兵庫運河の遊歩道計画と神戸市議会から廃止を求められた和田岬線
なんか想定外の話が突然降って湧いてきた。
JR西日本が、神戸市の市街地と臨海部を結ぶ和田岬線を早ければ2012年度にも廃止する方向で地元と協議に入ったことが分かった。
「JR西 和田岬線廃止検討」読売新聞2010.12.4おんぷちゃんねる画像掲示板該当記事
主語が「JR西日本」なんで、今年になってローカル線廃止を明確に示唆し始めた施策の延長になるのかな……と思っていたら、ちょっと事情が違うみたい。
- 「線路が地域を分断して街づくりの妨げになっているという地元の意向」
- 「運河を活かした街づくり」→「船の運航や散策ルート設定をする際に、和田岬線が障害になっている」
- JR西日本関係者「和田岬線の1日の乗降客数は約1万人あり、廃線にする差し迫った事情はないが、正式に地元の意向が示されれば、大事にしたい」
和田岬線が街づくりの邪魔になっている、というのだ。
ちょっと調べてみた
2002年のワールドカップ輸送に和田岬線が使われなかった理由
和田岬線とは、山陽本線の支線の通称で、兵庫〜和田岬間2.7km。わずか一駅区間の盲腸線だ。
- 1905年 三菱合資会社神戸三菱造船所が発足。和田岬に立地
- 1911年 鉄道院が和田岬線にて蒸気動車で旅客輸送開始
- 1924年 神戸市電開業(〜1971年)
- 1990年 旧型客車→気動車に
- 2001年 7月 神戸市営地下鉄海岸線&和田岬駅開業。JR和田岬線電化
というのが、ここ100年の流れ。
この間、和田岬線&和田岬駅の旅客営業は朝と夕方に集中して行われる。その利用者の多くは三菱重工業とその周辺工場への通勤客である。平日に和田岬線を訪れると、その数の多さに驚かされる。
ただ、工場が休みの土日になると、運転本数も1日2往復に減らされ、それでも空気輸送……というのが実態である。
正直、財閥系の三菱重工のための路線という位置づけになっている。国民の鉄道が財閥を優遇することが批判された時代もあったし、貨物廃止、地下鉄建設時には廃止されるのでは……とも噂された。でも、旧型客車は気動車に置き換えられ、2001年には電化も実現している。神戸ウイングスタジアムの輸送に……とも期待されたが、近年は臨時列車などの運行は行っていない模様。
2002年にはワールドカップが開催された神戸ウイングスタジアムも会場となったが、その際、和田岬線はアクセスルートとして使用されなかった。和田岬駅とスタジアムは程近いところにあるのだが、兵庫駅付近の踏切の閉鎖の懸念、和田岬駅のホームの狭さなどを理由として運用は見送られた。兵庫県警が懸念していたらしい。
神戸市が海岸線を敷設するとき、和田岬線廃止が前提だった、が。
さて、和田岬線について、神戸市ではどんな議論がなされてきたのか。神戸市議会の議事録http://wwwa1.city.kobe.jp:8002/を見てみよう。
まず1989年の平成元年決算特別委員会〔63年度公営企業会計決算〕。自民党市議は地下鉄財政を圧迫させないために「JR和田岬線の廃止等をも含めて積極的な推進をされるよう,この点を要望のみしておきます」と質問している。ただ、神戸市側からの答弁は何もなかった。
続いて1993年の平成5年決算特別委員会〔4年度公営企業会計決算〕での市長答弁によると、
- 地下鉄海岸線の輸送需要は、和田岬線が将来廃止になるということを前提に計算されている
- 「もし和田岬線をそのまま置いても,海岸線の需要が満たされるような方法はないかということも1つの検討課題」
- 三菱の旅客輸送、川崎からの車両輸送で廃止は難しい
- 14,000人の利用者の半分くらいが地下鉄に移ってくる
としている。
これに対し、社会党市議は「和田岬線と海岸線が両方走っている状態のもとで,果たして沿線企業のどれぐらいが海岸線の通勤定期をお認めになるのか。もちろん料金の設定の仕方にもよりましょうし,どこから通われるのかということにもよりますけれども」と、1日13万人利用を主張する神戸市の計算を疑問視する発言をしている。
その後、この7000人が地下鉄海岸線利用という計算が一人歩きすることになる。
一方、市議は厳しい。露骨に廃止を促す発言がいくつかあったし、1996年の平成8年第3回定例市会(第2日)では、和田岬線廃止後の土地利用を問う質問も行われている。海岸線建設→経営安定のために和田岬線が邪魔だというのだ。でも、JRに対してなんの働きかけも行っていない、と神戸市は公式的には回答している。
三菱重工も2007年から地下鉄経由での通勤を認めるようになった
地下鉄は2001年に開業している。
ただ、現実は厳しかった。三菱重工、やはりJRで通勤してくる従業員に対し、和田岬線ルートで通勤するようにルール化していたみたい。
- 2007年 港湾交通委員会
- 海岸線の需要予測13万人→実質は3〜4万人
- 海岸線利用者。1位新長田駅約8,400人、2位和田岬駅約7,600人,3位ハーバーランド駅約6,600人、4位三宮・花時計前駅約6,300人<平成20年決算特別委員会第3分科会〔19年度決算〕(交通局)>より
- 交通局長答弁「(海岸線の利用者の伸び悩み)JR山陽本線の運行本数の増加もございまして,和田岬線が電化をされ,朝のラッシュ時に走行便数が大分時間を短縮してふえておる」→和田岬線電化と山陽本線運転増が海岸線停滞の原因の1つ
- 地下鉄の海岸線和田岬駅。2001年度7,200人→2006年度7,400人
- JRの和田岬線和田岬駅。1995年度1万6,600人→2005年度は9,600人(約58%ダウン)。周辺企業の従業者数が減少
- 神戸市議からは「ぜひJR和田岬線については,待ちじゃなくて,やはり積極的に働きかけていく必要がある」→廃止の交渉をやるべきだという主旨
この後、2007年度から海岸線の利用増も兼ねてモビリティー・マネジメントを行う。マイカー通勤から公共交通への転換を図るの取り組みで、和田岬界隈の企業2社を対象とした。
これにより、
すなわち、モビリティー・マネジメントで公共交通機関の促進を図った際、三菱重工は通勤ルートに地下鉄海岸線経由を認めることになったのだ。
兵庫運河の遊歩道化で邪魔となった和田岬線
一方、神戸市は、兵庫運河界隈で「キャナルプロムナード」として遊歩道を整備することを努めてきた。工場街にあるエリアを魅力溢れる地域とすべく取り組んできたのだろう。http://kobe-mari.maxs.jp/kobe/hyogo_unga.htm
これに対し、兵庫運河を鉄橋で跨ぐ和田岬線の存在が厄介視される。
すでに1999年の平成11年第4回定例市会(第4日)で「JRの和田岬線の鉄橋がございますので,まずこれをどうするかということで,いろいろ地元の方では回転橋にするとか,上下に上がる鉄道にしたらどうかとか,こういった議論があります」と市長が答えている。
JR和田岬線の橋げたは,水面からの高さは90cm。遊歩道とするのに邪魔だという主張らしい。また、ここでレガッタのコースをとるのに、屋形船や遊覧船が通るのに、和田岬線の橋が邪魔という意見もあったりする。しつこく質問するのは兵庫区選出のS市議。企画調整局長が「和田岬線のあの橋脚の問題,昔はすばらしいあれ回転橋だったと聞いてございますが,そういうものが復活できないのかだとか」と返答する一幕もあった。
さて、ここからがポイントだ。
- 2009.03.04 平成21年予算特別委員会第3分科会〔21年度予算〕(みなと総局)
- 兵庫運河の活用方法に対する質問。「兵庫運河については,国の魅力再発見プロジェクトにより運河プロジェクトの認定を受け,みなと振興交付金を活用し,地域の個性を生かした,水辺のにぎわい空間づくりや回遊性の向上を図り,運河を核とした魅力ある地域づくりを進めておられます。しかしながら,運河自体の回遊性は,JR和田岬線で分断されるなど十分確保できていないのが現状であります。」
- 「JR和田岬線の問題でございますが,運河を横断しているために運河沿いを散策することができず,また,鉄道橋梁のけた下高さが低いために高さの低い船舶しか航行できない状況になっております。地域からも回遊性の向上を求める意見が出ており,市の関係局がJRに対しまして運河の回遊性向上についての相談を行っております。現在も,JRは,先ほどの運河の地域協議会に参画し,地域と一緒になって兵庫運河の活性化について検討していただいているところでございます。」
- 2009.09.14 平成21年決算特別委員会第3分科会〔20年度決算〕(みなと総局)
- 兵庫運河のプロムナード化に対して「ただ,その途中で和田岬線の回転橋がどうしてもネックになっていると。」
- 「委員ご指摘の鉄道橋でございますけれど,これにつきましては,JRさんも先ほどの兵庫運河活性化会議に参加しておられますので,問題点を共有しながら,粘り強くJRと調整してまいりたい」
と続いている。
この質問と答弁を見ると、
- 運河自体の回遊性を考えたとき、和田岬線が邪魔
- JRは地域の協議会に参画
という事になっていたことが分かる。
和田岬線廃止を市議会で唱える表の理由と裏の理由
その結果が、先の読売新聞の
- 「線路が地域を分断して街づくりの妨げになっているという地元の意向」
- 「運河を活かした街づくり」
- 「船の運航や散策ルート設定をする際に、和田岬線が障害になっている」
という言葉に繋がっていく。
和田岬線廃止を要望する表の理由は、
- 街づくりの妨げとなっている
ただし、遊歩道整備や遊覧船運航のために和田岬線の橋が邪魔だというのが議論されていることがわかる。
裏の理由は、
- 地下鉄海岸線の経営難→和田岬線を廃止すれば利用者は増えるはず
という視点。80年代後半、地下鉄計画が浮上してきたときからの主張で、実際開業して利用者が予測を大幅に下回ったことで再び話題になってきている。海岸線の利用者が開業から9年経っても思わしくない現状、和田岬線を廃止せよ、という主張は地元でも理解されやすいのだろう。なんせ、三菱重工ご用達の路線で、地元住民か乗る機会はあまりないのだから。
記事録を調べるまでは、都市計画道路敷設など街づくりの妨げとなっているなら、まあ和田岬線の廃止も仕方ないのかなあ、とは思ってはいた。
けど、まさか遊覧船やボート(レガッタ)を通すのに和田岬線が邪魔だということになっていたのか……これは議論が稚拙すぎる。
ただ、ここでJR和田岬線を廃止させるのは得策なのか。マイカーから公共交通機関へのシフトという観点からはどうなんだろうか。それよりも遊覧船や遊歩道の方が大切なのか。過去にも阪堺上町線や福井鉄道など都市づくりを理由にして廃止を迫られた先例がいくつかあったよな……と思いだすと、なんだか頭がくらくらしてくるのだけど、それはまた別の話。