別物だし、別なグループに入ってもまた別のしんどさがあったりする。
 後者は、趣味をやっている本人自身の問題。進学をきっかけに、あまり印象の良くない自分のイメージを変えようと「大学デビュー」しようとするような人って今でも多いみたい。自分がパッとしなかったのは地味な趣味をしてきたからで、それを捨てれば何か明るい未来が見つかる。という発想なんだろうか。自分がダメだったのは、趣味をやっているマナー知らずなヤツと一緒にされるから。趣味自体が問題だからだ.....と問題をすり替え、オタクやマニアを強烈に非難する人たちっているけど、そこらも"脱オタク"を目指す自分と何かとの縁を切りたいからなんだろうな。たぶん問題は別なところにあるように気もするが。


 そして「step3 就職」。
 モラトリアムを終えて、日本の会社社会に入って、9時〜20時という勤務スタイルに入ることで、余暇に割く時間は確実に減少する。今度は自覚を持って、夜や土日の休みさえも仕事の準備と割り切らないと、確実に仕事へと影響はしていく。生活のバランスをとるまでには、企業に入って、2年なり3年なりの時間はかかってしまう。仕事よりも趣味という行き方ももちろんあるだろうけど、そうはいかないのもまた事実。そうした内外の変化に耐えられず、モチベーションが続かなかったという人たちは多い。


 最後に「step4 結婚」。
 家族という最小単位の共同体ができる中で、当然のようにオンナという異文化との衝突は必至である。さらにコドモという異次元の存在ができてしまうと、彼ら彼女らを中心に世界は回らざるを得ない。趣味は息抜きの場として必要で……という正論がそこでは通用しない。異文化コミュニケーションを図るためには、どうすればいいのか。夫婦で気持ちをぶつかり合いながら話し合い、互いを尊重して決めていけば……ということになるのだが、まあそんな甘い世界じゃないというのは確か。
 あと、ここ十数年、よく見られるのが、オタク系非モテが嫁を見つけた瞬間、すぱっと趣味のことを忘れて、「あいらぶ嫁」という異次元へ幸せと共に逝ってしまうこと。時刻表、鉄道模型プリペイドカードコレクション……etcそういう元戦友の「遺品」をこれまでいくつ拾ってきたことか。彼らは自分の意志でコレクションや趣味そのものを捨ててしまうんですね。ここまで来ると、オタクとしての自負はどこに拭い去ってしまったんだと、一言皮肉も言いたくなる。
 そうした葛藤と粛清と誘惑と世間体に勝ち残ったものだけが最終ステージへと生き残れる。僕もそうありたい。


 ところが、ここに来て困ったことが生じました。僕は、先週金曜日、マンションに引越しました。と同時に、step4に突入してしまったんです。
 昨年12月に引っ越したときは「オタクの引越。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で書いたように段ボール200箱。引っ越し屋さんのスタッフが憔悴しきった顔だったのが強く印象に残ります。
 今回は、前の家の段階で、非趣味系の雑誌、エロ本、アニメ系グッズ、説明できないDVD....etc、それなりにゴミ焼却炉へ持っていったんですが*1、一年間の増加分が相殺されただけで、やはり今回もサカイ引越センターの手で同じぐらいの箱が新居へ運び込まれました。パンダマークの段ボールが、趣味部屋として事前確保された7畳部屋から溢れだし、和室にも寝室にも進出しています。
 激怒したヨメからの2割減量命令。「私のオタクグッズより10倍以上もあるなんて許せない」という正論には勝てません。過去20年間の取材記録とコピーとか、ただのゴミにしか見えないんだけど、私の趣味人生を豊かにしてくれた財産です。これは捨てられません。
 どうすればいいんでしょう。先達はそんなときにどんなことを考えていたんだろう……といろいろ聞いてみたい。
 とまあ、いろいろあったのですが、この2日間、2人して風邪をこじらせていたのですが、今晩遅く、私だけ何とか回復しかけたんで、パソコンに向かいました。検索エンジンで新ネタを拾い、鉄道画像の整理を行い、久しぶりにオタクな世界へと回帰できた気がします。ああ、こういう日々を忘れかけていたよ。
 10月に北海道へ行ってから一月半、鉄道趣味的なことから遠ざかっています。飢えています。大分のホバークラフトも、北陸鉄道の加賀一ノ宮も佐久間レールパークも行きたかったのに、私事優先でスルーしました。副業で鉄道系取材が重なっているのがせめてもの救いです。
 年内に現役復帰できるのだろうか。それとも、壁を乗り越えられず、断念することになるのか。
 とりあえず本棚を巡る攻防が肝心要というのは自覚しているし、コミュニケートして妥協しながら一歩前進したいと思う。武運拙く力尽きたら、また1人、鉄オタが消えたと偲んでください。
 とかボヤきつつ、共通できる趣味や興味があるのは有り難いし、箱根の旅館直営ケーブルカーとか明延の廃線跡とか極北の乗り物まで付き合ってくれるのは凄いと思うし、なによりヨメの寝顔を毎日見れるのはいいなあとか思うのだけど、それはまた別の話。<参考>
趣味を持続するときに必要な気持ちと「断念」するときの振る舞い - とれいん工房の汽車旅12ヵ月

*1:町田ひらくとその他一部だけは捨てられませんでした。どうやってヨメに事情を説明すればいいのか困惑しているのですが