「小学生専用」と「小学生乗車禁止」の列車が広島市のスカイレールで毎日6本走っている
昨日、仕事で広島に寄った帰り、半日ほど時間があったので鉄道趣味活動をしてきた。
目的地は山陽本線瀬野駅。広島市の東端、安芸区となっているエリアにある。十数年ぶりにここに降りた。
瀬野というと昔は蒸気機関車の重連で有名な勾配区間で、今もEF65の貨物列車の場合、補機機関車EF67が連結されている。ここもそろそろかなあと、鉄道写真狙いの人の間では話題になっているのだけど、今日はそっちの話ではない。
となると、目的はスカイレールサービスの方だ。
モノレール+ロープウェイ+新交通システムを融合したスカイレール
鉄道好きでも、この会社の名前と場所、うろ覚えな人もいると思う。
かくいう私も、「鉄道要覧」という鉄道データの基礎資料で、広島の瀬野にある会社がモノレールの特許を取ったというのを見つけるまでは存在すら知らなかった。ネットのない時代だし、とにかく謎の多い鉄道だった。
そう、この鉄道。一応、モノレール(軌道法による特許)に分類される「鉄道」の仲間なんである。懸垂式なんで、道路の上に並べられた柱の上に続く桁にぶら下がりながら駆動している。大船や千葉、上野動物園で走っているのと同じタイプだ。
面白いのは、その駆動の仕方。車両にはモーターがなく、軌道となる桁にロープが張り巡らされ、そこを伝ってロープに引っ張られながら車体は動く。駅部分では車体に付属しているリニア誘導モーターにて操作を行う。システム的には、ロープウェイの性格も持ち合わせている。
一方で、開発した三菱重工業と神戸製鋼所としては、短距離用の新交通システムとしての期待があった。具体的な検討は1991年度から始まったというからそれなりに古い。「ロープ駆動式懸垂型交通システム スカイレール」と彼らは呼んでいる。
http://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/324/324292.pdf
こうして、
- モノレール
- ロープウェイ
- 新交通システム
という特殊鉄道の技術を寄せ集めたのが、このスカイレール。その実用第1弾が、積水ハウスによって開発された住宅街「みどり坂」(計画人口10000人)に導入された。丘の上に開発されたニュータウンと駅とを結ぶ1kmの新交通システムが完成したのは1998年8月になってからだ。
http://www.sekisuihouse.co.jp/bunjou/midorizaka/03townguide/index.html
http://www.sekisuihouse.co.jp/bunjou/midorizaka/03townguide/2.html
時刻表にも載らない謎の鉄道スカイレールを訪ねる
僕が初めて乗ったのは開業して2ヶ月後だった。
とにかく広島の瀬野駅のあたりに妙なモノレールもどきができたっぽい、という不確かな情報だけを頼りに現地へ行ってみた。
なんとなく駅から降りると、確かにモノレールっぽい施設が存在した。
レール桁の先に続く開発地はほとんど家がなく、ただ閑散としている雰囲気。ロープウェイ風の"ゴンドラ"が、当時、7.5分間隔で頻発運転していたのがに驚いた。
ただ、客は皆無。列車はいずれも無人で走行していた。利用すべき住宅街と住民がまだほとんど存在しないんだから、当然だ。
ときには、集団で遊んでいるこどもさんたちを何人かみかけた。最初期に住み着いた家の住人なんだろうが、その日は日曜日。無人の改札に切符を買わず勝手に入り込んでいた。彼らの格好の遊び"道具"として使われていたようだ。
1人、鉄道スタッフの方とお会いした。もともと西日本鉄道の技術屋さんらしく、小倉の北九州モノレールにもタッチしたご縁で技術指導でここの会社にオープニングスタッフとして参加したとのこと。技術的な疑問をいろいろ投げかけたら丁寧に応えてくれた。
ただ、やはり客が少ないのは気になる模様。
「まだお客さんが少なくてちょっと張り合いがないんだよね」
まちができていないから、とはいえ、これは寂しい。。
じゃあ、時刻表に載せるとちょっとは話題になるんじゃないですか、と僕。
当時、JTB&JRの時刻表では、スカイレールの時刻どころか、その存在すら完全に無視されていた。あれって、きちんと毎月、時刻その他の情報を送らないと載せてくれないらしい。まあ、法的には「鉄道」の範疇にはいるとはいえ、新興住宅街を行く、地元住民にほぼ限定された新交通システムが全国版の時刻表に必要かどうかと言うと疑問なのは疑問ではある*1。
スカイレールという交通システムに関しては、その後、他地域に広がらなかった。導入コストにみあうだけのメリットが見いだせなかったのか。
みどり中央駅まで5分間の空中散歩が始まる
あれから12年、久しぶりにスカイレールに乗ってみた。
客が皆無だからか無人になっている瀬野駅の橋上駅舎からそのまま直結されているスカイレールの改札口へ行くと、なんと記念切符発売の文字が。カラー印刷の台紙に自動改札機対応の切符が張られているだけの簡素なものだけど、字紋はきちんとオリジナルのものになっていた。
運転は昼15分間隔、朝は7.5分間隔。昼間でも7.5分間隔していた12年前と比べると本数は半減している。まあ、そういうことになるわなあ。
3階部分がホームとなる。
出発ホームの手前にはゴンドラが3両停まっており、扉が開いているのは手前の1両。
車両番号206で、定員25名とある。一応、鉄道友の会のローレル賞も取ったみたい。座席は8人分で、先客が2人いた。室内はロープウェイそのまんまという感じ。当然、運転席はないし、社員も存在しない。
昼間は15分間隔の運転で、次は12:30の発車。
乗ってまもなく自動放送が流れ、扉とホームドアが閉まる。やがてがくんと動き出す。ここらは新交通システム的な雰囲気が漂っている。
するすると空に続く桁の上を列車は進む。
眼下にはJR瀬野駅。そこから坂に沿って柱がどこまでも続いていく。かなりの急勾配だ。
外見は懸垂型のモノレールなんだけど、揺れは意外と少ない。そこらもこのスカイレールの特徴でもある。
2分ほどすると、次の、みどり中街駅に到着。
ホームの基礎部はロープウェイの駅風。いろんなものを折衷したシステムならではの作りになっている。
ここで反対側からやってきた列車とすれ違う。あちらはスカイレールのペイントがなされた特別車の模様。
やがて再び出て、またまた住宅街の真ん中に続く坂道を登っていく。
並行して車道も存在するが、そちらは、つづら折りのカーブが続く。スカイレールは急勾配も問題なく斜面を軽々と通過していく。
これは便利。便利なんだけど、駅から中途半端な距離にある住宅も多いんだよね。こまめに停留所を設けられるバスの方が便利なのかなあとも思ったりする。
終点、みどり中央には12:35着。5分間の旅は終わった。
この先に、スキー場のリフトみたいな車両の回転スペースがあって、反対側の出発ホームへと移動していく。駅構内では車体に備え付けられたリニアモーターで駆動しながら自走することになる。
「小学生線用車両」列車は朝のみ6本運転されています
ここも3階建てになっていて、2階が改札、1階が入口となる。
街開きして十年以上経つし、駅前は少しは栄えているのかなあと思ったが、なにもない。飲料自販機すらない。
車窓から見るとスーパーとかはあるみたいだけど、駅から離れた道路沿いに設けられていた。スカイレールは造ってはみたものの自動車中心の社会では駅中心のまちづくりというのは実際には必要ないのかもしれない。あるいは開発者の積水ハウスの意向なのか。
ヒマだったんで、12年前と同様、隣にある、みどり中街駅まで歩いてみることにした。
平日の昼間、遊歩道となっている階段を歩く人は当然誰もいない。そもそも日常、歩く人がいないのか、階段部のタイルからは雑草がぼうぼうに生えてしまっている。これは……ちょっと雑草抜きぐらいしようよ、とは思うが、なかなかメンテできていないのだろうか。そう言えば、別荘地内の私道って、デベロッパーが節約モードにはいるとやたらと雑草やアスファルトの剥げが目立つんだよなあ、と思ったり。
途中で、12:45発の列車を撮影。
お客さんは上りが1人。下りは無人。
駅の案内を見ると、毎時0、15、30、45分の発車時刻に、みどり口、みどり中街、みどり中央の3駅のいずれかに客が存在しないと、勝手に運休となるシステムらしい。
でも、逆に言うと、1人でも客がいれば動かさざるを得ない。そこらが「公共交通機関」と法的に定められた輸送システムの難しいところだ。急斜面にある住宅街の輸送システムとしては、西宮名塩や四方津にある斜行エレベーターの方が実用的だったりするのかなあと思ったりもする。
なんで、みどり中街駅には早く着いた。駅はコンパクトで、道路からホームまで10秒もあれば移動できるのは便利だ。自動改札機もあるが、その隣は無人開放された通路があるんであまり意味はないのか。
さて、ここで面白い掲示を見つけた。
それがこれ↓
この鉄道、小学生専用列車というのが存在するのだ。
『女学生 児童優先車両』というのは京阪では半世紀前からあるし、女性専用車両というのも大都市の通勤電車で導入が進んでいる。
でも、小学生専用車両か……思い切ったことをするなあ。
まあ、定員25名、座席は8名しかない車両なんだから、そういうこともありなのかなあ。
「瀬野小学校通学専用車両」のみどり中央駅発の時刻は、
- 7:07
- 7:13
- 7:21
- 7:28
- 7:35
- 7:43
の6本。小学生登校日のみの運転で、小学生以外の乗車はできない、と。臨時列車でなく、「臨時車両」と呼ばれているみたい。
さらに、その前を行く定期便6本は「瀬野小学生乗車禁止」の赤文字が。
都会では女性専用車両=男性立ち入り禁止というルールをあまり思わしくないと感じる人たちが一部でいろいろと活動をしているらしいけど、「小学生立ち入り禁止」を主張する列車が広島市には存在するのだ。
朝の忙しい時間帯にこういう列車というか車両の分離をされるのは通勤客としては大変だなあと思ったりしているけど、実際どうなんだろう。
というか、なぜ専用車にしたんだろうか。積水ハウスのホームページは「安全」のためと書かれてあった。むしろ大人のほうが小学生と一緒になるのを困っているのかも。
12:47に両方向より列車が到着。共に乗客はゼロ。真ん中の、みどり中街駅にいる僕の存在を係員が認知してくれたんで、運転してくれたのだろう。150円の運賃をきちんと払っているので後ろめたいことはないのだけど、有り難いことだ。
瀬野駅側のみどり口駅に着いてから、窓口にいた女性の方に瀬野小学校通学専用車両について聞いてみた。
- 利用者は年間51.4万人(下り上りあわせて)
- 乗客は平日だと2000人近くいる。
- そのうち、みどり坂駅・みどり中街駅から瀬野小学校に通う小学生は150人くらい
- まちの開発にあわせて小学生の増加、その輸送が問題となっていた
- 2006年春から瀬野小学校通学専用車両の運行を始めた。いまではルールとして定着している
- 帰りはバラバラで下校するので特に専用便は設定していない
とのことだった。
ただ、150人が6便に分けて乗っても、1両25人という計算になる。定員は25名とされているし、小学生だから体が小さいからなんとかなるんだろうけど、ピーク時はかなり大変そう。だから、
- 朝に2本、通学用のバスを走らせている
とのことだった。
通学の子供に関するエピソードをいろいろ聞かしてもらってそれはそれで楽しかったのだけど、
「でも、来年の春で運転は終わりなのよね」
と係の方は付け加えた。
なんでも、急増する小学生に対応すべく、現在、住宅地に小学生校を新設しているらしい。
http://www.sekisuihouse.co.jp/bunjou/midorizaka/01lifestyle/vol23.html
この瀬野第二小学校(仮称)が2011年春に開校すると、
- みどり坂のこどもたちは瀬野小学校に通う必要はなくなる
- 瀬野小学校通学専用車両の必要もなくなる
ということになる。日本でただ1ヶ所の珍風景が見られなくなるのだ。
朝はどういう乗車整理をしているのかなあとか、こどもたちは大人しくしているのかなあとかいろいろ気になるし、一度、平日の通学時間帯に、このみどり坂を訪れたいと思うんだけど、はたしてそんなタイミングがあるのか。今度はもっと朝早くに瀬野に来ないと行けない。
そもそも、この日、朝早起きして「はまかぜ」を撮りに行くつもりが寝坊して、時間が余ったんで思いつきでスカイレールに来ただけである。趣味のこととは言え早起きって苦手なんだよなあ、と毎度毎度の自分の生活習慣について反省させられたのだけど、それはまた別の話。<参考>
山万のボナの女子大駅が存亡の危機を迎えている。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
→千葉の民間ニュータウン専用の新交通システム