【8】「幻の国鉄車両」
本書は、JTBパブリッシングの鉄道シリーズの最新刊。かつて日本国有鉄道が内部で計画、検討していながらも、諸事情により実現しなかった「幻の鉄道車両」についてまとめた本である。
そうした"鉄道車両"のほとんどはイラストや会議資料の上では存在していて、中には図面まで描き起こされていたのもあった。しかし、社会的、経済的、技術的に実用に耐えうる存在とはならず、途中で計画は中止。いつしか国鉄や鉄道総研の倉庫の片隅で忘れ去られた存在になっていた。そうした資料が、JR九州もと社長の石井幸孝を筆頭に、岡田誠一、小野田滋、齋藤晃、沢柳健一……ら斯界の権威たちによって解き明かされていく。
- 作者: 石井幸孝,小野田滋,寺田貞夫,福原俊一,齋藤晃,杉田肇,星晃,沢柳健一,岡田誠一,高木宏之
- 出版社/メーカー: ジェイティビィパブリッシング
- 発売日: 2007/10/12
- メディア: 単行本
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- 1955年 全長わずか8mの2軸気動車(荷物・郵便)
- 1956年 国鉄最終蒸気機関車となるはずのC63
- 1956年 EH50形 超高速旅客列車用連接車体の電気機関車@東海道本線
- 1956年 超特急用の軽量客車(10系ベース)
- 1957年 AH100形 鉄道総研の原子力ガスタービン機関車
- 1958年 新幹線コンテナ電車
- 1961年 4扉クロスシート電車@東海道本線
- 1961年 153系寝台急行電車@東海道・山陽本線(サロネ153、モハネ152)
- 1962年 163系急行電車@東海道本線
- 60年代 メーカー提供の外国技術による試作ディーゼル機関車群
- 1965年 サロ85形 大糸線乗り入れ用の一等ハイデッカータイプ展望車
- 1971年 元祖105系 ロング・クロスを転換できる汎用式通勤電車
- 1975年 EB90形 蓄電池搭載・環境対策用入替機関車(ED71改造)
- 1975年 電気式ガスタービン式機関車(なぜか標準軌) 全長50mの世界最強クラス
- 1980年 ステンレス製160km/h対応の直流特急電車
- 1981年 亜幹線用のステンレス製新形式気動車(117系風)
- 1981年 四国用ステンレス製特急形気動車(動力集中式を援用)
- 1982年 郵政省が国鉄に提案した0系新幹線改造の荷物・郵便輸送
- 1982年 次世代新幹線260km/h対応「スーパーひかり」
- 1982年 ED95・ED63形 サイリスタチョッパ制御@東海道本線
- 1982年 EF80形改・EF70形改 交流・交直流電気機関車の直流電機への改造
- 1985年 元祖187系直流特急電車 信越本線横川軽井沢での補機不要ハイデッカー展望車付き
う〜ん、萌える。そして鉄道マニア魂を掻き立ててくれる。目次を眺めているだけ満腹になる。
本体価格2200円と従来の同シリーズの書籍より2割ほど割高だが、鉄道好きで、でもこの世界に長くどっぷり浸りすぎてスレてしまったような連中なら、買っておいて損はない。鉄道車両好きの連中はもちろん、鉄道模型派、架空鉄道など妄想系マニアなんかにもオススメだ。
※南米ボリビアを走る日本製ディーゼル機関車。EF65-500っぽい面構えが不思議。電気式ガスタービン式機関車なんかはこんな感じになったのかな……
枕元に置きながら、夜な夜な好きな車両の項目を開いていればそれで十分。図面や経緯を眺めながら、もしかしたら鉄路の上を走っていたかもしれない幻の車両を夢見るのは楽しい作業だ。歴史から抹消された敗者の歩み、それ自体が魅力的であるというのは周知のことだと思う。
もちろん、C63や新幹線貨物電車など、こうした「幻の国鉄車両」というのは、従前から鉄道マニアの間でも知られていた。過去の鉄道車両・鉄道史に関する趣味書でも断片的には報告されている。「そんなのいまさら。前から知っているよゞ( ̄∇ ̄;)」なんて宣う方なんかもいるのでしょうが、
- 100を越える幻の車両を幅広く網羅している
- 執筆者は国鉄OB・関係者も含めたベテラン研究者のお歴々
- ほぼ全ての幻の車両について図面と諸元表を付けている
であるということを考えれば、鉄道車両史から漏れてきた「車両開発の失敗の歴史」の全容を明らかにした本書の凄さを理解することができよう。
「幻の車両」には名車は存在しない、
さて、本書の各項目を読みつつ、各車両が未成に終わった理由をまとめると、
- 50年代 東海道本線の輸送力増強と近代化とのズレ
- 60年代 新幹線開業による輸送力対策の見直し
- 70年代 国鉄経営悪化と労使関係悪化による技術開発の方向付けの混乱
- 80年代 国鉄財政再建で新車開発の停止。車両余剰による転配で需要対応
というようなことらしい。そこらの事情について、コーディネーターの岡田秀樹は、あとがきで「この本に登場する幻の車両には当然ながら、名車はない、と断言できる。幻になったのは前述の条件をクリアしない計画だった結果だからだ(p.190)。」とする。車両設計が進められていく過程では、走行性や居住性などの技術面だけでなく、経営環境、交通システム、技術の到達点、運用側と制作側の意思統一......etc、そうした複合的な要素が絡んでくる。その何かが抜け落ちていたから実現しなかったのだ。「幻の車両」が幻であった由縁がなんなのか。名車と呼ばれた車両はなぜ名車たり得たのか。現在活躍する様々な車両で物足りない側面は何なのか。理想とすべき車両はどのようなスペックを備えるべきなのか。本書を手がかりにいろいろ思索してみるのは知的な趣味活動になると思う。
興味深かった発言は
- C63形が実現した場合、固定軸距の不変にもかかわらず、火室の拡大に伴う後部オーバーハングの増大のため、動揺に関してはC58形よりも悪化するものと考えられる。ボイラー圧力も(中略)、国鉄蒸機の事実上の最終形式がC62で良かったと思えてならない(C63形 p.81)。
- 形式称号は変わっていないが、構造・性能のかなり違ったものもディーゼル機関車の場合はあるのである。一時、別称号が付けられそうになったが止めになったものがある。特に国鉄末期の労使関係悪化の時期は、新形式となると団体交渉の対象になるので、あえて同じ形式称号にしたという事情もある(p.101)。
というところか。特に二つめは、国鉄本社でディーゼル車両開発を推進してきた権威で、JR九州初代社長でもある石井幸孝自らが公的に発言したことによって、マニアの間の噂が真実であるというのが実証された。
惜しむらくは、掲載されている図面の半分以上に原典が示されていない点。誰も知らない"幻"の存在を取り扱っているからこそ、後学の趣味人が研究するための手がかりを残して欲しかった。本書に掲載されなかった私鉄車両や貨車に関する「幻の車両」について報告する予定もあるというので今から楽しみなんですが、それはまた別の話。<関連書評>2007-01-21【1】『仰天列車 鉄道珍車・奇車列伝』