ちほく高原鉄道の動態保存運転区間は500mに短縮

katamachi2007-09-09

 ああ、やっぱりダメだったのか……

 北海道ちほく高原鉄道(伊藤昌博・代表清算人)の第6回清算人会議が8日、北見市で開かれ、昨年4月の廃線まで「ふるさと銀河線」を走っていた気動車6両を1両20万円で十勝管内陸別町に売却することを決めた。同町は銀河線記念公園を陸別駅跡周辺に造成する方針で、6両は試乗や体験操縦、展示用として「復活」することになる。漫画家、松本零士さんのキャラクターが描かれた車両=写真=も2両含まれる。
 同町は当初、10キロ近い線路を残して車両を走らせることも検討したが、赤字を避けるため保存線路を約500メートルに短縮。購入価格は6両の車両代金120万円に除雪車やエンジン付属部品などを加えた計約172万円。同町は11日開会する定例町議会に関連の補正予算案を提出し、来年の開園を目指す。
「ちほく高原鉄道:銀河線6車両売却 来年開園予定、陸別の記念公園に」毎日新聞、2007年9月9日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070909-00000102-mailo-hok


気動車1台20万円か……

 車歴が20年経っていないことを考えると安すぎる、というか屑鉄での実勢値ぐらいにしかなっていません。まあ、もともと第三セクターですし、売却相手が地元自治体なんで文句を言う人もいないでしょう。非冷房の軽量気動車を買い取ってくれる奇特な鉄道会社は日本にはないだろうし、ミャンマーへも3両渡っているけどそれ以上はいらないということか。国鉄末期、貨物ヤードに数百両単位で大量に放置されていた有蓋車が一台7万円〜で売り出されていたのを思い出しました。
 この手の鉄道車両って意外に安価なんだけど、トラックでの輸送費に何十万、何百万円とかかるんでマニアも含めてみんな二の足を踏むんですよね。

動態保存用の線路は500mに短縮……

 やっぱり現実的な戦略をとったわけですね。でも、500mだとあまり乗りごたえはないなあ。
 ちほく高原鉄道線廃止後、その線路を使って動態保存をしたいという動きは2005年秋ぐらいから出ていました。
 廃止前に陸別町の関係者から聞いたところ、陸別〜小利別間(後に陸別〜川上)の線路を使って気動車トロッコ列車を走らせたいんだなんて語っておられました。実際、陸別町の広報でもこの動きは何度か報じられていますし、当時の新聞でも報道されていました。
陸別川上鉄道(仮)を報じる陸別町広報
(SLを走らせる、大畑キハ85保存会との提携、トロッコ列車の運転……)
http://www.town.rikubetsu.hokkaido.jp/koho/koho2006/2006.03/riku540p03.pdf
http://www.town.rikubetsu.hokkaido.jp/koho/koho2006/2006.03/riku540p04.pdf

 十勝・陸別町は、廃線後も陸別―川上駅間(9・8キロ)の線路を残し、車両をいつでも走らせることのできる動態保存の構想を進めている。青森県で活動する鉄道愛好グループから昨年春、廃線後の活用を持ちかけられ、「観光の目玉、雇用の創出に」と町も本腰を入れた。
 町の構想は、4〜10月の土日、休日に気動車トロッコ列車を走らせ、川上駅は記念館に改装して銀河線や旧池北線時代の切符、駅名板などを展示するというもの。車両や鉄道用地は、運営会社「北海道ちほく高原鉄道」から取得する予定で、陸別町商工会の会員らがすでに有限会社「銀河の森」を設立した。
 町が北海道運輸局に相談したところ、時速15キロ以下の低速運転や線路両側に進入防止柵を設置するなどの条件を満たせば、公園事業として運営できるとのお墨付きを得た。
 だが、肝心の維持費や長期的な収支見通しの精査はこれから。町民負担の中身は示されず、金沢紘一町長は「費用対効果が期待できなければ理解は得られない」と慎重だ。「銀河の森」の山本周二社長も「まだ構想段階」と口は重い。
 「(車庫建設など)初期投資だけで財政破たんするのでは。素人目にも無理のある計画に映る」と沿線自治体のある幹部は冷ややかに受け止める。
消える銀河線 下 陸別の活用構想 読売新聞、2006年4月20日

 ただ、この記事にあるように線路や車両の維持経費を持続的に負担できるのかかなり怪しいのは事実です。陸別町はメインの観光ルートから外れているし、車両もさほど旅情や歴史を感じさせる魅力的なものではない。あと、公道とクロスしている踏切が何カ所かあって、非鉄道事業扱いにするにはそこらの問題をクリアーするのが大変だともおっしゃっていました。鉄道事業法の対象から外れたとしても、道路交通法の問題も絡んできますから。
 現地で話を聞いている限り、ちほく高原鉄道廃止後のでの動態保存に関して、旧美幸線の"トロッコ王国美深"で走っている軌道自転車のようなイメージを持たれていたようです。あそこは春から秋のシーズンに1万人前後の利用者があるということだし、それを陸別町でも再現したい……ということを考えられていました。でも、総重量20kg程度の軌道自転車と30トン近くある鉄道車両とでは管理の大変さは桁違いです。そこらのことをゴッチャにして考えられていたのでしょうか。
……とか言いつつ、久しぶりに陸別とか小利別を再訪してみたいなあ。小利別小学校跡から移転してしまった夢舎さんにも行ってみたいし。来週からdmvを乗りに北海道へ行くんで、その際、陸別にも立ち寄ってみようかなあと心が動き出しているんですが、それはまた別の話。