第二京阪道路と北巣本保育園とニュースを消費するスピードの早さ

 昨日は、法事に絡んで実家に帰ってきました。
 その際、さっそく使ったのがこれ。

 京都と大阪を結ぶ第2京阪道路(全長28.3キロ)が20日午後、全線開通した。
第2京阪道路、きょう全線開通 街づくりの道となるか(1/2ページ)朝日新聞2010年3月20日

 う〜ん、これ。うちの実家のある大阪府北東部(北河内)の住民にとっては革命的なことなんですね。我が家から実家まで渋滞込みで1時間半ほど見込んでいたのが、今日、高速を走ればその半分の45分。終日、ベタベタに混み合う国道1号や府道736号を経由しなくて済むのが一番有り難いですね。
 ただ、下り線を利用した行きは、京田辺本線料金所のところでベタ混みでした。以前から本線上にあった料金所がそのまま存置されたんですね。昨日が開業日である上に、名神・京滋パイパスが40キロ渋滞だったので迂回路として使われた影響もあったのだろうけど、かなり迷惑な施設だと気になりました。撤去しないのかな。
 気になったというと、北巣本保育園のことです。たぶんみんなもう忘れているけど。
 この保育所大阪府門真市北巣本町37にある民間施設です。
 なにで話題になったかというと、一年半前ほどのこれ。

大阪府は16日、第2京阪道路の建設予定地で用地買収に応じなかったとして、同府門真市社会福祉法人が運営する「北巣本保育園」の畑約770平方メートルに対し、行政代執行を実施した。
 代執行は同日午前7時半ごろ開始。畑には今月末に収穫予定だったサツマイモなど園児たちが育ててきた野菜が植えられていたが、すべて取り除かれた。様子を見ていた園児の中には泣きだす子もいたという。
保育園の畑を行政代執行 大阪府共同通信2008/10/16

 まあ、ある意味、公共事業絡みの工事ではどこでも見かける風景と言えばそれまでなんですが、「橋下」+「大阪」+「公共事業」+「園児」+「体制への反対」+「イモ」という組み合わせが絶妙だったからか、マスコミではいろいろと話題を呼んだ。

 いや、むしろネットの方でやたらと注目を集めたとの印象がある。大手紙は産経も含めて「様子を見ていた園児の中には泣きだす子」がいたことをメインに報道したのだけど、それに対し、公共性を盾に無頼を気取る橋下への反発、保育園が子供を盾に使ったことへの懐疑、土地とか補償とか裏があるんじゃないかとの疑問、保育園の背後にある"謎の組織"(関係あるのか知りませんが)への反発......などが回線上で渦巻いていたらしい。
 僕も元地元住民だったんで、「第二京阪道路と大阪府と芋掘りの想い出。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」というエントリーを書いて、2、3日で1万件以上のアクセス数を集めました。
 なんでこんなにあの頃話題を呼んだのか。
 要は、http://blogs.yahoo.co.jp/kazkaznonews/2235977.htmlのブログでいみじくも語られていますが、「個人的にメディアの姿勢に昔から疑問はあった」ということなんでしょう。彼らは真実を伝えていない。この事件には裏があるのではないか。体制側を翼賛しているだけでないか。俺達ネットの住人はその真実に迫ることができるのに……ということなんでしょう。僕の日記に着いたブクマやトラバでもそうした思いが強かったのがなんとなく想像できる。
 本当にそうなのかどうかは僕には分からない。たぶん、人は見たいモノしか見ないし、都合のいい情報は参考にするけど、不都合な真実はスルー。それはマスコミもネチズン(死語?)も、もちろん僕も同じじゃないですかね。
 いや、個人的に驚いたのは、あの事件の直後、大量に新聞やテレビで報道され、ネットであることないこと語られてきたこの北巣本保育園問題。1ヶ月ほどで騒ぎは完全に沈静化し、今では完全に忘れ去られています。
 騒ぎの元となった第二京阪道路が開通するんだし、事前事後の報道でまた触れられるのかな。この保育所のその後なども伝えられるのかなあと期待していたのですが、僕が視聴している限りどこもそんなところはありません。ブログでも同様。
 祭りが終わったんだろうね。その後を伝えるほどのニュースバリューもない。
 となると、なんであのときあんなに大騒ぎをしたのか。やっぱり分からなくなってしまう。


 それに関連して思いだしたのは、その4ヶ月前にアキバで起きた例の事件。秋葉原通り魔事件。
 犯人がレンタカーで秋葉原に乗り付け、人波の中に突っ込み、ナイフで通行人に斬りつけ、7人が死亡、10人が負傷した事件。彼が人材派遣会社に登録して大手企業工場へ労働者として通っていたこと、アキバ系に親しいオタク的要素を持った若者で事前にネット上で犯行を伺わせる書き込みをしていたことなどからも話題を呼びました。
 僕は「オタクと大塚英志と宮崎勤と秋葉原通り魔殺人事件と彼らの世代 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で

大塚は、
  この喧噪が過ぎ去るのはほんの幾日か後だろう。
としている。実際、大手マスコミの扱いはかなり小さくなっている。
 そして、あとしばらくすれば、彼と同世代の人たちから、「自分たちの問題としてそれを引き受け」て語り始める人たちが出てくるのだろう。少なくとも、僕はそれを期待しているのですが、それはまた別の話。

と書いている。
 こちらも事件から2年ほど経ちますが、どうなんでしょう。話題に出てくることはめっきり少なくなりした。あれ以降も派遣労働者や若者の貧困を取り巻く事件は大なり小なりいろいろと起きて、そのたびにあれやこれや「祭り」のある事件へと興味と話題は移っていった。
 20年前、宮崎勤の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が起きた後、オタク系の連中は彼の存在を意識せざるを得なかった。オタクに興味を持って、あるいは面白おかしく語るマスコミも同様。あの頃とは違うんですね、としみじみ。
 秋葉原の事件でショックを受けたオタク第3世代、第4世代は多かったと思う。変なオタクはたくさんいるけど、あれはあれ、これはこれ。切断して考えれば少なくとも自分とは関係ない。オタクブームとやらもあって、妙に自信を持っている人たちが増えてきました。その様相を一変させたのがあの事件。いろんな意味で「最近の若者」という要素がいろいろあったはず。だから共感と反発も込みで話題になった。だから、彼を「自分たちの問題」として引き受けて語り始める10歳代や20歳代の若者がもっと出てきそうな期待がしたんですね。
 でも、それが後の議論に繋がっていかないんですよね。
 いや、上で「20年前、宮崎勤の東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件が起きた後、オタク系の連中は彼の存在を意識せざるを得なかった」と書いたけど、実際、オタク第1世代もオタク第2世代もどこかで例の事件を消し去ろうとしていたのは事実。一昨年のエントリーで参考にした大塚英志は積極的に語り続けた人物ですが、「Mの世代―ぼくらとミヤザキ君」など一連の書籍は彼の著作では売れない方だったと述懐していますもんね。宮崎勤をどう自分たちの問題として捉えればよいのか分からなかったという側面はあるんですけど、「インパクトのあるニュースを忘れ去る」というのは当時も今もあまり代わらないのかもしれない。しょせん程度問題なんでしょう。
 ネットでの言葉の渦は盛り上がっては消えの繰り返し。ニュースを消費する加速具合が激しくなってきている。ネットで交わされる言葉は蓄積とならず、ただ垂れ流しされているだけという状況。僕は鉄道趣味の世界を主戦場として捉えているんだけど、そこでも同じなんですよね。事件と「祭り」とがただ消費し尽くされるだけ。納得できれば次のラウンドに移るだけ。
 東浩紀が自身の日記で

 かつてぼくは、ウェブは情報のストックの場としてあるべきだと考えていました(いまでも理想としてはそうあるべきだと信じているのですが)。だから公式サイトを開設し、公開原稿を地味にでも充実させていくことが大事だと考えていたのですが、実際には日本のウェブはフローの場として成長しました。
hirokiazuma.com廃止 - 東浩紀の渦状言論 はてな避難版

と述べていた感覚というのは実態としてある。それをどう捉えればいいのか段々分からなくなってきたというのが正直なところです。
 まあ、みんな自分の見たい情報を探しているだけであり、あちこちで噴出する「祭り」を消費していけば、それなりに楽しいネット空間を楽しむことができるというのは分かります。でも、様々な理由でネットにアクセスできる時間が減り始めてくると、そうした「祭り」の気分に乗れなくなってしまうんですよね。そちらの方が健全だとは思ったりするのですが、それはまた別の話。