フィクション嫌いが読んだ米澤穂信「ボトルネック」

katamachi2006-09-07


先週、読了しました。いやあ、いつものような痛ましい話、私はこういうのが好きです……って、この作家の存在を知ってからまだ4ヶ月ほどしか経っていないのですが。以前、「春期限定いちごタルト事件」を読んだ後、紹介してくれた知人に「いやあ、いい話だね。ライトノベルってのも悪くないもんだ」と感想を述べたのですが、彼によると米澤はライトノベルの世界ではない、とのこと。でも、東京創元社に書いているからといってミステリー作家というわけでもないらしいんですね。ややこしいものです。でも、こういう境界にいる人の方が、僕みたいなフィクションにさして関心のない人間には心地よいのでしょうね。

ボトルネック

ボトルネック

とりあえず、リョウとサキとの世界の対比が巧みでした。米澤穂信の主人公って、頭は切れるけどどこか消極的な態度に終始しているってキャラばっかりだったような気がしたのですが、今回は、頭の切れる役、そして消極的な態度をとる役とその役割を2人に分けているわけです。ゆえに、あり得たのかも知れない別の世界の分身を見てしまったリョウの閉塞感がなんとも痛々しい。意地の悪い作者です。

素人の素朴な疑問点を3つほど。
「●▲■の殺意の立証」「タブレット睡眠薬」「東尋坊と金沢」。


まず、リョウの世界でノゾミが東尋坊から落ちたのは、はたして何が原因だったのか。フミカにイタズラ心というか殺意があったことはp.192でサキによって解き明かされますが、推測だけで謎解きはなされていない。サキ世界でのフミカの悪意はどうなったのか。タブレットに混じっていた睡眠薬をとって、「フミカの悪意を証明する証拠だ」とp.221でしているが、力説するには根拠が弱い。海から吹く風が云々の解説もかなり眉唾である。

2つ目は、タブレット睡眠薬が混じってあって、間違って飲んでしまうと言うことが本当にあるのだろうか。p.109に「痛いほどに強烈なミントの刺激が舌の上に炸裂した」とあるが、それはクスリを舌で舐めた感覚とは大分違うものである。バリアーでマスキングしているとはいえ、タブレットのように舌の上で転がしながらしていたら自然と苦みが出てくるはず。となると、子供でも吐き出してしまうだろう。ましてや、白い錠剤とは言え、形が違えばタブレットとは別物であるとは一目瞭然だと思う。なのに、サキはなぜフミカの悪意を感じ取ったのか。やはりよく分からない。ちなみに、227ページであった「一四七」「丸の中に三角のマーク」を調べてみると、武田薬品のコンスタンってクスリらしいんです。実在のクスリだったようですが、それは抗不安薬であって睡眠薬ではないような......って実際は誰が飲んでいたの?

http://rohypnol.web.fc2.com/05.10.04.htm 「お薬識別コード早み表」

3つ目は、舞台が東尋坊と金沢が選択されたこと。これまでの米澤作品は舞台が特定されることなく、架空の町が設定されてきた。プロフィールを見ると、岐阜県出身とあるので、ああ、これは岐阜市高山市古川町神岡町か……とモデルを想像できるが、あくまでも別な世界である。

ところが、「東尋坊」と「金沢」。あまりにも「色」の付きすぎた場所である。前者は富士の樹海と並ぶ自殺の名所。「NHKにようこそ!」のラストも名前は出ていないけどここなんでしょうね。あまりにも有名すぎてベタすぎるというか安直すぎる。冒頭でノゾミの自殺説を読者に意識させる意味合いもあったのだろうが、ややその使い方が安直すぎる。後者の金沢はなぜなんだろうか。ジャスコ浅野川など具体的な固有名詞も出てくる。途中、金沢城香林坊を通るなど「サザエさん」のOP的な街案内も行われている。なんだか違和感を覚える。なぜに金沢が選択されたのか。単に東尋坊に近かったから、あるいは米澤自身が金沢大学の出身だったからか。別にこうゆうことはどーでもいいんだろうけど、人名にはカタカナにして匿名性を与えているのに、なぜに地名は実在のものを使ったのか。その積極的な意味が見えにくい。上で紹介した写真は、本来なら東尋坊の"最寄り駅"であるはずの「えちぜん鉄道」の電車。愛知県豊田地区の鉄道で走っていたヤツのお下がりです。

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さて、前回の2006-08-31 - とれいん工房の汽車旅12ヵ月と同様、また墓穴を掘ってしまったのか。こういうラノベと言うかミステリーの読み方は純粋じゃないのだろうか。少々不安になっていたのだが、安眠練炭2006-09-01 - 一本足の蛸はもっと変化球を投げておられる。ああ、別にひねくれた感想を持っていいんですよね。たぶん。

次は、彼の旧作でトリックに使われた住民票の話をしようと思ったのだが、それはまた別の話。