阿久根市でブルートレインを宿泊施設にしているNPOの財政危機と車両の保存の難しさ

katamachi2010-10-27

 先週末、謎の行動をJR東日本富士急行がやっていました。

10月22日(金)、八王子まで配給輸送されたスハネフ14 20が10月24日(日)未明、八王子から大月まで甲種輸送された。
スハネフ14 20 甲種輸送される 〔JR貨物〕RMニュース、2010年10月25日

 その回答がこれ。↓

富士急行はこのほど、全国を走ったブルートレインの客車1両を東日本旅客鉄道JR東日本)から譲り受けた。富士山の眺望で知られる富士急行線下吉田駅に展示する。同社は譲渡された車両を「富士」で使用されていた同型のものとアピールし、富士山をキーワードとした観光振興に役立てる。
富士急、富士山眺望の下吉田駅にブルートレイン展示日本経済新聞2010/10/26

  • スハネフ14 20はJR東日本で「さくら」などに使用
  • 「富士」では使用されなかった→富士急は「富士」の客車と同型と説明し、新たな観光資源とする考え
  • 富士吉田駅構内の電車修理工場→下吉田駅に移す

ということらしい。
 富士急行が、廃車となった14系客車にどのような観光資源としての価値を見出したのか。よく分からない。他社の客車にどのような物語性を付加していくのか。きちんと保存し続ける意志があるのか。ただの客寄せのつもりなのか。そもそも客は興味を見出してくれるのか。引き受けたのは鉄道会社だし、末永く丁寧に残して欲しいと思う。
 というのも、ここ40年来、自治体主導で鉄道車両を静態保存するケースは各地にありました。でも、やがて放置プレイ時用タイになって、色あせが目立つ→赤サビが浮いてくる→イタズラで部品が紛失→管理できないから鉄屑処分というケースを何度も見てきたんですよね。

鹿児島県阿久根市熊本県多良木町でオープンした「ブルートレイン簡易宿泊施設」

 ブルートレインとして使われた客車を静態保存する試みは過去にも何度もありました。
 最近だと、鹿児島県阿久根市。「あくねツーリングSTAYtion」http://akunets.web.fc2.com/です。

  • オハネフ25 2209+オハネフ25 206の2両

 ここが特徴的なのは宿泊施設として使用している点です。その当初の経緯は「肥薩おれんじ鉄道阿久根駅に寝台車利用の宿泊施設ができるらしい。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」で紹介しました。
 2008年に取り上げた後、実際に稼働したのは1年後の2009年1月。当初はいろんなマスコミで話題となったようですが、その後、風変わりな阿久根市長さんの方にあらゆる話題をさらわれてしまったのか、続報はなかなか聞きません。
 今回、久しぶりにホームページを見ると、「予算を大幅にオーバー」「関係機関には支払いの面で大変ご迷惑を」「関係機関への支払いに十分な売り上げ増につながっていないのが現状」「本格修復には数百万円単位の費用がかかります」といった言葉が続いています。どうも財政危機にあえいでいるらしい。
 ブルートレインが話題になったからって、それで宿泊施設をして地域活性化を……という発想が大きくズレていたような気がする。
 募金をお願いするのは別にいいんだけど、逆に今までどういう資金の使い方をしてきたんだろうか。そもそも採算に見込みはあったのか。そもそもこれまでの会計報告は。阿久根市役所ときちんと提携できているのか。
 地域おこしをしたいという意欲はHPからも読み取れるけど、そこから先は謎だらけです。NPOといえども採算度外視というわけにもいかないだろうし、それ以前に阿久根市政が混乱している現状で観光おこしなんて話題にすらならないだろうし、本当に大変だよなあと思います。


 同じようなものは「ブルートレインたらぎ」http://www.bluetrain-taragi.com/として2010年7月から熊本県多良木町でオープンしました。

  • スハネフ14-3+オハネ15-6+オハネ15- 2003の3両

 こっちは「運営責任者 多良木町役場企画観光課」とありますんで、町役場そのものが運営主体となっているようだ。同町の平成22年度施政方針
http://www.town.taragi.lg.jp/q/aview/4/1960.htmlによると、「ブルートレインを利用した簡易宿泊施設が、オープンとなります。今後定住人口の増加策とともに、交流人口の増加策を図ることが、町経済の浮揚策の一つになると思います」というのがその施策。発想は阿久根と同じ。というか、模倣したんだろうな。
 ポイントは「都市農山村交流施設」との言葉。これ、農林水産省系のなにかの補助金を使っているかなあ。

 町営だし阿久根みたいにすぐに運営危機とはならんのだろうけど、数年後、町長さんが代わったり、あるいはヨソと合併したりすると、不要不急の施設としてさっさと営業休止にするんじゃないかなあ。その後、きちんと客車だけでも残してくれるのだろうか。

ブルートレインを静態保存する人たちは10年間維持する根性はあるのか。

 去年や今年に運営を始めたばかりなのに言うのは申し訳ないけど、正直、阿久根や多良木での宿泊施設としての運営は数年で破綻するのだろう。地域活性化と採算の両方を追い求めようとするから話はややこしくなっている。実際、阿久根の方はうまくいっていないっぽい。もちろんそれは市政の混乱とは別問題。
 その後もきちんと保存を続けて欲しいなあとは願うばかり。
 なんで、鉄道マニアが客車の静態保存と宿舎としての活用の行く末に懸念するのかというと、70年代後半にそうした施設が雨後の竹の子のように全国各地に出現したんですよね。蒸気機関車の静態保存車と寝台車がセットとなって「SLホテル」。種村直樹の本にあった情報をベースとしたリストはSLホテル - Wikipediaに掲載されている。
 でも、その多くが10年も経たずに80年代半ばまででほとんど淘汰された。
 理由を挙げるなら、

  • SLブームが終焉を迎えると話題にすらならなくなった点
  • 車両の狭さが受け入れられなかった点
  • 実際に客があまりいなかった点
  • 運営に思ったほどカネがかかる点
  • 車両が赤錆びたり陳腐化しても直すことが経済的にできなかった点
  • 役所や外郭団体がすぐに飽きてしまった点

でしょうか。
 運営面の杜撰さもさることながら、車体の維持管理に意外にお金がかかるという点はほとんど意識されていなかったみたい。客車が屋根なしで野ざらしになっているから、施設の維持、特に車両のボディーの腐食と設備の劣化の補修にカネがかかって……と、かつて泊まった宿の支配人から聞いたことがある。
 最後まで残った小岩井農場の宿泊施設も一昨年突然閉鎖され、70年代末から続いたSLホテルは全滅してしまいました。客車が今でも残るのは狩勝峠とかごく一部のみ。あとは見事に解体されてしまいました。
 現在、寝台列車の客車を使った宿泊施設は、九州の阿久根と多良木を除くと、三重県関市にもう一例あります。国民宿舎関ロッジの別館として使用されている。ここはSLホテルのブームが終わった後に開設されたのでSLは保存されていない。ただ、丁寧にメンテはされていた。そういうのは珍しい事例です。


 実際、鉄道車両って、車体のメンテナンスに意外にカネがかかるんですよね。30年も使えば現役車両でも車体に歪みが出てくる。現役のブルートレインでさえ、末期はボディーの腐食が進みすぎて赤サビが青い塗装から浮き出していたり、車体がペコペコ波打っていて、あまり見栄えの良いものではなかった。



 そこらの話は「腐食した鉄道車両のボディーを見る - とれいん工房の汽車旅12ヵ月」でまとめたことがある。
 ましてや、静態保存されている車両の状況は……

鉄道車両の静態保存ってお金がかかるのに自治体は無関心です

 70年前後のSLブームを契機に、当時の国鉄から各地方自治体に無償で貸与された静態保存用の蒸気機関車も悲惨な状況だ。
 各地の公園施設や学校などに置かれていたが、貸与された自治体の管理はおざなりだったところも少なくない。雨ざらしになっていると赤サビの進行が早くなってしまう。節約して錆止め剤を入れないと、錆がいっせいに浮いてくる。近所の手癖の悪い子供、そして廃品漁りを狙うマニアたちに部品が剥がされたり壊されたりして、多くの機関車は見るも無惨な姿となった。
 もちろんうまくメンテがなされている機関車もある。下の奈良井のC11もそうだ。

 ただ、ペンキを上塗りしているだなんで厚化粧っぽくなっているのは否めない。
 SLもブルトレもそうだけど、

  • 話題となっているから子供たちが、観光客が喜ぶんじゃないか
  • 廃車体は意外に安く譲り受けてくれるからなにかしよう

という意欲を持ってくれるのは嬉しい。
 でも

  • 維持費が意外にかかる

ということにあまり想像が働いていないみたい。
 当初は国鉄OBを中心にボランティアでペンキ塗りなどをしていた。懸命にやっていた保存会の古老を何度か見たことがある。ただ国鉄が消えた後はボランティアの高齢化もあって動きは停滞してしまう。
 だから

  • ざらしで車体の塗色の色あせが進む
  • 何年かすると赤サビが浮いてくる
  • 入れて1年もすれば話題すら呼ばなくなり役所内部でも意欲が低下
  • 当時のメンバーが入れ替わって誰もメンテしなくなる→放置プレイ
  • 自治体が管理できなくなって解体決定→屑鉄

というパターンが繰り返されてきた。
 おらが町に関係する車両を保存したいという意気はありがたいのだけど、どこも思いつきの域を脱していない。保存部分に屋根を付ける、何年かに一度は塗装をするということを続ければ持続できるはずなのだけど、財政に余裕がないという一言で片付けられてしまう。
 僕が小さいときから慣れ親しんでいた田辺駅のC11や樟葉のD51、多賀のSLホテルも今はもうそこにはいなくなった。

JR九州の動態保存運転も1年半経った今秋で終了みたい

 一方で、2009年のブルートレイン定期運用停止後も、動態保存運転をやってきたのがJR九州

 熊本で今でも籍のある車両を使って、九州内の各線を団体列車としていろいろと行脚しています。長崎本線鹿児島本線日豊本線肥薩おれんじ鉄道……ダイヤは事前には外向けに公開していないようですが、運転するとそれなりに話題を呼ぶみたい。
 9月にNHKとタイアップして運行した「BSデジタル号がゆく!〜ブルートレイン 九州一周の旅〜|NHKhttp://www.nhk.or.jp/digitalgo/は日本国有放送?のBSで全国生放送されてたんで記憶にある方も少なくないだろう。バブルのときのフジテレビ&JR東日本の「オリエント・エクスプレス '88 」なんかもそうだったけど、この手の列車ってテレビ局と親和性があるのかしら。
 個人的には、まったく興味はありませんでした。ほとんどが、"座席列車"としての運転でしたから。ブルートレインとは名乗っているけど、寝台列車ではないんだよね。JR九州系の旅行会社を通じて販売されたイベント列車。名鉄パノラマカーが引退後もさよなら興業を続けたのを倣ったのかなあ。
 検査費用に膨大なカネがかかる次の全検まではもたないだろう.....と思っていたら、こんな記事が出ていました。

 一度引退したはずのブルトレの客車が、団臨としてさらにドサ回りしている姿はなんとも言えぬ寂しいものがあります。廃止をネタに話題おこしと再利用をしたい.....との気持ちは分かりますが、運行終了後はそのまま国内で用途を終えて欲しかったなあ……と感じる。「ファイナル」と言ってますが、まだ何かのイベントで使うのかな。
 もちろん、JR九州が、SL人吉号のように、これからもブルートレインを自社の観光資源として長いスパンで残していくつもりがあるなら、賛成もしたい。
 朝日の「九州版オリエント急行で豪華な旅を JR九州社長が構想」と言う記事でのJR九州社長の「3年後ぐらいをめどに考えているのが、九州各地を結ぶ豪華列車構想だ」が話題を呼びました。
 でも、それは「豪華列車」であり、ブルートレインそのものじゃないんだよね。今使っている客車を継続して使うつもりはあるのだろうか。たぶんなさそう。仮に実現しても、新車、そしてミトオカの例のデザインになってしまうんだろうな。歴史的連続性を担保しつつ物語性を創り上げようとの気持ちはなさそう。
 しかもJR九州の広報室が「社長の構想としてはあるようですが、まだ社内では具体的な計画にはなっていません」と火消しをしている始末。東京マスコミに自社を扱ってもらうためのリップサービスに過ぎなかったのか。
 鉄道会社だから、こちらは逆に車両の維持にはカネがかかるということを実感している。だから、あえて動態保存せず、解体・売却という方向になっていく。消極的にならざるを得ないのかなあ。
 JR東日本に続き、JR東海JR西日本も博物館建設の動きが出ているのは喜ばしい。屋根付きの所で専門家がいる場所ならきちんと保存はされるんだろう。青空の下で車両と対面できればなお嬉しいのだけど、それが難しいという事情も理解できる。でも、美濃太田とかで雨ざらしに置いてある車両群はまだたくさんある。保存対象外の車両はどうするんだろう……とか、いろいろ気になる点もあるのだけど、それはまた別の話。<参考>
肥薩おれんじ鉄道阿久根駅に寝台車利用の宿泊施設ができるらしい。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
腐食した鉄道車両のボディーを見る - とれいん工房の汽車旅12ヵ月
京都梅小路にできる新しい鉄道博物館の保存車両を決めてみる。 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月